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2018年12月 8日 (土)

宮地山~四座周回 ~福岡県福津市~

前回の宮地嶽神社の側にある「宮地山」。
お宮は元々その山頂にありました。
神社の記事は、「宮地嶽神社」で。
                  .

宮地山・在自山・対馬見山・水落山と、四座周回できるそうなので、行ってきます!
                 .

Miyaji13                      .
うちからここまで遠かったこと!
お社に着いたのが10時。

                   .Miyaji18                                                    .
前回の記事の奥宮の奥にある登山道から登って行きます。
麓の紅葉はもう少し見頃です。
                   .              .Miyaji19                      .
宮地山への登山道はこんな感じ。
普段靴でも登れるお散歩山です。
何人かとすれ違いました。

Miyaji51                     .

                   .Miyaji20                                          .
登山口から14分ほどで、山頂!
宮地嶽神社の古宮があった場所です。
神功皇后が神事をしたそうです。
                      .Miyaji21                    .

ここでは1600年前。
下の神社の創建が1700年前。
はっきりとは分からないんですね。

Miyaji22                 .
標高180.7m。

Miyaji23                   .
木の裏にお不動さんのミニ像が。

在自山に向かいます。
                            .Miyaji24                .
上がった所が、途中の展望所。
(展望台は他にもあるそうです)       

Miyaji40                                              .
写真の中央、とおーくに微かに見える島が、宗像大社の中津宮がある大島です。
その向こうには沖津島があるはずです。

在自山に向かいます。
     .                 .    Miyaji26               .
「在自山(あらじやま)」
宮地山から23分ほど。

この後、水落山への道を探しましたが、分からずにしばらくうろうろ。
諦めて、反対から登ることにしました。
                .Miyaji27                 .
山頂すぐ下にある金毘羅神社。
一度、下山して下の金毘羅神社へ。
                      .
Miyaji28                    
池を迂回して、対馬見山へ向かいます。
                 .Miyaji29                .
一番左が対馬見山、真ん中が水落山。
その手前が在自山。

下の金毘羅神社から25分ほどで、対馬見山の登山口です。
20分ほど登ると道がなくなり、神社の階段に出ます。
                  .Miyaji31                     .
「富士白玉神社」

Miyaji32                 
お稲荷さんです。

Miyaji33                  .
登山道が分からず、しばらく探しました。
山頂へは、お稲荷さんのお宮の左のこの崖をがりがり登っていきます。
とっかかり無し。
この後、この急登がしばらく続きます。
踏み跡無し!
おそらく、それぞれが必死にとっかかりを探して登るから道が無いんでしょうね。
                   .                .Miyaji34                .
命綱のピンクテープはしっかりあります。
先人の方々が残してくれた手がかり。
ちょうど次が見える辺りにあります。
ありがたいです。

一つ見つけたら、そこまで行って。
辺りを見渡して、その先を見つけて。

その繰り返し。
YAMAPのナビもしっかり確認。
                .Miyaji35                 .
対馬見山山頂~~!
標高161m。

低いのですが、かなりな急登だったので、久々に登った~という感じです。
登山口から30分ほどしかかかってません。
もっと経ってた気がする。

Miyaji48                       .
対馬が見える??
                              .Miyaji36                .
次は水落山へ。
先程よりも道が出来てます。
ピンクテープ分かりますか。
                   .Miyaji37                                               .

水落山、山頂~。
対馬見山から20分程。
展望無し!

この後、下山して、ミカン畑に出ます。
また、山の中へ。
                  .Miyaji38
水落山から30分ほど。
在自山山頂に戻ってきました!
直接、水落山へ行くなら、この看板の裏、右手を下ればよかったようです。
迷いやすいらしい水落山、無事に戻れて良かったです。

展望無し、ひたすら藪漕ぎ。
本人はもくもくとひたすら登るのが楽しいみたいです。
                   .                    .
朝の展望台で、ちょっと遅いお昼。
Miyaji25

中央の山が宮地山です。

と、すぐ横をすごい勢いで通り過ぎる物体が。
猿だ!しかも大型の。
写真を撮ろうかと思いましたが、一瞬でいなくなりました。
よく考えたら、刺激しなくてよかった。

しばらく歩いて、もう少しで麓の神社だと思った、上から4枚目の写真の辺り。
先程の猿が道の真ん中に座ってました。
逃げ場無し。

威嚇もしてこず、不思議と怖いとも思わなかったので、
しばらく見つめあってしまいました。
(ほんとは目を合わせちゃだめ!^^;

でかいなぁ。主かなぁ。
と思ってたら、悠然とこっちに歩いてきます。
出来る限り脇によけてじっとしていると、側の木に飛び移っていきました。
よかった。
                    .Miyaji41_2                 .                  
麓の紅葉。   

Miyaji17                                    .       
もう一回撮りたかったお狐さん。
接写が苦手なスマホカメラなので難しい。

Miyaji46                  .
あのお山が宮地山。
四座周回、休憩入れて3時間36分。
8.4キロでした。

後で地元の人に、この山で猿を見たという話は初めて聞いたと言われました。
登山する時は気をつけてくださいね。

次は脊振(細切れ)縦走!~って山はもう雪~?(> <)

                   .

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2018年12月 4日 (火)

宮地嶽神社 ~福岡県福津市~

「宮地嶽神社」
福岡県福津市宮地元町。
側に行ったので、ご挨拶に行きました。

Miyaji01                        .
ご祭神は、息長足比女命(おきながたらしひめのみこと・神功皇后)
勝村大神、勝頼大神。
創建は1700年前。

渡韓の折、宮地嶽山頂より大海原を臨みて祭壇を設け、天神地祇を祀り
「天命をほう奉じてかの地に渡らん。希(ねがわ)くば開運をた垂れ給え」と
祈願したとあります。(宮地嶽神社HPより)

全国の宮地嶽神社の総本宮。

勝村大神、勝頼大神は同行した追従。
「宮地嶽三柱大神」は、開運の神様だそうです。

ここの境内には8つの奥の宮があります。
うち2つ。
                      .Miyaji05                   .
ちょうど紅葉してました。
「七福神社」
                .Miyaji07                                                         .
「稲荷神社」
宇迦之御霊神。

歳神さまです。
                   .Miyaji16                                                 .

Miyaji45                                                       .
ここが一番綺麗でした。
                    .Miyaji09                                                    .
Miyaji43                                                .
Miyaji03                                          .
元はあの山の頂上にありました。
よし!明日(次の日)、登る!

前に来た時は、山はとても遠い存在で、考えたこともなかったのに。
でも今なら行けます!

Miyaji47                                .
ここは嵐のCMで有名になった「光の道」。
10月と2月の2度だけ、この参道の向こうに日が沈んで、
光の道が現れます。
       
                                 .

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2018年11月29日 (木)

日本の真相 12.5 外伝 ~大和三山とARION~

このブログでも「大和三山の封印」についてUPしていました。

結びの山 ~その12 ARION 「三四五の封印」~

その中で、友人kono87さんが解読されたことを掲載していました。
以下kono87さんのブログ「ラトナ通信2018」より************************************************************

ARIONには「345の三角形の封印」、「4の辺上を閉じる」という表現がありました。
すると直角三角形が2つできるのですが、二等辺三角形と直角三角形は、
奈良や京都のいたる所に見つかるのですが、
この大和三山と三輪山の図が基本になると思います。(*図は下記、リンク先で)

 すると、三輪山に封印された者は、真の初代の王であった
ニギハヤヒということになるでしょう。
大物主は倭大物主櫛甕魂命(ヤマトオオモノヌシクシミカタマノミコト)の
称号より、また、物部氏の名よりニギハヤヒ命で間違いないと思います。

ARION 345の三角形の封印 外伝

ARION 345の三角形の封印 外伝 Ⅱ」

*****************************************************************

kono87さんは、その中で
「これが大和(やまと)→「矢の的」で、その意義のひとつです。」

とも書かれています。

また、封印をしたのがARIONのいう「アマテラスの義弟達」。
「それを差すのが、歴史の陰部という意味で忌部氏を差すのだろう」と。

「ARION解読 忌部氏」
http://kono87.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/arion-6798.html

以下、上記サイトより転載。

*************************************************************

忌部神社(いんべじんじゃ)は、徳島県吉野川市山川町にある神社

社伝によれば、神武天皇2年2月25日に、阿波の忌部氏が祖神である
天日鷲神(あめのひわしのかみ)を祀った。神話で知られているのは
天照大神が天岩戸に入られたとき、岩戸の前で神々の踊りが始まり、
この神(天日鷲神)が弦楽器を奏でると、弦の先に鷲が止まった。
多くの神々が、これは世の中を明るくする吉祥を表す鳥といって喜ばれ、
この神の名として鷲の字を加えて、天日鷲命とされた。という内容である。
(Wikipedia 忌部神社、天日鷲神より)


 「ARION 345の三角形の封印 外伝」という記事では、大和三山と三輪山の
位置関係の地図と万葉集の歌の説明をしたのですが、畝傍山の南西に忌部山が
ありました。これだけでは、忌部氏がこの山に関係があるかどうか
わからなかったのですが、天太玉命神社(あめのふとたまのみことじんじゃ)
忌部山のほぼ真北にあることがわかりました。
忌部山から天香久山のラインは神武天皇の橿原神宮のある畝傍山の麓を通過します。

Inbe

(地図はGoogle Mapを引用)

中央氏族としての忌部氏は、記紀の天岩戸神話にも現れる天太玉命を祖とする。
現在の奈良県橿原市忌部町周辺を根拠地とし、各地の忌部を率いて
中臣氏とともに古くから朝廷の祭祀を司った。

 (Wikipedia 忌部氏より)

 天太玉命(あめのふとだまのみこと)は、忌部氏(後に斎部氏)の祖の一柱とされる。

戸隠れの際、思兼神が考えた天照大神を岩戸から出すための策で良いか
どうかを占うため、天児屋命とともに太占(ふとまに)を行った。
そして、八尺瓊勾玉や八咫鏡などを下げた天の香山の五百箇真賢木
(いおつまさかき)を捧げ持ち、アマテラスが岩戸から顔をのぞかせると、
アメノコヤネとともにその前に鏡を差し出した。
 

(Wikipedia 天太玉命より)

このことにより、忌部氏が饒速日命を三輪山に封印した呪詛を行ったのでは
ないかと思います。既に魔法陣を回転してしまったことと、
我々が奈良に行ったことを公言したことで封印は解けていると思います。

***********************************************************************

日本の真相 12」にあるように、忌部氏が現在に至るまで
大嘗祭に関わるのならば、封印は彼らが行ったものなのでしょう。

                   :*

また、ARIONはこの「345の封印」の中でこの言葉を残していました。

<ニギハヤヒの隠された数字は九である。>


唐突とも思えるその言葉でしたが、kono87さんの解読を見て繋がりました。

「ARIONのメッセージ解読4」
http://kono87.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/4-2b38.html

上記、サイトより転載。
*****************************************************

カバラの数字9は完成を意味します。
隠されていたた九の花の図のことではないでしょうか?
もう一度、九の花の図を掲載しておきましょう。
魔法陣を拡張して完成した図がこれです。(*図は上記kono87さんのリンク先で)
真ん中に41の言霊ラを配し、言霊ラは神、光を意味します。


 そしてこの智慧の源泉は遠く宇宙の彼方のシリウスにあり、
ARIONを経て国常立命、スサノオの血脈を継ぐニギハヤヒ命に
引き継がれたものであったのです。

称号の「天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊」
(あまてる くにてるひこ あまのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと)を
言霊でとくと 天照國照とは、
天と地を指す二つの三角形からなる六芒星のこと、
彦は男性族長、天火明(天孫族)を継ぐ 、櫛玉は霊妙な魂、
饒速日とは言霊原理を一義とした世界の創造(二義)を促進するという意味です。

********************************************************************

「九の花の図」とは、9×9の升目に数字を置いた魔法陣です。
(詳細は上記サイトで)

ARIONは、「九の花の図」を簡略化した「3×3の魔法陣」を使い、
預言を残していました。

それを用いると、ARIONの「数字」に関する預言の解読が出来るように
なっていたのです。

そこから導き出されたのが、「345の封印」。
大和三山を始めとする封印でした。

「預言によって導かれる「9」がニギハヤヒ」。

その「345の封印」の先にあったのが三島神社。
(前回にも記載した)彼が祀られているお宮でした。

「天照國照とは、天と地を指す二つの三角形からなる六芒星」

ARIONはこの二つの重なる三角についても何度も「預言」を残していました。

それが、六芒星。
天照国照である、ニギハヤヒを表すものだとは。

そしてその六芒星が表すものは。

( つづき )

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2018年11月24日 (土)

日本の真相 12 ~大和三山 ~

(「日本の真相 11 の続き)

以下、PDFの(日本の真相 3)より要約。
http://g-village.net/iyasaka369/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B83.pdf

**********************************************************************

「大和三山」

(奈良の大和三山の一つ)耳成山は人工の山である。
畝傍山を頂点とすると、畝傍山-天香具山-耳成山の長さがほぼ等しく、
二等辺三角形を形成する。

そして、頂点の畝傍山から底辺(耳成山-天香具山)へ垂線(垂直二等分線)を
引いて延長すると、西側が忌部山、東側が三輪山に突き当たる。
特に、忌部山と畝傍山の距離は、この垂直二等分線の性格に1/3である。

忌部氏は阿波忌部氏が大嘗祭の麁服(あらたえ)を献上するという重要な役割を
果たしていることから、御神事を執り行うレビ族(物部系)である。
(レビ族はキリスト教において、キリストの”死”と”復活”を見守ったとされる)

                .
(その直線の反対側には三輪山がある)
三輪山には大物主神が祀られており(大神神社)、
この神の息子が神武天皇である。

大物主神=火雷神=ウガヤフキアエズノミコトは、ユダヤの系図では
エフライムに相当した。
大神神社は最古の神社とも言われ、本殿は無く、三輪山を御神体とし、
鳥居も2本の柱に縄を掛けた古代エルサレムの神殿と同じ様式である。

 

そして、籠神社の海部宮司の極秘伝からすれば、物部氏の王族=
エフライム族が元々いたのは近畿地方だったので、
最古と言われる大神神社はエフライム族の神殿。

何よりも、籠神社の奥宮の名称、与謝(よさの)宮。
これはヨシュアの宮という意味であるが、ヨシュアはモーゼ亡き後、
ヘブライの民を引き継いで約束の地カナンへ導いたエフライム族
出身の指導者である。


(籠神社の「籠」という字は、龍に合わせ鏡を表す(?)竹冠をつけたものであり、
という記述もあった。そして、「龍」は蛇の化身であると。
三輪山の神は蛇神と言われており、籠神社の神と同じなら偶然ではない)



「大山祇神社」

籠神社との関係。
大山祇神社は、大山祇神を祀る。
”祇”は地の神という意味があり、大山祇神は”大いなる山の神”という意味である。
別名は和多志大神。
”ワタ”は籠神社の海神ワタツミノカミの”ワタ”と同じ古語であり、海神ということ。
つまり、山と海の両方を司る神である。

籠神社の表向きの祭神は彦火明命で、彦火明命=火遠理命=山幸彦である。
山幸彦は海神ワタツミノカミの娘、トヨタマヒメと結婚した。
つまり、山の神と海の神が1つになっており、大山祇神と同じ構造である。
(二人の間に生まれたのがナギサタケウガヤフキアエズノミコトであり、
その子の内の一人が初代天皇、神武天皇となった)

(中略)
祭神の別名と子の名称から、大山祇神社は籠神社の別形態と見なして良く、
物部氏の最重要拠点の1つということである。

大山祇神社は愛知県今治市三島町にあり、伊予国の一の宮。
全国の三島神社・大祇神社の総本社でもある。
日子火々出見命(ヒコホホデミノミコト)の坐像があるが、
ヒコホホデミノミコトは、籠神社の御祭神ホノヒアカリノミコトと同じである。
境内社として稲荷神社と宇迦神社があり、お稲荷さん=ウカノミタマ=
豊受大神だから、これも籠神社と一致する。

なお、天孫ニニギは大山祇の娘であるコノハナサクヤヒメと結婚した。
ニニギは秦氏、大山祇は物部の象徴であるから、
これは実質の初代天皇、秦氏の大王たる応神天皇が
物部王朝に婿入りしたことを象徴している。

(ここの応神はニギハヤヒ命のこと)

**************************************************************:

奈良の天理市にある「三島神社」の御祭神は、
布留御魂神、大山祇神、天児屋根命。
Mi03                     .
布留の神は、ニギハヤヒ命です。
物部氏が祀る石上神宮の神とも同じ。

彼は大歳神。
ウカノミタマ神であり、お稲荷さんでもあります。

神話の神は、象徴であったり、同じ者でも名を変えて存在したり、
複雑に絡み合う。

           *

三輪山には大物主神が祀られており(大神神社)、
この神の息子が神武天皇である。


三輪山の大物主は、ニギハヤヒ命。
この神の息子が神武なら。

神武=応神。
応神は神功皇后の子でもある。

やはり、ニギヤハヒ命の妃になったのが、神功皇后。
ニギハヤヒ命は住吉神であり、現人の神。

そうならば、それはいつの時代なんだろう?
200年代か、300年代か。

           *

そういえば、大和三山について、以前書いてました。

(「奈良と伊勢の旅 旅の意味 その2 ~三四五の封印~」)

ARIONは、”そこに”封印がある、と言っていました。


(つづく)

     .
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