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2017年12月27日 (水)

二つの伝承 7 ~冷水峠~

大根地山に登って分かったのは、「大根地山は守りの要である」ことです。

そして、地球のエネルギーを放出しているような場所で、イメージとしては
「地球樹のようなものが大地から生え、枝葉を広げている」ような場所です。

何故そのような土地なのだろうと考えてみて分かったことがあります。

Oonetiyama03                                                           (地図はGoogleMapより)

東(右端)は、英彦山(英彦神宮
西(左端)は、飯盛山飯盛神社中社
南は、高良大社
そして、北は笠置山。

「大根地山」が中心ならば北は「天照神社」か、とも思ったのですが、
その社の場所は、後に遷された地でした。
ニギハヤヒ神が降臨したのは、その少し南の「笠置山」だと伝えられています。

すべて、ニギハヤヒ神に係わりのある場所でした。
(筑紫には元々多いのですが)

大根地山が少しずれていますが、神を招く「神籬(ひもろぎ)」の場所(山)としては、
この場が最善であり、元々この一帯が「そういう地」だったのでしょう。
                          .

上の写真のほんとの中心地。
・・・そこは「冷水峠」と、呼ばれている場所です。
                .

大根地山の登山の時に「長崎街道」の案内板に書かれてありましたが、
そこは、かつて九州の箱根と言われている程の難所であったと。
                   .

どこかで似たような話を見たと思いましたら、筑紫神社の由緒書にあった
「筑後国風土記」にありました。

                       .
「筑後国風土記」、筑紫の語源についての話です。

 昔、筑前国と筑後国の境の山に、鞍韉盡坂(したくらつくしのさか)
 という険しく狭い坂があり、麁猛神(あらぶる神)がいて、
 往来する人の半分を殺しました。
 その数が多かったので「人の命、尽神(つくしのかみ)」と
 言われていました。
 そこで、筑紫の君の祖先の
「甕依姫(みかよりひめ)」
 祭主として神を祀り鎮めました。
 麁猛神は、「筑紫神」と呼ばれるようになりました。
              .

筑前と筑後の境。
今の福岡を北と南で分ける地域です。

荒穂神社にあった「基山の東」
筑紫神社の「筑前と筑後の境の峠の
        鞍韉盡坂(したくらつくしのさか)という険しく狭い坂」

荒ぶる神である「尽くし」神が出た言う、その険しい峠。
そのうような場所は、筑紫神社辺りには無いのです。
ずっと疑問に思ってたのですが。

それは、「冷水峠」なのでは?
Oonetiyama02                                                           (地図はGoogleMapより)
一番下の星印が基山。
その少し右(東)斜め上が筑紫神社。
そして、写真の右上にあるハートマークの場所が「大根地山」です。

九州の箱根と言われる程の難所であった「冷水峠」。
上の写真では「大根地山」の麓、印の少し下辺り一帯です。

この場所こそ、「鞍韉盡坂」なのでは。

           .

(その冷水峠が、筑後国風土記にある鞍韉盡坂ならば、
一番上の地図にあるニギハヤヒ神に纏わる場所・・・。

もしかするとその幾つかは、この地を鎮める為に故意に置かれたのでは。

「何故、笠置山に降臨する必要があったのか」
そう思っていたのですが・・・。
ようやく得心しました)


エネルギーが放出されている場所、そこは雑多なものが集まる場でもあります。
もとより清浄な場なら良いのですが、そうでなければ誰かがそうしなければなりません。

その為に神功皇后が、大根地山に神を招いたのです。
「大いなる神の地」であるその場所に。
地球のエネルギーを抑えるのではなく、良い流れにする為に。

そうして、「白羽熊鷲」というものが排除され、筑紫の守りの要の地となったのです。
                      .

                      *

冷水峠が「鞍韉盡坂」ならば、「白羽熊鷲」は「荒ぶる神」です。

それは「筑後風土記」にある、「命尽くし」の神。
荒穂神社の「尽くし神」と同じもの。

ならば、やはり荒穂神社と筑紫神社(「筑後国風土記」)、二つの伝承は同じもの。
         .

(つづく)
                       

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