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2012年7月 1日 (日)

前世と石切劔箭神社と矢田坐久志比古神社 その1

大阪にある石切劔箭(いしきりつるぎや)神社と、
奈良にある矢田坐久志玉比古神社(やたにいますくしたまひこ)神社。
この神社のことを書く前に、私が見た夢を書かねばなりません。

以前に、前世かもしれない夢を見たと書きましたが、これもその夢の一つです。

*******************************

私は、その夢では古代の日本にいました。
今よりも遠い遠い昔の話。

 

Fujiwara
                                                          .
そこは奈良でした。
今の私が幼い頃に暮らした場所。
懐かしい山々は、今となんら変わることなく。
間違えようがありません。


その頃(古代)の奈良にはまだ、大きな湖がありました。

奈良盆地がすっぽりと覆われるような大きさ。


夢ではよく、南から北の湖を眺めていました。
耳成山(?)の北辺りからだと思います。
そこに住んでいたからという訳ではなく、雨期ごとに広がる湖が心配だったのでしょう。

(夢の最初に見たのは、湖。湿地帯を見せた時期の方が短いのかもしれません)



ここからは、ちょっと絵空事のような話なのですが、
夢を見た時に今の私の感覚も混じっているかもしれないので、
どこまでが空想か、前の世界のことなのかは分かりません。

なので、見たままを。

                 *

その世界でも色々なことがあったようですが、ある日、唐突に船が参りました。
私はそれを離れた場所から「視て」いました。
肉眼ではなく、透視(遠視?)のようでした。

船は白く、とても巨大で、真っ白な帆が風をはらんでいました。
今までに見たことがないその異様な巨大さ。

その船が生駒山の頂上を越えてきたのです。
静かに、ゆっくりと。

船は<アマノトリフネ>と呼ばれていました。

その時「今の私」は、(過去の?)私の中で、
「山を越えるなら生駒山よりも、もっと南の二上山の方が低くて通りやすいだろうに」
とのんびりと考えてました。
夢の中の「今の私」は、この夢が前の世界の夢だと分かっていました。

場面転換して、船の夢はそこで終わりでしたが、生駒山を越えた後、奈良側に降りたようでした。


夢から覚めた後、「なぜ、わざわざ生駒山を越えたのか」と不思議でした。
「奈良の西で一番高い山(当時そう思ってる)を、越えてくる船」の夢をなぜ見たのかと。
前世と思われる夢の中の、その”不都合な場所を越える船”。

それは本当に前世の夢なのだろうか。
勝手に自分が作り出した、ただの夢ではないのかと。

船が飛ぶこと自体、ありえないことなのですが、何故かそれはすんなりと受け入れてました。

その疑問が、自分の中で解消される日が来たのです。
夢を見て数年後のことでした。


(続く)

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コメント

多分、巫病だと思います。
沖縄や奄美にユタと呼ばれる人達がいます。
ユタになる前には巫病があります。

沖縄にはもう神繋ぎの儀式は残っていないみたいですので、
もし巫病に該当するようであれば、神繋ぎの儀式が残っている奄美大島のユタを探すことをオススメします。

巫病を調べてみて下さい。

sunさん、こんにちは。

思い当たることはあります。

夢をたくさん見ていたのは高校の3年間で、
最後の1年は、背中の激痛に悩まされました。
立つことも、寝ることもできないくらいの。
卒業する頃、ようやく肋間神経痛だと分かって、
整体であっという間に直ったのですが。

後から思うと痛くなった時が、「前世の」夢を毎晩観るようになって、
今の自分と夢の境が分からなくなっていた頃でした。
人の心の声も聞こえるようになり、次第に変化が現れていました。
でも痛みが強まるにつれて、あれ程見ていた夢をぱったりと見なくなり、
力も落ち着きました。

それに気付いた時、これは自分からのサインなんだと理解しました。
または、神からの。
<今はここまで>と。

後にFARIONで出会った神霊ARIONは、
「瞑想の中で覚醒する」
「(その時まで)人として生きること」
という言葉を私に伝えました。

私にはそれで充分です。
また、ヒプノでも、「合う先生」を探すだけでこんなに大変なのに、
ユタの人が見つかるようには思えないです。
沖縄まで行く余裕もありませんしね^^;

ありがとうございました。

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