ブログ村に参加してます!ぽちっとお願いします

*このブログについて

  • amebloにもサイトがあります。 そちらに載せる時に加筆したもの(後に分かったこと)を、改訂版として再びこちらへUPしている記事もあります。
2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

amebloリンク

無料ブログはココログ

☆ブログからの引用などについて☆

  • このブログの考察、写真、イラスト、考察などは、管理人に著作権があります。無断転載は御遠慮ください。

« 前世と石切劔箭神社と矢田坐久志比古神社 その1 | トップページ | 前世と石切劔箭神社と矢田坐久志比古神社 その3 »

2012年7月 2日 (月)

前世と石切劔箭神社と矢田坐久志比古神社 その2

その二つの神社に行くことになったのは、ほんの偶然だった。

弟が大阪に滞在することになったので、泊まりで会いにいくことにした。

その滞在先の生駒山の中腹には、石切劔箭(いしきりつるぎや)神社があった。
初めて聞いた神社だったが、側に行ったついでにと行くことに。

だから、一日目の奈良ではあまり遠出をせずに、生駒山の奈良側の麓にある、矢田丘陵の矢田坐久志比古(やたにいますくしひこ)神社に行ったのだ。



一日目、電車やバスを乗り継いで、なんとか矢田丘陵についた。
なかなかここに来られなかったのは、交通の不便さ。

バスを降り、とほとほ歩いて行く内に、目眩に似た感覚が。

ここは、この場所は、「前に来たことがある」という強烈な既視感。
ここから見上げる山は、昔見たもの。
いつの昔?
今の私は、ここに来たことがない。

矢田坐久志比古神社の門には、大きなプロペラが掛けられていた。
近年、掛けられたものだそうで、航空の守り神様が祭られているそう。

 

Yata1

                                                                    .Yata2

 

                                                                           .
「祭神は、櫛玉饒速日命(くしたまにぎはやひのみこと)」
「天磐船に乗ってこの地に天下ったと伝えられる」


<<アマノトリフネは、生駒山を越えた>>


あの夢が蘇った。

”生駒山を越えて、奈良側の麓に降りた”

まさか、そんなはずがない。
という私と、やっぱりという私が、私の中でせめぎあっていた。

生駒山を越えて降りてくる、白い巨大な船が、目の前に迫ってくるよう。
夢の中で見たものだったのか、頭の中で作り出したものなのか。

降りてきた船の人々とは、一時、戦になった。
のどかな風景と、逃げ惑う人々の幻影が一瞬重なって、胸が痛んだ。

遠い遠い昔の夢の話。

翌日、この気持ちを抱えたまま、生駒山の大阪側へ行った。

(続く)

 

 

後の記事

☆→矢田坐久志比古神社 ~饒速日命を求めて ⑥~

« 前世と石切劔箭神社と矢田坐久志比古神社 その1 | トップページ | 前世と石切劔箭神社と矢田坐久志比古神社 その3 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 前世と石切劔箭神社と矢田坐久志比古神社 その1 | トップページ | 前世と石切劔箭神社と矢田坐久志比古神社 その3 »