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2012年7月 2日 (月)

前世と石切劔箭神社と矢田坐久志比古神社 その2

その二つの神社に行くことになったのは、ほんの偶然でした。

知り合いが、大阪に滞在することになったので、泊まりで会いにいくことにしたのです。

その滞在先の生駒山の中腹には、石切劔箭(いしきりつるぎや)神社がありました。
初めて聞いた神社でしたが、側に行ったついでにと行くことにしました。

ですから、一日目の奈良ではあまり遠出をせずに、生駒山の奈良側の麓にある、
矢田丘陵の矢田坐久志比古(やたにいますくしひこ)神社に行ったのです。



一日目、電車やバスを乗り継いで、なんとか矢田丘陵につきました。
なかなかここに来られなかったのは、交通の不便さでした。

バスを降り、とほとほ歩いて行く内に、目眩に似た感覚が。

ここは、この場所は、「前に来たことがある」という強烈な既視感。
ここから見上げる山は、昔見たもの。
いつの昔?
今の私は、ここに来たことがない。

矢田坐久志比古神社の門には、大きなプロペラが掛けられていました。
近年、掛けられたものだそうで、航空の守り神様が祭られています。

Yata1

                                                                    .Yata2

                                                                           .
「祭神は、櫛玉饒速日命(くしたまにぎはやひのみこと)」
「天磐船に乗ってこの地に天下ったと伝えられる」


<<アマノトリフネは、生駒山を越えた>>


あの夢が蘇りました。

”生駒山を越えて、奈良側の麓に降りた”

まさか、そんなはずがない。
という私と、やっぱりという私が、私の中でせめぎあっていました。

生駒山を越えて降りてくる、白い巨大な船が、目の前に迫ってくるようでした。
夢の中で見たものだったのか、頭の中で作り出したものなのか。

降りてきた船の人々とは、一時、戦になりました。
のどかな風景と、逃げ惑う人々の幻影が一瞬重なって、胸が痛みました。

遠い遠い昔の夢の話です。

翌日、この気持ちを抱えたまま、生駒山の大阪側へ行きました。

(続く)

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