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2013年1月 9日 (水)

熊野本宮大社 大斎原(おおゆのはら)和歌山県

和歌山県に熊野本宮大社がある。
こちらでも不思議な体験をした。

 

その前日に熊野速玉大社をお参りした後、新宮市で一泊。
朝早くのバスで熊野本宮大社へ向かう。

熊野川沿いを進むバス。
川を右手に見ながら、山奥へと進む。
やがて本宮前に停車。

 

目指す大社は、小高い丘の上にあった。


その前に、バスの中から見たこんもりした森が気になり、そちらの方へ。
田んぼの中の石畳の道を歩く。

大きな黒い鳥居をくぐった。


                                  *


・・・そこに足を踏み入れた時、水の流れの中にいた。
日の光を反射して、まばゆい程の水のきらめき。

眩しさで目がくらみそう・・・そう思った時、
そのきらきらした光の中に無数の足が見えた。


人の行列。

ざあっざあっと水をかく音。
足元しか見えない人の姿。
京都の葵祭か、奈良のおん祭の衣装を思わせる着物の裾が見えた。

色鮮やかな、靴下のようなもの(襪?(しとうず))を履いている者、
素足の者もいて、皆、衣が濡れるのも構わずに水の中を歩いていた。

これは平安?

白河上皇の熊野詣。(後白河上皇?どっちを思ったかは忘れた)
なんとなく、そう思った。

その時・・・。


<<熊野は異界の地。神の住まう神域。
     神の前では人の上下は無く、みな等しく、川の流れに身を浸す>>

 

と、おそらくその一行の中の者と思われる人の声がした。

 

「ああ、禊の意味合いがあるんだな」と納得。

赤い建物が見えた。
「あれは、お社・・・」

当時の大社に行くには、水の中を入るしかなかったのだ。

次第に消えていく幻影。
眩しい光だけ残して消えていった。


               *

周りは蝉の声だけ。
青々とした芝生が目に入った。
その中に石碑のようなもの。

 

その先に、案内板を見つけた。

昔の本宮はこの場所にあり、川の中洲にあった。
明治の氾濫の時に、社は押し流され、残った社を小高い丘の上に移築した。

というようなことが書かれてありました。


その場所は、大斎原(おおゆのはら)。


お社が無い今も、人々が受け継いできた信仰心は土地の記憶になるよう。


その後、今の熊野本宮大社へ。
こちらにも同じ風が吹いていた。


千年以上同じ場所にあったお社を、高台へと移築することにした
明治の方々の決断。
何よりお社を大切に思った方々の勇気に胸が熱くなった。

移築されて120年程しか経っていないが、
大斎原と同じだった。

 

人が想うのなら、神はそこにあり続けるのでしょう。

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