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2013年5月25日 (土)

安徳台(迹驚岡・とどろきのおか) 福岡県

福岡市の南にある筑紫郡那珂川町に安徳台という台地があります。
Dsc_0748_2
                               (安徳台 実りの秋 '13.09.16)

ここで私は、まぼろしの神社を見ました。

                         *

大きな地図で見る
(グーグルマップより)

下から見るとこんもりとした山のようですが、航空写真で見るとこの台地の上は
平らなのが分かります。
現在はオリーブ畑などが広がっています。
台地の周りを歩きますと一時間程かかりました。

周りはがけのようになっていて、天然の要害です。
上に上がれる場所は二箇所しかなく、いずれも地権者、耕作者以外立ち入り禁止です。
今は、私有地になっているのです。

下の写真は裂田神社の側から撮りました。
台地の高さは30メートルあるそうです。

Dsc_0757

                   
                            (実りの秋 '13.09.16)

その台地のことを知ったのは、同じく那珂川町にある現人(あらひと)神社
知ったからでした。
こちらの神社は先日書きましたが、博多や大阪の住吉神社の元宮と言われています。

日本書紀の神功皇后紀の中にある、神田に水を引くために
神功皇后が指揮を執り築いたと言われる「裂田の溝(さくたのうなで)」。

この丘の側に差し掛かる時、大岩が塞がりました。

皇后が竹内宿禰に命じて鏡と剣を奉らせ、神に祈ると雷がこの岩を裂き、
溝を築くことが出来ました。

その時に「雷がとどろいた」ので、この丘を「迹驚岡(とどろきのおか)」と
名づけたそうです。


                 *

「安徳」の名の通り、安徳天皇が壇ノ浦の合戦の前に
2ヶ月の間滞在した仮宮が、台地の上にありました。

この一帯には、その時の名残の地名があちらこちらに残っています。

安徳天皇をお迎えした「御迎(おむかえ)」
敵にいないと嘘をつき追い返したという「嘘谷(うそたに)」
安徳天皇を探しきれずに一本の松を植えたという「老松(おいまつ)」
安徳台の頂上には入水した安徳天皇を祀る小さな祠「安徳宮」があります。

                  *

江戸時代には、この台地は「御所が原」「上の原」と呼ばれていました。
古来より、幾度となく宮がありました。

古くは弥生時代中期。
この場所に遺跡が見つかったそうです。

Dsc_0102
その説明文です。

Dsc_0101_3

この説明文によると、弥生時代中期の酋長級の墓が見つかったということです。

奴国の大集落があったそうです。

那珂川というのは、儺(な)の川、奴(な)の川から由来します。


那珂川には「岩戸」という地名もあります。

「裂田の溝」の那珂川からの取水口の側にある「伏見神社」では、
今も7月になると「岩戸神楽」が行われます。

「なぜ、ここに岩戸?」と、初めて聞いた時は思ったのですが、
様々な伝説がある那珂川なら分かる気がします。
「岩戸」の戸が飛んできたと言われている場所もあります。

(「結びの山 ~その9 天岩戸 ~ 」の記事)

(「安徳台と高天原」の記事)

                        *

台地の下に何度目かに訪れた時のことです。


その丘の木立の上に、千木が輝く神社が見えました。

今年は、伊勢神宮と出雲大社が共に遷宮の年に当たりますが、
前回の時に目にしたお伊勢さんの真新しいお社と重なりました。

木のさわやかな香りがしてきそうです。

お伊勢さんよりもっと大きくて、自ら輝いているようでした。

今も過去にも存在しないので幻影です。

神聖な場所の象徴としてまぼろしの「神社」が見えたのだと思います。

                       
                       *

時々、思うのです。

「神聖な場所」「神社」の場所を決めたのは、一体誰だったのだろうと。
その昔、やっぱり「感じたり、見えたり」した人達が、決めたのではないでしょうか。


それは、その場所は確かに間違いでは無いものの、
つかみそこねてしまったところがたくさんあると思います。

昔はそれでも「そっとしておく」ということで良かったのかもしれないのですが、
今は状況が違います。

開発され、壊されていくのです。
(安徳台は私有地で、遺跡も見つかっているということなので心配ないと思いますが)

ちょっと寂しいなと思いますが、仕方ないのかもしれません。

                    *

この町を流れる那珂川にも、そういう場所があるのです。

今、河川工事をしていて、コンクリートの礎石が埋められていき、
すっかり様相が変わっていってます。


ですが、数年前にあった水害のことを思うと、やっぱり仕方がないのです。

大事なのは今を生きる人達。

必死に生きている人達の尊い命を守ること。

そこに神様がいたとしても、きっと許してくれるでしょう。


コンクリートで固められていても、川は流れる。
魚は泳ぎ、鳥は集う。

人が生き、子供が笑う場所がある。

神聖は、きっと変わらない。


梅雨までに、無事に工事が終わりますように。
Dsc_0157

最初の写真の反対側からです。

(追記)
梅雨の前に工事は無事に終了したようです。

那珂川の「その場所」は、そのまま残っていました。
ちょっとほっとしました。

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