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2013年12月18日 (水)

白龍と青き龍の夢

その夢を見たのは、私がFARIONに出入りしていた頃。
この頃は、色々刺激されていたのか、意味深な夢を見ることがありました。

1993年頃だったか、夢を見てFARIONの会議室にアップしたと思うのですが、
ログが残っていませんでした。

**************************************************************************

私は一人電車に乗っています。
乗客は他にいないようです。

右手が海。
左手には田んぼが広がっています。


窓の外の景色の中に家もありましたが、人気がありませんでした。

誰も、誰もいない、静寂に包まれた土地。
建物も何もかもそのままなのに、人だけがいない。

荒れた田んぼには、小鳥達が舞っていました。
のどかなようで、なにかぴんと張り詰めた空気が漂っています。


そこを音も無く進む一両の私を乗せた電車。


「あれからずっと、だれも住めないんだ」
そう、そっとつぶやきました。


すると、窓の外・・・。

きらきら光るものが見えました。

ざっば~ん

聞こえない音が聞こえたかのようでした。

土の中から巨大な水柱と共に出てきたのは・・・


真っ青な龍でした。

(地面のはずなのに、「水柱」のよう。
今思うと、「現実の地面の中」から出てきたのではなく、
何か霊的なもの・・・「波動の海の中」からという表現が近いかもしれません)


青き龍はお日様の光を受け、きらきらとうろこを青銀色に輝かせます。
巨大な龍。


すると空から現れたのは、真っ白な龍。
こちらも日の光を受けて、きらきらと白銀に輝きました。


巨大な真っ白な龍は、そのまま大地の中へ。


ざっば~ん


巨大な水しぶきをあげて、するすると潜り込んでいきました。


ざっば~ん


白い龍が水柱とともに、大地から出てきました。


二頭の龍は、互いに巨大な体をくねらせながら、

大地の中にダイブしたり、

出てきたり、

空を舞って、

また大地にダイブしたり・・・。

それを何度も繰り返します。

その度に水しぶきが大地からあがります。



・・・あぁ、これは・・・
心の中に浮かんだものがありました。


これは、大地を浄化している。


人の住めなくなった大地を、二頭の龍はきれいにしている。

”空の気”と”地球の気”を大地に送り込んで、混ぜ込んで・・・

そうして、また人の住める大地に戻そうとしているんだ。


と。


*************************************************************************

二頭の龍は、空と大地の神(精霊?)


いつか、熱田神宮に行った時、こんな声が聞こえたことを思い出しました。


<神は、人の祈りにより存在するもの。人の祈りがなければ、この世に存在し続けることなし。
長い時を越えて、たくさんの人が祈り続けた証が、今の神の姿>


この言葉を思い浮かべたのです。



人の祈りが龍の存在を確かなものにしていく。
祈りが聞こえる限り、龍たちは大地と空を浄化していくんだ、と。

龍たちは祈りが聞こえる限り、永遠に続けていく。

いつか人に返す日がくるまで。

                      *

その夢は明晰夢でした。
普通の夢とは違うタイプのものです。

”これは、見せられたもの”
そう思っていました。

2013年12月13日 (金)

みちびき 追伸 ~沙霧と桜花林~

文通していた「前世の仲間」という二人は、4つ下のまだ中学生でした。
二人は同じクラスでした。

私と文通し始めた頃には、すでに多くのことを夢から得ていました。
私の「夢」でしかなかった夢の世界の色んな情報を、次々に言い当てる彼女達。

・・・私の夢(別の星の夢)の中の世界と、彼女達が見た夢の世界は同じだったのです。

私が夢で見ていない情報も、随分教えてくれました。
私の夢でしかなかった世界が、彼女達によって形作られていったのです。


少し心配でした。
「前世を夢で見ること」

それは、毎夜、毎夜見る、映画のようでした。
今の自分と違う自分。
違う世界での経験。
わくわくする体験。

「夢」なのに、それが自分の前世なのです。

今と違えば、違う程、夢の世界にはまり込んでしまいます。

今の自分と前世の自分・・・。
何度も「前世の自分」を見るうちに、今の自分がそれに感化されていってしまうのです。

私の場合、前世も過去のことに過ぎない。
そう思っているようなので、はまることはありませんでした。


でも、実際に彼女達と会う日が来たのです。

当時、札幌にいた私。
道東にいた彼女達と、修学旅行の時に顔を合わせたのです。

<初めてあったのに初めてじゃない気がする>
本当にそんな感じでした。

これは夢じゃなく、現実なんだと再確認した日でした。
私が北海道へ引っ越したことさえ、彼女達と会う為だったのかもと思いました。

               *

それからしばらく経って・・・。

お互い、でした。
多分。
自分の周りの人が夢を見たら、「仲間だ」と思ってしまいました。

「見た夢が同じ」なら、仲間だと思ってしまいました。
でも、他に何があるのでしょう。
人の前世なんて、覗くことはできないのです。

その「仲間」が望めば、「(最も絆のある)友達だから」と、
何でもしてあげたくなっていました。



その後、私の周りで「私と同じ夢」を見た人が、何人も現れました。

ずっと後になって、私の周りにいる人が次々と(断片的に)夢を見ていたことが
分かりました。
私に影響されてのことかもしれません。

彼女達の周りでもきっと・・・。

今は、誰が仲間なんて私には言えません。
リヴィらしきものがあったダンナだって、私には分からないのです。


もう、あれから何十年も経っています。

未だにこだわっているのは私だけ?
でも、「未来の記憶の夢」を見てから、ただの前世だと思えなかったのです。
「前世」のような「過去の私」の話ではなく、今の私にも関わること・・・だと。


その夢を夢の中の私は、
「久しぶりといった男の人に、その人が見た日記として見せられた」のでした。
そこに「お前達7人は今生で出会わなければならない」と言われたと
書かれてあったのです。



同時期に見た彼女達の一人は、

「男の人が現れて、何かの資料として見せられた」のだと言っていました。
そして、その人から「私達は今生で7人出会うだろう」と言われたと。
私がその夢で見た、燃え上がる東京の場面は見ていないようでした。


同じなようで微妙に違う夢。
明らかに、どっちかが相手に「飛ばした」夢ではなさそうでした。

なぜ、あんな夢を二人は見たのか。

                     *


P.S 沙霧、桜花林

自分達の前の名前で検索したら、これにヒットするはず。
少なくともあなた達は、自分達の前世の名前を知っている。

なのにあれから一度も姿を見せていない。

もういいの?
あなた達はその後、どんな夢を見たの?


私はもう、忘れてもいいの?
「過去のこと」にしてしまってもいいの?

でも、最近になって、夢がまた動き出している。
そう思えてきて・・・。

・・・忘れてはいけない。
ただの夢ではないのだから。

それは、夢でしかなかった私より、
沙霧や桜花林の方が分かっているはず。


私達が何かするわけではないかもしれない。
でも、この世で会わないといけない。

ただの夢ではないのでしょう?

沙霧、桜花林。
どこにいるの?

あなた達の「そのわけ」
私に直接、ぶつけてよ。

なぜ、人の話だけで判断するの?
直接、私にきいてよ。

ちょっとでも思うことがあったら、必ず検索するはず。
必ずここにたどり着くはず。

必要なのは、思い出話だけじゃないはずなのでしょう?
だから、私はこんなに探してる。
なりふり構わず。

沙霧、桜花林。

私は関係ない人なの?
だから、たどり着けないの?
あなた達に。

会いたい。

みちびき その5 ~声~

その時、声が聞こえたのです。

虚空から降ってきたかのように・・・。


               *

その人とは、結納までしたのですが、色々あってしばらく
音信不通になりました。

その最後の日の電話の後、
(あぁ、やっぱり)
色んな意味でそう思いました。

やっぱり。こういうことになることは初めから分かっていたんだ。
「未来の記憶の夢」を見た時から。

もしもこの人と結婚するなら、再び会うことになるだろう。
また会う事がないのなら、関係のなかった人なんだと。

一日泣いて、すっきりしました。


                      *                       

私は今を生きているのか、前世の為に生きているのか、どっちだろう。
ただ、「夢の人」かもしれないから待たなければならない、なんて思いは微塵も無く。
でも心のどこかに「夢」が引っかかっていたのも事実。
また会うことになるのかもという思いと・・・。

その思いを引きずったまま・・・。

3年近く経ちました。

その日、突然の電話。
「また会いたい」とのこと。

「ちょっと考えさせて」と切りました。

電話を切った後、泣きました。

私はどうしたらいいの。
色んな思いが交錯して、心の中で叫びました。


その時。

<<許すこと>>



声が聞こえたのです。
はっきりとした声が私を包みました。



・・・それは前世の私の声。

いつの私か分からないけど、前の世の私の声でした。



あぁ、許せばいいんだ。



すとんとその言葉が胸に入ってきました。


そうか、許せばいいんだ。
ただ、許せばいい。

と。

許すことで前に進むこともある。



                                      *


私は今を生きていながら、前の世の私に生かされている。

この時、そう思いました。

前の世の私。
生まれる前の自分です。

きっと、人生は生まれる前から決められている。
決めたのは自分。
生まれてくる前の自分が決めた道なのでしょう。

だから、それを選んでしまうような気がします。


生まれる前の自分に導かれて行く先は、きっと自分が望んでいた未来。


奈良の土地に生かされた命。
生まれる前の私に生かされた命。
無駄にはしない。
進むべき場所に進む。
どこにだって生きていける場所はある。

(ただ、彼が「夢の仲間の一人(7人の一人)」だと確信してるわけではありません。
 この世で出会わなければならない人の一人だとは思っています。)

リアルでその声が聞こえたのは、この一度だけでした。

(つづく)

2013年12月 2日 (月)

おえかき その2

何故、絵を描かなくなってしまったのだろう。

理由をよく考えてみました。


上に小学生の兄、姉がいて、この二人が絵が上手いのです。
ポケモンやらトレーディングカードのデュエマやらの絵を、
あたりも描かずにそっくりに描いていくのです。
(ただし、自分達の好きな絵だけ)

それを見るたび、「ぼくはうまくかけない」と言っていました。
自分が思う通りに描けないことが悔しいらしくて、
初めから描くことを拒否してしまうのです。

私は絵を描くのが好きなので、
「たくさん描くと上手くなっていくし、思い通りの絵を描くことができるよ」
と言っていました。

一緒に描こうと言っても、

「いや、描かない」。

最初の段階の「絵を描くこと」自体、「嫌なこと」になっているようでした。

その頃、ブロックやラQ(小さなピースを組み合わせて立体的なものを作るブロック)に
はまってたこともあり、ますます描かなくなりました。



もっと小さいころにも原因があります。

2~3才の頃は、よくお絵かきをしていました。
私と一緒に描いて、人物まで。

でもその頃、家の壁という壁中に絵を描くようになってしまったのです。
私も気を付けてはいたのですが、家事などで離れると即。

「紙に描かなかったら、落書き。紙に描いて」
何度も言いましたが、やめません。
油性ペンやクレヨンやボールペン、あらゆるもので。
その頃、賃貸のマンションにいたので、とても困りました。

どうやら、広くて白い壁に描くのはとても気持ちがいいと思ってしまったようです。

ついに旦那から大目玉が。
「クレヨンもペンも鉛筆も、書くものはすべて禁止!」

それから幼稚園に入るまで半年ほどの間でしたが、ほとんど触らせませんでした。
(しまじろうなどのドリルなどは私と一緒にしていたので、それくらいです)


描きたいと思う時に描けなかった。

なので、思うように描けない。

彼には軽いトラウマになっていたようでした。


始めの一歩。
一度、離してしまったその一歩に、再びたどり着くまで大変でした。

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