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2013年12月18日 (水)

白龍と青き龍の夢

その夢を見たのは、私がFARIONに出入りしていた頃。
この頃は、色々刺激されていたのか、意味深な夢を見ることがありました。

1993年頃だったか、夢を見てFARIONの会議室にアップしたと思うのですが、
ログが残っていませんでした。

**************************************************************************

私は一人電車に乗っています。
乗客は他にいないようです。

右手が海。
左手には田んぼが広がっています。


窓の外の景色の中に家もありましたが、人気がありませんでした。

誰も、誰もいない、静寂に包まれた土地。
建物も何もかもそのままなのに、人だけがいない。

荒れた田んぼには、小鳥達が舞っていました。
のどかなようで、なにかぴんと張り詰めた空気が漂っています。


そこを音も無く進む一両の私を乗せた電車。


「あれからずっと、だれも住めないんだ」
そう、そっとつぶやきました。


すると、窓の外・・・。

きらきら光るものが見えました。

ざっば~ん

聞こえない音が聞こえたかのようでした。

土の中から巨大な水柱と共に出てきたのは・・・


真っ青な龍でした。

(地面のはずなのに、「水柱」のよう。
今思うと、「現実の地面の中」から出てきたのではなく、
何か霊的なもの・・・「波動の海の中」からという表現が近いかもしれません)


青き龍はお日様の光を受け、きらきらとうろこを青銀色に輝かせます。
巨大な龍。


すると空から現れたのは、真っ白な龍。
こちらも日の光を受けて、きらきらと白銀に輝きました。


巨大な真っ白な龍は、そのまま大地の中へ。


ざっば~ん


巨大な水しぶきをあげて、するすると潜り込んでいきました。


ざっば~ん


白い龍が水柱とともに、大地から出てきました。


二頭の龍は、互いに巨大な体をくねらせながら、

大地の中にダイブしたり、

出てきたり、

空を舞って、

また大地にダイブしたり・・・。

それを何度も繰り返します。

その度に水しぶきが大地からあがります。



・・・あぁ、これは・・・
心の中に浮かんだものがありました。


これは、大地を浄化している。


人の住めなくなった大地を、二頭の龍はきれいにしている。

”空の気”と”地球の気”を大地に送り込んで、混ぜ込んで・・・

そうして、また人の住める大地に戻そうとしているんだ。


と。


*************************************************************************

二頭の龍は、空と大地の神(精霊?)


いつか、熱田神宮に行った時、こんな声が聞こえたことを思い出しました。


<神は、人の祈りにより存在するもの。人の祈りがなければ、この世に存在し続けることなし。
長い時を越えて、たくさんの人が祈り続けた証が、今の神の姿>


この言葉を思い浮かべたのです。



人の祈りが龍の存在を確かなものにしていく。
祈りが聞こえる限り、龍たちは大地と空を浄化していくんだ、と。

龍たちは祈りが聞こえる限り、永遠に続けていく。

いつか人に返す日がくるまで。

                      *

その夢は明晰夢でした。
普通の夢とは違うタイプのものです。

”これは、見せられたもの”
そう思っていました。

2013年12月13日 (金)

みちびき 追伸 ~沙霧と桜花林~

文通していた「前世の仲間」という二人は、4つ下のまだ中学生でした。
二人は同じクラスでした。

私と文通し始めた頃には、すでに多くのことを夢から得ていました。
私の「夢」でしかなかった夢の世界の色んな情報を、次々に言い当てる彼女達。

・・・私の夢(別の星の夢)の中の世界と、彼女達が見た夢の世界は同じだったのです。

私が夢で見ていない情報も、随分教えてくれました。
私の夢でしかなかった世界が、彼女達によって形作られていったのです。


少し心配でした。
「前世を夢で見ること」

それは、毎夜、毎夜見る、映画のようでした。
今の自分と違う自分。
違う世界での経験。
わくわくする体験。

「夢」なのに、それが自分の前世なのです。

今と違えば、違う程、夢の世界にはまり込んでしまいます。

今の自分と前世の自分・・・。
何度も「前世の自分」を見るうちに、今の自分がそれに感化されていってしまうのです。

私の場合、前世も過去のことに過ぎない。
そう思っているようなので、はまることはありませんでした。


でも、実際に彼女達と会う日が来たのです。

当時、札幌にいた私。
道東にいた彼女達と、修学旅行の時に顔を合わせたのです。

<初めてあったのに初めてじゃない気がする>
本当にそんな感じでした。

これは夢じゃなく、現実なんだと再確認した日でした。
私が北海道へ引っ越したことさえ、彼女達と会う為だったのかもと思いました。

               *

それからしばらく経って・・・。

お互い、でした。
多分。
自分の周りの人が夢を見たら、「仲間だ」と思ってしまいました。

「見た夢が同じ」なら、仲間だと思ってしまいました。
でも、他に何があるのでしょう。
人の前世なんて、覗くことはできないのです。

その「仲間」が望めば、「(最も絆のある)友達だから」と、
何でもしてあげたくなっていました。



その後、私の周りで「私と同じ夢」を見た人が、何人も現れました。

ずっと後になって、私の周りにいる人が次々と(断片的に)夢を見ていたことが
分かりました。
私に影響されてのことかもしれません。

彼女達の周りでもきっと・・・。

今は、誰が仲間なんて私には言えません。
リヴィらしきものがあったダンナだって、私には分からないのです。


もう、あれから何十年も経っています。

未だにこだわっているのは私だけ?
でも、「未来の記憶の夢」を見てから、ただの前世だと思えなかったのです。
「前世」のような「過去の私」の話ではなく、今の私にも関わること・・・だと。


その夢を夢の中の私は、
「久しぶりといった男の人に、その人が見た日記として見せられた」のでした。
そこに「お前達7人は今生で出会わなければならない」と言われたと
書かれてあったのです。



同時期に見た彼女達の一人は、

「男の人が現れて、何かの資料として見せられた」のだと言っていました。
そして、その人から「私達は今生で7人出会うだろう」と言われたと。
私がその夢で見た、燃え上がる東京の場面は見ていないようでした。


同じなようで微妙に違う夢。
明らかに、どっちかが相手に「飛ばした」夢ではなさそうでした。

なぜ、あんな夢を二人は見たのか。

                     *


P.S 沙霧、桜花林

自分達の前の名前で検索したら、これにヒットするはず。
少なくともあなた達は、自分達の前世の名前を知っている。

なのにあれから一度も姿を見せていない。

もういいの?
あなた達はその後、どんな夢を見たの?


私はもう、忘れてもいいの?
「過去のこと」にしてしまってもいいの?

でも、最近になって、夢がまた動き出している。
そう思えてきて・・・。

・・・忘れてはいけない。
ただの夢ではないのだから。

それは、夢でしかなかった私より、
沙霧や桜花林の方が分かっているはず。


私達が何かするわけではないかもしれない。
でも、この世で会わないといけない。

ただの夢ではないのでしょう?

沙霧、桜花林。
どこにいるの?

あなた達の「そのわけ」
私に直接、ぶつけてよ。

なぜ、人の話だけで判断するの?
直接、私にきいてよ。

ちょっとでも思うことがあったら、必ず検索するはず。
必ずここにたどり着くはず。

必要なのは、思い出話だけじゃないはずなのでしょう?
だから、私はこんなに探してる。
なりふり構わず。

沙霧、桜花林。

私は関係ない人なの?
だから、たどり着けないの?
あなた達に。

会いたい。

みちびき その7 ~リヴィ ・ 夢の紋章~

その人と結婚して6年目。
上の子の足に痣があると話していました。

(前に書いたグリーン・スリーブスの記事と重なります)

子供のは何でもない小さな痣でした。


その時・・・。

「俺にも痣はあるよ」
左の手首を見せてくれました。


その痣。

それは、 ”リヴィ”でした。

私の「夢の中の世界」にあるはずのもの。

”リヴィ”と呼ばれていた紋章と・・・同じ形。

なんで??


それを見た瞬間、鳥肌が立ちました。
この世で現実に目の当たりにするなんて、思いもよらなかったのです。

                                               *


(当時の)10年以上前に、「前世の仲間」という二人と暫く文通をしていました。

その前世の一つ「別の星の夢」に、深く関わるという宗教(?)の”紋章”があります。
(以前の記事「別の星の夢」「前世の仲間」


私はそこのところを全く夢で見ていないので、その二人が手紙で教えてくれていました。

「星のこと」
「神が実在するという宗教(?)のようなもののこと」

そして「リヴィ」

それは能力者の額や腕に(生まれた時に)つくことがあるという(全ての人ではない)、
その宗教(?)の紋章でした。

なぜ、その宗教(?)の紋章が能力者につくのかは、私には分かりません。
(?がついているのは、宗教とひとくくりにするのには、ちょっとイメージが違うからです)


                                            *


その彼女らからの手紙の中にあるはずの、”リヴィ”が、彼のその手首にあったのです。


複雑ではないけれど、筆で書いたような、一目でただの痣でないと分かるその形。

「私達が夢で見た前世の世界」にあるはずの、夢の中の形。


なぜ、ここに・・・。


しまっていた当時の手紙を見せました。

「何の痣なんだろうとは思っていたんだよね」と。

・・・果たして、ただの偶然か、どうか。


彼のこの痣は、私自身にも軽い衝撃でした。

やっぱり、ただの夢じゃなかったんだ。
と、しばらく呆然としました。



でも、だからと言って、「仲間」だと決め付けたくはないのです。
それでトラブルになったことがあるので。

でも、あきらかにこの人と一緒になる為かのような
強い<みちびき>があったのは確かだと思うのです。

「前の世界」とまったく関係ないとは言えないかもしれません。


自分としては、「夢の人」だからという理由で結婚したわけでもないので、
まぁ、どっちだっていいかという気持ちなんですが。


************************************************************************

今の私も誰かの夢の中にいるのだろうか。
ふとそう思うときがあります。
あまりにも漫画みたいなお話。

でも、ノンフィクション。
すべて本当にあったこと。

今、夢の話は保留です。
何事も無く、3人の子育てをしています。


                 *


「未来が分かる」と、色んなことを考えてしまいます。
いちいち自分自身に確認したり、納得させたり。

でも、多分それをしなかったら、後悔していたでしょう。

今の自分以外のせいにしたり、”神”を非難したり。
自分の運命を悲観したり。



そうならない為に<みちびき>が分かったのかもしれません。

一応は私、自分で選択してきた人生の中にいます。


                  *

 <みちびき>は、人生の道しるべのようなものだと思っています。
誰でも、生きていく間に何度も経験しているものだと思います。

日常の何でもないようなことが、その<みちびき>だったりします。
それに自分が気づくか、気づかないか。

毎日の何でもないことなのに、自分自身が意味づけをしたり、確信したり。
そういう時が<みちびき>であることが多いと思います。

生きていく上での道しるべのようなものだと思っています。

みちびかれて、今住んでいる土地は、きっと前の世の私が望んだ場所。
住みたかった奈良よりも、今の私がたどり着きたかった場所。

愛おしい程の幸せな毎日をおくれる土地。

この場所に、私は来たかったのだと思います。



人の体は器。魂は永遠。
ひと時の器での愛おしい程の経験を、次の世の自分に引き継いでいくのです。
そこには再び会いたいと思う人がいる。
また笑顔でみんな会える。

そう信じて。
だからこそ、今を精一杯生ききる。

私の場合、<みちびき>はその為に必要なのでしょう。



(おしまい)

みちびき その5 ~声~

その時、声が聞こえたのです。

虚空から降ってきたかのように・・・。


               *

その人とは、結納までしたのですが、色々あってしばらく
音信不通になりました。

その最後の日の電話の後、
(あぁ、やっぱり)
色んな意味でそう思いました。

やっぱり。こういうことになることは初めから分かっていたんだ。
「未来の記憶の夢」を見た時から。

もしもこの人と結婚するなら、再び会うことになるだろう。
また会う事がないのなら、関係のなかった人なんだと。

一日泣いて、すっきりしました。


                      *                       

私は今を生きているのか、前世の為に生きているのか、どっちだろう。
ただ、「夢の人」かもしれないから待たなければならない、なんて思いは微塵も無く。
でも心のどこかに「夢」が引っかかっていたのも事実。
また会うことになるのかもという思いと・・・。

その思いを引きずったまま・・・。

3年近く経ちました。

その日、突然の電話。
「また会いたい」とのこと。

「ちょっと考えさせて」と切りました。

電話を切った後、泣きました。

私はどうしたらいいの。
色んな思いが交錯して、心の中で叫びました。


その時。

<<許すこと>>



声が聞こえたのです。
はっきりとした声が私を包みました。



・・・それは前世の私の声。

いつの私か分からないけど、前の世の私の声でした。



あぁ、許せばいいんだ。



すとんとその言葉が胸に入ってきました。


そうか、許せばいいんだ。
ただ、許せばいい。

と。

許すことで前に進むこともある。



                                      *


私は今を生きていながら、前の世の私に生かされている。

この時、そう思いました。

前の世の私。
生まれる前の自分です。

きっと、人生は生まれる前から決められている。
決めたのは自分。
生まれてくる前の自分が決めた道なのでしょう。

だから、それを選んでしまうような気がします。


生まれる前の自分に導かれて行く先は、きっと自分が望んでいた未来。


奈良の土地に生かされた命。
生まれる前の私に生かされた命。
無駄にはしない。
進むべき場所に進む。
どこにだって生きていける場所はある。

(ただ、彼が「夢の仲間の一人(7人の一人)」だと確信してるわけではありません。
 この世で出会わなければならない人の一人だとは思っています。)

リアルでその声が聞こえたのは、この一度だけでした。

(つづく)

2013年12月10日 (火)

みちびき その4 ~FARION~

「FARION(エフ アリオン)」・・・・・・世紀末フォーラム

私がよく行っていたその場所は、NIFTY-Serve の中でも特別変わった場所でした。
「ARION」とは、宇宙神霊なのです。


そのARIONの声を聞く方(チャネラー)がKさん、
そのFARIONのシスオペ(管理人)でした。
いくつかの本を出されています。

私は当時まったく知らなくて入ったのですが、
フォーラムに集まっていた他の方々はそういう方面に興味があり、詳しい人が多く、
毎日、RTなどで議論していました。(大抵は、雑談)

「朝までRT」と言っては、夜明けまで話すこともよくありました。

まさに私があの日見たTVの画面の中のようでした。


最初の頃は、まだ従量課金制。
テレホーダイも無かった頃は、課金と電話代が万単位できて、毎月どきどきしてました。

まだまだ敷居が高かった為、来る人は限られた人だけで、
秩序も保たれていました。


FARIONの中では、しばしば不思議なことが起こりました。

フォーラムに入ったところにARIONの「ハロー」という「その日の言葉」が
書かれてありました。
それを見てからRTに入るのですが、一通り話し合った後出てくると、
その言葉が変わっていることがよくあるのです。

RTの中で議論していた内容の言葉に。
Kさんは一度もRTに来ていなかったので、その内容を見ていないはずですが。


「何か書きたい」という衝動に駆られ、書いて会議室にUPした後に
<ハロー>を見ると、その内容と同じ言葉になっていることもありました。

そういう現象を仲間内では、「ARIONとリンクした」と言ってました。


また、誰かがRTで議論を交わしている時、SENDでこっそり特定の誰かに
「私は何々だと思うんだけどね~」なんて本音を送ったら、
失敗して表に出ることもありました。

まさにその言葉、「言うべきこと」は、SENDしても必ず出るものという暗黙の了解が
ありました。

ただの仮想空間ではありませんでした。
そこでは、何かの意思が常に働いている。
いつも、そう感じていました。

             *

ある時、RTでARIONに言われた言葉があります。


(ARION)   弥沙は瞑想の中で覚醒する>弥沙

(弥沙)        私は、瞑想なんてしないよ。したくてもできない>ARION

(ARION)   覚醒するのは、夢の中。夢うつつの中。眠る前と起きる前>弥沙

滅多にRTに顔を出さないARIONでしたが、
一度だけ直接言われました。


でも結局、ARIONに本当に聞きたかったことは聞けずじまいでした。

「私が見ていた夢は、本当に前世だったの?」


普段、「夢の話」として保留していた「前世の夢」について、
何度も考えさせられました。


FARIONという場所であの人に会いましたが、
FARIONという場所自体、私が行くべき場所だったと思います。

2013年12月 8日 (日)

みちびき その3 ~夢の中の街~

その人は福岡の人でした。
私は当時、愛知にいました。

知り合って2ヶ月で、私が福岡に会いに行きました。


改築前の博多のバスセンターで初めて顔を合わせた二人。

「どこ行く」
という言葉に、目の前にあった看板が目に付きました。

「秋芳洞に行きたい」
秋芳洞のある山口まで、高速使って2時間ほど。



秋芳洞には遊歩道が設置してあり、その横を地下水が流れていました。
巨大な鍾乳石。
何もかも圧倒されました。


もうすぐ出口という場所。
見上げると鍾乳石が連なり、壁のように見えました。

その隙間の道を登って行った上の方に、出口の扉があるのです。

その場所を下から見上げた時、ある光景が重なりました。


                    *


<<洞窟の中。おそらくレースの後。
   その洞窟を歩いて、たどり着いたその扉の外に、明るい世界が待っている。
   その扉を開けるとにぎやかな街。
   一種のお祭りのような時。
   海辺の街の独特の匂い、魚を焼く匂いがして・・・>>


                                             *

それは<洞窟の夢>と呼んでいる前世の世界の光景でした。

白昼夢を見ているかのような、まるで夢の中にいるような・・・。

そんなまどろんだ感覚の中にいました。


とても懐かしい場所・・・。

秋芳洞のどこかが似ていたのかもしれません。
しばしの間、その遠い記憶に思いを馳せていました。

その頃は、そういうこともほとんどなかったのですが。

              *

その時・・・。

「あの扉の向こうが白い家ばっかりの街でさ。
 祭りをやっててさ、魚を焼いてる匂いがしててな。
 そんな感じがするよ」


すぐ隣にいたその人がそう言ったのです。




                                *


一瞬、頭の中が真っ白になりました。


<・・・あぁ、やっぱりこの人はこの光景を知っている>


そうだ。
ギリシャのサントリーニ島やミコノス島に似ているその街は、

<洞窟の先の街>

白い家々が連なる海の美しい街。

それは私が前世で見た光景の一つだ。



・・・ここに来たことさえ、偶然ではない。
すべてみちびかれてのこと・・・。
何に?何ものに・・・?

(つづく)

2013年12月 7日 (土)

みちびき その2 ~SEND~

「これは”みちびき”だ」
そう確信していました。


今までにも何度かあったのです。
一度は、オカルト雑誌を探していた時。

結果的には、その時に「前世の仲間」という子達が投稿した雑誌を
手に取ることになりました。
(以前書いた記事「ぼくを包む月の光」にあります)

その時の”感じ”とひどく似ているのです。



アパートでパソコン通信が出来る環境を整えるまで、2ヶ月程かかりました。

寮を出たのは8月。
すでに紅葉の季節です。
 

その日、初めて回線を繋ぎました。



私が目指す場所は、ただ一つ。


「FARION」


今の@niftyの前身、NIFTY-Serve のパソコン通信の中にあったフォーラムの一つ。

世紀末フォーラムでした。

(フォーラムとは、趣味や興味がある人達が集うサークルのようなもので、
それ毎に「会議室」があり、そこで談義したりRTしたりする、仮想空間の中の場所)

そこに決めたのは、購入した「NIFTY-Serveの解説本」の後ろに載っていた
数多くのフォーラムの名前を見た時に、”ここだ”と思ったからでした。

何の理由もなかったのですが、迷いはありませんでした。


                   *

ピーガー

モデムから流れる音が部屋に響きました。

FARIONに入るとまもなく、SENDが2,3人から送られてきました。


SENDとは、各個人に言葉を送る記号(コマンド)です。
同時刻に同じフォーラム内にいる人と二人だけで会話ができるのです。

フォーラムに誰かが入ると、みな気軽に話しかけ、RTに誘うのが
FARIONでの日常でした。


                   *


>>/SEND 〇〇〇〇(相手のID) ○○(ハンドルネーム)  こんにちは はじめまして 



                                          *

その文字を見た瞬間に悟りました。


”この人だ。私はこの人と結婚することになる。でも・・・”

                                           *


<<天命を聞く>>
という瞬間があるなら、この時もそうかもしれません。

始まった!というわくわくする気持ちと、苦しむであろう未来の私への謝罪。

この時、この人は「未来の記憶」の夢の中で最初に出てくる人だと直感しました。
そしてその夢の中の彼は「久しぶり」という。

”この人とは結婚するけれど、その前に別れて、再会することになる”

この時に、すべて分かってしまったのです。



私は、初めて会話したその人に、自分の前世の話をしました。

ただ、色んなことが重くて、辛かったのです。

夢は色んな情報を色んな角度で与えてきます。
あの夢の中の情報の一つが「久しぶり」と言って再びあう男の人のこと。
<それはこの人だ>と自分が全身で確信してる。


選択権は私にある。
何かにみちびかれたとしても、私が未来を選んだんだ。
これでいいんだ。

だけど、自分で選びながらも、きっと<みちびき>に抗えないであろうこれからの私。
本当に、「これ」は私自身の気持ちなのか。


その言葉が、頭の中で何度もこだましていました。



でも、私はあまり悩む性格ではないので、
何でそんな話をその人にしたのか分からないのです。

後で聞きましたら、彼はその日を最後にそのフォーラムを
やめようと思っていたようでした。
私と会話することで、もう少しいてもいいかなと思うようになったと。


その日、その時間、その仮想空間に行かなければ、出会うことはなかったのです。

(つづく)

2013年12月 6日 (金)

みちびき その1 ~パソコン通信のRT~

ふと顔をあげると、TVの画面には「パソコン通信のRT」が映っていました。

つけっぱしのTVは、深夜のドラマを流していたのです。

画面には、RT(今で言うチャット)の上から下へ流れる言葉。
HN(ハンドネーム)で交わされる会話。

パソ通はまだ「はしり」だったので、初めて見るものでした。


その当時は、会社の寮にいました。

部屋で本を読んでいたのです。
ドラマなんてあまり見る方ではなかったのですが、なんとなく気になって顔をあげました。

ドラマは、パソコン通信で知り合った二人の話・・・のようです。



そのRTの画面を見た時、

<私はここに行かなければならない。行って会わなければならない人がいる>

と強烈に思いました。



次の日には電気屋さんに行ってました。
当時のパソコンはまだまだ高く、自分に扱えると思えなかったので、
モデムを取り付けると通信ができるワープロを購入しました。


専用のモデムは取り寄せで一ヶ月かかると言われたので、
その週の内に、友達と18切符で夜行に乗って東京へ。

秋葉原でモデムを買いました。

取り付けて初めて、この寮の建物ではパソ通ができないと分かりました。


次の日から、アパート探し。
ほどなく見つかり、その月の内に引越しました。



なぜ、こんなに急いでいるんだろう?
自分に何度も問いかけました。


「早く、早く」

焦る気持ち。
抗えない衝動。
この感覚は、身に覚えがありました。

                 *

こういう時、私には自分に確認する呪文のような言葉があります。

<<選択権は私にある。決めるのは私>>
だと。

後になって、自分以外の誰かのせいにしない為に。

あくまでも、決めたのはその時の私だと。



                                        *


引越しが終わって、次の日に会社に行きました。

その日。

「寮にいる大半の人は、同じ系列の別の会社に出向するように」
とのお達し。
その会社の寮は、マンションのような建物がいくつもあったので、
対象者はかなりの人数になりました。

その説明会に行かなかった私に、会社の人が聞きにきました。

「昨日、アパートに引越したのです」

なんというタイミング。


もしもこの日、まだ引っ越していなければ出向になり、
1年以上ホテル暮らしになった為、パソ通など出来なかったのです。


あのRTの画面を見た瞬間に、感じてはいました。

「これは<みちびき>だ」

(続く)

2013年12月 2日 (月)

おえかき その2

何故、絵を描かなくなってしまったのだろう。

理由をよく考えてみました。


上に小学生の兄、姉がいて、この二人が絵が上手いのです。
ポケモンやらトレーディングカードのデュエマやらの絵を、
あたりも描かずにそっくりに描いていくのです。
(ただし、自分達の好きな絵だけ)

それを見るたび、「ぼくはうまくかけない」と言っていました。
自分が思う通りに描けないことが悔しいらしくて、
初めから描くことを拒否してしまうのです。

私は絵を描くのが好きなので、
「たくさん描くと上手くなっていくし、思い通りの絵を描くことができるよ」
と言っていました。

一緒に描こうと言っても、

「いや、描かない」。

最初の段階の「絵を描くこと」自体、「嫌なこと」になっているようでした。

その頃、ブロックやラQ(小さなピースを組み合わせて立体的なものを作るブロック)に
はまってたこともあり、ますます描かなくなりました。



もっと小さいころにも原因があります。

2~3才の頃は、よくお絵かきをしていました。
私と一緒に描いて、人物まで。

でもその頃、家の壁という壁中に絵を描くようになってしまったのです。
私も気を付けてはいたのですが、家事などで離れると即。

「紙に描かなかったら、落書き。紙に描いて」
何度も言いましたが、やめません。
油性ペンやクレヨンやボールペン、あらゆるもので。
その頃、賃貸のマンションにいたので、とても困りました。

どうやら、広くて白い壁に描くのはとても気持ちがいいと思ってしまったようです。

ついに旦那から大目玉が。
「クレヨンもペンも鉛筆も、書くものはすべて禁止!」

それから幼稚園に入るまで半年ほどの間でしたが、ほとんど触らせませんでした。
(しまじろうなどのドリルなどは私と一緒にしていたので、それくらいです)


描きたいと思う時に描けなかった。

なので、思うように描けない。

彼には軽いトラウマになっていたようでした。


始めの一歩。
一度、離してしまったその一歩に、再びたどり着くまで大変でした。

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