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2014年7月31日 (木)

宇佐神宮  ~大分県~

大分県にある宇佐神宮に行きました。

福岡から少し遠いので、一泊二日の小旅行です。

Dsc_2068

大きな鳥居。
人が映ってないので分かりにくいですが、人の背丈は鳥居の基礎の少し上くらいです。


Dsc_2075

茅でできた夏越の輪くぐりがありました。
これをくぐると、夏の間を健康に過ごせます。

Dsc_2079


上社へ続く階段の途中の鳥居。
くぐるたびに、空気が微かに揺れます。

清浄な神域へ。

上社へ続く楼門です。

Dsc_2085

今回、上社は改修が行われていました。
なぜか写真を撮らなかったので、前に行った時(10年前)のがあれば、またUPします。

Dsc_2087_2

(クリックすると大きくなります)

祭神は八幡大神、比賣(ひめ)大神、神功皇后

比賣大神は宗像三女神です。

こちらのお社が上社。

そして、もう一つ、下社があります。

「上社だけなら、片参り」と言われているそうで、宇佐神宮に来たなら、
下社も参ります。
下社に続く橋です。
とても美しいですね。

Dsc_2088

下社です。
上社と同じ神が祭られています。

Dsc_2089


途中で見かけた、池の上に浮かぶ石舞台。

奥に滝が見えます。

私のお気に入りの場所です。

Dsc_2094

ちょうど、蓮の花が見ごろでした。
でも、全部反対側を向いていたので、この一輪だけぱしゃり。

Dsc_2114_2

とても広い敷地の宇佐神宮。

Dsc_2117

前に来た時は、真ん中の子が3歳でしたので、上社だけ参って帰りました。

下社も行きたかったなぁ~とずっと思ってたので、ようやく行けて嬉しかった。
子供が私の実家の札幌に帰ってる間に(私は仕事があるので子供だけで)
あちこち行けました。

これから、空港までお迎えです。

Dsc_2133

神鈴、買ってしまった・・・。

鈴の音は魔を払うと言います。

この音色、とても澄んでいて辺りを照らしそう。

2014年7月30日 (水)

宗像大社 中津宮 ~福岡 筑前大島~

宗像大社 中津宮。

宗像三女神の一人、湍津姫神(たぎつひめのかみ)が祭られている神社です。

福岡の宗像市にある港、神湊(こうのみなと)から船で25分の沖にある
宗像(筑前)大島にあります。
Dsc_2028
船が着いた港の側にありました。

Dsc_2029
                             .
Dsc_2043

説明文です。

クリックすると大きくなります。

Dsc_2041

楼門が立派でした。

Dsc_2030

                              .

Dsc_2037

とても静かで、せみの声だけが響いていました。

Dsc_2040


この海を挟んだ向かい側、宗像には辺津宮があります。

毎年、10月1日にはこの港から宗像までの海上を、女神を乗せた御座船と
百数十隻の漁船が勇壮に走り抜けます。
一度は見たいなぁ。

中津宮は島に渡るので来られると思っていませんでしたが、
今回、「うみんぐ大島」で釣りをする為に来ました。
釣堀と防波堤での釣り、その他にシーカヤックなどができます。
入場料は大人610円。
釣堀の方は半日で大人5100円。
Dsc_2044

釣堀が好きではないので、防波堤の方で釣りをしました。

Dsc_2049


防波堤の方には、高さ40センチくらいの柵がありました。

二人で、20センチほどのアジを6匹とベラ2匹釣りました。

水はとても澄んでいて、さびきを入れると何百匹もの小さい魚が群がってきました。
こっちで言う、あぶってかも(すずめだいの子)とかいわしの子とか、ふぐとか。
魚影が濃かったです。

防波堤の真ん中は広く、歩きやすいです。
Dsc_2050
                            .
Dsc_2059
海水浴場もあるらしいので、次は子供と行きたいです。

2014年7月23日 (水)

日吉神社 ~福岡県 那珂川町~

前々から気になっていた「日吉神社」に行きました。

 

祭神は、猿田彦命。

  *後に、天御中主神、大己貴神、日子穂穂出見神と分かりました。
    (「日吉の神は大己貴神 ~那珂川市 日吉神社~」)
   最澄が日枝大社に、猿田彦神を勧請した元宮でもありました。
    (「結びの山 ~その14 日吉の神とニギハヤヒ命~」)


筑紫郡那珂川町の中ノ島公園のすぐ隣にあります。
中ノ島公園は、夏になると川遊びの子供たちの憩いの場所になります。
川の水はとても澄んでいて、蛍もたくさん飛び交うので毎年訪れています。
ずっと存在は知っていたのですが。

お社は車の通りから、ちょっと奥まった場所にあります。

Dsc_1997
その先の鳥居。

 

Dsc_1999
さらに奥へと。
Dsc_2000

神社の森は「日吉の森」とされていて、神域だそうです。

この辺りから、ぞくぞくとする気配がしました。
この神社のパワーはすごい。

そう感じました。

鳥居をくぐると、左側に川の水を引いている池がありました。
猿田彦命を祭る神社のことだけあって、お猿さんの石像があります。

Dsc_2002
どうやら、ぞくぞくする大きな力の一つはこのお猿さんからのようだと感じました。

Dsc_2004_2
生きてると感じるほど、強い視線。
その時、ふと言葉が浮かんできました。

「神威を見せて」

と同時にスマホのシャッターを切りました。

Dsc_2003

 

 

 

と、こんな写真が撮れたのです。
逆光でもなく、偶然とは思えないのですが。

撮らせてくれたものだと信じることにして、感謝。

今まで、フイルムカメラの時は何度かあったのですが、
デジタルカメラでは初めてかもしれません。

Dsc_2006_2
拝殿です。

Dsc_2010_2

拝殿の中に説明板があったのですが、遠くかすれていました。
同じことが書かれてた説明文があったので、こちらを載せます。

かなり面白いので、全文をご紹介。

******************************************************************

      日吉神社 由緒記

 猿田彦命は古事記の天孫降臨の条に最初に現れる
国津神であります。天照大神から授けられた斎庭(ゆにわ)の稲
穂を育てるべき水田を開拓して待ち給うた神と語られ
ます。”さるた”とは今も対馬と種子島に僅かに保存さ
れている稲穂の一品種なる赤米のことであります。春
に浅瀬の多い川を止めて湖を作り、これに苗を植え夏
の日照り時に水を引いて秋の収穫まで干し上げる古式栽
培のことでもありました。

 弥生より後の氏神の鎮守の社は部落を見渡す高台
にあるのが普通でありますが、本社が低い川原にある
のは、日夜田廻りに生きてきた古代の農耕の本質を今
に伝えているからであります。

祭日は四月三十日の水籠、八月三十一日の風籠(かざごもり)、
十二月三十一日の大晦(おおつごもり)があ
りました。氏子一同が神前で会食する式例で一年を三
季に分ける珍しい暦法の名残でありますが、縄文時
代の冬のない亜熱帯気候の風土もよくしのばせます。

これに一月一日の年始祭、七月三十一日の輪越(わごし)祭、十
一月二十三日の注連縄祭が加えられております。猿田
彦を祭神とする社は、伊勢二見の興玉で、夏至に
駿河富士の朝日を拝するところから、伊勢暦の編纂を
もあつかった神であります。本社の拝殿の天井に描か
れた十二月十二支に方位月日の神としての一面を
うかがうことが出来るかもしれません。

伝教大師最澄は、
延暦二十四(八〇五)年唐から帰朝の折に筑紫で最初
お天台派寺院たる背振山東門寺を開基いたしました。
そして、これを比叡山延暦寺に移した時に、その守護
神としてここの山王神猿田彦命を勧請して彼の地に日
枝神社を創建したという伝説が残っております。

*********************************************************************

”さるた”とは、赤米のことだったと初めて知りました。
”猿田彦”が広めた米だから、そう命名したのかもしれません。
この那珂川が書かれた本に「箸墓の歌」があります。

この地に残る伝承や神社、猿田彦命と書かれた道祖神
(道の脇にある魔よけの石版)の多さから、
猿田彦命はここにいたのではないかとしています。

猿田彦命や住吉三神(現人神社)。
那珂川には何気なく、神様の伝承がたくさんあります。

Dsc_2011_2

お社の側に「オガタマの木」がありました。

               *

神前に供える栄木の一種である。
オガタマは招霊(おきたま)の転訛したもので、神前に供えて、
神霊を招く意に由来するという。

 又、神寄木(かみよりのき)であるので日吉神社の神木に
もなっている。胸高周囲は3・8メートルである。
 秋、神鈴に似た実をつける。

                                  *

と書かれてあります。
秋になったら見に来よう。
Dsc_2014_2

2014年7月21日 (月)

伊野天照皇大神宮  ~福岡県~

福岡県久山にある「伊野天照皇大神宮」。

糸島の「櫻井神社」とともに、福岡の伊勢と一部で言われている神社です。

Dsc_1983

右奥に滝があります。

Dsc_1969

拝殿です。

Dsc_1979

祭神は、天照大神、手力雄神、萬幡千々姫神

Dsc_1973

説明文です。
日本書紀によると、神功皇后が天照大神をお祭りしたとあります。

Dsc_1976

斜面に、お社がいくつか建っています。

Dsc_1978_2

とても気持ちのいい場所でした。

            

2014年7月13日 (日)

転生の性

前の世が男だったり、巫女だったり、今と違うものであっても、それは「過去の自分」。

そんな思いはとっくに昇華されて、今の私の過去として、自分の中に解けている。

                      *

何十年も前、前世の仲間の一人という子とたくさん会話をした。
彼女の前世は男。
おそらく繰り返してきた転生で、男だった時の方が圧倒的に多いよう。

直接会話をしても、手紙を交わしても、男だった前の”彼”そのままだった。

ちょっと心配だった。
今の”自分”はあるのか、と。

前の記憶が溢れ出し、その時点での年よりも、多くの時間の記憶を思い出す。

それは一人の人間の許容範囲を超えている。
壮絶な場面もあった前世。
そのすべてを思い出していたのなら。

ふつう、人は過去を忘れて転生するものなのに。

                        *

私の場合は、前世を夢で見て、それを別の世界の自分だと思っていた。
だから、そのまま自分自身の経験として、夢の中の世界で生きていた。

前世だと分かっていながら夢を見たのは、そのずっと後。
その時、転生は舞台上の役者のようなものだと受け止めた。

姿形や環境を変え、何度も生まれ変わる。
今を生きるために生まれ変わる。

前の世の記憶を思い出すことがあっても、それはきっと今のため。
そう受け受け止めた。


・・・でも、彼女は?

男だった時の記憶に支配され、”今の彼女”より、”前の彼”の意識が強く
出ているように感じた彼女。

その後、音信不通になってしまってからも度々思う。
彼女は、今をちゃんと生ききっているんだろうか。
前の自分に翻弄されてはいないだろうか。

 

もう一人の女の人がいた。

彼女は、自分が仲間の一人だと言った。
前は男で・・・だから、今の自分の現状を、そのギャップのせいだと言った。

それは、違うだろう?
今の自分の行いは、すべて今の自分の責任。
前世のせいにしてはいけない。

彼女とはそれも原因で、喧嘩別れをした。
どうしても受け入れられないものもある。

                       *

しばらくして思った。

仲間の”彼女”は、あれがきっと、彼女のありのままなのだと。

”前の彼”が、”今の彼女”になってようと、彼女は彼女自身の存在でしかない。
繰り返す魂は一つきり。
”前”も”今”もすべて、同じ魂なのだから。

彼女の中の記憶の”彼”は、彼女の中に解けている。
ちゃんと”彼女”として今を生きている。
なるようになってるだろう。


今生では一度しか会っていない彼女。
でも、彼女の側には友達として仲間の一人がいる。

一人じゃない。
二人の芯はとても強いのを知ってる。
何があっても、きっと大丈夫だったんだろう。

なぜなら・・・いつも思い出すのは、最後に別れた時の二人の笑顔だけだから。

2014年7月 8日 (火)

岩戸開き'14 ~櫻井神社 福岡県~

一週間前のことですが、7月2日に福岡の桜井神社の岩戸開きの神事がありました。
パートで知り合ったゆいさん(仮名)と、二人で行きました。

神事は朝の4時から。
夜中の2時半に福岡市を出発して、糸島まで。

九大伊都キャンパスを過ぎると、辺りは墨を流したような闇。
私一人じゃ、車でも来られなかったなと思いながら。

後少しで神社という角を曲がった時、ほわっとした"かたまり"のようなものに
包まれました。

お?
この感じ、知ってる。
前のは壁だったけど。

二人が声を上げたのは、同時でした。
「今、何か来たよね?」
「結界?それと…」と、私。

それと、この感じは、喜びの感情。
ずっと以前、多度大社で感じたもの。

溢れだすような喜び。
祭りが行われることへの。
これは、おそらくここの神様のもの。

次第に気持ちが高ぶってくるのが分かりました。

「何か、テンション上がってきた!」
いつもは物静かなゆいさんが、飛び上がらんばかりの弾んだ声を出しました。

神社に着いたのは、午前3時半。
社務所横の駐車場はすでに満車で、少し離れた場所にとめました。

手水舎で手をすすいだ後、体から青紫のオーラが立ち上ってくるのが見えたのです。
限りなく青に近い紫。
もわもわした青紫の透明な煙。

たまに見える時はありますが、ここまでのは初めて。

ゆらゆら揺らめいて、歩くたびにそれも動くのが分かる。
ほわほわ体に当たって、少しくすぐったい。
隣にいたゆいさんも同じ状態だったそう。

体中のエネルギーが溢れて外に吹き出してきたような。
「私も青紫だね」
と普段からオーラが見えるというゆいさん。


楼門をくぐると、すでにたくさんの人。
祭りを執り行う人の他にも、かなり集まっていました。

お宮の裏、岩戸の扉の方へ。
徐々に人も集まりだし、気づくと50人ほどが自分達の後ろに並んでいました。

当の自分達は、テンション上がりっぱなし。

この高揚感は何?

大地から上がってくるエネルギーと、空からふりそそぐエネルギー。
繋がって・・・。

そのただ中にいる無常の喜び。

「おおっ!グラウンディングしてるみたい」
とゆいさん。

同じものを感じてたよう。

と、先ほどとは違うオーラの色が私の体から見えました。

「黄色?」
「金色だよ」
金色って・・・何だっけ?
何か意味合いがあったはず。


祝詞が始まりました。
アップテンポの太鼓のリズム。

Dsc_1876_2_2
こんな祝詞は初めてだなと思いながらも、次第にそのリズムに酔ってきました。

引き込まれるようなリズム。
湧き上がってくる喜びの感情。

もう少しで恍惚の境地に至りそうで・・・。

こんなとこであかん。
・・・と我に返り現実に戻っていました。

暗転。
いよいよ、岩戸が開かれます。

那珂川の岩戸神楽の時も、この場面で暗転してたな・・・、
神話の岩戸開きを再現してるんだと思いながら・・・。

開門。

Dsc_1878_2

ゆいさんはこの、闇の中で扉が開かれた時、中から溢れてくる光が見えたそう。

私は、その瞬間の記憶がまったくありません。

何かを見たような気がするし、何かを言われたような気もする。

こういう時は、自分の中の自分が受け取ったのだと思うことにしてるので、
特に気にかけませんでしたが。

その後、二人で岩戸の中に入って参拝をしました。

岩戸の中は、古墳の石室のよう。
奥には先ほど(開門した後)飾り立てられた祭壇がありました。

もちろん、石段の上の神宮の方もお参りして。
夜明けの清々しい気に浸りました。

体からは、まだ立ち上るオーラがもわもわ見えて(青紫に戻ってた)、感じていました。

そうか。
「岩戸開きは人も開くのね」
「私もそう思った」とゆいさん。

エネルギーが体の中から溢れだしてくるような感覚、一週間経った今も続いています。

こんなとこに友と来れる喜び。
一人じゃ、多分、来なかった。
縁に感謝。

やっぱり、全ての事はそうなるべくしてなっている。

こんなところで? と思うような場所にもそれはある。

全て、自分自身か選んだもの。

その意味は、ずっと後になって気づくもの。

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