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2015年4月17日 (金)

鳥居

Torii


いつの間にか桜も終わって、
すっかり青々とした葉っぱに覆われてきました。

 

昔から春は、「はじまり」のような気がしていましたが、
今年はほんとに「はじまる」ような気がします。

 

わくわくするような、ちょっぴり背筋が伸びてくような・・・

そうそう、鳥居をくぐっていく時のような感じ。

その向こうで会えるのは・・・何?

 

 

2015年4月12日 (日)

奈良と伊勢の旅 旅の意味 その3 ~旅の奇瑞~

ちょうどそんな時、11月22日に石上神宮で「鎮魂祭」(たまふり神事)が
行われると知りました。
この年はちょうど土曜日に当たります。

それに気づいたのが、2週間前でした。
これは天意だと直感しました。
行かなければと。

 

鎮魂祭は、ニギハヤヒの命日とされている日に行われる、
ニギハヤヒ伝来の神事だとされているそうなのです。

観光地の奈良の2週間前。
なかなか宿が空いてませんでしたが、唯一「日の出町」というところに取れました。

 

「日の出」・・・ニギハヤヒを表わします。
行く前から何となく感じていましたが、数々の奇瑞がありました。

 

                       *    

 

一日目は「大神神社」のあと、「石上神宮」で神事。

 

二日目は、「櫛玉比女神社」、「天理教本部」、「三島神社

三日目が「皇大神宮 ~内宮~」、「外宮」「猿田彦神社」、「月讀宮」と行きました。

 

                       *

 

日の出町の宿のまっすぐ先に「櫛玉比女神社」がありました。
三島神社」の写真にはミカシヤ姫とニギハヤヒのお姿が
写っているそうです。

 

 

 

Mishima04


そして、次の日の「内宮」。

 

内宮の第二鳥居の辺りで、私はあの白龍の写真を撮っていたのです。
荒祭宮に祭られているのは、瀬織津姫。
友人によると、おそらくミカシヤ姫はこの方の分霊ではないかと。

 

白龍と見えた華奢な女の人はミカシヤ姫ではないかと。
彼女はニギハヤヒの正妃だそうです。

内宮の本宮は今までからっぽで、
本来の天照である饒速日、またの名を天照国照彦火明櫛玉饒速日が入られるのを
ミカシヤ姫は、白龍と共に待っておられたのではないかと。

 

                    *

 

旅の先々で出会った「奇瑞」。
(ここに書けないことも、多々ありました)
それが、この旅を祝福してくださっている証なのだそうです。

 

旅の後、友人の元にミカシヤ姫が黒いお召し物を着て現れたそうです。
黒い着物??
思い当たるのは、あの時しかありませんでしたので、ずっと気にしていました。

 

その後に、明るいお召し物の姿で現れたそうです。

 

私は、封印が解け、ようやくニギハヤヒに会えたのだと思っています。

 

                     *

 

内宮の後に行った「月讀宮」ではこんな写真を撮りました。

 

 

 

Tsuki05

この紫の光は、月読命だそうです。

 

これも奇瑞の一つだと思います。

深く感謝しています。
ありがとう。
                           *

 

思えば、ARIONがきっかけでした。
友人と話すようになったのも、この旅に行くことになったのも。

ARIONは、宇宙神霊のグループの一つ。
みれさんがチャネリングしていたARIONはその中のミカエルを名乗っていました。

 

この写真。
福岡の那珂川の「日吉神社」で撮ったのですが、天狗だそうです。
この写真は「天使」をも表しているそうです。

 

Dsc_2003



友人が最初の写真から伝えられた「ミカ」は、御炊屋姫の「ミカ」であるけど、
ミカエルの「ミカ」も意味しているのではないだろうかというのが、
友人と私が思ったことでした。

 

ならば、私がFARIONに入った時から、ずっと導かれていたのかもしれません。

 

 

2015年4月10日 (金)

奈良と伊勢の旅 旅の意味 その2 ~三四五の封印~

前回の続きです。

 

ARIONの数々の言葉の中にこんな言葉があります。

 

三四五の封印は、日向の手によってかけられたのだから、
 日向の手によってしか、解くことができない。

  日向の血を受け継いだ者が、この本を読み三四五の封印の智慧を得たら、
 四の辺上にあるたった一つのポイントに気づき、自らそこへ行くだろう

友人はその三四五の封印が、ヤマトの名の由来の一つ「矢の的」の語源になった経緯をブログに載せました。

奈良には大和三山があります。
畝傍山、天香久山、耳成山。
この三山を線で結んだその先に三輪山がありました。

(下の図は、友人が作成された図です。
 掲載を快諾していただきました)

Yamato3zan
(地図はGoogle Mapより引用)    

その三輪山は大神神社の御神体。
それがニギハヤヒの御陵だと。

ニギハヤヒは、最初の王であった為、大和三山が結ぶ先の三輪山に埋葬されたのだということでした。

                                                      .

その次の王である(神話では最初の王)神武天皇陵(1の場所)と、
三輪山(饒速日命、2の場所)と、
ミカシヤ姫が祀られている櫛玉比女神社(3の場所)を結ぶと三角になります。

その真ん中を通る線の先”矢の的”にあったのが、「三島神社、4の場所」でした。

Screenshot_202110122147405

(地図はGoogle Mapより)   

                       *

友人がそうして導きだした「三島神社」

私はその時、天啓のようなひらめきがありました。
これだと。

三島神社はもともと、今の天理教の”おぢば”の場所にありました。
天理教の教祖である中山みきは、そこで天啓を受けたのです。

後に天理教本部を建てる為、三島神社は別の神社があった今の場所に移されました。

(三島神社とおぢばはすぐ側なので、どちらでもあるのかも)

                       *             

ちょうどそんな時、11月22日に石上神宮で「鎮魂祭」(たまふり神事)が
行われると知りました。

 

        (奈良と伊勢の旅 旅の意味 その3 ~旅の奇瑞~ に続く)

 

      .

 

2015年4月 8日 (水)

奈良と伊勢の旅 旅の意味 その1 ~きっかけ~

Dsc_0818_2_2

                                                                  .
ココログがきっかけで友人になった方がいます。
その方は、この写真を見て、様々な言葉と映像を受け取ったそうですが、
その中に「ミカ」という言葉があったそうです。
そして、「白龍」と華奢な女の人の姿。

 

この写真は、「伊勢神宮 式年遷宮と写真の光」の記事の中の写真です。
アップしたのは2013年10月7日でした。

                                 .
そのずっと後になって、私の記事がきっかけで話をするようになりました。
2014年9月の初めのことです。

話の流れから「ARION」という宇宙神霊の名を伝えました。

                    *

 

私は20年ほど前、まだパソコン通信が全盛期だった頃、
NIFTY通信の中のフォーラムの一つだった「FARION」にいました。
2年ほどですが、毎日朝方までRTする常連でした。

 

FARIONでは、宇宙神霊のARIONという存在をチャネリングする、
ハンドルネームが「みれ」さんという方がいて、
その方がフォーラムのシスオペをされてました。

 

私はそこに入るまで(入ったのはほんの偶然)、
その方もARIONもまったく知らなかったのですが、
ARIONの語る言葉は胸に深く響きました。

その「存在」を今日まで疑ったことはありません。

                     *

 

件の友人はARIONに興味を持たれて、本やネットに溢れている「FARION」の
過去ログを読まれました。

 

そのARIONの言葉が、ご自分が今まで書かれたブログを補足するものだと
思われたようです。

ARIONは様々な「詩篇」を残していますが、一見、とても難解で、
一つの言葉を取っても、色々な解釈があります。

私は、多分そのどれが「正解」というわけでもなく「不正解」でもなく、
その時々の解読する方によって、色んな解釈が正解になり得るのだと思っています。

ですが、FARIONにいた時、様々な人の「ARIONの詩篇」の解読で
心に残るものは一つとしてありませんでした。

なのに、友人の解読は胸に強く響きました。
私にとっての「一番近い意味」を持っているのだと感じました。


友人は「ヒミカという名をどこかで書いていなかった?」
と私に聞きました。
あの写真の白龍から「ミカ」という名を聞いたからということでした。

 

                       *      

その名、私の前世の名前。
何度も繰り返している転生で、ずっと持っている名前(魂の名?)。
(転生する度に、その名前と前の世の記憶を思い出すから使うという感じです)

古代奈良の夢」の時も多分、同じだと。


その夢。
私はまだ大きな湖があった頃の奈良にいました。
ある日、巨大な船、アマノトリフネが生駒山の上を越えてやってきたのです。

そして、その船の長と里の長であった私と、
共に国の元をつくるという夢でした。
一夜だけの夢でしたが、ただの夢ではありませんでした。
私の前世の夢です。


後に、古事記などを見て、その船の長が饒速日命に当たると分かりました。
ならばその時のヒミカ(私)は、長髄彦(ナガスネヒコ)の妹?

                    *

 

友人によるとナガスネヒコの妹の名は御炊屋姫(ミカシヤ姫)。
「ミカ」という名が同じだから、この人だろうと。

                                            *

 

私の感覚では、教科書に出てくる卑弥呼とは違う存在だと思っています。
おそらくヒミカという人が最初の女王であったから、代々名を受け継いでいったと
いう感じだと思います。

 

夢の中のヒミカは、船から降りてきた船の長を始めて見た時に確信していました。
「この人はリュウだ」と。
その前世のさらにその前の世界で、一緒に生きてきた人だと。
多分、船の人たちと共に歩もうと思ったのは、それが一番の理由だったのかも
しれないと思います。

 

おそらく、当時の名の(一つ?)「リュウ」の今日まで伝えられている名がニギハヤヒ。

                        *

ARIONは「ニギハヤヒ」について、多くの記述を残しています。
隠された本当の最初の王が「ニギハヤヒ」だと。

 

ARIONとニギハヤヒとミカシヤ姫と。
友人の解読が進みました。

 

          (奈良と伊勢の旅 旅の意味 その2 ~三四五の封印~に続く)

 

                                        .

 

2015年4月 2日 (木)

Sakura

桜、満開です。

 

風が強いので、桜吹雪が舞ってます。

 

       

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