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2015年6月27日 (土)

大己貴神社 *神功皇后の伝承地 ~ 福岡県 朝倉郡~

朝倉郡の辺りに、奈良と酷似する地名があると聞いたのは、こちらに引っ越してまもなくのこと。
福岡県自体、そのような地名がたくさんある。

何年か前の平成の大合併の際、その内のいくつかの地名も消えていた。

その一つに三輪町があり、そこに大己貴神社がある。

扁額には「大神(おおみわ)神宮」との名が。

 

Oonamuchi3

Oonamuchi1

鳥居の横には「幸神」と刻まれた石があった。

 

Oonamuchi4_2

境内にある案内板。(クリックすると大きくなります)

Oonamuchi9

ご祭神は大己貴命、天照皇大神、春日大明神

大己貴命は、出雲の神、大国主の別名。

前回の「老松神社」の案内板に、大国主神と大物主神、と別に書かれてあったが、同神だ。

大物主神は、奈良の大神(おおみわ)神社のご祭神。
三輪山そのものがご神体です。

ここ、大己貴神社の側にも三輪山(大神山)があった。

Oonamuchi7
境内の遥拝所から望む三輪山。

Oonamuchi6
境内には朗らかなお顔の大黒様。

大国主神は大黒様と習合されている。

Oonamuchi8

なんとなく好きな写真^^

奈良の大神神社のご祭神、大物主神は饒速日命。

彼らは大和の後、再び筑紫へと移動。
高良神と名を変え、筑紫神となっている。


大和で出会った御炊屋姫は、共にこちらへ来た後、神功皇后と名を変えられていた。

高良神は物部の祖神なのだ。

☆→高良玉垂宮神秘書 2 ~高良神は物部の祖神~)アメブロの記事

神話の神は、彼ら二柱に集約される。

☆→神*総まとめ

 

後の時代に、彼らを神とした一族が地方に散らばり、大和へと根付いた。

大和との名の一致はそうしたもの。

彼らは、一時期、大和で暮らしていた縁ある神なのだから。

 

今も残る神社や足跡。

それを伝え守っていく方々なくしては、今の姿がありえなかったと思うと
とても感慨深い。

 

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