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2016年11月 6日 (日)

飯盛山 * ~いざない~ 

飯盛山。

福岡の飯盛山には、イザナミノミコトを祀る飯盛神社があります。
飯盛山自体も、神聖な山だとされています。

その「飯盛神社 中宮社~」の記事に辰まるさんがコメントをしてくださいました。

 「西日本にある飯盛山と呼ばれている山の配置に意味があるようで、
巨大な円と三角の幾何学的な関係で互いに結ばれ主に西日本地域に展開して、
その起点が、福岡の飯盛山かもしれない(要約ですみません)」と。

                        *
    .
この点在する山の位置が、三角や幾何学模様になっている場所の
一つとしてすぐに思い当たるのは、奈良の大和三山です。

その中心地に立った時、そこが特別な地であることがひしひしと伝わってきます。
今、そこには「藤原京跡」があり、何もない広場があるだけですが。
それよりももっと前、そこに何かがあったはずです。  
                    .                     .

ただ、そこに山があるだけでは、そのような「場」は生まれません。
大和三山には、それぞれ麓などに神社が存在します。
  

神社(祈りの場)には、神が宿ります。
祈りの場に人が集まり、一定の方向に祈りを捧げると、そこに「場」が生まれ、
神が宿るのです。

                                                         .
<神は、人の祈りにより存在するもの。人の祈りがなければ、
  この世に存在し続けることなし。
 長い時を越えて、たくさんの人が祈り続けた証が、今の神の姿>
                         .

愛知の熱田神宮を参拝した時、聞こえた言葉です。
(聞かせた?者が神かどうかは分かりませんが。)

祈りの方向さえ同じであれば、神は宿ります。
「大物主を家に祀りたい」と思い、人が祈りを捧げれば、そこに神は宿るのです。

それほど、人の祈りの強さは大きく、尊い。
神を創っているのは、人なのです。

(それさえも、もしかしたら神の意思かもしれませんが)

また、三山の北、耳成山は人工の山だという説を聞いたことがあります。
そうだとすれば、この「場」を形成する為に造られたのかもしれないと思うのです。

                           *   .

「西日本に点在する飯盛山」 

その全ての山が初めからそこに存在したわけではないかもしれません。
中には、造られた山もあったのでしょう。
場を形成する為に。       

ですが、「飯盛山」に必ずしも神社は必要ではないと思います。

神社の無い飯盛山も(西日本に展開する)形を作る一つになっているのならば、
「イイモリヤマ」とその山が呼ばれ続けていること自体に意味があるのだと思います。
                              .
すでに「飯盛山」が他のどこかに存在し、その「名の無かった山」を、
「飯盛山」と多数の人が呼ぶことで、その役割を果たすようになっていくのです。

言葉にも神が宿っています。
それが「言霊」です。

人がそれを言葉にする度に、言葉に込められた祈りの場が形成されているのです。
                          .

                          *

「飯盛山」と呼ばれることの意味。

その言霊について、友人「kono87さん」が教えてくださいました。


飯盛山の「飯」という字は、そもそも「米」であり、八十八を示唆しています。
イザナギが言霊「イ」で、イザナミが「ヰ」を表します。
陽と陰の性質があり、そのことにより、循環する生命は保たれています。

このブログには載せませんでしたが、伊勢の猿田彦神社で撮った写真を見て、
友人はお日様の中に「神」という字が見え、ある人には(それを言ってなかったのに)
「井」という文字が見えました。

その「井」も言霊「い」で、神を表すそうです。
                           .

             .
(kono87さんのブログ。「先天十七神」)
http://kono87.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-4f0c.html

                          *

福岡の飯盛山が「起点」であるとすれば、福岡に重要な何かがあった
(または、今もある)のかもしれません。

そして、それらの山が「いいもりやま」と呼ばれることに意味があるのなら、
言霊に深く関係することなのかもしれないと思うのです。
                 .

「いいもり」の”い”は、イザナギ、イザナミの”い”であり、「生命の循環」を意味する。
                     .

「もり」は守り?

(「もり」は、山、ひもろぎ。神が宿る場という意味もあるそうで。

 土を盛ると、やま(山)になる。そのまま神の宿る場。
 鎮守の森(もり)・・・のもりには、守りの意味もあるようですし、
 ”もり”の音に共通する概念が、守るのように思います)

                     . 

・・・”循環する生命を守る”

また、言霊”い”自体にイザナギ、イザナミ、両神の意味があるのならば、

それは”いざない”
                               

福岡がその起点ならば、そこが「循環する生命を誘い守る場」・・・?

「いいもり」という響きが場を形成しているものの一つならば、
もしかしたらそのような意味があるのかもしれません。

       .

 

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コメント

弥沙さん、お久しぶりです。
秋は行事等が多くお忙しくされていることでしょう・・・

私も神社には心を魅かれるものがあり、いつも興味深く読ませて
頂いてます。
まだまだ日本には自分の知らない事ばかり・・・
でも確かに神々の宿る国という感じを強く受けます。

私の住んでいる近くにも、すごい神社があります。
また写真などでご紹介出来ればいいなと思います。
でも、なんど神社の説明文を読んでも覚えられないのです

美月さん、こんにちは

行きたいとこがいっぱいですね~^^
この秋はちょっとがんばって、あちこち行ってみようかと思ってます。

神社の説明文なんて覚えなくていいんですよ~。
行った時になるほどな~って見て、写真撮って帰れば、
後からいくらでも見られますからね。

それに、そこに書かれてあることがすべてではないはず。
後から付け足されたのや、替えられたのや。

響いてきたのだけ、受け留めたらいいと思いますよ~

行ってUPしてない神社もまだあるんで、その内UPしますね^^
美月さんのブログも楽しみにしてます~(*^^*)

こんにちは。
飯盛山が深まっておりますね。
研究者は飯盛山はある種の道標、道のようなも
と言っていました。地形を見て自分の位置、進む
方向を知るのだと。そのため適切な位置に
山のピークがないときは、弥沙さんが仰るように
造っていたとのことでした。

研究者は地形図を見てこの辺りには飯盛山が
あるはずと推測し、地方回りのときに
その地元の古老などに尋ねると、あの山は昔飯盛山
と呼んでいたといったことがあるとも言って
いました。

また山の形、自然の地形を見てどのような資源が
得られるかもわかるらしいです。

現代人は科学の発達で数値化された情報に囲まれて
暮らしているので、風景など自然の中から
様々なことを感知する能力が失われてしまった
ように思います。

古代人の精神に至らなければ古代のことは
わからないのでしょうね。


こんにちは、辰まるさん。

面白いですねぇ。

自然発生的に、皆が”飯盛山”と呼ぶようになったのか、
それとも、”分かる”誰かが、土地の人にそう呼ぶように告げたのか。

私も道しるべだと思います。
もしも”道しるべ”だとしたら、何へと導く道しるべなのか。

もしも、それが福岡の飯盛神社のある”飯盛山”へと導く、道しるべなら、
そこに何があるのか。

興味が尽きないですね

辰まるです。こんばんは。

研究者は飯盛山は大和王権が街道整備を行ったのと
と同じ頃に測量して張り巡らしたと考えているようです。
飯盛山と呼ばれるのはご飯を盛ったような円錐形から
きたのでしょうけれど、必ずしもそういう形ばかりでは
ないので、他の意味があるかもしれません。

研究者が飯盛山研究を始めたのは、ある風雨の強い夜に
何かに呼び出されるように福岡の某神社に出向き
それを始める天啓を受けたことからと聞きました。

霊的なきっかけと科学的な思考とがミスマッチな感じ
ですが、研究者本人は子供の頃は霊的な感性が
強かったらしいです。

実は、九州に多い国見山や鏡山も飯盛山と同じような
傾向があるので、このことを研究者に話したところ
軽くスルーされてしまいました。
なんでこっちの話をきかへんの!(何故か大阪弁)

まぁ飯盛山一筋なわけで、これくらいでないと孤独な
研究は続けられませんよね。

こんばんは、辰まるさん^^

飯盛山が、必ずしも神奈備山でないところが、曰くありげですね。

もしも、大和政権が「整備し、張り巡らせた」のだとしたら、
単に「道路を整備する」というのとは、違うような気がします。
「行き先の目印」というわけでもなさそうですし。

「封印」・・・もしくは、その反対。
 (「解放」ではない気がするので、封印が近いのかも。)

あの頃はまだまだ、呪術や見えない物に対する想いが、
今とは比べようがないほど、「現実味」を持っていましたので、
「封印」はおとぎ話ではないかもしれません。

                  *

福岡の神社で天啓を受けられたとのこと。
こちらにはなかなか面白い神社が多いですね。
私はこちらではあまり声を聞けないので、(伊勢や奈良の神社が多かった)
ちょっと寂しいです(^^;

糸島に細石(さざれいし)神社という、コノハナサクヤ姫が祀られている神社があり、
彦火火出見命を産んだという場所もあります。
(「さざれ」は君が代の詩の元になったとされてます)

私はやはり、この福岡一帯が「高天原~天孫降臨」の神話の元に
なった土地なのでは、と思います。

もしもそうだとすれば、大和政権が封印したかったものは、
それらの土地の記憶、かもしれません。
(何故、そうしたかったかは分かりません)

私の憶測に過ぎませんが

蛇足ですが、「鏡山」の鏡とは「魂を映すもの」
その名も何かありそうですね^^

おはようございます。辰まるです。
この話題もう少し引っ張ります。

私も飯盛山は狼煙台や見張台といった実用的なもの
ではなく、呪術的なものだと思っています。

弥沙さんが言われるような何かの封印かもしれません。
国見山や鏡山も同様で、ある大きな集団毎に独自の
ラインを設けたのでしょう。

その方法も道具を使ったものではなく、人の特殊な
能力によるもので、現代でもその場所を通っただけで
地図が描ける、一般的な社会生活には馴染めない
特別な人達がいます。

そういったある意味選ばれた人は世話人に囲まれて
生活し、集団の中核にいたのでしょう。

飯盛山のネットワークもいわば意識の中に構築された
ものでしたが、今はただ山の名と神社が残るだけで
それ以外には何もなく、その意味は忘れ去られて
しまった、しかし、今も空間に存在する飯盛山の意識は
再び人々の意識の中に復活することを望んで、その役目を
研究者は負わされたようにも思えます。

研究者は元々福岡の人ですから、その昔飯盛山に関わった
人々の血統なのかもしれません。

>「鏡山」の鏡とは「魂を映すもの」
とのことですが、そうですね。実際に鏡で合図しあった
かもしれませんが、実用的とは思えません。
集団の領域を示し守護する呪術の効果を閉じ込めて
おくためのある種の結界のようなものと考えたほうが
気持的に納得できます。

本当に集団の祖先の魂が互いに行き交う山だったのかも
しれませんね。

こんにちは、辰まるさん^^

あ、アンテナ?
辰まるさんのコメントを読んで、なんとなくそんな気がしました。
”飯盛山”は、「封印」でもあり、「アンテナ」でもある。

そういった特殊な人達が集団毎にいたとしたら、
その人たちと大和政権との間に
何かを伝え合う時の「アンテナ」のような
役割をしていたものじゃなかったのかしら。

(上にも書きましたが)愛知や三重にいて神社巡りをしていた頃、
そこで声を聞いたことがありました。
それ以前の高校時代、よく(前世の?)夢を見ていた頃は人の心の声を
聞いてしまうことがありましたが、その頃は他では全くなかったのに、です。

ああいう場所は、”特殊な磁場”があり、伝わりやすいのだと
思っていました。

飯盛山も、そんな”特殊な磁場”の為に造られたのかも?
とさっき思いました。

それと、”鏡”ですが、封印したり、結界を張ったりする為に
使われたというのはあるのかもしれませんね。

私の好きな漫画の「夏目友人帳」に、
鏡を使って、妖を封印する話がよく出てきます。
まあ、漫画の話ではありますが、”妙に納得する”ものがあります。

神社の(神様の?)結界は感じたことあって(愛知の砥鹿神社など)
あれで、よく無いものは入って来れないんだろうなとは思います。
神様の力は、(人の祈りが続く限り)永久的に途切れないのでしょうが、
もしも、人がそれを”造る”としたら、そういった鏡などの”物質”を使い、
そこに(力を?呪力を?)封印して、その地に留めておく必要があるかと思うのです。

はっ!飯森山がアンテナだとすれば「国見」の意味も通るような気がします。

こんばんは。辰まるです。

山々のネットワークが“アンテナ”というのは凄いですね。
言葉を交わすのは難しいとしても、何か異常を感知するような
交信はできたかも?

これと直接は関係しませんが、半村良の『産霊山秘録』
(むすびのやまひろく)はご存知ですか?時空を瞬間移動する話で、
まだでしたらぜひご一読ください。

熊本・宮崎県境の国見山には今のような神社の元になる古い形態の
磐座があるそうで、その保存を訴えている磐座研究者がいます。
でも国見山ネットワークの話までは及んでいませんでした。

私は10数年前まで、地図に山頂や神社などを結ぶ線を書き込んでは
その繋がり方の不思議さに驚いていましたが、あまりの多さに
もう線を引くのは止めて、今は神が(自然が)そのように
造られたのだと割り切っています。

特殊な能力を持つ人はそのような創造原理に精神を同期させる
ことができるので、それらの繋がり方を頭の中にイメージできる
のだろうと思ってます。

霊的なラインは集団ごとに様々な地物を結んで独自に設けられている
と思われるのですが、先行して結ばれたラインを別の集団が断ち切る
ように新たなラインを設けるといった、いわば呪術戦争のような
こともあったらしいです。

弥沙さんは神社で声を聞いたことがおありとか。私は経験が
ありませんが、そいうことはあり得るだろうと思います。
声の主は誰でしょう。

何十年も生きていると霊的感性が鈍くても、見えない存在を感じた
ことがそれなりにあります。そういう感性への憧れはありませんが、
古代史に興味がありますので、神社の奥にいますそこのあなた様
ちょぃと正体を明かしてはくれますまいか、と念じてみたりすることは
あります。


辰まるさん、こんばんは

半村良さん、大好きな作家さんなのですが、
その本はまだ読んでないです!
探して読みますね^^
ありがとうございます

ネットワークの話は私の想像に過ぎないのですが。

でも、飯盛山や鏡山などの“場”を使って、言葉や画像を遠くの人に
伝えることは、していたのだと思います。

そういえば、最近でも”言葉や画像”なら、同時に同じものを
見ていたことがありました。
(それが、”伝え合う”というのかどうかわかりませんが)

友人と時間を合わせて瞑想をしていた時、何度か。

人は皆、深い場所に、宇宙があり、それが繋がっている。
そこを(通って?)意識が場所や空間を超えると考えてます。

あの時は、相当、深く瞑想に入った時だと思うので、多分、
そういう状態に持っていける場が必要なのかな、と。

私でさえ出来るのだから、大昔の自然と共に生きていた人達なら、
もっと上手く伝え合っていたんじゃないのかな、と。

                   *
神社の声は誰なのでしょうね。
このブログには「伊勢神宮の外宮の摂社」と伊勢の「恵利原の水穴(天の岩戸)」
「熱田神宮」と、熊野大社の「大斎原(おおゆのはら)」を載せてます。

この内、外宮の摂社と恵利原の水穴は、一言。
神様(らしい)名前でした。
自分が知らない知識があったので、自分自身の心の声ではないと思います。
「神」か「精霊」か、分かりません。

熱田は、長文でした。
これは多分、ここの神様の意識だと思います。

大斎原に関しては、”そこ”を愛していた(過去の、多分、力があった)人の意識かと。

「画像(体験?)」では、奈良の「玉置神社」と奈良の「天の岩戸神社」がすごかったです。
両方とも、宇宙を見ましたね(放りこまれた感じ)。
これもそこの神様なのかなと思われます。
「阿智神社」は、踊っていたのはウズメノミコトなのかなとは思いますが、
祀られていたのは思兼神でした。

そう言えば、奈良の「天の岩戸神社」と伊勢の「恵利原の水穴(天の岩戸)」、
「天の岩戸」と名がつく神社は繋がっているのかもと感じました。
阿智(昼神)神社は祭神が思兼神(天照を岩戸から出し、
この世を昼に戻したから昼神)なので「岩戸」に
通じてたのかもしれません。

那珂川の「日吉神社」などの写真を撮った時は、
強い”意志”を感じたので、「神威を見せて」と思いながら撮ったら、
あんな写真が撮れました。
”ぽやっと何となく撮ってたら映ってた”とは違うので、
姿を撮らしてくれたんだろうなと思ってます。

私の方が、どんなに見たいと思っても見られないですね(^-^;
どっちかというと、向こうから聞かせたり、見せたりしてるようです。

神社で神様の姿が見える人もいるらしいですが、そんなことは一度もないです。
あっちの必要な時に、必要なことだけをさっと伝えてく・・・感じです。

衝動的にあの神社に行きたい!と思うことがあるので、
呼ばれてるのかもと素直に思うようにはしています。
見たり聞こえない時でも、神という存在は(人が想う限り)確かにいて、
寄り添ってくれているのだと感じてます。

                *

そういえば、ニギハヤヒを祖神とする一族に、「物部」氏がいます。
神武に政権が移った後、ニギハヤヒの子、ウマシマジが祭祀を執り行うようになり、
その子孫が物部を名乗るようになったと言われています。

物部氏の一部は、後にこの福岡に戻ってきたようです。
那珂川町発行の「儺の国の星」の著者、真鍋大覚氏の祖先も、
物部氏だそうです。(祖先は、星見の仕事をしていたそうです)

大和政権時代、そういった呪術的なことを施した人達がいたとしたら
物部氏かもしれません。

でもARIONは、FARIONの中で「アマテラスの義弟達が封印を施した」とも
告げていました。
辰まるさんの「呪術戦争」というのは、そういうことかもしれません。

ARIONによると、「三と八の封印」というのがあるそうです。
三や、八がつく地名や山がそれです。

出雲には「三」のつく名や地名が多いそうです。
スサノオの系列だとか。
(それを囲むように、「八」があります)

奈良の三島神社の「三」もそうですね。
祭神はスサノオの子、ニギハヤヒです。
そうだとすれば、物部が「三」なのかな。

長くてすみません(^-^;
つらつら書く内に、気付くことが多いので、とにかく書くようにしています。

あ、そうだ。
人の深層意識の顕現が、”神”なのかもしれません。


辰まるさん、追記です。

早速、昨日「産魂山秘録」をBook OFFで買ってきました!
まだ、30ページ程しか読んでないのですが、
最初から面白いですね~。

これって!???
「ヒ族」って、丸々「物部一族」をモデルにしてますよね??
そういう力とかは無かったでしょうが。

「妖力」とか、あの子達が言ってたことと、同じのがあったり。
これ、当時読んでなかったと思うから、偶然なんでしょうけど。
最後まで読んでみます。


弥沙さん、早いですね。

『産霊山秘録』を読んだのは何年も前で詳細は忘れましたが(^^;
以来、山頂の巨石はテレポート用に見えます。

物部一族がテレポーターだったかわかりませんが、ニギハヤヒの
天磐船伝説などはこれに類するものでしょうね。

飯盛山研究者が仕事で角川書店社長の角川春樹氏にインタビュー
したとき、半村良はどうしてあのような小説が書けるのか
質問したそうです。すると角川氏は「あの人は書くときに
降りてくるんですよ」と答えたそうです。

半村良の生活ぶりからは、部屋に閉じこもってじっくりと
書いていくというより、思いつくまま一気に書き上げるという
姿が想い浮ぶのですが、本当に何かが降りて書かせていた
のかもですね。

辰まるさん、こんにちは

うわっw(^^;
まだ最初の方しか読んでないのですが、その内容を友人のkono87さんに言うと、
「その作者は感化されたのでは?」と言ってました。
感化。
神やその類から「言葉(考え)が降りてくる」のだそうです。
何かを伝える為に。

ほんとにそう・・・だったのかもしれませんね。

私がこのタイミングで、この本を手にしたのも、多分”縁”です。
読まなければならないような気がしてます。

前世の夢の話なのですが、その頃の私達、テレポートも
テレパシーも使っていたようなのです。
ちょっと、この件を知ってぞわっとしました。
自分に退行催眠をかけてもらいたいですね。
夢がほんとかどうか。
本当ならば、全ての答えが自分の中にある。
以前、してもらったことがありましたが、”催眠状態”にも
なりませんでした(^^;


それと、福岡の飯盛山ですが、昨日地図を見て気付いたのですが、
博多の飯盛山、もう一つあるのですね。
しかも「太祖宮」のある若杉山のお向かいの山。

これは、絶対に偶然じゃありませんね。

「飯盛神社」のある早良区の飯盛山ですが、
あの近辺に行くと、目眩がする程の強い“何か”を感じます。
それが“場の力”なのか。

木の葉モール辺りでもとても感じます。(室見川過ぎても強いです)
屋上の駐車場から見ますと、見えない磁場のようなものが
飯盛山に向かって(または、出て)いるのが分かります。
「神社から」というより「飯盛山」から。

あ、これほど濃厚で強いものは、奈良の「三島神社」くらいでした。
(でも三島神社はこれ程、広範囲に感じなかったです)
kono87さんも、そう言ってましたので、私だけではなさそうです。
「全国の飯盛山の起点があの飯盛山」という説は、とても頷けます。
何かありそうですね。

飯盛山の頂上、登ってみたいです。
神域で登れないのかな?(^^;

久々にどきどきしました!
ありがとうございます(*^^*)


こんにちは(*^^*)追記です。

調べたら飯盛山山頂へ登れるみたいです!
山頂には、上宮の跡があるそうで。
雨の後はぬかるんで大変そうなので、
晴れが続いたら登ってみます!

こんにちは。

Web上には飯盛山の情報がかなりありますね。
高さもなく、天気がよければ登りやすい山らしいです。
落葉樹が多ければもう少し寒くなってからのほうが
見晴らしがいいでしょうね。

せっかく霊山に登られるのでしたら、ESP実験用の
ゼナー カードなどで霊感のあるお友達と念力交信を
試されてはいかがですか?

大地の力と人の精神がシンクロすれば、思わぬ結果
が得られるかもしれません。

辰まるさん、こんにちは(*^^*)

友人は体力的に山登りが無理なので、一緒には行けないです(>_<)
一人で登ってきます(^-^)/

飯盛山は、高祖神社がある高祖山の隣なのですね。
(高祖神社は前に行きました)
尾根伝いに踏破してる人もいるみたいです。
両方はちょっと無理かなあ(^-^;

今、「産霊山秘録」の続きを読んでましたら、
<願いは白銀の矢となって産霊山に入る>とありました。
<白銀の矢奉れ、東の産霊の山の上に奉れ>と。
これってまるで、上のコメントに書いた、飯盛山に向かう"気?"のことのようです。
”磁場”という言葉より、本にある”力場”というのが、イメージにぴったりです。

<パラボナアンテナ風の御鏡をめあてに>という件があったり・・・。
ここのとこリンクしてて、読んでてぞわぞわしてます(^-^;

そう、一人で登るのです。

そして、事前に交信時間を決めておいて、
先ず山からイメージを送る、その後、逆に友人から
イメージを送ってもらう、友人はご自宅でOKでしょう。

それを何回か繰り返して互いに頭に浮かんだことを
記録し、帰宅後にそれをつき合わせてみる…
というのはいかがでしょうか。

記録したときの周りの様子もその都度一緒に記録
しておくと何かの変化に気付かれるかもしれません。
ぜひ試してみてください。


辰まるさん、こんばんは(*^^*)

そのつもりでしたよ^^
行こうと決めてる日、ちょうど友人がお休みなので。

ただ、外だと時間かけてできないのと、私の体調が万全ではないので、
集中できる「清々しい気分」になるのには程遠いかもです。

まぁ、今回は下見ということで、気負わずに行ってきます(^^)/

もしも、行くべき場所なら、目に見えなくてもなるようになっていくのだと思います。

件の友人は最近、UFOを見たそうです。
連絡を受けてすぐに夜空を見ましたが、私には見えませんでした。
見たかったなぁ。
http://kono87.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/ufo.html

(o^-^o)フフ
”もり”の音
私の苗字にも・・・^^

あ、ほんとだ^^

「もり」は、山、神籬(ひもろぎ)、神を降ろす依り代。
っていうのが、「産霊山秘録」の小説にそのままあった。

「もり」って本来、そういう意味があるのかもね^^

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