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2017年9月25日 (月)

ヒプノセラピー その2

夢で見た「前世」と同じ物を”催眠”で見たということは、
それが「前世」だということなのしょう。

あの夢は、それほど鮮明でした。
それを見た後、前世療法の時にあるという、劇的な変化もありました

ですが、下手に自分の前世を知っていると、
こういう時は意識が邪魔をするようです。

人に見せたいもの、見せたくない物を取捨選択したようです。

今回のヒプノの施術士さんは、
「今まで一度も催眠に入っていない人はいない」
というとても腕のある方なので、私の”抵抗”の方が相当大きかったのかなと。

でも、今回はその「以前、見た夢が前世かどうかを知りたい」と
思っていただけなので、意識的にそうしたのかもしれません。

新たに分かったことがいくつか。

              *


生まれた直後から両親がいないこと。
 存命かどうかは分からないけれど。
 その理由が「神の子」である為と。


拒否反応を見せたのは、天鳥船が来る場面。
(「古代奈良の夢 ~前世 4~」)

前回の記事を書いてる途中で分かったことです。

どうやら、<禁忌に触れる>ものは、天鳥船が降りてからの出来事のよう。
ニギハヤヒ一行が乗ってきた飛行する船。
「禁忌」は、私がブログに書いたことの、その先・・・、
私があの夢で見ていない部分にあります。


それは、今の私がここで(あの催眠内で)見るべきではないもの。
    
おそらく、それは彼が携えてきたもの。
今、「十種神宝」と言われているものでしょう。
あの時の私は、確かに見ている。知っている。

 <禁忌>
その言葉を聞いて思い出しました。

あの時の私の力は、天鳥船が来てニギハヤヒと出会う、前と後では、
格段に違いました。

もし、今の私に、大きな変化があるとするなら、それを思い出す時
なのかもしれません。

 

それと・・・。
これ以上を知りたいのなら、自分で何とかするしかないということ。
見えた前世が人に言えないんじゃあ。

それでも、見なくてはいけないと思う要因は、神霊ARIONの言葉です。

 <弥沙は、瞑想の中で覚醒する>と。

それは、裏を返せば<私が、いつか覚醒しなくてはいけない>ということ。
 
そもそも、「覚醒」って何だ?
とも思うのですが。

ARIONは、その未来を見ているということ。
私にそれを告げるということは、それがARIONの望みであるということ。
それに向かって「進め」と。

もしかすると私の<覚醒>する時って、あの「禁忌」の部分に触れた時
なのかもしれない・・・と感じてます。

                   *

ヒプノの後、神社の話で盛り上がりました。
筥崎宮から大分八幡宮の話へ。
そして、現人神社へと。

前から現人神社に行ってみたかったと。
住吉さんの元宮だと御存知でした。
那珂川に行くことがあれば、日吉神社へも、と言うと、
「この何日か前から、その日吉神社に急に行きたくなってた」と。

日吉神社、安徳台、現人神社、御中主神社、筥崎宮が
一直線だという話をすると、

「その話は筥崎宮の宮司さんが、講話か何かで話してた」と。

それは知らなかった!
次から次へと(まだいっぱいあった)出る繋がり。

こういう流れって、ついこの間あったような・・・。
先日、見つかったという、仲間の一人「サラ」
彼女は、私の関係する場所、そのほとんどに住んでたり、
何らかの縁があったりしていました。

友人kono87さんに聞くと、
「磁場だろうね」と。

強い縁を持つ者は、同じ磁場に引き寄せられるそうなのです。

これは、私自身が、神功皇后や、ミカシヤ姫のいた土地の磁場にも
引き寄せられていたことにもなるそうです。
なるほどな~。

ヒプノの方とは、今回の縁。
みちびきの神、日吉の猿田彦さんが導いてくださったのかもしれません。
出会うはず、だったのでしょう。
ということは、「今、私が見るべきものだった全て」
猿田彦さんにそう言われたような気がしました。


                   *

 

「一番最初に出てきた”前世”があなたにとって一番影響力のある前世」
と言われていたのに、最初に見えた「別の星」の世界の夢を
拒否してしまいました。

今、思えば・・・。
その世界の「真相」もまだ、言ってはいけないことのようです。
おそらく、その星の神に関すること。

自分もその神の名だけは口外してはいけない気がしてたので、
今までも書いていません。

それはこれからもずっと書かないことだと思うのですが、
「サラ」に会う時に見せようと出した、「仲間の子達」としていた文通で
その星のことが書かれていた手紙を見つけました。

(二人へ・・・個人的な所は見せていないから)

 

(  続く )

2017年9月23日 (土)

ヒプノセラピー その1

前回の記事の彼女がヒプノセラピーで「見た」というので検索。

ヒプノは催眠療法の一つで、年齢退行や前世まで戻って
今の”不都合(悩みや病気など)”の原因となる元を明らかにするものです。
(そうすることで”それ”が除かれることがあるそうです)

10何年も前に一度受けたことがあったのですが、催眠の状態にも
入らなかったのでそれ以来疎遠になってました。

今度はすぐに見つかり、早速予約。

 自分がいくつかの前世を夢で見て知っていること。
 その前世と関連して今しないといけないことがあるらしく、
 それが何なのか、これからどうすればいいのか。
 その為にも見た夢が前世かどうかはっきりさせたい。
 前に人に「瞑想の中で全て分かる」と言われてた。
 瞑想がどうしてもできないのでヒプノならと思いましてと。

それを伝えました。

その結果。

”催眠で”見たものなのか判断が出来ません・・・。
”浮かんだ”光景がほとんど前に夢で見たものなのです。

あの夢で見た”記憶”として見たものなのか。
しかも肝心な所は言いたくなく(すみません)・・・。

でも、前に見ていない光景も見えていたので、
催眠に入っていたと思います。


その1にヒプノで見た光景、対話。
その2にヒプノの後の会話と感想です。

                  *

そのヒプノは、今の自分に一番強く影響してる前世が出る
(大抵そうですが)らしく、その一生を見るというものでした。

*************************************************

催眠で前世まで戻っていって・・・

「足元の固さは?」
と言われた時にまず浮かんだのが、固い感触。
これは、床?

と、広い建物の中をばーんっと思い出しました。
<まずい。本部じゃん。「別の星」だ。ちょっとこれを言うのは勘弁>

<違うのを・・・>
と思うと、柔らかな土の感触が足に伝わってきました。

<これは・・・、あの(古代奈良の)前世だ>
これ、答えるの??と思いながら(前世言わなかったら何答えるんだ)

「土」と答えてました。

どんな風景が見えるかとか、どんな感じかとか聞かれ・・・。

今、催眠状態なのか、それともあの夢を思い出しているだけなのか。
その判断もつかず、ただ思い浮かべていました。

細長い背の高い草が一面に生えている。
これが「葦」か。
視線の少し先には、湖。

  *そこは前に夢で見た光景。
   今(これを書いている)思えば、場所は湖の南の方。
   多分、耳成山の前あたり。
   夢で見た時は湖との境に高床式の建物があった。
   この時はそれが見えない。

答えたのは、
  「草と、湖」と。

「足元はどんなのを履いてる?」
と、布で巻いたような物が見えました。
底には板のようなものが入ってる。
  「布」

「そこから段々、上を見て・・・、どんな服を着てる?スカート?ズボン?」
う~ん。
  「きなりのスカートみたいな」

「どんな感触?」
  「ざらざらしてる」
麻かな?こんなにごつごつして固かったかな。

「上は?」
  「同じようなきなり。巻いてるような感じ」

「頭には?何も付けてない?」
  「何も」

「顔は?どんな感じ?面長?丸い?触ってみて」
  「う~ん。面長でもなく、丸くもなく」

「化粧とかは?」
  「してない。するのが好きじゃない」

「名前は?」
そう聞かれて浮かんだのが<ひみか>
う~ん。これは言えない。
そう思うと次々に浮かんで・・・。
  「みさ。色々あった(呼ばれてた)みたいだけど」と。

「そこはどこ?」
  「奈良」

「みさは、その場所で何をしていたの?」
  「散歩」

「どうして散歩していたの?」
  「窮屈だから」

「どうして窮屈なの?」
  「う~ん。」
たくさんの人が建物の周りにいる映像が見える(何て言えばいいのか・・・)
  「大事だから?」

「どうして大事にされてるの?」
  「う~ん。」

「住んでいる場所にいってみて・・・
 どんな建物に住んでいるの?」
浮かんだのは・・・。
  「神社」

「神社?どんな?」
  「う~ん。神社というか高床式の建物。すごく広い」

「いくつくらい?」
  「14くらいかな」

「誰かいる?」
  「そこにはいない。部屋の外にいる」

「お父さんとお母さんは?」
  「いない。多分、死んでる」

「じゃあ、もっと前に行きましょう・・・何歳くらい?」
  「3歳くらいかな」

「部屋に誰かいる?」
  「誰もいない。」

そこは・・・初めて見た光景でした。
前に鏡がある祭壇のようなものがあって、床には白い布が敷いてあって、
ちょこんと私が座ってました。

「何をしてるの?」
  「声を聞いている、神様の声」

「神様何て言ってる?」
  「う~ん。今の私には分からない」

「お父さんとお母さんは?」
  「いない。」

「部屋の外には誰かいる?」
  「う~ん。男の人と女の人」いっぱいいる。

「女の人に聞いてみましょう。・・・この人のお父さんとお母さんは誰ですか」
  「(人格交代?でその人になるらしい)分からない」

「いないのですか?」
  「分からない」

「あなたとみささんとの関係は?」
  「つかえてる」 

「もっと前に行きましょう。生まれたばかりの頃・・・どこにいる?」
  「う~ん。同じとこ?」

「側には誰がいますか?」
  「女の人と男の人」

「お母さんとお父さん?」
  「違う」

「女の人に入って・・・みささんにはお父さんとお母さんはいないのですか?」
  「分からない」

「ご両親はいないのですか?」
  「いない・・・神の子だから」

「あなたは誰ですか?」
  「乳母」

「では、もっと大きくなってからを見ましょう」

「何かが起こった時、あなたはいくつですか」
  「15か16くらい」

「何がありましたか」

すると、あの光景がぽっと浮かんだ。
真っ白な帆船が、生駒山の上を越えてくる。

やっぱりこれが出てたか~。
見えたってことは、現実?
うわ~これは、言えない~。

   「う~ん。」
何て答えようかと思っていると、ぱっと

   <<禁忌だ>>

と声がした。
ん?何が禁忌?
少し考えていると。

「何がありましたか?」
  「禁忌」

「キンキ?」
  「だめ。言っちゃいけない」

言えないってブログに散々書いてるじゃ~ん!と、その時我にかえる。

「言ってはだめなのですか?」
  「触れる・・・禁忌に触れる」

「それを見て、あなたはどう思いますか?」
  「やっぱりな」

 

「それから先は言えますか?」
  「言えない。禁忌に触れる」

多分、これ以上は見せてくれない。
私は”それ”を知っている。
  
「納得できましたか?」

頑張って、見せてくれようとしたけど、やっぱりだめだった。
   「納得した」

やっぱり、あれは私の前世なんだ。
まぎれもなく、真実。

**

次は中間生へ。

会いたい人、誰でもいいからと前もって言われていて、
神霊ARIONか母方の祖母と言っていた。

「どこにいる?何が見える?」
   「宇宙・・・地球が見える」

「ARIONは何か言ってますか?」
ARIONの気配。
チャネラーを介さない・・・。
確かに気配がする。
でも何も言わない??

<神は神に助言しない>
そう、聞こえた気がした。
またそれ?

  「言ってない」

「おばあちゃんはいますか?」
と、側に祖母がいる気がした。
  「いる」

「何か言ってますか?」

  「進みなさいと。」

  「思いわずらうことなく、進みなさいと。」

顔も覚えていない祖母が、私の手を取ってそう言った。

( 続く )

 

2017年9月20日 (水)

5人目の仲間

本当に文字通り、夢の様な「夢の話」ですが。

私は前世を夢で見ています。
こんなにも「前世」に拘るのは、何十年も前に、
「前世の7人の仲間を集めなければならない」

 

という、とても夢とは思えないリアルな夢を見たからです。
しかも、それを同時期に「仲間」の一人も。
                    .

東京が燃えていました。

それを阻止するのか、その事象の後なのか、
「その前世の7人が揃わなくてはいけない」というのです。
(未来の記憶  ~前世 5~)

そんな馬鹿な、と一蹴することもできますが、
それがマヤカシにせよ、現実にせよ、やれることをやらなくては後悔する。
ただそれだけを思ってここまで来ました。

「夢の仲間を集めるなら、夢をさらさなければならない」
そうある人に助言されて、今のこのブログに至ります。

「言挙げ」することで廻る事象もあるようです。

                *

「5人目の仲間」が見つかりました。

彼女の前世名は「瑠蘭(るらん)」
コード・ネームは「サラ」

彼女は、前の「姿」をはっきりと見ていました。

<「ぼく地球」の木蓮さんに似ている、
  長い金髪で、緩いウェーブがかかった可愛らしい女の人>

そして、今の名の中に前の名が入っていました。

見つかっている仲間の一人には入っていないので、絶対条件ではなさそうですが。

*(「ぼく地球」(ぼくの地球を守って)は、80年代に連載されていた転生を
  題材とした漫画)
                . 

彼女のブログを教えてもらって読んだのは、一昨日のこと。

瑠蘭に間違いないと、全身が震えました。

彼女は私のブログをずっと読んでいてくれていたそうですが、
直接、会おうと思ったのは、「葦の原と神の山」の記事を見たからだそうで。

奇しくも、「終わりと、始まりの予感」がしていたその記事の。

実際に会って、6時間近く話して、次から次へと出る(今生の)共通点もそうですが、
何より全く違和感がなく、話していました。
ずっと前から知っている大切な人、その強烈な感覚だけで十分でした。

まだ、詳しくは書けませんが。

                      *

「北海道の前世の仲間の二人」と離れる原因となった仲間探し。
その原因は、お互いに幼かったことと、多分、影響力のせい。
私も彼女達も、周りの親しい人達に、自分の夢を見せていたようです。

ごめんね、カイ、サキ。
                   .

だけど、立ち止まるわけにはいかない。

目を瞑ろうとする度、あの夢の光景が蘇る。
耳を塞ごうとする度、悲鳴が聞こえる。
立ち止まるな、ただ道を進めと叱咤する。

代わりはいない。
目を背けるわけにはいかない。

「するか、しないか」
どっちにしても、自分の中の声に従え。
ここで生きてきた人生をかけて選べ。

「どうせ今の私には何も出来ない」ではなく、集まることで開かれる未来がある。
きっと、そういうことだと思う。

沙霧、桜花林。

あなた達はどこにいるの?

孔樹、希境、あなた達は誰なの?

広大な砂漠の中から、5粒目の砂を見つけたよ。
きっと、まだ、間に合う。

勇気を出して会ってくれてありがとう、サラ。

                                .

 

2017年9月19日 (火)

日吉神社 ~福岡県宮若市~

「日吉神社」
こちらは、福岡県若宮市鶴田。
前回UPした「天照神社」の近くにあります。

Wahiyoshi01
丘の上にあります。
Wahiyoshi02

 

Wakahiyoshi01
拝殿です。
なんと、こちらのご祭神は、大国主命。

隔年行われる御神幸祭では、天照神社からこちらの日吉神社まで、
御神幸があるそうです。
大抵、「縁」のある神社の間でしか行われないもの。

前回の天照神社の由緒書きに、
「白きの鶴の住む里に廟を遷すべしと神託があり、この地に遷した」
とありましたが、こちらも「鶴田」です。

大国主は、大物主神でもあり、ニギハヤヒ命でもある神。
そして、日吉の神は猿田彦神でもあるニギハヤヒ神。

ご神幸、土地の名、ご祭神、共にそれを表しているようかのように思えます。

 

Wahiyoshi05

Wahiyoshi04
境内にある五穀神社。

五穀の豊穣を願います。
五穀の神。稲の神である、大歳の神であるニギハヤヒ神、そして、猿田彦神。

大国主命を祀るここ、「日吉神社」は
かの神は、ニギハヤヒ神でもあり、猿田彦の神でもあるんだよ。

そう教えてくれているようです。

(*誤解のないように記しますと、
 日吉の神も、大国主も、ニギハヤヒ神と全くの同一神ではなく、
 様々な伝承が混ざっていたり、その神の性質の一部を表していると思います)
 

                      *

猿田彦の神は、みちびきの神でもあります。

「ここまで導いてくださってありがとうございます。
 これからも”道”に進めますように」

神社に来ると、いつもそう祈ります。

大分神社と、金毘羅山。
その後に参拝した、天照神社と日吉神社巡りの小旅。

(つづく)

 

2017年9月18日 (月)

天照神社と奈良湖

 

 

Tensyou12

前回の天照神社のご由緒書きにあった伝承では、
垂仁天皇16年、近くの山にニギハヤヒ命が降臨したとあります。

それを最初に目にした時、「”神として”降臨したのか」と思いました。

ニギハヤヒ命は、初代天皇とされる神武よりも前の人なのです。
「垂仁天皇が在位していた時に降臨」ならば、その時代には
すでにニギハヤヒ命は存在していないはずなのです。

                       *

 

神話は、紀元前の話とも言われ、
今年2017年は、初代神武天皇が即位して2677年とされています。
(ウィキより)
それが史実だとは思えませんが。

私は「この国の初め」の光景を夢で見ました。

以前、某掲示板で情報を何も言わずに「前世」を鑑定してもらうと
「時代は120年前後」と教えてくださいました。
相当”遠い”ので、年代は100年くらい前後するかも、と。

その「古代奈良の前世」の時期、・・・その鑑定に確証はありませんが、
少なくとも私は紀元後のことだと思っています。

夢で見たその時代の奈良盆地に広がる湖は、完全な淡水湖でした。
時々、(雨が少ない年は干上がり)湿地帯となっていた頃です。

奈良盆地が陸地となるのは、奈良時代に入ってからという説もあり、
古い古墳や遺跡は、その一帯からは存在していないそうです。

それよりも昔の奈良盆地は、生駒山の北から繋がる海だったそうです。
その後は、広範囲に及ぶ湖。
大和三山を島とする眺めになっていただろう、とどこかで読みました。

もしも神武天皇が2677年前に即位していたのなら、奈良盆地には人が住める場所など
ほとんどないでしょう。

                        *

「古代奈良」を前世の夢で見た当時は、奈良盆地に湖があったことは
知りませんでした。

私がそれを最初に聞いたのは、その夢を見たずっと後に、奈良で出会った
郷土史研究家の方からです。(「奈良 古代の湖」の記事)

「奈良に最初に都を作ったのは、稲を育てるのに適した環境が整っていたから。
 当時の奈良盆地には湖が広がり、その周辺には湿地帯が広がっていた。
 今も土地の名にその痕跡が残っている。」と。
 
そこには「前世の夢」で見た光景が広がっていました。


さらに、「ここは天然の要害だから。山に囲まれ、敵も侵入しにくい」と。

海や広大な湖があったならば、天然の要害にはなりません。

日本の神話の初め、すなわち「この国の初め」は、淡水湖になり、
ある程度、陸地が現れたあと。
少なくとも紀元前後のことだと思うのです。

神武天皇より前に奈良にいたとされるニギハヤヒ命。
「この国の初め」のスメラノミコト。

彼が存在していたのなら、おそらくその頃。


そう思っていたら、垂仁天皇の16年が紀元前14年頃にあたるのではないかと
されていました。
上古天皇の在位年と西暦対照表の一覧 Wikpediaより)
「古事記」「日本書記」の(神話的)記述を源に暦を「復元」した日本長暦に
もとづくものであり、考古学的なものではない。
とあります。

ニギハヤヒ命が天照宮の近くの山に降臨したという年が、
私が見た奈良湖(というそうです)の様子からも納得できる年代です。                     

ならば、ご由緒書きの時代は(ほぼ)合っているけれど、
「天皇が在位」した年代は違うということでしょうか。

*追記 上記ウィキの対照表の垂仁天皇の項には、
「垂仁天皇が実在していたとしたら3世紀半ば~後半だろう」ともあります。
これは、年代だけみると「卑弥呼」の時代の少し後。

ですが「北部九州」での伝承の「神功皇后」のいた時代は西暦200年頃です。
       (「魂須霊・むすび 2 ~九州王朝の女王と饒速日命~」)

(垂仁天皇は実在しなかったという話もあります。)


少なくとも「饒速日命は紀元前後の人である」。
饒速日命は、(ざっくり)時代だけ言うと、その頃の人物ということか。

だが、皇紀は紀元前600年とされてるため、その辺りの年代とされる天皇の御代に「あてはめた」。
そういう意図が見えないだろうか。

・・・もしも、そうならば・・・。
<<ニギハヤヒ命が降臨したのは、紀元頃、
ならば、この天皇の在位何年頃にあたるだろう>>

そう考え、伝承を残した人は誰なのでしょう。
その人がウィキを見たとは思えないですしね。

ちょっと鳥肌が立ちました。                     
                       *

ニギハヤヒ命は、福岡(筑紫の国)を訪れ、
後に筑豊(飯塚など)の男たちを連れ、天磐船に乗り、
大和へ旅立ったと神話にあります。
(船に乗った神の名の中に、前世の仲間の名「沙霧」があったのは偶然か)

彼が夢見た土地は、この世の楽園でした。
葦の原が風にそよぐ、山に囲まれた聖地。

夢の中で祖母に手を引かれて歩いたあの場所が、その楽園だとしたら。
誰もが辿り着きたいと思うことでしょう。

今でも彼の神は、そこにある神の山、三輪山にあると思います。
                      .

そして、もう一つ。

大分神社の側の「金毘羅山」
そう名付けた人は誰だったのでしょう。

「神の存在」を感じずにはおられません。

                        .

次は、日吉神社です。

 

2017年9月16日 (土)

天照神社(天照宮) ~福岡県宮若市~

福岡県宮若市磯光にある「天照神社」

ご祭神がニギハヤヒ命です。

天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
の神名で祭られています。

Tensyou04
せっかく飯塚まで出てきたので、ご参拝。
大分神社から23キロ。
ついでの距離じゃなかったですね。

Tensyou06
ここへは3度目。
家から50キロもあるのに、何度も参拝したくなります。


Tensyou05
Tensyou10
拝殿です。

逆光で光が映り込み。
Tensyou01

 

天照神社(天照宮)

所在地 福岡県鞍手郡宮田町大字磯光字儀長(合併後の地名は宮若市磯光)
祭神   天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
      八幡大神、春日大神、応神天皇、天子児屋根命

            (中略)

神社の由来は、貝原益軒著の「鞍手郡磯光神社縁起」によれば、
饒速日尊が垂仁天皇十六年に宮田町の南に聳える笠置山頂
(四二五メートル)に降臨し、同七十七年に笠置山頂に奉祀したことに
始まります。
その後、千石穂掛谷、明野(脇野)と移り、延慶元年(一三〇八年)に、
白き鶴の住む里に廟を遷すべしとの神託があり、西国探題惣政所玄朝の
造営により、現在地に移されました。

           (中略)

隔年で行われる御神幸祭では、鶴田の日吉神社まで優雅な高張提灯行列が
あり、厳粛な祭の中に幻想世界を見ることができます。

                          (以下略)

ということだそうです。
八幡さまも応神天皇も一緒に祀られていて、
日吉神社への御神幸があるとは。
ご神幸祭見てみたいです。

Tensyou08
拝殿に向かって左奥。
Tensyou09

Tensyou13

 

拝殿向かって、右奥。
前に来た時は、紅葉していて見事でした。
真夏も、緑の中のお社もなかなか素敵です。

 

Tensyou12_2
光の写り込みが綺麗なのでUP。

Tensyou11

神社のご由緒書きにあった伝承では、垂仁天皇16年、
近くの山にニギハヤヒ命が降臨したとあります。

それを最初に目にした時、「垂仁天皇の時に”神として”降臨したのか」と
思いました。

ニギハヤヒ命は、初代天皇とされる神武よりも前の人なのです。

この後、長くなりそうなので続きは次回。

( つづく )

 

2017年9月 6日 (水)

恒星「トラピスト1」と前世の「別の星」

NASAが公式にその存在を発表した、恒星「トラピスト1」。
地球から39光年先にあり、地球と同規模の惑星が7つあります。
その中でも、地球型の生命体の存在が可能な「ハビタブルゾーン」にある惑星が
3個あると分かりました。

その発表自体は、今年の2月23日。
最近、YouTube動画を見ていて、興味深いものを見つけました。

https://youtu.be/9rEJwfN6ilg


その内容は後で記しますが、特にこの箇所。

 

トラピスト1の惑星たちは、すべて太陽系における
太陽~水星間の距離よりも狭い範囲を公転している。

トラピスト1e 、 f 、g の公転周期は6~12日であり、
互いの距離も接近しているため、これらの惑星に降り立てば、
ほかの惑星が大空に巨大なサイズで浮かんでいる光景を見られるという。



   *注「トラピスト1」は、太陽系における太陽、その星系の恒星です。
   「e」「f」「g」は、「トラピスト1」系における生命可能領域(ハビタブルゾーン)に
   存在する3個の惑星に付けられた(仮の)名です。
  

その惑星の地上から空を見上げると、
ほかの惑星が大空に巨大なサイズで浮かんでいる・・・・。

・・・これは、あの夢に出てきた「別の星」での光景そのままではないか。

私は前世の夢の世界を少なくとも3つ見ましたが、その中で、高校の頃、
毎日のように見ていた夢がありました。
「別の星の夢」の世界です。

後に同じ夢を見ていたという「仲間の子」たちに出会って、それが自分の
「前世の夢」かもしれないと分かるのですが。「前世の仲間 ~前世 3~

彼女達は詳細にその「別の星」の姿を記憶していました。
私は夢を見ていた当時、あまり気に留めていなかったので、
その星のことで記憶していることは少ないのです。
(しかも普通の夢と混ざったりしてるかもしれないので、
 全てが前世の夢とは限らないですが)

以前の記事「別の星の夢 ~前世 2~」より、抜粋。

                 *

 

巨大な白い月が青い空に浮かんでいた。
他にも大きさの違う月がいくつかあった。

ここは「別の星」。

地球に似ているけれど、全体的に緑が多かった。
高層ビル群もあったけれど、ごくわずかな地域だけだった。

ヨーロッパのどこかの国のような石造りの町もあった。
砂漠もあった。
もしかすると、それは戦争の後の廃墟なのかもしれない。
自分が想像しているより、大きな星のよう。

科学は、地球よりも随分と進んでいた。
エアバイクのようなものによく乗っていた。
反重力のようなものと、”今の私”は思った。
高速道路のようなものがあり、走らせていた。

惑星間を航行できる船もあった。
宇宙港のような施設を見た。


                                           *

「前世の仲間」という2人は、こうも書いていました(文通なので)。
 空は青かったけど、地球のより白っぽい。
 もしかすると、人工的な空なのかもしれない、と。

その前世の星が今回公表された「トラピスト1」系の惑星かどうかは
分かりません。
ただ、その(夢の)星の人達は、見た目は地球人と全く同じ「人」でした。

一つ、今回分かった確かなことは、あの空に浮かぶ月(惑星だった!)というのは、
この宇宙のどこかで実際にあるかもしれない光景ということ。
                        .

上の方に貼ったYouTube動画の言葉を要約します。

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NASAのジェット推進研究所(JPL)が公開した情報から。

トラピスト1(*恒星、太陽系における太陽)の7つの惑星は
7姉妹「Seven Sisters」と名付けられた。

トラピスト1から近い順に、「トラピスト」「1b・」「c・」「d・」「e・」「f・」「g・」「h・」
そのうち「ハビタブルゾーン」にあるのは、「e・f・g・」の3つ。

これらの惑星は地球とほぼ同サイズ、かつ岩石からできており、
水が液体で存在することができる温度が保たれている可能性も高い。

トラピスト1の惑星たちは、すべて自転と公転周期が一致している。
つまり、地球にとっての月と同様、常にトラピスト1に同じ面を向けている。
そのため、これらの惑星は常に昼の領域と夜の領域があることになる。

さらに常に昼間の領域で熱せられた大気と、
常に夜の領域で凍てついた大気とが対流することで激しい嵐を引き起こしている
可能性もあるという。

トラピスト1の惑星たちは、すべて太陽系における
太陽~水星間の距離よりも狭い範囲を公転している。
トラピスト1e ・ f ・g の公転周期は6~12日であり、
互いの距離も接近しているため、これらの惑星に降り立てば、
ほかの惑星が大空に巨大なサイズで浮かんでいる光景を見られるという。

なお、恒星であるトラピスト1は、地球から見る太陽の6倍程度のサイズで見えるようだ。

また、トラピスト1の実際の大きさは、木星よりも少し大きい程度。
暗い赤色矮星であるため、7つの惑星における昼の日の光は、
まるで夕焼けのような赤やオレンジ色だという。

そこに住む生命はどのような暮らしを送っているのか、
専属アドバイザーである世界的な宇宙物理学者に緊急分析を依頼。
(NASAが以来したのか、このチャンネルの人がしたのか分かりません)

(略)

重力も地球と同程度と予想される為、水や大気もキープすることができるでしょう。
よって、トラピストe・f・g・のいずれかに液体の水があるとなれば、
地球外生命体が存在する可能性は格段に高くなるわけです。

7つの惑星が近い環境にあるということは、
仮に知的生命体がそれぞれ存在した場合、7つの惑星間でエイリアンが
出会う可能性はかなり高いといえるでしょう。

地球の文明の発展と同様に、独自の発展を遂げた惑星同士が出会えば、
飛躍的な進化が望める可能性があります。

また、空を見上げても、丸いものが月しか存在しない地球とは異なり、
トラピスト1系では、複数の「丸い」惑星の存在を確認することが
できるはずです。

よって、自らが住む惑星が丸いということに気がつくスピードは
地球人よりも速くなるでしょう。

地球人が火星の存在に気がついたのは、たかだか50年前くらいのことですが、
彼らはもっと早くほかの惑星が複数あることに気がつくに違いありません。

文明は天文学とともに発展するともいわれていることから、
彼らの発展スピードはかなり速く、豊富な知的財産を持ちえている
可能性があります。

7つの惑星はいずれも「昼の領域」と「夜の領域」がはっきりと
分かれていることから、四季のある地球と比べると変化に乏しく、
生き物が生まれにくい環境にあるといえます。

しかし昼と夜の境目はちょうどいい気温を保っている可能性があります。
そのタテのリング状に文明が発展していく可能性があるということです。

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*「トラピスト1系」についての補足です。

 *恒星から一番外側にある惑星までの距離が、
 太陽系の太陽~水星(太陽に一番近い惑星)よりも近い場所にすべてあるのに、
 ハビタブルゾーンが存在するのは、トラピスト1が赤色矮星であり、
 太陽よりもずっと小さく、温度が低い恒星だからです。

 *トラピスト1は木星程の大きさ、その他の惑星の距離は、
 木星を巡る衛星に例えられています。

 

天文が好きなので、わくわくする話題です。

      .

 

2017年9月 5日 (火)

葦の原と神の山 その2

金毘羅山。

大分八幡宮の側に、その山はありました。

香川の金毘羅神社と同じ名を持つ山。
かの神社のご祭神は大物主。

三輪山の神と同じ、ニギハヤヒ神だとも言われている神。

神功皇后、応神天皇が祭られている、大分八幡宮の側にあるのは、
偶然ではないのかも知れません。

八幡さま(応神天皇)が、ニギハヤヒ命の生まれ変わりならば。
(神は転生しないので、神の、人である部分のことを差します)

 

大分八幡宮に参拝した後、できるだけ山の側まで行ってみました。
小高い丘、と言う感じの山。
高さも形も違うのですが・・・。


手前には田んぼ。
そのあぜ道には茅の葉が揺れて・・・。
                             .

その瞬間、あの日の夢が目の前に広がったのです。

風にそよぐ、金色の草原。
神々しい光を纏い、紫に染まる山。

その夢へと導いたのは、この気配。

                      .

ここだ。

 

ここが祖母が、夢の中で連れていってくれた場所。

そこで神に逢った。

あの日見たのは三輪山・・・?。

遠い記憶に重なる。
あの前世の夢の中で見た山。
幼い頃、奈良で何度も見上げた山。

 

確かにあれは、三輪山だった。

 

祖母は夢の中で、ここに連れてきたのか。


祖母の家があった「天道(てんとう)」から約5キロ。
本当に、夢の中で見た木の塀の向こう側(の方向、南)にあるなんて。

強い霊能力を持っていたという祖母。
夢で繋いでいくというその力。
あの「祖母の夢」が特別なもの、”場”であったことは、それを見た私が一番知ってる。
それが、きっと、この場所なんだろう。

                        .

実は、ここのことをつい先日知ってから、居ても経ってもいられずに、
ここへ来たのです。


 あの日の神の山が、この金毘羅山が繋いだ三輪山ならば、
 私がここに来ることが一つのゴールなのではないか。
 ここに来ることで、何か分かるのではないか。

 あの日の祖母の言葉が聞きたい。
 祖母は、神の山に何を言っていたのか。
  ここに来れば、何か分かるかもしれない。

そう思ったのです。

 

 「この子が・・・」
 何を言ってたの?
 私が何だというの?
 
 私は誰?
 卑弥果なの?
 あの人は竜厘なの?
 あの(前世の)夢は、本当なの?
 そうならば、何をなせというの?
 
 あの日の山が三輪山なら、あの神はニギハヤヒなの?


泣きたくなる程、夢の山に問うても、答えは無く。

 

神社などで声が聞こえるのは、いつもではないのです。
例え聞こえなくとも、自分の中に確かに届いている。

そう思うことにしていのですが・・・。

期待し過ぎていたのでちょっと寂しい気分でした。

「確かにこの場所だ」と分かっただけでも、よしとしよう。

そう思うことにして、次の場所へ向かいました。


                    *

 

その夜、友人kono87さんに
<金毘羅山は、あの日夢の中で見た三輪山だった>
とだけ、ラインで伝えると、

<11時頃、声が聞こえた。「私が側にいるのに」と>

午前11時。
ちょうど金毘羅山を見ていた時間・・・。

 

彼は、以前ニギハヤヒ神に<お前が竜厘だ>と告げられていました。
竜厘、それはニギハヤヒ命が人だった時の名の一つ。
何度転生しても受け継ぐという名前。

 

                    * 

本当のことが知りたい。
多分、それは私の中にある。

       .

 

2017年9月 2日 (土)

大分八幡宮 ~福岡県飯塚市~

福岡県飯塚市にある大分(だいぶ)八幡宮に参拝してきました。
そこは、少し前に改名されるまでは、嘉穂郡穂波町。

私の祖母の家があった町でした。
                            .Daibu01                                             .
Daibu02                                               .

    大分八幡宮由緒記

ご祭神 應神天皇 神功皇后 玉依姫命「神武天皇御母君」
  當宮は神功皇后御征韓後粕屋の宇美邑にて
  應神天皇御出産遊ばされ翌年の春京にお上
  りの際軍隊を引率され粕屋嘉穂の郡境に
  ある験しい「ショウケ超え」を経られ當宮に
  至り遊ばされ此地にて軍隊を解散せら
  れし由縁の地なり
  宇佐宮託宣集に我宇佐宮より嘉穂郡
  大分宮は我本宮なりとあり本邦が所別
  宮第一に列さられ朝廷の尊崇篤く筥崎
  宮の元宮 ? 由緒正しく第四十五代聖武
  天皇神亀三年「今この ? 一三〇〇年前」御神
  託によって創建せられ応仁天正の九州動乱
  にて御社殿は兵火に罹り消失し後天正五
  年秋月種実公勅命に依り現在地に假殿
  を建立御神霊を勧請鎮座 ??たる
  御社殿裏山の小高い丘?の盛土は全国でも珍
  しい皇室古墳埋蔵推定値「仲哀天皇御陵」
  として考古学者の学問的期待をかけている
  聖地であり往古旧社殿は小高い丘の前に
  ありて跡地に礎石の石残れり

 

(どうしても判読しがたい箇所は?マークをつけてます)

神功皇后が軍隊を解散した場所であり、筥崎宮の元宮である。
裏山は「仲哀天皇」(神功皇后の夫)の御陵である。

と、いうことですね。

「ショウケ越え(峠)」は、若杉山のある糟屋郡から飯塚(旧嘉穂郡)へ
抜けるルートとして、今もそう呼ばれています。
神功皇后が幼い応神天皇をショウケ(竹を編んだザルの名が訛った)に入れて
峠を越えたことから名付けられたそうです。
つい、先日、初めて車で通りましたが、なかなかの峠道。
昔は八木山(バイパス)の方の道が無かったので、嘉穂に抜けるには
この峠を越えるしかなかったのです。


そして、ご祭神。
この辺りには、神武天皇の伝承は無く、この神社にも名が無いないのに、
神武天皇の母とする玉依姫だけが祭られているのはなぜでしょう。
そういえば、若杉山の太祖宮の上宮にも玉依姫の名がありました。
もしかすると「玉依姫」は、神功皇后の別名の方なのかもしれません。
それとも・・・。
                                               .Daibu03                                                 .

曲芸をしてるかのような狛犬です
かわいい!

Daibu04                                                    .
                                             

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Daibu07                                                  .

神社に仁王さん
悪いのが入って来なさそうです。

拝殿

Daibu8                                               .            
神社の裏山。
仲哀天皇のご陵(かもしれない)だそうです。
神功皇后のご陵は、奈良の山陵(みささぎ)町にあるのに、
連れては帰られなかったのですね。
                                          .
Daibu09                                                   .
上まで階段があったので登ってみました。
祠が一つ。
                                                   .Daibu11                                                 .
そこからの眺め。
Daibu12                                          .
写真の下の方にあるのがお社。
その向こう、手前にある小高い山が、金毘羅山。

Daibu13                                             .
ご陵さんの前にあった生目(いくめ)神社。
                                               .
Daibu14                                                   .
小学校を卒業するまで奈良から帰省して、毎年、夏休みの一ヶ月を過ごした穂波町。

神功皇后のご陵さんの傍らから、仲哀天皇のご陵さんの元へ。
ピンポイントで訪れていたことを、初めて知りました。
偶然が世の中にないのなら、必然だったのでしょうか。


そして・・・。
ご陵さんに登った後、金毘羅山を目にして、「あれが」と思った時、
強い既視感。
確かに来たことがある。
それほど高くもないし、綺麗な三角の山ではないけれど・・・。
あの山を知ってる。

それは、夏休みの記憶ではなく・・・。


( 続く )

 

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