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2017年9月18日 (月)

天照神社と奈良湖

 

 

Tensyou12

前回の天照神社のご由緒書きにあった伝承では、
垂仁天皇16年、近くの山にニギハヤヒ命が降臨したとあります。

それを最初に目にした時、「”神として”降臨したのか」と思いました。

ニギハヤヒ命は、初代天皇とされる神武よりも前の人なのです。
「垂仁天皇が在位していた時に降臨」ならば、その時代には
すでにニギハヤヒ命は存在していないはずなのです。

                       *

 

神話は、紀元前の話とも言われ、
今年2017年は、初代神武天皇が即位して2677年とされています。
(ウィキより)
それが史実だとは思えませんが。

私は「この国の初め」の光景を夢で見ました。

以前、某掲示板で情報を何も言わずに「前世」を鑑定してもらうと
「時代は120年前後」と教えてくださいました。
相当”遠い”ので、年代は100年くらい前後するかも、と。

その「古代奈良の前世」の時期、・・・その鑑定に確証はありませんが、
少なくとも私は紀元後のことだと思っています。

夢で見たその時代の奈良盆地に広がる湖は、完全な淡水湖でした。
時々、(雨が少ない年は干上がり)湿地帯となっていた頃です。

奈良盆地が陸地となるのは、奈良時代に入ってからという説もあり、
古い古墳や遺跡は、その一帯からは存在していないそうです。

それよりも昔の奈良盆地は、生駒山の北から繋がる海だったそうです。
その後は、広範囲に及ぶ湖。
大和三山を島とする眺めになっていただろう、とどこかで読みました。

もしも神武天皇が2677年前に即位していたのなら、奈良盆地には人が住める場所など
ほとんどないでしょう。

                        *

「古代奈良」を前世の夢で見た当時は、奈良盆地に湖があったことは
知りませんでした。

私がそれを最初に聞いたのは、その夢を見たずっと後に、奈良で出会った
郷土史研究家の方からです。(「奈良 古代の湖」の記事)

「奈良に最初に都を作ったのは、稲を育てるのに適した環境が整っていたから。
 当時の奈良盆地には湖が広がり、その周辺には湿地帯が広がっていた。
 今も土地の名にその痕跡が残っている。」と。
 
そこには「前世の夢」で見た光景が広がっていました。


さらに、「ここは天然の要害だから。山に囲まれ、敵も侵入しにくい」と。

海や広大な湖があったならば、天然の要害にはなりません。

日本の神話の初め、すなわち「この国の初め」は、淡水湖になり、
ある程度、陸地が現れたあと。
少なくとも紀元前後のことだと思うのです。

神武天皇より前に奈良にいたとされるニギハヤヒ命。
「この国の初め」のスメラノミコト。

彼が存在していたのなら、おそらくその頃。


そう思っていたら、垂仁天皇の16年が紀元前14年頃にあたるのではないかと
されていました。
上古天皇の在位年と西暦対照表の一覧 Wikpediaより)
「古事記」「日本書記」の(神話的)記述を源に暦を「復元」した日本長暦に
もとづくものであり、考古学的なものではない。
とあります。

ニギハヤヒ命が天照宮の近くの山に降臨したという年が、
私が見た奈良湖(というそうです)の様子からも納得できる年代です。                     

ならば、ご由緒書きの時代は(ほぼ)合っているけれど、
「天皇が在位」した年代は違うということでしょうか。

*追記 上記ウィキの対照表の垂仁天皇の項には、
「垂仁天皇が実在していたとしたら3世紀半ば~後半だろう」ともあります。
これは、年代だけみると「卑弥呼」の時代の少し後。

ですが「北部九州」での伝承の「神功皇后」のいた時代は西暦200年頃です。
       (「魂須霊・むすび 2 ~九州王朝の女王と饒速日命~」)

(垂仁天皇は実在しなかったという話もあります。)


少なくとも「饒速日命は紀元前後の人である」。
饒速日命は、(ざっくり)時代だけ言うと、その頃の人物ということか。

だが、皇紀は紀元前600年とされてるため、その辺りの年代とされる天皇の御代に「あてはめた」。
そういう意図が見えないだろうか。

・・・もしも、そうならば・・・。
<<ニギハヤヒ命が降臨したのは、紀元頃、
ならば、この天皇の在位何年頃にあたるだろう>>

そう考え、伝承を残した人は誰なのでしょう。
その人がウィキを見たとは思えないですしね。

ちょっと鳥肌が立ちました。                     
                       *

ニギハヤヒ命は、福岡(筑紫の国)を訪れ、
後に筑豊(飯塚など)の男たちを連れ、天磐船に乗り、
大和へ旅立ったと神話にあります。
(船に乗った神の名の中に、前世の仲間の名「沙霧」があったのは偶然か)

彼が夢見た土地は、この世の楽園でした。
葦の原が風にそよぐ、山に囲まれた聖地。

夢の中で祖母に手を引かれて歩いたあの場所が、その楽園だとしたら。
誰もが辿り着きたいと思うことでしょう。

今でも彼の神は、そこにある神の山、三輪山にあると思います。
                      .

そして、もう一つ。

大分神社の側の「金毘羅山」
そう名付けた人は誰だったのでしょう。

「神の存在」を感じずにはおられません。

                        .

次は、日吉神社です。

 

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