光庭 2 ~座敷わらし~
(つづき)
そこで彼女に逢った。
一度も同じクラスにならなかったけど、何となく気が合った。
彼女は”見えない者が見える”人だった。
自分の母親もそうだったので、違和感など感じたこともなかった。
ある日、彼女の委員会があって、会議室の外で待っていた。
すると、赤い毬が転がってきた。
・・・ように感じた。
それは、私の想像だった。
そこに小さな女の子がいた。
赤い着物を着た子。
見えない毬を一度ついて、その子に渡した。
じゃあね。
そう”思った”後、がらがらと会議室のドアがあいた。
「どうした?」
と彼女。
「いや、何でもないよ。どうして?」
「何か気配がしたから。」
想像で遊んでいただけなんだけど。
そう思ったから何も言わなかった。
(そういう事は後にも先にもない)
それからしばらくして、ふと、授業中に絵を描きたくなった。
落書きノートの端に絵を描いた。
おかっぱ頭の女の子。
膝までの着物を着て、毬を持っている。
いつか、頭の中で描いた子だった。
着物は赤色。
黄色い牡丹の花が咲いている。
そして、赤い鼻緒の下駄をはいていた。
そんなことも忘れたある日、彼女が言った。
「うちのクラスに最近、座敷わらしみたいなのが来るんだよね。
でね、教卓に座って、毬をクラスの子に投げて遊んでる。
本人達気付かないけど。
新しい校舎だから、いないはずなんだけど。
ここら辺、たまねぎ畑だったしね。」
と、あの女の子が急に浮かんだ。
ちょっとぞっとして聞いた。
「どんな子だった?」
「おかっぱでさ、赤い着物着てた。赤い鼻緒の下駄でさ。」
「・・・どんな着物?」
「ここら辺(袖の下の方)と、膝まである裾の下の方に
大きくて黄色い牡丹の花があった。」
間違いない。
私が描いた子だ。
「それって・・・これ?」
前にノートに描いた女の子を見せた。
「あ~~これこれ。・・・あんたか。」
「いや、・・・想像だし。・・・見えてたのか?」と私。
「どっちか分からんね。見えて描いたのか、想像を現実化してしまうのか。
どっちにしろ、もう描かない方がいいね、そういうの。
校舎、お化けだらけになるよ。」
「普段、絵を書いてるけど、何ともないよ?」
「そういうのと、レベルが違うんだろうね。」
「あの子、どうしよう?」
「ほっといていいよ。毬ぶつけて遊んでるだけだし。」
「他に心当りある?」
図星だった。
絵に関しては心当りがあった。
小さい時に、飼っていた犬や猫の絵を描くと、1週間もしない内に
亡くなってしまっていた。
交通事故とか、行方不明とか。
その偶然に、私のせいだと感じてからは、生き物の写生をしなくなった。
でも、学校で描かなければならない時は、何ともなかった。
おそらく、そのものの「死期」を感じて描きとめておきたくなるのだろうと
思う事にした。
だから、自分からは極力、生き物を描かない。
「多分、”そう”なんだろうね。」
彼女は言った。
*
つかず離れずだった彼女とは、私が愛知に来た頃に疎遠になってしまった。
彼女の行動が許せないと思った。
自分の価値観とひどく違う、彼女の行動が。
でも、今なら分かる。
彼女が悪いとは言えない。
あの時、本当に許せなかったのは自分自身なんだと。
「それは違う」
と、言えなかった、自分自身。
何故?
嫌われたくないから?
いつの間にか、自分の中の”座敷わらし”を表に出さなくなっていた。
人と違う価値観。
それは一人一人違って、一人一人意味があるもの。
表に出して、歩み寄ることで、一歩ずつ近づいていく。
近づいて、時には新たな物を生み出す原動力となる。
私は、もう最初からそれをするのが恐くなっていた。
.
でも、今、この土地に来て、色んな人と触れあって、少しはましになったと思う。
この土地が人が癒してくれたとそう信じている。
子供を産んで、学校や地域と半ば強制的に何かに参加して。
でも、その中でたくさんの人にであって、一緒に何かをして。
それが、私には必要だったんだと。
人は人の中に生きて、その意味を知る。
今、彼女に逢いたいと切実に思う。
あの校舎の光庭にいた彼女と、また逢いたい。
この土地の光庭で、少しはましになった私と。
.
座敷わらしは神様だという。
宿主に幸福をもたらす。
子供の神様。
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