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2017年12月 4日 (月)

神の鉾 7 ~高良神は物部姓。違えるならば当山滅す~

神の鉾 番外編」は、二柱の天照大神について。
男神・天照大神が饒速日命。
女神・天照大神がその后、御炊屋姫(豊受大神、市杵島姫命など)。
(天照の撞賢木厳御魂(つきさかきいつのみたま)の厳御魂 は厳島(いつくしま)神社の神、市杵島姫命)


 「神の鉾 6 神功皇后幻想」では、御炊屋姫(ヒミカ)が、神功皇后と同一だと、私自身が思い至った過程。
不確かな前世、また土地の縁などからではありますが、そこから繋がっていきます。


少し戻って、「神の鉾 5」
高良(住吉)神と饒速日命は同神であるので、「干珠満珠」「十種神宝の生玉死返玉」は同じ物。


ここまでのまとめ。

☆籠神社の御祭神は「二柱の天照大神」にもあった、天火明命、豊受大神。
天火明命=饒速日命=住吉神=(海幸彦山幸彦も)
彼らが同神であるので、「干珠満珠」、「十種神宝の生玉、死返玉」は同じ物。

☆伊勢神宮の神は月神=天照大神。

天火明命=饒速日命=住吉大神=高良神=月神=天照大神。
(饒速日命は、日神、月神、星神(布留神)、海神(住吉、は星も)でもある)

では、「高良玉垂宮神秘書」と、「住吉大社の伝承」は、(御祭神が同神ゆえ)同じことを告げています。
高良神=住吉神は、神功皇后と夫婦
すべての伝承が繋がります。

 

彼が饒速日命ならば、その后は御炊屋姫。
では、神功皇后は彼女なのか?


< 高良神と物部 >


「高良玉垂宮神秘書」の記述をもう一度。

長男である表筒男神は、神功皇后の妹の豊姫と夫婦。
三男である底筒男神は、神功皇后と夫婦。
底筒男神の地上での名は、物部保連、高良大菩薩。

高良大社(7)
九躰皇子と『高良玉垂宮神秘書』
(綾杉るなさんのブログ「ひもろぎ逍遥」より要約)

高良大社の御祭神、住吉(底筒男)神の地上での名は物部保連。
「地上での名」、人としての名です。
物部は、饒速日命と御炊屋姫の子、宇摩志麻遲(ウマシマジ)命を祖先とする一族の名。

これまで出てきたいくつもの「鍵」。
どれも、饒速日命に繋がります。
高良大社が祀るのは、物部の祖神(饒速日命)。

後に「高良玉垂宮神秘書」を手に入れました。
そこには何度も出て来た言葉があります。

「高良神は物部姓。たがえるならば、当山滅す」

高良の神は物部の神である。
変えるならば、この社(高良大社)は滅んでしまう。

とても強い口調で何度も。
彼は、祖神、饒速日命で間違いないのです。

その高良神と夫婦だという神功皇后。
決して、高良神(饒速日命)の「子孫と夫婦」ではありません。
彼、自身となのです。


< 彼らの御子 >

高良神と神功皇后の御子の名に、饒速日命と御炊屋姫に繋がる物がありました。

 
「神秘書」には、高良神(住吉、底筒男神)と神功皇后の間には、5人の子が生まれ、仲哀天皇との子が4人で、9人の子がいたとあります。
これが「九躰王子」として、坂本神社など高良周辺に祀られています。

その御子の中に、「応神天皇(品陀別命・ほんだわけ)」の名がありません。
全てが実在していたとも思えませんが。
(または、全てが血が繋がった子では無いのかもしれません)

でも気になる名があります。
一番目の皇子
斯礼賀志命(しれかし)。
彼が長子なら、応神天皇(神功皇后と仲哀天皇の子)です。  

かし」は、星に関連する名でした。
また、饒速日命の后は、御炊屋姫(ミカシキヤ)姫。

(大神神社の摂社は、御炊(みかしぎ)社=豊受大神)


饒速日命(又の名を「布留」)と、御炊屋姫の子は、宇摩志麻治。
ウマシマジは、銀河、天の川に由来する名。
三柱とも「星」に由来する名です。

長子ウマシマジ、長子シレカシ、共に星を意味する。
高良神が饒速日命であり、神功皇后が御炊屋姫ならば、それは必然なのでは?

名は、呪なのです。
(「儺の国の星」 ~宇摩志麻治の名の意味~」)

 

住吉神である底筒男神の筒も、星を表すと、「儺の国の星」にあります。
そもそも住吉三神は、オリオン座の三つ星を表す。

また彦星と織姫は、彼ら二人です。
御炊屋姫と瀬織津姫の名の意味」の記事に記載。

長子、斯礼賀志命(しれかし)も星に関する名ならば、
記紀の「仲哀天皇」と夫婦という話さえ、創作では無いのか。


ここでまた、思い至ります。
神功皇后と御炊屋姫は、同一人物なのでは?

「御炊屋姫と奈良の地で出会った饒速日命」と
「神功皇后と出会った、住吉の神の底筒男神」は同じ?

神功皇后が御炊屋姫で、
高良神(住吉神)が饒速日命ならば、
二人が「夫婦になった」という記述は頷けます。

そういえば、以前、住吉神社の元宮である現人神社の神を、瞑想の中で見ていました。



(つづく)

*今、気づきました。
日本書紀には、神功皇后に関する章がとても長いのです。
もしも彼女が、天照大神(女神)とされたのならば、その記述の多さも納得できます。
(後に分かりますが、彼らは記紀の中で、名前や時代を替え、何度も出てきます)

しかし、彼女が活躍した舞台は、ほとんどが筑紫にあります。

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