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2017年12月 2日 (土)

神の鉾 4 ~天照の分御霊(わけみたま)~(改訂版)

続き。

☆→神の鉾 3 ~安曇磯良神

 

伊野天照皇大神宮にあった鉾。

御祭神は天照大神。

鉾は、祭神のものだ。
女神に相応しくない。


では、ここの天照大神は、大国主神なのか?
大国主は、大物主であり、三輪の神、饒速日命に繋がる。


********************

神の鉾 2」では、「神の鉾」繋がりから、「高良玉垂宮神秘書」へ。
神秘書(伝承の中で)の鉾は、住吉大明神と住吉三神の物であった。
四柱の内、高良大社の御祭神は、<住吉の底筒男神>。
又の名を、安曇磯良神。

神の鉾 3」では、安曇磯良神の名から、
安曇氏との関わる出雲の神、海の神、
イソノカミの名から「石上」へ。

石上神宮の御祭神、布留神へと繋がった。
それは、星神を意味する名。
布留神は饒速日命だ。


ここでも、彼に繋がった。
では、伊野の天照大神と、大国主神と、饒速日命は同神なのか。
ならば、あの鉾は「饒速日命」のもの。

*******************************


< 高良大社の神 >

高良大社の御祭神、安曇磯良(アントンイソラ)神とは何者なのか。
その姿を、深く探ります。

安曇磯良神とは筑前国にては志賀大明神
常陸の国にては鹿島大明神
大和の国にては春日大明神


志賀大明神とは海の中道の先にある、志賀海神社の神、綿津見神のこと。

大和の春日大社の武甕槌(タケミカヅチ)神。
武甕槌神は、常陸(ひたち)の鹿島神宮から勧請されている。

その武甕槌神は、建御雷神と同じ神様。
「国譲り」で活躍する神。

上記の神は全て同じだとある。


*「儺の国の星」の著者、真鍋氏の先祖は物部氏であり、鹿島神宮の神官を代々していた。
 鹿島神は、物部の祖神は饒速日命なのだ。

 

神の鉾 1」の最初に、楯崎神社に建御雷神の神の名があった。

 崇神天皇の時、国平大神(大国主)と建御雷男命は
 同殿同床では畏れ多いので分けるようにと言われています。


建御雷神は、大国主が「国譲り」をした相手。
だから同じ神殿ではいけないだろうと、「後の世」の人が分けた。

だが、元々は同じ神社に祀られてあった。

これは、同じ神だからということ。
(社に配列されてあるのは、ほとんどが同神)

さらに、
 神功皇后の時、皇太子品陀和氣命が来て、
国平の鉾は「倭」に遷すと言って持って帰った
という記述。

*品陀和氣(ほんだわけ)命は、神功皇后の御子、応神天皇のこと。

「鉾」は、国平大神、すなわち大国主の物。

大国主神の和魂は、大物主神。
つまり同神。

大物主神は、奈良の三輪山の神である饒速日命。


饒速日命は、神武天皇に大和の国(奈良)を国譲りしたと、神話にはある。
(実際には神武天皇への国譲りはなかった)

大国主神の伝承と重なるのだ。

☆磯良神は、ひたちの神・武甕槌(建御雷)神であり、春日神。
☆「国譲り」をした、国平大神(大国主)と建御雷男命は同神(同じ社に祀られていた)。


☆大国主神は、大物主神。

☆大物主神は別名、倭大物主櫛甕玉彦(やまとのおおものぬしくしみかたまのひこ)。
☆櫛甕玉彦は、饒速日命。

☆饒速日命は、神武天皇に「国譲りをした」。(神話)
☆高良大社は物部氏の祖神(饒速日命)を祀る。

高良(安曇磯良)神=武甕槌神=春日神=大国主神=大物主神=饒速日命

 

「荒魂」である大国主神は、武甕槌神と国譲りをしている。
「和魂」である、大物主神の饒速日命は、神武天皇と国譲りを。

同じ者(饒速日命)の伝承を、別の表現にしていることになる。
(しかも、武甕槌(常陸の)神は、饒速日命自身)


< 饒速日命は天照大神 >

彼の別名に、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命がある。

真の天照大神。

一方、女神・天照の別名は、「天(日の)神ではなく、神を斎き祀る者」を示唆している。
このような名は、彼にはない。
☆撞賢木厳御魂天疎向津姫命(つきさかき いつのみたま あまさかる むかつひめみこと)

(詳細は下のリンク)

(「伊野天照皇大神宮 ① ~女神・天照神の名~」)

 

饒速日命が大物主神であり、天照大神ならば、
彼と、大物主神の荒魂である、大国主神は同神である。

すなわち、「神(伊野)の鉾」とは、天照大神である饒速日命のもの。


饒速日命は、彼を祀っていた一族が地方へ散らばり、その一族の名や、土地の名や、職業の神として、様々な名に変えられてきた。
元は一柱の神なのだ。

これが<分御魂(わけみたま)>
ほとんどの神は、天照大神の分霊になる。

                                   .
磯良神は、饒速日命に繋がった。

ならば、住吉(底筒男)神であり月神である、
高良大社の御祭神の高良玉垂神は、饒速日命・・・。


それは、腑に落ちる。
痛いほどよく分かる。
でも、一つ疑問があった。

高良神(磯良神・住吉神)は、神秘書や伝承の中で、常に「神功皇后」と行動を共にしている。
(*住吉大社に伝わる伝承でも、「住吉神と神功皇后は夫婦」とされている。)

「彼」が饒速日命、本人ならば、時代が違うだろう?

それを次の回から探ります。


 

( つづく )

 

*記事内の考察や写真、イラストなどの無断使用はご遠慮ください。

 

 

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コメント

こんばんは~(^0^)
ニギハヤヒは丹波にはいなかったのですか~???
コメ返に書いたことは全く違ってたのかなァ~?

こんばんは(*^^*)

多分、記紀などに記されているのは、
後の世の創作が混ざっているのだと思います。
春日大社のご神祭の一柱をとっても、
物部氏から藤原氏に勢力層が移った時に、
変えられたという説もあります。

ホツマツタエではニギハヤヒの行動範囲は
とても広く、日高見まで行ってます。
それらの伝承の中には創作があるかも
しれませんが、丹後の方には
行ってると思います。

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