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2018年1月31日 (水)

四王寺山 ~福岡県~

四王寺山に登りました。
今回は「毘沙門堂」から「水城口城門跡」。

四王寺山は、大宰府市、大野城市、糟屋郡宇美町にまたがる、
大城山、岩屋山、水瓶山、大原山の4つの山の総称です。

福岡市から見ると東南の方にある一番近く見える山。

Shiouji04
その姿は、まるでカルデラのようです。
最高峰は標高410mの大城山。
上の表示板の写真では、左上の辺りにあります。

これは、四王寺山に山城があった時代。
                          .Shiouji01

今は中央に道路が通っています。

この山全体が、「四王寺山県民の森」となります。
二番目の写真の「現在地」と記されている場所に「県民の森センター」の
広い駐車場があり、その側には「子供の国」という遊び場(写真の奥)もあります。
                                                   .Shiouji03
センターの建物の側の池の周りには、雪がうっすらと積もっていました。
山の方はすっかり溶けています。

下から登るルートもいくつかありますが、
北の宇美町から入って、その駐車場に車をとめました。
宇美町には「宇美八幡宮」があります。
神功皇后が応仁天皇を産んだというその場所のほど近くでした。


彼女の祈りに答え、住吉三神達が現れたと、高良の伝承にあった四王寺山。
その伝承の他に残されている話がないので、見ておきたかったのです。

そうは言ってもとっても広い四王寺山。
どこに行こうか迷いましたが、今回は大城山の頂上を目指します。
その側には、「毘沙門堂」があります。

しばらく車道を歩き、下の写真の場所から右へ。
                                     .Shiouji10
Shiouji05
この辺りで、高床式の建物が発掘されているそうです。
                            .Shiouji11
あちこちに札所があります。
この行き先が書かれた表示板が至るところにあって、本来の道を
見失うことがあるそうです。
ガイドブックを見ても迷うという人もいたので、今回は行き当たりばったり。
とにかく、行ってみるしかないです。

しばらく行くと先程の車道に出て、(くねくねと曲がっている車道を)ショートカットする
形で、また山道に入ります。
Shiouji12
Shiouji14
20分程登ると鳥居が見えました。
もう「峰」です。
表示板がありました。
Shiouji15
上の表示板の左(西)側が大野城市。
下(南)側が大宰府市。
大宰府市からは、太宰府政庁跡から登る道もあります。
                              .Shiouji16
この山には、大野城と呼ばれる山城がありました。
唐と新羅の攻撃に備えて、664年に水城、
665年に(この)大野城と基肄城(基山)を作ったとあります。

Shiouji17
その後、新羅調伏のため四天王(持国天、増長天、広目天、毘沙門天)が
安置された四王院が建てられる
それが「四王寺山」の由来になった。
四王院は、今の毘沙門堂の辺りではないか、と。

この表示板の右(北)の方にある、鳥居がその毘沙門堂です。

Shiouji18

Shiouji19

Shiouji20
Shiouji21
Shiouji25

毘沙門天繋がりで、七福神。
Shiouji26
毘沙門堂のすぐ側の、数メートル盛り上がった場所が大城山の頂上です。
標高410m。
センターの駐車場から登ったので、それ程距離はなかったです。

下の写真が三角点。
その向こうに見えるのが毘沙門堂。
Shiouji22
頂上からの眺めはほとんどありませんが、木々の隙間から見えました。
                                                .Shiouji23

 

「特別史跡 大野城跡」の表示板の場所まで戻って、左(南)へ。
このような道が続きます。
これも土塁だそうです。

Shiouji27

少し歩くと西が見晴らせる場所に出ました。
                                 .Shiouji30
上の写真の左下から斜めに伸びる緑が「水城(みずき)」です。
博多湾から襲来する敵軍を、水攻めにする為に築かれた(と歴史で習った)土塁。
その片側が四王寺山の裾野から伸びています。

その後の調査で土塁の外側に濠があることが分かり、土塁と濠で
水城の内側(南側、写真では左の方)を守ろうとしたのではないかとされています。

内側には当時の重要拠点である太宰府もあります。

Shiouji28
博多湾の方向です。
ここで、あれはどこの山だろうとしばらく、スマホを見てましたら、
「この山は初めてですか」
と声をかけられました。
この山が好きで何度も通われている方で、ご自分で作られたマップを頂きました。
センターに置いてあった案内の紙(私ももらった)ではちょっと分かりづらく、
札所の標識が多くて、迷う人が多いとこの方も言われていました。

とっても分かりやすいです!
御縁に感謝!
って、また登れってことだな^^;

途中、20人以上の方とすれ違いました。
比較的登りやすいので、人気の山のようです。
                              .Shiouji32

 

27番札所。
広目天跡になります。
Shiouji33

広目天跡の先、水城口城門跡。
毘沙門堂からここまでは、四王寺山の峰、全体の8分の1ほどの行程です。
この辺りから、車を止めたセンターに戻りました。

今回は、ここまで。
次回はもう少し先まで行きたいです。

 

Shiouji35
かなり前に撮った写真。
手前が太宰府政庁跡で、奥の山が四王寺山になります。

太宰府天満宮は写真の右側。
その奥、四王寺山の東南に宝満神社がありました。

                             .

 

2018年1月 2日 (火)

二つの伝承 9 ~日の神 と 月の神~

高良の神は「月神」とされています。

「潮満玉と潮干玉」を有し、月の如く、海の潮の満ち引きを自在に操る神。

また、「磯良神」の名から、「石上神」である「ニギハヤヒ神」だと思われます。

                 *

この回を書く途中で知ったのですが・・・。

<伊勢の外宮のご祭神は、籠神社から来た月神>

 籠神社の神は、月神であり、磯神と呼ばれていた。
 そして「潮満玉と潮干玉」を有していた、と。

(見たのはYoutubeで、以前、放映した「世界不思議発見」の
「伊勢神宮」の回だと思われます)

これは、「高良の神」である「磯良神」に纏わる伝承、そのままです。
                                       .

京都府、天橋立にある籠神社の主祭神は、「彦火明命(ひこほあかりのみこと)」
 かの神は、「天火明命、天照御魂神、天照彦火明命、饒速日命」(ウィキより)
とも言われています。

そこから来た、伊勢の外宮のご祭神は、「豊受大神」と名を替えています。
一般的には女神だとも言われていますが、
その神が稲荷神である「宇迦之御魂大神」であるならば、「ニギハヤヒ神」です。

やはり、「高良の神」は、「ニギハヤヒ神」であるのでしょう。


ただ・・・。
<外宮の神は、籠神社から来た月神であるニギハヤヒ神・・・>

天照である彼が、月神?
高良の伝承を見た時にも、それが気にかかっていたのです。


                          *               .

「石上神宮」を調べた時に

<伊勢は「磯宮」と呼ばれていた>

ともありました。

ならば、伊勢の神は「磯神」。
主祭神が祭られている内宮の神の方が、「磯神」であったはずです。

それは日神、天照である内宮の神。


皇祖神の天照を女神とする際、「月神」として、
外宮の神として祭られることになったのでしょう。

「月神」は、高良の伝承同様に、
月の如く、海の潮の満ち引きに作用する、二つの玉を操る、
その性質から位置づけされたのです。

ならば、日神でもあり、月神でもあるのか。

                    *

「日の神、月の神」
                 .

思い当たる神がいます。

「艮の金神」です。

天理教の「おぢば」、そこは奈良の「三島神社」が元々あった場所。
その教祖である中山みき氏は、その場所で
「艮の金神(うしとらのこんじん)」と邂逅しました。

その神こそ、三島神社のご祭神である布留御魂神。
石上神宮の御祭神、ニギハヤヒ神でもあります。

「艮の金神」は、日月神示の神。
つまり「日月の神」です。

艮の金神である布留御魂神は、
日と月の神、その両方であるのです。

                      *

日月、ひつきは、「日嗣」に繋がります。


<日嗣の神>

新嘗祭で、「住吉三神」の象徴であるオリオン座の三つ星を意識しているのなら、
それは「日嗣の神」が、彼の神であることを示しているのでしょう。
(「新嘗祭 と 住吉神 と ニギハヤヒ ~その1~」)

彼の神。
「天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊」

「住吉三神の底筒男神」

そして「歳神さま」でもあります。

スサノオの子であり、年始に幼児の姿として現れ、 年の終わりに
翁になるという稲穂の神。

生まれ変わりをする神様(人の部分が)でもあるのです。

                     *

 

新嘗祭の記事を書いた、1年半前、ここに辿り着くとは思いませんでした。
「住吉神」との係わりについて、半信半疑だったのですが。    
          .

住吉神の元宮の「現人神社」は、今、うちの産土神様です。

この”道”は、ようやくたどり着いたこの地が、
私が本当に還りたかった故郷だと教えてくれました。
                            .

 

(おわり)

 

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