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2018年7月31日 (火)

「儺の国の星」 ~岩戸~

「儺の国の星」は真鍋大覚氏が、書かれた本です。
続編として「拾遺」があります。

元は那珂川町の「広報なかがわ」に「那珂川の星紀辰位」として連載されていたもの。
那珂川町が発行しているので、あまり世の中に出回っていません。 

私がその本に出会ったのは町の図書館です。
こんなすごい本が広報で??と驚いたものでした。
那珂川町は知れば知る程、すごく奥深い土地だったのです。


以前、このブログにこの町が「イザナギ神が禊をした」地だと書きましたが、それについて書かれてありました。

「那珂川は祓宮(はらえど)の故郷」
やはり、かの土地は日向の橘の小門の阿波岐原の地。

以下、そのことについて書かれてある箇所を抜粋します。

「儺の国の星」より 真鍋大覚氏 著作
**********************************************************

春秋の頃は冬至の前に暦日の年度調整をいたしました。
   (中略)
昔の神官庄家は、冬至を前にして井水で身を潔め、
以て新しき年の日振りの机の前に座りました。
那珂川は祓宮(はらえど)の故郷でありました。
古事記の日向の橘の小門の阿波岐原の物語が
思い出される年の瀬、年の背であります。


                  ・

那珂川の西隈あたりを、昔は立花とよびました。
”たちばな”とは虹の根が大地に率直に登る部分の光景で
ありまして、特に夕日に映えるところから、中の黄がめだたず、
両側の赤と紫が一つに滲んで溶けあった朱にみえる
現象を云いました。

”たちばな”は祓の言葉では”をと”の冠辞になっております。

小戸(門)とは山脈が左右両岸にそびえ立ち、
その間を往古は海流潮流が勢を荒だてて通ったところで
ありましたが、年経た今は田圃に作られて盆地となり、
しずかな川が淀むところになりました。

 土を掘ればいたるところに井戸が湧きあがってきますから、
地形からして水蒸気の柱が立ちやすくなり、
ここに虹の足が鮮に色こくみえることになります。

これが”たちばなのおど”なる成句が三千年の間、
神官によって詠まれ、居会はせる氏子百姓漁師に何の
不思議もなく云い継がれ、聞き継がれて今日に及んで
いるのであります。

 

 

****************************************************

その「那珂川の小門原」という場所。
そこは神功皇后が禊をした地。

その地は「岩戸」でもありました。

「儺の国の星 拾遺」 より抜粋
***************************************************

万葉の頃までは、山の麓の平坦な谷間を上手と下手の
二つに別けて、その境の狭く縊(くび)れたところを仕切って、
ここに堤と閘門を置き、冬場は上手に水を蓄え、下手に麦を播き、
夏場はここに水を通して早生の水稲を植え、
やがて上手の水が空閑(こが)になると、
そこに晩生の陸稲を植えた。
貯水の面積までが活用される仕組みであった。
この農法は今も大陸では保存されており、
瀦水沓(ちょすいとう)と今も呼ばれている。
天平の昔までは、倭人はこれを”ゐみず”或は”いほと”といった。
さきほど出た射水も那珂川の岩戸も、かつての瀦水沓の
和訓を教える地名である。


*******************************************************

この農法、日吉神社の案内板に記載されていた「さるた」というものと
似ています。

春に浅瀬の多い川を止めて湖を作り、これに苗を植え夏
の日照り時に水を引いて秋の収穫まで干し上げる古式栽
培のことでもありました。」

「さるた」とは赤米のことでもあります。

「さるた」がこのような農法を広めた人(一族)の名でもあるなら、
この辺りがその農法の発祥の地でもあるのだと思います。

「日吉神社」の地は南畑の市ノ瀬という地区で、岩戸よりも奥(那珂川の上流)になります。

日吉神社に祀られているのは、猿田彦神。
この地は、猿田彦発祥の地とも伝えられているのです。

また、猿田彦神の古事記の「天と地を照らす神」という記述から、
彼は天津神が高天ヶ原から地上に来訪する前の天照だとも言われています。

(「結びの山 ~その14 日吉の神とニギハヤヒ命~」)



                                  .
「天津神の前の天照」
「岩戸開きの天照」(おそらく開かれる前、その後、その両方の)
              .
那珂川町には現人神社もあります。
イザナギ神の禊で現れた住吉三神を祭る最初の神社。
それは饒速日神。


この地は神話の故郷でした。


                      *

「儺の国の星」には、この町に伝えられてきた星の名が綴られています。

かの本によると、藤原氏の庄園があり、戦乱の最中でも守られてきた土地であり、
神功皇后、皇極・斎明天皇、天武天皇、持統天皇、安徳天皇の行宮も
あったそうです。

古くは那珂郡。

北は志賀島までがその領域で、東は博多から諸岡あたりが湊の船付場と
砂浜でありました

 

との記述もみえます。
先日書いた「磯城」の地もこの那珂郡に入ります。

玄界灘を行き交う船人にとって、星は唯一の道しるべ。

数多の星の名が付けられ、遥かな時を連綿と受け継がれてきたのかと
思うと胸が熱くなります。

かの本には、その昔、那珂川では”あまのかわ”を”いそのかわ”と呼んでいたともあります。

この地では”あま”と”いそ”が同義だったのかもしれません。



那珂川に伝わっていた星座五十六宿。
それも以曽良星(いそらのほし)。
                       .
この土地の産土神は、現人の神。

オリオンの三つ星の化身である住吉の神。

星を意味する「布留」は、饒速日神の名の一つでした。

彼が磯良神ならば、ここに在るのは必然なのでしょう。
                

 

Arahito41

                   .

2018年7月30日 (月)

高良の神と日甕

神功皇后古道

その道は、神功皇后が筑紫の国に確かに存在したことを強く感じさせるものでした。

 

大根地山は、神功皇后が羽白熊襲征伐の時に登り、天神七代、地神五代を祀った山。
その麓にあるのが「冷水峠」です。

その峠が筑紫の伝承の「荒ぶる神」が現れたという「したくらつくしの坂」ならば、「命尽くしの神」の伝承は羽白熊襲(熊鷲)を退治する話。

                .

同じ伝承のものならば、神功皇后は「命尽くしの神」の伝承を持つ、筑紫神社の「宝満神」であり、基山の荒穂神社の「甕依姫」。

その二つの社に彼女と共に祀られているのが、
筑紫神社の「筑紫神(白日別神)」と
荒穂神社の「五十猛神」。
両神は高良の神(白日別神)である饒速日命。           

                           *

その饒速日命はこちら筑紫に数々の伝承を残し、それが由来の神社が
たくさんあります。
宮若市にある「天照神社(天照宮)」など。
ご祭神、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命。


また、幾つかの「天照」を冠する神社があります。

高良山の登山道にある「式内伊勢天照御祖神社」。
ご祭神は天照大御神。

他にもありますが、久留米市大石町の「伊勢天照御祖神社

 

Ooisi04                         .
Ooisi03_2                                (写真をクリックすると拡大されます)                   .

 

ご祭神は、天照国照彦天火明命(饒速日命)。

高良の神が饒速日命であり、天照神でもあるので、
高良の山中にも天照のお宮が存在していたのです。
                                .Koura259                           .
高良大社の奥宮。
神紋は三つ巴。
現人神社(住吉三神)と同じ紋でした。
Koura258                        .
案内板です。

7世紀の後半、仏教が高良山に入ると高良の神の本来の姿は、
毘沙門天であるという信仰が起こったそうです。
毘沙門天は七福神の一柱。
なので、奥宮(その神の本質が祀られる)も毘沙門天とされ、
高良山も毘沙門岳と呼ばれるようになりました。(案内板要約)

毘沙門天の名で繋がったことがあります。

それは、太宰府にある四王寺山の「毘沙門堂」。
Shiouji21

四王寺山は高良の伝承「高良玉垂神秘書」に、高良の神である住吉神達四柱が
神宮皇后の祈りに応え、降臨した山とされています。

 

  「(神の鉾 2 ~高良玉垂宮神秘書~」)

登って探したのですが、「高良の神」を祀るお社がなく、
一番標高が高い大城山の山頂の側にある、こちらの「毘沙門堂」なのかと
思っていました。

高良の奥宮の案内板によると、それで間違いないようです。

 

                  *

「高良玉垂神秘書」は平安時代の作だと言われています。

仏教の流入により、高良の神が毘沙門天ともされたのが
7世紀後半のことならば、それよりもずっと後の話。

「四王寺山」での降臨の部分の伝承は、後の創作なのではないかと思います。

 

「四つの山」にちなみ「四天王」を置き(毘沙門天、持国天、増長天、多門天)、
共通する神である「毘沙門天」から、高良の「四王寺山」の部分の伝承が生まれたと。

四王寺山には神を降臨させる(または降臨した)ほどの神気がないのです。
それがずっと気にかかっていました。

多くの人が集う、とても柔らかで穏やかな気は満ちているのですが。

 

例えそうであったとしても、人が「祭った」時から、神はそこに存在します。
「四王寺山の毘沙門天」は、高良の神でもあるのでしょう。


                    * 

 

再び、高良山。
高良のお社には他の三柱の(住吉三神の父と表筒男神、中筒男神)が
祭られていません。

 

表筒男神とは神武天皇とされていますが、初めに名が出るだけです。
こちらの地方に祀る神社なども無いことなどから、後世の創作と思われます。
中筒男神については「誰」に当るのか、存在していたのかも分かりません。

その件は「高良の神」がどの時代(人)に当るのかを示しているように思えます。

 

高良の伝承にはもう一柱の住吉の神がおられます。
(住吉三神の父であるとされるウガヤフキアエズ神)

高良の神(底筒男神)が饒速日神であるならば、
住吉三神の父とされる方の住吉神は、スサノオ命です。

スサノオ命も当初、北部九州に饒速日命と共に来ていたのではないか
と推測されている方もおられました。
「箸墓の歌」の著者、小椋一葉氏です。
脊振山には、二龍が降ったという伝承があり、それがスサノオ命と饒速日命だと
されていました。

脊振山はくじふる岳。
奇(くし)なるものが天降った奇降岳なのです。                 

                    .
                                           *
                             .

 

饒速日命は九州の北部を治め、後に大和へ。
その地でミカシヤ姫と夫婦になっています。

 

筑紫に戻ることがあるならば、彼女もこちらに来ています。
それを窺い知れるのが筑紫神社と基山周辺の伝承でした。

二つの伝承の宝満神と甕依姫。
それがミカシヤ姫なのではないかと。

そうであるならば、神功皇后はミカシヤ姫でもあります。

                 *

高良の神が饒速日神ならば、彼女達には共通点が見えてきます。


両者とも元々大和にいて、玉依姫であった。
それは「神の依り代となるもの」。

ミカシヤ姫が饒速日命と夫婦であること。
神功皇后と高良の神が夫婦であること。

ミカシヤ姫は、櫛甕玉姫。
神功皇后が、筑紫の伝承の「甕依姫」であること。

共通する「甕」の字。
その意味は「神に捧げる供物を入れる器」
または「天甕星」にある”酸漿(ほおずき)のごとく赤く輝く星”。
(ミカシヤ姫の「カシ」も星を表す)

彼女達は共に「日甕(ヒミカ)」。
日の神に仕える者であり、饒速日神の別名(布留、フル)と同じく星の名。
高良神が饒速日命であるからこそ、それは偶然ではないのでしょう。
饒速日神には、櫛甕玉命の別名もあります。

高良の神が饒速日神。
神功皇后がミカシヤ姫。

そう告げているようです。

同一人物かもしれない。
でも、神功皇后がミカシヤ姫ならば、彼女の前の世代の天皇の存在をすべて否定してしまうことになる。
もしも、ミカシヤ姫が卑弥呼ならば、神功皇后よりも1世紀以上前の人になる。

ならば、「生まれ変わり」なのか。
だから、神功皇后の元に住吉神(現人神)が現れたのか。

 

                 *

 

弥永の「大己貴神社」の神は、大己貴神。
そこは旧三輪町であり、「大神様」からおんが様と呼ばれています。
奈良の三輪にある「大神神社」と同じ。
大物主神、かの神は大己貴神です。

奈良の三輪山は「饒速日命」のご陵とされます。

 

ご陵とはお墓。
こちらの高良の神が饒速日命ならば、何故奈良に墓なのか。
奈良の三輪山がからっぽだとも思えないのですが。

また高良の伝承の神功皇后は数多のそれと違って、こちらで亡くなっているのです。
彼女が亡き後、高良の神は高良山を出てから消息不明になります。
その後に再び、大和へ行ったのか・・・。

 

同一人物なのかどうかも含め、何が真実なのかは分かりません。

 

                    *      

「伊勢の神」

伊勢の「伊勢音頭」にはこんなくだりがあります。
「お伊勢参りに 朝熊(あさま)をかけよ 朝熊かけねば 片参宮」

朝熊神社は伊勢神宮の鬼門にあります。
ご祭神は、大歳神。

饒速日命です。

 

伊勢がその昔、「磯宮」と言われていたことからも、
彼は「磯良神」でもあるのでしょう。

「いそのかみ」は、石上。
奈良の石上神宮のご祭神は、布留神。
三島神社と同じその神は、饒速日神です。

 

「三島」はオリオンの三つ星を意味しました。
その神格化であるのが住吉の神。

 

Mishima04                              
                     三島神社 光の集合体

 

 

 

「磯良神」

「儺の国の星 拾遺」の結言の中にもそれがあります。

昔、那珂川には星座五十六宿がありました。
これを以曽良星(いそらのほし)と呼びました。
”い”は別の訓(よみ)が”もち”であり、
胡語のmuruh(ムル*星の古語)の写しであり、
”そら”は宇宙空間のことでありました。

 

「儺の国の星」
それは那珂川に古来から伝わる星の名が紡がれた本でした。

那珂川町と磯良神。
かの神は、現人神社(住吉神社の元宮)の神。

そして、ここに裂田溝を作った神功皇后。
二人とこの地との繋がりはとても深かったのです。

                     .

 

 

2018年7月28日 (土)

四王寺山 周回 2 ~福岡県~

つづき。
今度は車道を横切って、山の中へ。
Shiouji80                      .
Shiouji60                         .
Shiouji61                                                  .
鮎返りの滝。
Shiouji62                     .
滝の側の20番札所。
不動明王。                                               .
Shiouji63                                               .
たくさん並んでます。
Shiouji64                                                       .
Shiouji65                                              .
大原山山頂。
標高335m。
Shiouji66                                             .
九州国立博物館が見えます。
Shiouji68                  .
焼米ヶ原。

 

Shiouji67                                          .

 

Shiouji70                      .
岩屋城跡。
岩屋山にあります。

 

Shiouji71                                        .
手前に見えるのが大宰府政庁跡。

 

Shiouji72                   .
一番高い山が三郡山と宝満山。
真ん中が愛獄山。
その隣の綺麗な三角の山が大根地山。
大根地山は形的にも神奈備ですね。.

 

Shiouji73_2                                            .
砥上山もすぐ側にあります。

 

Shiouji76                  .

 

大宰府政庁跡に戻ってきました。

活動距離12.2キロ
活動時間4時間18分。

水瓶山は周回コースから少し離れてるので、涼しくなってから。

    
                          .    .

 

 

2018年7月27日 (金)

四王寺山 周回 1 ~福岡県~

6月中旬。
四王寺山を周回しました。
Houman204_2
宝満山から見た四王寺山。
この山の縦走路を登ってきました。

登山口は幾つもありますが、今回大宰府政庁跡から。
水連が咲いてました。                                        .

 

Shiouji40                             
     .
Shiouji41                                                      .
今回は九州自然歩道を通ります。
入り口はここ。
Shiouji42                                                      .
こんな感じ。
比較的分かりやすいですが、一度迷いました。
赤テープばかり見てはだめですね。
私にはナビ(GPS)が必要です。
Shiouji44                                        .
しばらく沢沿いを登ります。
小さな滝。
水が綺麗!

 

Shiouji45                                            .
坂本の大垣。
大野城跡です。

 

Shiouji47                                      .
二十八番札所の展望台。
Shiouji50                  .
二十六番札所。
千手観音。
美しい!
                         .Shiouji48                                                 .
二十六番札所前の展望台。
ここからの眺めが一番好きです。
時折、福岡空港から飛び立つ飛行機が見えます。                                          .
                       .Shiouji51                                             .
毘沙門堂前の鳥居。

 

Shiouji52                       .
珍しく人がいなかった。
いつもは大盛況です。
今日はちょっと荘厳な雰囲気。
                                              .Shiouji54                                          .
境内には七福神がいっぱい。
毘沙門天は七福神の一人だからです。

 

Shiouji55                             .
毘沙門堂の側の大城山頂上。
標高410m。
展望はありません。                       .
Shiouji56                                               .
大城山頂上から少し下がった所にある展望台。
真ん中に山から斜めにはしっている緑が「水城跡」。
内側(右側)に水を貯めて決壊させるのではなく、
外側に溝を掘り水を貯めて、敵の侵入を防ごうとしたそうです。
                           .
ここから一度下って、車道を歩き、また山の中へ。


( つづく )
   

                             .

 

2018年7月26日 (木)

山陵の玉依媛

神功皇后陵は、奈良県奈良市山陵(みささぎ)町にあるご陵さんです。
前回、ネットで何かを調べている時に偶然ヒットしました。

私は小さい頃すぐ側に住んでいて、毎日ご陵さんを見ながら
学校に通って、年中遊び場にしていました。
                  .

その側に八幡さんがあります。
「山陵八幡神社(みささぎやはたじんじゃ)」

夏休みには、毎朝そこでラジオ体操をしてハンコをもらって、
その中で遊んで。

共に思い出がいっぱいの場所です。

 

                   *

「山陵八幡神社」

ご祭神が気長足媛命(神功皇后)。
品陀和気命(応神天皇)
そして玉依媛。

ここに神武天皇の母とされる玉依媛の名があります。
二人には一見関係のない名。

             .
この玉依媛は、神武天皇の母なのではないのです。
                                    .
                    .

福岡の宝満山の麓にある「竈門神社」のご祭神も
玉依媛命、神功皇后、応神天皇でした。

(「二つの伝承 8 ~五十猛命と甕依媛~」)


その記事の中で、「玉依媛」は「神の魂の依り代」とされる巫女の称号の
ことだとしました。
甕依媛は、玉依媛の日甕(ひみか)の意。

それが神功皇后のことだと。

このお社の神も、別の神が併記されているのではなく、同一の神。

何十年も経ってから、大好きだったこの場所のことが分かるとは。
ここもそうだったのか、と。


後押ししてもらったような気持ちになりました。

このまま道を進んで行けと。

                    .

 

 

2018年7月25日 (水)

磯城と歳神

☆1 磯神は天火明命
☆2 磯城と十市 
☆3 「儺の国の星」の十市
☆4 ししき
☆5 筑紫の磯城

 

奈多の志式神社。Shishiki23_2
神紋は三つ巴。
ご神祭は、天火明神。

ここには神楽の磯良舞がある。

このお社に参拝した数日後に、那珂川町の伏見神社の祇園祭で神楽の「磯羅」を見た。

   *志式神社の祇園祭でも神楽の「磯良舞」が奉納される。
   伏見神社の神は彼らであった。

    高良神は祇園さんなのだ。
    (☆→神*総まとめ


二つの神楽の磯良(羅)神は、干珠・満珠をもたらし使いこなしたと言う「高良玉垂(玉を授ける)神」、高良神。


彼の神は住吉神、元宮である那珂川町の現人神社の神。
(ご祭神は住吉三神)

今までの考察から、彼は饒速日神だと分かった。
☆→高良玉垂宮神秘書 2 ~高良神は物部の祖神~)アメブロの記事


かの神は天火明命。
                     .
磯良舞が奉納されている、この志式神社のご祭神も天火明命であった。
同神だからである。


                      *

☆2 < 磯城と十市 >

志式神社。

 

ししき。
し・の・しき。

しき。
確か重要な名の一つ・・・うんと考えてようやく思い当たる。

<磯城(しき)>

奈良の天理から桜井市を含む広範囲が、昔は「しき」と呼ばれていた。

(ウィキによると、雄略天皇が居たという「斯鬼宮(しきのみや)」の表記が初め)



その辺りは三輪山の麓。
三輪山の南麓には古代の重要な交通の要所があり、最初の市、海柘榴市(つばいち)があった。

饒速日命が作ったのではないか、と昔何処かで見たが、真偽は分からない。

ただ、その海柘榴市を守護する神が祭られているという、大神神社の末社「大行事社」のご祭神は事代主命。
大己貴命の子とされているが、同一神。

 

その近くには「大和朝倉」という駅もある。

福岡の朝倉郡の旧三輪町には「大己貴神社」がある。

偶然ではあり得ない。
奈良の大神神社(三輪山)の大物主神は、大己貴神だ。

三輪山の大物主神が饒速日神でもあるなら、大己貴神もまた彼。

        

また近年、三つの郡が合併して磯城になった時の一つが「十市(とおいち)郡」という。
(元々、「しき」の範囲内の地)


この土地の名の元になった十市氏がいた。
友人が、これは「とし」のことではないかと。


そこには一族の祖神の天火明神を祭る竹田神社があった。
(耳成山の北東)

饒速日神には「歳(トシ)」神の名がある。
十市氏の祖神が天火明であり、彼が歳なのだから必然なのだ。
                      
              *

☆3 <「儺の国の星」の十市>

真鍋大覚氏の「儺の国の星 拾遺」に十市星について書かれてあった。

十市星について。

”とほち”とは、淡水が地面または海面に溢れる現象を云い、
逆に塩水が地面又は河面に溢れる現象も表現する。
所謂ところの洪水高潮の類が”とをち”であり、
後の”とほし”になったのである。
(中略)
十市星(としのほし)が並ぶ頃、渡水の儀式が潴水番(*ちょすいばん)
の閘門の上で厳粛に執り行はれる。
これを歳祭(としまつり)と言う。
百姓が年、即ち米稲の収穫の平安を星影に祈るからである。

見事に稲の神である歳神さまに繋がった。

十市は歳神を意味していた


この十市とされる竹田神社のある場所の辺り、私が見た「古代奈良の夢」では、ほぼ湖の最高地点になる。

年々増える水かさを心配して立っていたのが、耳成山を南西に見る地点だった。

”とおち”とはその状態を表した土地の名なのだろう。
                       .
                  *

饒速日神を祀る三輪山の麓、その場所が磯城(しき)。
「しき」の地が彼と無関係ではないことを、示している。

その「しき」が遥かな時代を経て、磯城と表記されるのは、強い縁を感じる。
三輪山の神(饒速日神)は高良神であり、彼は磯良神なのだ。



また彼は天照。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊。

伊勢神宮はその昔「磯宮」と呼ばれていた。

   *(「二つの伝承 9 ~日の神 と 月の神~」)

 

                  *

友人によると、「しき」は「皇居の敷地」の意味が近いのではないかと。
(昔は皇居の呼び名では無かったので、上の位の人が住む場所という意)

「しき」は国が栄えた始めの土地だと。

そういえば、記紀には奈良盆地の東南部に天皇の住まいがあったとある。
それはちょうどこの辺りのこと。

敷島と言えば大和の枕詞でもあった。
大和国の始めであり、大和そのものを表すのかもしれない。

 

                             *
☆4 < ししき >


その、「しき」の「し」。
「しきの始め」であった場所。

それが「志式(し・しき)」。
この場所に、三つ星の神を祭る一族がいた。

志賀海神社の神、綿津見(少童)三神を祭った「阿曇連(あずみのむらじ)」。
志賀島を拠点とした海族の一族。

その神社の神紋は共に「三つ巴」。

住吉神社・八幡神社・志賀海神社・大神神社・鹿島神宮・宇佐神宮など、様々な神社の神紋になる。
すべて同神だからだとみている。


志賀海神社は志式神社の西。
海の中道の先にある志賀島にある。
ご神祭、綿津見(少童)三神は、イザナギの禊の時に、住吉三神と共に現れたとされる神。


高良の伝承で、住吉の底筒男神が「安曇磯良神」とされていたのは、元々同じ神であり、かの一族の神でもあったからだ。

共にオリオンの三つ星を神格化した神なのだ。


かの神を祭った一族の故郷。
「し・しき」は、「しき」の始めという意味なのではないか。

                     *   

☆5 < 筑紫の磯城 >

「磯城」についても「儺の国の星 拾遺」に書かれてある。

  縄文の頃は津浪が多く海浜の波に洗われて磨かれた転石を積み上げて、
  波止めを築いた。これが筑紫の由来と説かれている。
  隋人は竹斯と書いた。記紀には磯城の名で記されている。

 

福岡の志式の名の由来はおそらく「し・磯城」
筑紫の名の由来と同じである磯城。

*(筑紫は、「命尽くしの神」が由来という説もあり)

阿曇氏が祭った神・磯良神が、大和へ。
そうして栄えた土地の名が「しき」
後に「磯城」。
 
こちらがその始めなので「ししき」。

何故、海もない、奈良のあのような場所が「磯城」なのか、ようやく腑に落ちた。

 

Arahito1                          .

 

 

2018年7月22日 (日)

志式神社 ~福岡県 福岡市東区~

志式神社。
福岡県福岡市東区奈多。
志賀島へ続く、海の中道の付け根にあります。

ご祭神は火明神(天火明命)。
日酢芹神、豊玉姫、十域別神、稚武王、葉山姫神。     

 

Shishiki01                             .
Shishiki03                                        .                                                                     .                                       Shishiki05                                              .
この場所にある舞台は、糟屋郡の伊野神社から移設されたそうです。


そこは「伊野天照皇大神宮」
天照神、摂社には住吉三神、志賀三神が祀られています。
「移設」されたのならば、元のお社の神は火明神=饒速日命ということ。
また、神功皇后が祀ったのならば饒速日であろうと思っていたことが、繋がりました。

天照神=火明神=饒速日命。
ここが明治に移設されたということは、未だに「それ」が公然たる事実であるということでしょう。

                            .Shishiki06                                           .
神楽では「磯良舞」が奉納されます。
Shishiki07                                                     .
                                                                                                        .

 

Shishiki010
                                              .

 

Shishiki15

 

Shishiki13                                           .

 

「神功皇后三韓進軍の折此の奈多浜に鎮座される荒ぶる神の御前にて
戦捷の神楽を奏して征途につかれた。」

とあります。
志式は、昔は志々岐と記されたそうです。
                                 .
志式。
し・しき。

それで思い当たることがありました。
それは次の回で。                                                                .

 

Shishiki17
                                                 .

 

Shishiki20                  
このお隣にあるのが「亀石」
Shishiki22                             .
                                        .

 

Shishiki21_2
                                                           .
ここの神楽で舞うと言う「磯良舞」と少し違っています。

      *

(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)

磯良舞の内容は、高良玉垂神秘書にあった記述と良く似ていました。
先日見た(この神社にお参りした後に見た)那珂川町の伏見神社の
「磯羅」も同じでした。

Shishiki23_2
来るべくして来た。
そう感じました。

 

(つづき)

                  .

 

 

2018年7月20日 (金)

伏見神社 * 神楽

前回の続き。
7月14日の夜にあった、福岡県 那珂川町の伏見神社の神楽です。

19時、ちょうど西の山に日が落ちた頃に始まりました。
          .

 

Kagura31
                                                .
「命和里」
みことわり。
曲目のことだそうです。
まずは子供舞から。
        Kagura33                                                     .
「四神」
                         .
Kagura34                                                           .
「両刀」
祓いの意味があります。
Kagura03                             .
子ども神楽が1時間程舞われた後、大人神楽の始まりです。
                          .    .
Kagura36「神宮」
ここの大人神楽の初めに舞う演目。

「祓い」場を清め、
「降神」神を降ろし、
「能」舞を舞う。
の三種類の演目があるそうです。                         .
Kagura38                     .
「御弓」
弓を弾く音には魔を払う力があります。
                            .
Kagura05                                           .
Kagura39                                                   .
「事代」
恵比寿さまです。

観客が紙にお賽銭を包んで、釣り竿から下がった紐に括りつけに行きます。
                           .
Kagura06                           .
大漁~!                              .
Kagura12                                                            .
「荒神」
大人気の鬼。
子ども達を「さらって」お社の奥に大事に抱っこして連れて行き、
神の加護を授けてくれます。
大きくなるほど大泣き。
うちもここに来てすぐに知ってたらなぁ。
一番下はこの町で生まれました。
                           .Kagura41                        .
30人ほど並んでいたので、半分は後半へおあずけ。
                                                     .
Kagura52                                                   .
「敷蒔」
お盆に入った米が落ちないように二人がくるくると舞台を舞います。
これができるのはこのお二方だけだそう。
                          .
Kagura42                                                    .
「四神」
火、水、地、風と、四季も表していると思います。

Kagura11                         .
「問答」
Kagura44                      .
問答の赤鬼。
こちらの鬼も赤ちゃん達を抱っこして神前に連れて行く儀式をします。
                       .
Kagura45_3                                                .
「榊」
Kagura46                       .
前回に載せた「磯羅」
磯羅神と武内宿禰。

        Kagura47                         .
豊玉姫(ご祭神・淀姫)登場。              .
Kagura48                                                  .
海神。
Kagura50                             .
海の神より満珠・干珠が豊玉姫の手へ授けられました。
それを武内宿禰の元へ。
                         *
                        .
伏見は、伏し水(海)。
およそ2千年程前、この辺りまで津波が到達したそうです。
ここに豊玉姫のお社があるのはその為なのでしょう。
その頃の海岸線は今よりももっと近かったのです。

佐賀の與止日女神社から勧請されました。


満珠・干珠は海の潮の満ち引きを操ると言われる宝珠。
その力は月の如し。
故にそれらを持ち、使いこなしていたという高良の神(住吉神である那珂川の現人神)は、
月神ともされていたのでしょう。
                     .
Kagura22                                               .
白なまず
お社に飾られている絵と同じ。
描かれたんでしょうか。
そっくり。                   .
Kagura23                                                    .
この絵もお社に飾られています。
そう言えば、退治しようとしている人は誰だろう。
Kagura25                       .
神功皇后の絵もお社の中に飾られてあります。                       .

 

ありがとうございました!
次の神楽は7月31日の現人神社での夏越祭です。
                             *

前回も書きましたが、この「磯羅」。
それが奉納されているという志式神社に、この祭りの3日前に
初めて参拝したところでした。

偶然と思えないことが続きます。

 

                    .

.

2018年7月15日 (日)

伏見神社・祇園祭 ~磯羅舞~

7月14日土曜日、那珂川町の伏見神社の祇園祭で神楽がありました。
とても素晴らしかったです!

 

Kagura01
お社が改修工事されるとのことで、今回でこのお社での神楽は最後。
始まる前、夕陽に照らされたお社を一枚。
                        .Kagura03                                                           .
子供神楽が始まったのが19時。
その後の大人神楽がすべて終わったのが22時半。
久々に土曜日にあたっていたので、最後まで観られた方も多かったです。

演目が前と違っていました。
今回、大人神楽の演目の最後にあったのが、「磯羅」。
されると思ってなかったので嬉しかった!

他の演目の写真はまた後日UPしますが、こちらだけ。
ほぼ、内容は(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)の志式神社での
磯良舞と同じです。
偶然にも11日に志式神社に初めてお参りに行ったところでした。

ここで磯羅舞がされるのは、ご祭神が豊玉姫(淀姫・神功皇后の妹)だからでしょう。

(神功皇后も武内宿禰も、磯羅神(現人神・住吉神)も那珂川町と深くご縁が
ありますしね)
Kagura14                         .                                              .
四柱の神が出ます。
まずは武内宿禰(白い方)と、磯羅神(多分。聞き取れなかった)。

後に豊玉姫。
海神。
                     *

神功皇后が武内宿禰らと共に三韓征伐に行きます。
武内宿禰が満玉、干珠を海神からもらい受けたいと思います。

そこで上の場面。
勝間の海(玄界灘のことだそう)で磯羅神が、海神からもらい受けようと
しますができません。
それを武内宿禰と話しているようです。
                           .Kagura15                    .
豊玉姫登場。

以前、裂田の溝のライトアップの時の神楽の間に、幻影で見たのが
「紅蓮の着物を着た神様」でした。
ご祭神の豊玉姫だと分かったのですが、何故赤い服?と疑問に思ってました。
こちらでの神楽の豊玉姫はこの姿だから、ということなのですね。
(多くの人のイメージが反映されたのかと)
                             .Kagura16                           .
Kagura17                                                       .
屏風の後ろに居るのが海神。
海神は満珠、干珠が欲しければ舞を舞えと言います。
                          .
Kagura18                                                                 .
Kagura19                                                  .
ようやくもらい受けた豊玉姫は、武内宿禰に満珠・干珠を渡せました。
                            .
Kagura20                                               .
ありがとうございました!!
今回この祭りに初めて一緒に行った娘が、将来入りたいそうです!
前回の神楽の時に「音」が聞こえた娘は、最後の「磯羅」舞の時に
聞こえたと。
ご祭神が観にいらしてたのかもしれませんね。

                          *

那珂川町のHPに「伏見神社の岩戸神楽」について記載がありました。

http://www.town.fukuoka-nakagawa.lg.jp/soshiki/36/fusimi-jinja.html

そこに「天の岩戸」伝説について載ってあったのを抜粋します。
「 古事記の有名な「天の岩戸」伝説は、この筑紫の地を中心として
存在しますが、その中心の岩戸がこの地であると信じられているため
「岩戸」の地名が起こったといわれています。
 神楽命和里(かぐらみことわり)(神楽の曲目)は全部で18種あり、
なかでも最もにぎわうのが、「荒神」と「問答」。このふたつの舞では、
鬼が現れて子どもをさらって神殿の内部に入ります。鬼に抱かれた
子どもは丈夫に育つと言い伝えがあるため、この日のために、生後
間もない赤ん坊を連れてくる親も多いようです。」

                          *

「岩戸」の名の起原はやはり「天の岩戸」の地とされていることから
なのですね。
地形、土地の力、安徳台、現人神社を始めとする神社、伝承、
それらの存在を知れば知る程に頷かされます

尚、この神社の「祇園祭」の由来ですが、
博多の街の櫛田神社のご神体を、何かの戦の時にこちらのお社に
疎開したご縁からだそうです。
以来、櫛田神社の「祇園祭」と同じ日に行われます。
           
                           *
Kagura26
11月の裂田の溝のライトアップの時は、改修中でお社で神楽が
観られないかもしれませんね。
今度は新しいお社で!

.

 

 

2018年7月14日 (土)

大根地山 登山 ~福岡県~

6月中旬。
九千部山に登った次の日、大根地山へ。

前は正面の参道から、コンクリの道を登りました。
今回は裏の竜岩自然の家から登って周回です。
                     .

 

Ooneti100                                                    .
車は自然の家の駐車場へ。

Ooneti103                                            .
登山口まで30分ほど林道を歩きます。
                       .   
Ooneti104_2                                                         .
Ooneti105                                            .
途中にある荒熊稲荷神社と扇滝。

          Ooneti109                 .
鳥居を反対側から。
Ooneti106                                                     .
滝の反対側には赤い鳥居。
Ooneti107                                                             .
お稲荷さん。
こんな山の中なのに、とても綺麗に掃き清めてありました。
とても居心地がいいのは、ひとえに奉祀する方と参拝する方のおかげ。

お稲荷さんは放置してあると他の物が入り込むことがあって、とても危ないのです。
                            .
Ooneti108                                                .
鎖場。
あまり急ではないです。
岩が濡れてて、少々滑りやすい。
                      .
Ooneti110                       .
ここが、                .Ooneti111                                                .
全身、禊場ですね。
土足禁止です。
                    .Ooneti112                       .
禊場のすぐ側にある「雲閣神社」の鳥居。
                        .Ooneti113                                                         .
Ooneti114                                                 .
「奥乃院神社」
頂上にある「大根地神社」の奥の院です。

鳥居にあった「雲閣神社」は、雲の上の閣があるということ。
                             .Ooneti116                                                       .
この鳥居をくぐって行ったら、大根地神社。
Ooneti117                           .
Ooneti118                        .
「大根地三柱神社」

「雲閣(稲荷)神社」「大根地神社」「別当(稲荷)神社」の総称です。

大根地神社のご由緒
(「二つの伝承 5 ~大根地山 登山 (1)~」)
   Ooneti119                         .
Ooneti120                                                    .
Ooneti121                                                              .
                     .
Ooneti127_2                                         .
色んなお狐さんに会えます。
Ooneti130                                                   .
Ooneti134                                                    .
Ooneti133                                                          .
Ooneti135_2                                                 .
Ooneti136                      .
Ooneti137                                                          .
頂上へはここから10分ほど。
Ooneti138                           .
大根地山頂上。
ここまで、ゆっくり参拝して1時間半。

いい天気!
三郡の山々が見えます。
ここは北の筑豊方面、南の筑後方面がよく見渡せます。
神を下ろし、守護の要とするには最高の場。
                           .Ooneti139                                                                  .
ここから西の方(スタートの竜岩自然の家)へ下山です。
「初心者、子供キケン」と書いてあります。
迷いやすいとも聞きますが、ま、ヤマップのナビもあるし。
                        .Ooneti140                          .
こんな縦走路もありますが、確かに分かりにくい場所もありました。
6月半ばで少しの藪漕ぎもあったので、これからの季節は辛そうです。
                         .Ooneti141                                          .
案内板があり、間違ってなかったとほっとします。
                       .
Ooneti143                                          .
人里に出ました!
動物避けの電気柵があるので注意。
                        .Ooneti144                         .
スタート地点に到着。
頂上から約1時間。

                      *
大根地山、周回。
下山道は思ってたより、分かりやすかったです。
すでに初心者じゃないのか^^;
1年で(ほぼ半年)で30座巡ったことになります。

活動距離6.6キロ
活動時間2時間34分。
                       *

涼しくなったら冷水峠へ、行けるとこまで行ってみたい。

先日、初めて旧道の方を車で廻りました。
旧道でもかなり渓谷の間を橋で繋いであり、底が見えませんでした。

伝承にあった「筑前と筑後の境にあったという険しい峠」である「くらがり峠」、
それが「九州の箱根と言われる程の難所」であった「冷水峠」であることは
間違いないと思います。

 

.                                                             .

 

2018年7月 8日 (日)

九千部山~石谷山 ~福岡 那珂川町~

6月中旬。
那珂川町の守護山の一つ、九千部山へ。
脊振山とは夫婦山とも言われ、頂上にはTVアンテナがたくさん立っている山です。

登山口は「グリーンピアなかがわ」の駐車場入り口から。

 

Kusenbu01                             .
木曜が休園日のようですが、登山口は門の左下に見える案内板の脇にあります。
そこが「桜谷登山口」。
                        .Kusenbu02                                                  .
人工的に積み上げられた石は、昔の炭焼き釜の跡だそうです。

 

Kusenbu03                     .
沢を何度も渡ります。
                    Kusenbu06                                            .
山頂まであと2.2キロ。
                   Kusenbu07                                            .
緑の龍みたい。                       .
Kusenbu08                                           .
赤テープは少ないのですが、道は明瞭です。
時々、目印の変わりに石積みがあります。

 

Kusenbu09

 

木段。
設置するのは大変だったでしょう。
                              .Kusenbu35_2
自然のものとは思えない!
多分、自然のすべてが芸術なんでしょうね。
自然のすべてが神が作ったもの。
それに近づくのが、芸術なのかもしれません。
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Kusenbu10                                                           .
あと少しで頂上!
下の南畑ダム(グリーンピアなかがわ)から3.3キロあったそう。
ここからはしばらく林道です。
                       .
Kusenbu11                                                 .
奥に見える方がFM福岡(ラジオ)のアンテナ。
他にも幾つもありました。
                         .Kusenbu12                                                .
基山から脊振山まで縦走すると10時間?
基山からここまでは縦走してみたいなぁ。


九州の山には熊が出ないので幸せ。
いたら一人で山に入れません。
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Kusenbu13                          .
頂上の展望台!
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Kusenbu15                                         .
標高848m。
頂上は佐賀県鳥栖市になります。

ここまで1時間19分。
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Kusenbu16                                           .
祠。

展望台の上へ。
Kusenbu17                              .
三郡方向(東)。
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Kusenbu18                                         .
たくさん電波塔が立ってます。
Kusenbu19                          .
展望台の上に案内板が。

「九千部山。
標高848m。佐賀・福岡の県境にまたがる脊振山系の山。
 平安時代に隆信沙門という層が、風水害を鎮めるため、この山にこもり
経文一万巻を読もうとしましたが、達せられず九千部で終わってしまった
ことから、九千部山と名付けたと伝えられています。」

それで「九千部山」?
知らなかった。

背振もここも、昔から祈りの山だったのでしょう。

「儺の国の星」にもありましたが、昔から那珂川は40年に一度くらいのペースで
必ず氾濫したそうです。
それが前に氾濫したのが9年程前。
今回の大雨では、あと2時間降り続いていたら確実に溢れていました。
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Kusenbu20                                                   .
ちょっと縦走したかったので、このまま石谷山へ。
脊振山の方へ向かいます。                      .

 

Kusenbu21                                                           .
観音さまかな。
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Kusenbu22                                                .
九千部山から石谷山までは37分。
アップダウンもほとんど無く、道も明瞭です。
途中で何人かとすれ違いました。
                       .
Kusenbu23                               .
石谷山山頂。
標高754m。
三角点は草の中。
先客さんに教えて頂きました。
                          .Kusenbu24                                            .
見事な石積み。
山の安全を願って。
神に感謝して。
                       .

 

Kusenbu25                                                  .
九千部山の手前まで戻ってから、今度はうるしが谷遊歩道へ。
こちらの方には沢などはなく、歩きやすい道です。
                                 .
Kusenbu26                          .
途中にあるホルン五ヶ山展望台。
上がってみましたが、木が邪魔でまったく展望無し。
                     .Kusenbu27                                                   .
遠くに紫陽花。
毒蛇注意の看板も。
遠くから眺めました。                   
                                                 .                                                 .Kusenbu28                                                     .
この道を上がった向こう側が、グリーンピアなかがわの園内。
登山者は、柵を自分で開けて入ります。
猪の防護柵なのだそう。
ここら辺の山の中の神社などにもよくあります。
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Kusenbu29                      .
広~い園内。
来たのは初めて。
 Kusenbu30                                                   .
近くにはキャンプ場もあります。
川の水を利用したプールもあります。

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九千部山~石谷山。
活動距離12キロ
活動時間(休憩入れて)4時間10分。

すでにぶよや蚊がいると聞いてましたが、虫よけ対策せず。
でもこの日はいなかったです。
山の中は涼しくて風もあって快適でした。

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2018年7月 6日 (金)

避難勧告

降り続く強い雨。
那珂川町の避難勧告が出ました。
危ない地域は避難してと。

那珂川が後、少しであふれそう。
これが2時間前。

 

Nakagawa
ダムの放流も始まって、ますます増水しそう。
雨はまだ日曜まで続く。
低い土地はもう浸水しそうです。

避難準備はしておこう。

 

ここ数年、降り方が激しいですね。
皆さんも、お気をつけて。

 

 

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