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2018年8月16日 (木)

「儺の国の星」~物部一族とARION~

真鍋大覚氏著書「儺の国の星」には、物部氏についての記述が数多あります。
氏の先祖が物部氏であり、太宰府にて「星見」をしていた故です。
かの本は儺の国である筑紫郡那珂川町に古来から伝わる星の名を
掬い取ったものでした。

「儺の国の星 拾遺」 (積水星・つくみのほし)項より 抜粋
************************************************************

物部なる氏族の家系は、元来は星辰を祭る家系であって、
その先祖は近東にあった。
いつの頃か姜人中臣の氏族と和解して、脊振の北と南を領有して
いたのである。


***********************************************************

脊振の北。
その一つが那珂川町に当ります。
古来から物部氏が根を下ろしていて、現人神を祭る現人神社があります。

ご祭神は住吉三神。
全国の住吉の元宮。

住吉の神は、饒速日神です。
(*新嘗祭と住吉神とニギハヤヒ ~その1~

物部氏の祖神は、宇摩志麻治。
彼は、饒速日命とミカシヤ姫の子とされています。


また南、佐賀県側には物部神社を始め、物部氏の痕跡が残されているそうです。


脊振山の標高は、1054m。
そんなに高くはないのですが、この辺りではとても大きな役目をしています。

(「脊振」というと脊振山系のことを表します。
元々は脊振山は上宮嶽と呼ばれていたそうなので、この「脊振」は、
単体の脊振山のことではなく、脊振山系のことなのでしょう。)

福岡には台風がほとんど来ません。
山口や奈良がひどかったので不思議に思っていましたら、
「脊振が楯になってくれているから」と皆、口々に言います。

北と南に同じ一族が住む物部氏。
北のそんな状況から、神の山と祭られるようになったのでしょう。

脊振には、二龍が降る。

それがスサノオの神であり、ニギハヤヒ神だとも言われています。
それは、かの一族が崇める神、故なのかもしれません。

                       *

かの本には物部氏の先祖は「近東」にあったと記されていますが、
ARION の言葉にもこのようなものがありました。

 

  (ARION語録 ~ アメクモ族~)

**********************************************************

 

光よりの光、オリオンの神の座よりの一条の光として来りて伝える、
我が名はアーリオーン、愛と光の天使
---------------------
 私達の秘密としている情報を少し話そう。それは、この日本の神話だよ。
日本書紀や古事記、いわゆる記紀は後の世の為に編纂されたもので
正しい歴史書とは呼べないんだ。


 まず宇宙には『アメクモ族』と呼ばれた種族が居たことから話そう。
彼らは、あなたがたの居るこの銀河系に遥かな昔にやって来て
色々な惑星に植民していた。
彼らの目的は『人型種族の繁栄と進化』だった。


(中略)

アメクモ族は今で言うアジア中央高原に降り立った。
そこから多くの国に向けて陸路と海路で渡って行ったんだよ。
この種族は後の世にアメクモ族の名前を残す為に自分達の名前に
『アメ』『アマ』、つまりAとMで始まる音を配したんだよ。
エジプトに伝わった名前にもあるね?
キリスト教では最後にアメンと唱えるね?
日本では『アメノ…』という名前が多いね?
ラテン語に至っては『アモール』は『愛』の言葉だ。
みんな『アメクモ族』の印だよ。


 さて彼らは日本に向けても陸路と海路で渡って行った。
(紀元前の話)スサノオとその父フツの曽祖父に当たる男は
海路で行くグループの首領だった。
陸路で渡った仲間は先に日本に到着した。
海路で渡った仲間は東南アジアの島々で数々の仕事をこなしてから
朝鮮に渡り休んでから日本の壱岐対馬に渡り、その後出雲に住んだ。

 スサノオの父フツは出雲でスサノオを生んだんだよ。

陸路で先に入っていた仲間はイザナミ・イザナギと呼ばれる人々が有名だね?
彼らはヤマト原人を制定し、九州に強い国を築き始めていた。
そして海路のグループが携えて来た、いわゆる『十種の神宝』を要求していた。
何故ならば、この神宝を持つ者が日本のスメラとなる事が決まっていたからだよ。


そこで首領の血を引くフツはスサノオを諸国制定の雄として
送り出すことにしたんだ。
その頃、九州にはイザナミ・イザナギの国があった。
彼らの長女はアマテラスという名前の、たいそう賢く強い女性だった。

 フツの死後、スサノオは彼の器量を全て受け継いで生まれた第5子のトシを
伴い九州を制覇にかかっていた。
イザナギ・イザナミはスサノオの強大な力と知恵に恐れを成して、
娘であるアマテラスをスサノオに差し出すことによって同盟を申し出てきた。
アマテラスは既に結婚してはいたが当時には一夫一婦制の掟はなかったので
スサノオとの婚儀には問題はなかったんだよ。

 スサノオ、トシの親子は九州を制覇し瀬戸内海沿岸を制覇した。
成人し経験を積んだトシはオオトシと呼ばれる様になっていた。
既に年を取っていたスサノオはオオトシに『十種の神宝』を手渡し、
ヤマトの国に入る様に伝えた。

 ヤマトの豪族ナガスネヒコはスサノオ親子との親睦を深める為に、
彼の妹をオオトシに差し出した。
オオトシはヤマトに入り実質上の日本の王となる為に、名前を変えた。
『オオトシ(大歳)』から『アマテルクニテルヒコアメノホアカリクシタマニギハヤ
ヒノミコト(天照国照彦天火明櫛玉饒速日命)』と変えたんだ。
ニギハヤヒは奈良に入りヤマトの王としての地位を確立したんだよ。
彼の御陵は三輪山なんだよ。
三輪山はピラミッド建築になっているよ。

(以下略)

 

        ---ARION,O∴O---

'89/11/15 01:39

 

********************************************************************

 

”物部氏の先祖が近東から来ている。”

かの一族は饒速日神、ミカシヤ姫から連なります。

もしもARIONの言葉の通りなら、一族は大和で生まれ、こちらへ来たことになります。

 

物部氏であるからこそ、祖神を産土神としてこの地に祭ったのでしょう。

彼はイザナギ神の禊から生まれた神、住吉三神でもあります。
                     .

 

(安徳台と高天原 )に記していました。

 

神功皇后が朝鮮出兵の際、船の舳先に現れ、皇后を助けた神として、
「住吉三神」の名が出てきます。
この時、

「日向国の橘の小門の水底にいて、海草のように若々しく生命に満ちている神、
名は表筒男(うわつつのお)、中筒男(なかつつのお)、底筒男(そこつつのおとこ)
(住吉三神)の神」
                   .

 

住吉三神である現人の神のおられる地が、
みそぎの地、筑紫日向橘小門なのです。


                 *

 

高良の伝承にある高良の神、磯良神も饒速日神です。
その神は神功皇后と夫婦だとされています。

それはこの地が「岩戸」とも呼ばれていることと関係しているのかもしれません。

現人の神は、この国が大事の際、人の前に姿を現し、神通力を振るうと言われる神。
幾度もこの地に降りてきているということか。

 

ARIONは、ひたすら饒速日神の再来を待ち望んでいました。

 

それは、饒速日神が転生するということなのでしょうか。

                 .

 

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