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2018年9月27日 (木)

日本の真相 2 ~同化~

(「日本の真相 1」 の続き)

物部氏、秦氏などが、失われた十支族の末裔であり、
日本へ辿り着いたとありました。

以下、「日本の真相」より要約
http://g-village.net/iyasaka369/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B8.pdf

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(2)秦氏の起原

古代物部氏は、海のシルクロードを渡ってきた、失われた十支族の一部の者達。

陸のシルクロードを渡って来たのが、秦氏。
秦氏は朝鮮半島からの渡来人であり(*朝鮮半島を経由しての意味)
土木工事や鉄器製造、機織りなどに優れた殖産豪族。
月読命を祀る月読神社は秦氏の創建である。

☆秦氏は何者か。 

北朝イスラエルが滅亡後、十支族は歴史から姿を消す。
彼らは「マナの壺」と「アロンの杖」を携えていた。
彼らは遊牧民と同化し、次第に極東方面へと達する。

BC2世紀ごろには東北アジアへ。
後に百済、新羅、伽耶になる。
これらのことは「三国史記」の「百済本記」にある。

それらの記録にある自死したという、大王の孫がフルであり、
「それが他の国へ行ったこと」と考えられる。

百済王家の姓は、解氏(オンソ)と真氏(フル)。
流れてきた(失われた十支族)遊牧民族の末裔。

当時、騎馬民族は”秦人=流浪の民”と中国から呼ばれていた。


☆もう一方の南朝イスラエルの行方。
天山山麓の麓に弓月王(ゆんず)国=三日月王国があり、
製鉄が盛んだった弓月城(くるじゃ)とも言われる国があった。

鉄は製鉄はシュメールからヒッタイトへと受け継がれ、この国へ。
当時夜に光が無かったことから神の国とみなされ、”天山”と言われた。
ヘブライ語で”ヤマトゥ”と呼ばれ、”神の民”の意味。
イスラエルの十二支族を象徴する。
ヤマトの語源。

☆南朝ユダ王国も滅亡寸前に脱出していた。
一族は失われた十支族を追ってシルクロードへ。
「契約の箱アーク」を携えていた。
シルクロードを東征、ヤマトゥの地へ。
そこで元々いたシュメール~ヒッタイトの末裔と同化。
製鉄製造、土木工事、芸術などの高度な文化を受け継ぐ。

やがて中国へ。
中国は彼らの姓を”秦氏”とした。
先程の様に”流浪の民”の意味がある。

彼らは十支族の後を追う。
やがて朝鮮半島に達し、流れを汲む扶余族と合流。
南下して伽耶へ。
新羅の様式を継承した。

(要約おわり)
***********************************************************

秦氏。
それが遊牧民族を表し、近東から流れてきた”彼ら”を表すのならば、
物部氏の先祖は”秦氏”でもあったのでしょう。

(「儺の国の星」~物部一族とARION~」)

このリンク先の記事にありますが、「儺の国の星」の著者、
真鍋大覚氏も「物部の先祖は近東にあった」と記しています。
そのことはほぼ間違いないと思います。
                     .

また、ARIONは
「日本の神話」の時代に描かれている「アメクモ族」は、
銀河系の遥か彼方からやって来た種族だとしています。

彼らはアジア中央高原(パミール高原)に降り立った。
そこから海路と陸路で渡って行った。

紀元前の話、スサノオとその父のフツの曾祖父に当る男は
海路で日本へ向けて行くグループの首領。

陸路で渡ったグループは先に日本に到着。
海路で渡ったグループは東南アジアから朝鮮に渡り、壱岐、出雲へ。

陸路で先に入ったグループは北部九州へ(イザナミ、イザナギ)。
後にやってきた海路のグループが携えてきた「十種神宝」を要求した。

                    *

*ARIONが言う「スサノオとその父のフツの曾祖父に当る男」が上記の
九州物部王朝を築いたという「フル、真沸流」か。
(ニギハヤヒもフルとされていますが、先祖の名を付けるのはよくあります)

上記の話(日本の真相)では百済の建国の成り立ちにいるフル。
百済の建国神話は紀元前18年とされています。
やはり紀元前のことであり、上記の「九州物部王朝」の大王とは、
このフルのことでしょうか。

スサノオを始めとする出雲族は、製鉄や様々な高い技術を持っていたそうです。
後にニギヤハヒ(?)が北部九州へ渡り、この一帯を治めますが、その痕跡が
あるとみています。
*饒速日命がどちらの生まれか分かりません。
              *

福岡にあるもう一つの「現人神社」に祀られている神、
「ツヌガアラヒト」は新羅からアカル姫を追って日本に来たとされる王子とされています。
神功皇后の母方の祖先ともされるその王子。
この辺りの伝説も上記の「フル」なのかもしれません。
神功皇后の名は「オキナガタラシヒメ」ともされています。




((「日本の真相 3 ~マナの壺~」)   へ つづく)  

            .

*上の「日本の真相」は要約で、かなり端折ってます。
全文ご覧になりたい方は、上の方のリンク先へお願いします。
(そこに記載されている事自体、幾人か(飛鳥氏)の考察が混ざってるものだそうです)

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