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2018年10月30日 (火)

神の道

山登りは楽しい。
だけど、そこにも”苦”はある。

先日登った浮嶽はほんとに大変で(まだUPしてない)。
ふと、何でこんな大変なのに登ってるんだろうと思った。

それをその夜に行ったパート先で友達に話した。
「まるであれみたいやね。山に登って修行する人」
「行者さん?」
「ほら、頭にこんなんつけて」
と、指で額に小さな輪をつくる。
「それは・・・山伏かぁ」
                .

 

山伏や修験者のあの額に付ける箱(頭巾)は、
ユダヤ教徒の方が祈りの際に頭につける(ヒラクティリー)にそっくりだという。

ヒラクティリーは、旧約聖書の言葉を収めた小箱。
常にそこに神を感じる為なのだと思う。

頭巾は、大日如来を表わすそうで。

 

もしも、ユダヤ教の元、古代ヘブライと日本が繋がっているならば、
無関係ではないでしょう。
修験者や山伏にとって、山は祈りの場所なんだ。


ずっと前に、山伏って何を思いながら山に登ってるんだと思ったことがある。
それは「何で山に登るの?」
と、山に登ったことが無い人が、登る人に感じる疑問と同じ。

登らなければ分からない。

木に草に虫に、そこに在る目に映る全てに。
お日様に照らされた輝く大地に。
すべてに神を感じる。

そこで出会う人の中に。
自分の中に。
山中で神に出会う。
全ての中にある神に。

神は全ての中にある。

そこに思い至る。

世の中に在る全ての中にそれがある。
それを、受け取るか、受け取らないか。

 

神の道は、「この世に生きている」その全てにある。


「神の道」
神道には教義が無いという。
その必要が無いからだ。

                  .

高みからでは決して見えないその先。

そういえば、ARIONは地を這って生きよと言った。
泥にまみれなければ見えない。
お釈迦様が乗られる蓮の花は泥の中でしか咲かない。

泥を選んでいるのも、きっと自分。
その泥の中を楽しむのも、自分。

苦の中の楽も、楽の中の苦も。
ほんとはすべては同じ物。
                     .

人それぞれの一生の時間は、生まれた時から決まっているという。
どうせなら楽しんだ方が、楽しい。

楽しみながら受け取れる全てを受け取る。
それが人生を謳歌すること。


               .

 

2018年10月29日 (月)

高良の神紋 * 飯盛山~高祖山 往復

10月のよく晴れた日、飯盛山から高祖(たかす)山まで縦走&往復しました。

雷山に登った後、ふと高祖山に登りたいと思ったのです。

でも前の「叶岳から高祖山の周回」の時には、廻らなかった飯盛山が
気になっていました。

と言う訳で、西区にある飯盛山から、糸島市の高祖山まで、
標準片道3時間10分の道のりです。
車を飯盛山の麓にある飯盛神社の駐車場へ停めるので、往復します!
                     .

 

Iimori50                                                 .
まずは、下宮でご挨拶。
行ってきます!
                       .                      Iimori51
下宮から車道を登って10分ほど。
中宮社の大鳥居です。

飯盛山に登るのは4回目。
                      .
Iimori53                                                        .
ここの手水舎のお水は美味しいのです。
甘くてとてもよい香りがします。
水は無臭のはずなのですが。
直接口をつけて飲んではいけないですよ。

大きなポリタンクを持って上がってくる人もよくいます。
ここのお水でコーヒーを淹れると最高なんだとか。
今度うちもペットボトル持って来よう。


と、ここで気付きました。

この神紋、高良大社の紋と同じだ。
 (「2度目の高良山 2 ~高良玉垂宮~」)
                         .
                    .                         .
Iimori59_2                     .                  .
ご祭神は、五十猛命(有効(いさおしの)神)。
この辺りの五十猛命は、磯神と呼ばれていた饒速日命のことではないかと
思いましたが。

ここの神紋が高良大社の神紋と同じならば、本当に”そう”なのかもしれません。

Iimori72                                               .
行ってきます!
                            .Iimori54                                          .
今回も「行者道」から登ります。
「お迎え岩」
帰りはこの岩が見えたら右手へ行くと中宮跡に行けます。
                         .
Iimori55                                 .
下宮から30分で上宮跡、飯盛山頂上に到着!
                    .
Iimori56                    .
飯盛山。
標高367m。
                    .Iimori58                                                   .
いよいよ飯盛山からの縦走路!
ずっとこの道の先に行きたいと思ってました。
「日向みち」です。
                       .Iimori60                                      .
急な坂とトラロープが続きます。
登って来る時は大変だろうなぁと思ったけど、ロープの補助があるので
たいしたことなかった。
                     .
Iimori61                                                   .
日向(ひなた)山。
標高355m。
飯盛山から10分ほど。

この山の側を通る西区から糸島に抜ける道を「ひなた峠」と言います。
                        .
Iimori67                                 .
展望所から。
あの山が飯盛山。
もうあんな遠くに!
                     .Iimori62                                             .
分岐点です。
「叶岳~高祖山縦走」の時は、写真の右手から来て、奥へ向かいました。
今回はまっすぐです。(つまりTの字)

でも、右手すぐに高地山頂上があるので寄り道して踏んでいきます。
                                                    .Iimori63                                             .
高地山。
標高419.4m。
日向山から14分。
                     .
ここから高祖山まであまり激しいアップダウンはないので歩きやすいです。
                     .Iimori64                                                    .
縦走路。
人気のある道なので何組かとすれ違いました。
                    .
Iimori65                                          .
高祖山~到着!
標高 416m。
高地山から38分。
9時ちょうどに下宮を出発したので、ここまで休憩入れて2時間10分。
1時間ちょっきり予定より早かったようです。

登頂記念の木札を頂きました。
ありがとうございます!
                       .
Iimori66                         .
ここでお昼休憩。
正面に見える山が糸島半島にある可也山。
登ってみたいなぁ~。
行くまでがちょっと遠い。
               
少し休憩して、復路へ。
Iimori57                      .
飯盛山に無事に到着。
                      .
Iimori69                                       .
帰りは中宮跡方面へ。 
                       .
Iimori70                                         .
中宮跡。
昔はこちらにお宮がありました。
今でも清められています。
とてもお気に入りの場所です。
                     .Iimori71                                    .
中宮跡からは立派な木段が続きます。

 

大鳥居が見えてきた!
                      .

 

Iimori72_2                                                 .
再び、中宮社。
無事に帰り着きました。
ありがとうございました!

この後、下宮まで。
高祖山からの復路は休憩入れて、2時間17分。
思ってたよりも早く帰って来られました。
                                .

活動時間4時間8分(休憩入れないでの時間かな)
活動距離10.5km

しばらく縦走ばかりしていたので、登山の回、続きます。


雷山に登ったので、同じく神功皇后の伝承があるという浮嶽へ。
                   .

 

 

2018年10月26日 (金)

絶景!雷山!

快晴!
神功皇后の伝承が残るという、福岡県糸島市の雷山(らいざん)へ。
                        .Raizan02                                          .
車は「雷山観音前」バス亭側の駐車場に。
まずは清賀の滝へ向かいます。
                       .Raizan04                                   .
清賀の滝。
駐車場から40分ほど。
                       .Raizan05                                               .
上宮へは、手前の木橋を渡ります。
ここから上宮まで1255m。
                 .Raizan07                                                  ,
「会いたくて」
誰に?

うちは雷山に会いたかった。
                      .                                             .
Raizan09                                           .
「ジンジソウ」
Raizan10                          .
しばらく山肌を沿うような細い道が続きます。(道分かります??)
ここで、ふと滑落して夜を迎えたらと、思いました。
低山だからと防寒着や雨具をもって来てないことが多々あります^^;
今度からちゃんと持って来よう。
                   .                    .Raizan11                                       .
わくわくする鎖場。
                             .

 

Raizan13                               .
雷神社上宮到着~!
清賀の滝から40分程。
とっても清々しいです。


上宮のご祭神は、瓊々杵尊(中殿)、天神七代(左殿)、地神五代(右殿)         

 

下宮のご神祭は、水火雷電神(瓊々杵尊)、高祖大神(彦火火出見尊)
香椎大神(息長足姫尊)、住吉三神、八幡神の五神。                      .

 

Raizan14                         .
左へ向かうのが、雷山山頂へ直接登る急登の道。
奥に向かう道が、スキー場経由周回コース。
私はこちらの方向へ。
                        .Raizan15                                 .
5分程で車道に出ます。
しばらくここを進みます。
NTT専用道路。
土砂崩れが起きている為、ここから下(右の方)へ向かう道は通行止め。
                          .Raizan17                                     .
15分ほど歩くと草原地帯へ。
きれ~~~い!
「千と千尋の神隠し」のEDの風景みたい。
感動しっぱなし。
                                      .

この草原がその昔、層々岐野と言われ、神功皇后が羽白熊鷲を退治する
為に兵を集めたという伝承があるそう。

でも羽白熊鷲が出たのは基山の東、筑前と筑後の境。
ここは博多湾よりさらに西の糸島。

”その”場所がここではないのは確か。
                         .Raizan16                     .
紫苑(しおん)の花が群生してました。
「ぼく地球」のシオンはこの花から命名されてました。

 

Raizan22                           .                          .
この景色が見たかった!
スキー場跡。

人工降雪機で雪を降らせて、かちかちのほぼ氷の上で滑ってたそう。
(友達談)
ここら辺じゃ、ほとんど積もりませんからねぇ。
小樽や札幌の雪質でまったり滑ってたことを思うと、アイスバーンは恐ろしい。

頂上への道は右側の森に沿って、山道を登ります。
間違えて最初、森の中を30分ほど彷徨ってしまう。

元の登山道に出た場所で、ちょうど登る方がおられて登山道を教えて頂きました。
感謝。
                           .                     .Raizan18                                .
雷山山頂、到着~!
                           .Raizan19                                        .
標高954m。
                                .Raizan20                             .
西方向。

                         .
雷山には雷様がいらっしゃったそうです。

 

そう言えば、雷山の山頂には鬼が出て、退治する為に神功皇后達が
登ったとの記述をどこかで見たことがあります。

登ったとしたら、そっちの伝承の話だと思う。
妊娠中はないない。
あんな細い道、通れるわけがない。
                                                   .                 
                       .Raizan21                                           .

ここから井原山まで縦走できます。
90分!往復3時間。

今、お昼だから行けないなあ。
いつか行けるとこまで行ってみたいです。
5月の花の頃は見事だとか。 
                      .
山頂でしばらくまったり。
少し下山して、展望台へ向かいました。
あの草原を越えた場所にあります。
                          .

Raizan24                                           .
展望台~!
糸島が一望~~!
最高~~~!

パラグライダーの発着場だそうです。
板のとこで横になって、しばらくまったり。
                       .Raizan25                         .
雷山ありがと~!
最高~!

何度でも来たくなる場所!
                 .Raizan26                                                      .
車道まで戻って、また山道へ。
上宮へ向かいます。
車道はここで通行止め。
当初、帰りはここから下ろうと思ってた。
                       .Raizan27                     .
上宮まで戻りました。
手前の木に掛けられているのは「I LOVE ITOSHIMA」の木札。
以前登った高祖山の頂上で頂いたことがあります。
次は高祖山行こう~。

展望台から上宮経由して、登山口まで1時間10分くらいで下山しました。

                       *

今回、とうとう購入したモバイルバッテリーの性能も試しました。
「ANKERのPowerCoreⅡ10000」
大きさは約9.5×6
重さ約195g
重すぎず、自分のリュックの腰ベルトにあるポケットにちょうど入りました。
あみの袋がついてるので入れて、紐にカラビナをつけ、リュックに念のため固定。
家では30%くらい(ランプ8つの内、2つ分)の充電量から100%になるまで
50分くらい。
2.4Vの急速充電器(1000円の特価だった!)での時間。

登山中、スマホの充電が40%を切ったので、モバイルバッテリーをつけ
歩きながら充電。
30分で100%に!優秀です!
減ったのはランプ8つ分の内、2つ分。
熱ももたず。

これで2,3日彷徨っても大丈夫!

というわけで、再び、縦走熱が湧き起きる^^;

 

            .                          .

 

2018年10月19日 (金)

日本の真相 6 ~大嘗祭~

(「日本の真相 5 ~全は一つ~ 」の続きです).

この「日本の真相」の隅から隅まで「正しい」とは思いません。
ですが、この中に真実やそのヒントがあると感じています。

以下、「日本の真相」より要約です。
http://g-village.net/iyasaka369/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B8.pdf

********************************************************************

<大嘗祭について> 

以後、天皇家は代々天孫降臨の奥義を伝えるために大嘗祭を行ってきた。
大嘗祭とは、新しく天皇となる儀式。

即位の礼が表向きの儀式。
大嘗祭は天皇家秘伝の裏の儀式。

毎年、勤労感謝の日に行われているのが新嘗祭であり、その年の収穫を感謝する。
大嘗祭はその特別なもの。

大嘗祭では、まず天皇となる前の皇子が禊を行う。
その後、麁服(あらたえ)という白装束、すなわち”死に装束”を着用して儀式を進行する。
(麁服は、代々、阿波の忌部が制作することになっている)

そして、天照大神と共に食事をし、御襖(おふすま)と言われる寝床に横になり、
また起き上がる。

これらはイエス・キリストの”最後の晩餐””死””復活”を再現している。
すなわち、大嘗祭とは、イエス・キリストの霊と一体となり、
正式に王権を継承する儀式である。
                                (要約終わり)

***************************************************************

「麁服(あらたえ)」

それを今回、検索するとこのサイトに当りました。
天下泰平
http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51942188.html

麁服は大嘗祭において、もっとも重要な「大麻の織物=麁服」。
麁服は、「大麻の服」のように思われがちですが、
実際は巻物のように長い一枚の大麻の織物。

この大麻がなければ「天皇としては半人前」と言われるほど、
神道に密接に関わっている大麻は、天皇になるため、
そして天皇であるためのマストアイテムです。
                                                (要約です)

                 *

長い一枚の織物???

私は2年ほど前に瞑想の中で見た光景で、
現人神社の神様に会っていました。
(「現人神社の武藤さん 」の記事)

彼が着ていたのが、長い一枚の布のようなものでした。
ギリシャ神話の神が着ている服「キトン」に似ていると思って検索したところ、
以下のサイトに行き当たりました。

「こちらご遺体搬送の日礼自動車です」
http://blog.livedoor.jp/nichireij/archives/1728856.html

新嘗祭のことについて詳しく書かれてありました。
(大嘗祭と同じ神事)
そこから、下記の記事を書いたのです。

(「新嘗祭 と 住吉神 と ニギハヤヒ ~その1~ 」)

(「新嘗祭 と 住吉神 と ニギハヤヒ ~その2~ 」)

思えばここから色んな事が分かりました。

現人神社の神は住吉神です。
彼が「饒速日命」ではないのか、と。
                       .

神功皇后の前(人の前)に初めて姿を現したという現人の神、住吉神。
その社の神田に水を引く為に指揮して造ったという裂田の溝(さくたのうなで)。
それがここ、那珂川にあります。

なぜ、神功皇后と、「住吉神」なのか。
ずっとそう思っていました。

高良玉垂神秘書で、「神功皇后と住吉の神」が夫婦だったと知ります。
そしてこちらの伝承(二つの伝承)から、それが「彼ら」だったのではないかと。
                 .

麁服、その服が本当に「麻の長い一枚の織物」とは。
現人の神は、あの映像は、やはり私の幻想ではなかったのか。
(強烈な現実感があるので、想像などとは違うと感じる)
                 .

彼は私に
「久しぶり。〇度目だな。」
と笑って言ってました。

その時は、何故、現人の神さんが?
と思ったのですが。

                *

新嘗祭(大嘗祭)がイエス・キリストと関係あることはなさそうです。
「勤労感謝の日」は11月23日。
その前日、22日は饒速日命の命日だとされています。

亡くなった彼の魂を受け継ぐ。
その為の神事だと強く思います。

麁服が死に装束というのも違います。
かの神は、好んでそれを着ていました。

多分、彼がそれを着ている時は、平和な時。
だから、なのでしょう。



(「日本の真相 7 ~二人のフル~」 へ つづく)

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2018年10月18日 (木)

日本の真相 5 ~全は一つ~

(「日本の真相 4 ~3人の天皇~」の つづき)


以下、「日本の真相」より要約です
http://g-village.net/iyasaka369/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B8.pdf

********************************************************************

応神天皇が最初の天皇。
それは日本に渡来した真沸流。(*フルの数代前)

真沸流大王は、アークを持っていた秦氏を呼び寄せた。
(秦氏=失われた十支族の流れを汲む流浪の民)
秦氏の渡来は、数回行われた。

真沸流は現在の大分県、宇佐に「豊国」という秦氏の王国を造り、
宇佐八幡宮を建立した。

”八幡”とは”やはた”とも読み、
やはた=イヤハダ=イエフダ=ユダヤであり、ヤハウェなのである。

大王は洗礼を受け、応神天皇となった。

(洗礼を受けた描写が)
宇佐神宮の社伝には、
 ”三角(みすみ)池の笹の上に光り輝く3歳の童子が現れ、
 我は16代誉田天皇広幡麿(ホムダスメラミコトヒロハタマロ)と名乗り、
 黄金の鷹になった”とある。

ヤハウェ=八幡神。
「ヤ」は、神を表す。

ここから東征。

神武天皇東征伝説に於ける「八咫烏」の導きとは、
真沸流を原始キリスト教に改宗させたエルサレム教団の秦氏のことであり、
勝利をもたらした「金鵄」とは、光り輝きながら降臨したイエス=ヤハウェの
ことである。(*象徴?)

こうして応神天皇は「契約の箱アークと十戒石板」「マナの壺」「アロンの杖」
を手中に収め、イスラエル十二支族を象徴するヘブライ語
”ヤマトゥ”に因んで大和朝廷を開いたのである。

これで、ヤハウェ=イエス=天之御中主神=天照大神となった。
神道とは、天照大神=イエス・キリストを唯一神とする絶対神崇拝なのである。

******************************************************************

ユダヤ教やイスラム教やキリスト教に少しも拒否反応はないのだけれど。
そうだと言われると何か違うと感じる。

そう思いながらここ数日。
山に登ってる途中でARIONの言葉が浮かびました。
(多分、登山の途中で瞑想状態になってると思う)

                         *

「我々のコード・ネームは「光」

明けの明星 金星の覇者」

「光よりの光、オリオンの最上の帯としての光より来たりて伝える」
                                                      .

ギリシャ時代にはポセイドン [ネプチューン] (*海の神)
父としたエネルギーで在り続け、

拝火教 [ゾロアスター教] においてはアフラ・マズダとして在った天使、

東洋においては観世音菩薩、弁財天の本流として在る天使。

日本においては高天ケ原系列の天子、

つまりイザナギ・イザナミと呼ばれし天子の来たれり星系の

天の御使 [アメノミツカイ] として在る。 」

                        *

そうか、その「全て」であるのだ、と。

ユダヤ教もイスラム教もキリスト教も、その全てであり、
全てを内包し、それを越えた所に在るもの。

それが「神」


ヤハウェが「神」の名なのではなく、

「神」の名の一つが「ヤハウェ」。

多分、「神」は唯一のもので、誰がどう呼んでもそこへ行きつく。
だから、「天照がヤハウェ」なんだ。

これも「全は一つ」。

「全は一、一は全」
一人一人の中に在る神。
浮かぶ姿形は違えどもみな同じ神。

道端の石にも木々の中にも一輪の花の中にも、それは在って。
それが日本の八百万の神。

それは実は「唯一絶対神」と同じものなんだ。

 

それも宇宙の真理。


(「日本の真相 6 ~大嘗祭~ へ つづく)


          .

 

2018年10月15日 (月)

高良大社 * 神幸祭 ~福岡県久留米市~

昨日は高良大社の神幸祭でした。
昔は50年に一度、近年は5年に一度の祭りです。

天気は快晴!
                      .

 

Koura306                                          .
6時前に家を出て着いたのが7時過ぎ。
高良山の頂上にある公園の駐車場に車を止めて、8時過ぎに下山。
中腹にある大社では、神事が始まっていました。
                       .Koura302                                                 .
お社の中に入れた神輿に御魂移し。
Koura304                                             .
ほんとにいい天気!
大社からの眺めです。
久留米の街が一望。
向かいの山は脊振山系です。
 Koura303                       .
神輿が出てきました。
担がれているのは自衛隊の方々だそうです!
頼もしい~!

春になると高良の山の車道を一気に駆け上がる訓練をされてます。
それもすっかり恒例行事。
                                    .Koura308                                    .
トラックに神輿を載せて、麓まではこれで運びます。
さすがに危ないですからね~。
ってことは、トラックが下に着くまでにうちらも下山しないと!
                 .
Koura305                                  .
神様出張中のお宮を参拝。
気配を感じたので、「すべて」行かれるわけではないようです。

気配と言えば、担がれた神輿が側を通った時、
一瞬、くらっとするくらいの強い干渉がありました。
この時だけだったので、何か分からないのがもどかしい。

トラックを見送った後、山道を一気に下山。
ほぼ石段の比較的整備された道なので、そこそこ歩きやすいです。

 

Koura307                                            .
山道途中にある「式内伊勢天照御祖神社」
ここにも参拝。

いつもは40分はかかる道を20分で下山。
麓の鳥居に着いたらほどなく、トラックが降りてきました。
             .
少し先の小学校の前辺りでは、隊列を組んで大勢の人が待っていました。
 .Koura309                                                   .
神輿を台車に載せて、出発です。
9時始まりで、縁のある神社を巡って町を練り歩き、15時まで。

今回は娘と行ったので、どうするか聞いたら、最後まで行くと。
そんなに体力ない(宝満山が6時間(うちの倍)かかる!)ので、
多分1時間付いていくくらいがいいところかと。
                            .
Koura310                                                .
神輿は人が引いてる時が一番輝いてる(台車に載ってても)。
屋根の神紋は高良玉垂神の紋。
八幡神と住吉の神の神紋も施されているそうです。
                      .
ほどなく、初めの休憩地点でもある、味水御井(うましみずみい)神社へ。
              .
Koura311                          .
念願の兜に会えました。

右手前が「高良玉垂神(木瓜・もくこう)の兜」
左手前が「八幡神(右三つ巴)の兜」
奥が「住吉神(五・七桐)の兜」です。

「現人神社」の神紋は三つ巴。
住吉の神さまですが、八幡さまと同じです。
                        .
Koura312                               .
ここで青空のもと、神事。

あれ?いつの間にかど真ん中にいる^^;

この神事が終わった辺りで10時半。
娘がもういいよと満足げなので、帰ることに。
うちも兜見られたし、神事も堪能したので大満足。
                       .Koura313                      .
隊列より先に次の神社へ行って、そこから高良山を登ります。
皆さん、ありがと~!
                    .
Koura314                                                    .
高良御子神社(通称、坂本神社)。
前回、来た時にスマホのバッテリー切れで写真が撮れなかったところです。
また来るねと思ってたのが、こんなに早く来られるとは。
                          .
Koura317                       .
高良大神と神功皇后との御子、九人が祀られています。
九体皇子。

Koura319                          .
                                         (クリックすると拡大されます)
Koura320                                                  .
神輿が階段下に到着。
ここで折り返して、次の神社に向かうようです。
                        .
Koura323                   .
境内にある別の宮。    
                    .
Koura322                                           .
                            
「高良御子神社境内社」

ご祭神は大己貴命(大国主命) 少彦名命。

大己貴命は、ニギハヤヒです。
天照神を祀るお社もあります。
                   .
ここから、山道を登山。
正面参道と違ってこちらはほんとの山道。
                                      .Koura324                                               .
不動明王像。
高良山も全体が霊山でした。
                                               .Koura325                                                     .
Koura326                                                   .
中腹の高良大社に着きました。
ここで力尽きた娘。
待っててもらって、うちだけ頂上の公園にある車を取りに行くことに。
                      .
Koura329_2                                  .
上に行く前に。
お社の裏にあるお宮が開いていて、他の神輿が見られました。
                        .
Koura330                     .
住吉さんのお神輿。
神紋が「五・七の桐」
                  .
Koura331                                                 .
八幡さまのお神輿。
神紋が「右三つ巴」
              .
そして今お出かけ中の高良玉垂神のお神輿の神紋は、
「竜の丸と横木瓜」

あれも神紋だったのか!
朝、くらっときたのは、お神輿の壁にあったその「模様の竜」と「目が合った」時。
                       .Koura332                                      .
お社の側にある神籠石(かごめいし)。
後はひたすら車道を走り、頂上へ。
Koura333                   .
途中の奥の院の鳥居。
娘を待たせてるし、距離があるので今日はパス。
                  .
Koura335                                                   .
それでも頂上には立ち寄る。
高良山山頂312M。


5年に一度の神幸祭。
ほんとは去年開催予定だったのですが、改修工事があった為に今年になりました。
去年ですと知らなかったので見られてませんでした。


                 *

高良神と神功皇后が暮らしたという高良山。

やはり、高良の神は饒速日命?
神功皇后はミカシヤ姫・・・ヒミカなのか?

                          .

 

2018年10月14日 (日)

若杉山 登山・明王院から ~ 福岡県糟屋郡~

若杉山の綾杉に会いたい。
と、太祖宮側へ。

車で少し登って、「明王院」の門の前の駐車場に止めました。                   .

Wakasugi20
Wakasugi21
「不動明王」
私が前に(幻影で?)見たのは、もう少し幼い御顔で、錫杖と独鈷杵を持ってました。
役割が違うようです。

Wakasugi22

 

Wakasugi23
「養老ヶ滝」
滝行の滝だそうです。
美しい!
                             .Wakasugi24

 

Wakasugi25
若杉山頂上へはこちらの階段を登ります。
岳城山方面(反対側)に行ってしまったので、ここに戻るまで30分以上、
山の中を彷徨いました^^;
               

Wakasugi26
頂上への登山道へと戻り、しばらくすると「ゆるぎ岩」へ。
鬼と力比べをしたそうです。

Wakasugi27
若杉山全体が霊場・聖地です。

 

Wakasugi28_2                      .
ようやく、三郡縦走の時の登山道とぶつかりました。
この後、小さい蛇と2回遭遇。
まむしはまだ見てません。
踏まないようにしないと。                   

Wakasugi29

楽園(キャンプ場)に着きました。
少し上の寺院。

ここから車道を少し歩いて、大和の森へ。
                    .Wakasugi30
綾杉!
やっぱりここが一番好き。

 

Wakasugi31
さらに上がって、「二又杉」

南蔵院へ行ったり、山を彷徨ったりしたので、ここですでに12時。
他の巨木はまた諦めて、頂上へ。
                    .Wakasugi32
この辺りは木のチップが蒔かれて歩きやすいです。

 

Wakasugi33                     .
ここを登ると太祖宮上宮!

 

ここでスマホのバッテリー切れ!
後一枚~~!
ヤマップの記録もここでストップ。

何か悔しいので、(隣の)米の山頂上には行きませんでした^^;

 

ヤマップには登山の記録がつくので、それも楽しみではありますが、
バッテリーが切れたり、無名山だと残らないので残念な時もあります。
凝るととことん凝る方なので、「御朱印集め」もしてません。
神社って神主さんがいなかったりするところも多いので。
自分の場合、それが目的になってしまいそうですしね。

上宮のあと、若杉頂上とその先の若杉ヶ鼻へ。
                        .Sangun15                      .
こんな景色が見られます。
また縦走したくなります!

登山靴がすり減ってしまったので、ちょっと縦走や宝満山は危険。
少しの間おあずけです。

                      .

 

2018年10月13日 (土)

南蔵院 篠栗四国総本寺 ~福岡県~

福岡県糟屋郡篠栗にある「南蔵院」へ。

若杉山の周辺は、篠栗四国八十八所の霊場になってます。

「南蔵院」はその中でも最大のお寺。
ここには「涅槃像」があるのです。
                         .                Nanzou01                                                         .
Nanzou02                                          .
七福神。

 

Nanzou04                                                .
「涅槃像」

Nanzou03                                                      .
ようやく会えました。
Nanzou05                         .
「不動明王像」
Nanzou06                                                  .
Nanzou07                                                      .
Nanzou08
                                       .
Nanzou09

こちら側の「南蔵院前駅」の方から、若杉山に登ろうかと来ましたが、
どうしても綾杉に逢いたかったので、移動。

綾杉に逢うには、一度頂上へ登った後、向こう側へ下って、
綾杉まで行ったら、引き返して登るか、
その後、下まで下ってから電車に乗って戻るかしかないのです。

ここから登るのは諦めて、別の登山口へ。


                            *


( つづく )

「日本の真相」は長丁場になりそうなので、間に他の記事を挟みます。

                             .

 

 

2018年10月11日 (木)

日本の真相 4 ~3人の天皇~

(「日本の真相 3.5 番外 ~神との婚姻~」)の続きです。
                .

”真人は是、皇別の上氏なり”
天皇の姓は”真氏”

真氏の筆頭は息長真人(オキナガノマヒト)であり、
”誉田(ホムタ)天皇より出づ”

応神天皇が真人であり、それ以前の天皇は架空。


               *

”彼ら”が大陸から渡って来た”秦氏(中国の人達がいう流浪の民=騎馬民族)”
ならば、「応神天皇」は饒速日命か、その皇子か。
                                            .

以下、「日本の真相」より要約です
http://g-village.net/iyasaka369/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B8.pdf

******************************************************************

(3)大和朝廷 (続き)


☆神武と崇神と応神と。

神武の東征は、豊国の宇沙(大分県宇佐市)を経て筑紫へ。
それから瀬戸内海沿いに東上して、安芸の国(広島辺り)と吉備(岡山県)、
浪速(なみはや=難波)と進み、河内(大阪府)の
星雲の白肩津(しらかたつ)という川原に停泊。

九州生まれの15代応神天皇も、まったく同じ経路を辿って畿内に入り、
大和朝廷を開く。

神話に於ける”生まれ”とは、「その国に初めて登場した」という意味もある。(*後に)

                    *

神武の倭風諡号は、始馭天下之天皇(ハツクニシラススメラミコト)

それを同名の倭風諡号を持つ天皇が、御肇国天皇(ハツクニシラススメラミコト)
=崇神天皇(第10代)=御間城入彦五十瓊殖天皇(ミマキイリビコイニエノスメラミコト)
が居る。

崇神天皇は、応神天皇と同じ伽耶(加羅、伽羅)から渡来したとある。
記紀では半島の任
那から渡来したとあるが、任那という国は存在しない。
任=大王、那=国、キ=城であり、「ミマキイリ=大王の城から来た」という意味。

神武と崇神の話はあまりにも神話的であり、韓風諡号でも
「神」という字が共通して使われていることから、神とみなして同一人物と考えられる。

応神は最初の天皇で「現人(あらひとがみ)」、すなわち半分は神であるから
例外として扱うことができ、神武と崇神と同一視することができる。

                                     *

また神武が熊野で救われた神剣「布都(フツ)御魂」は石上神宮に
「布都御魂大神」として祀られている。
その「石上神宮」には、天孫一ニギハヤヒが携えてきた十種神宝が
「布留(フル)御魂大神」として祀られている。

神武=フツ=ニギハヤヒ=フル=沸流=応神となる。

実際、神武は天皇になるまでの話、崇神は天皇になってからの話しかないと
言ってよく、2人合わせて一人の天皇、といった感がある。

そして、神武ー崇神ー応神の3天皇は、古代天皇の中で、別格的に扱われている。


                               (要約、終わり)
*********************************************************************

この方は、「神武=フツ=ニギハヤヒ=フル=沸流=応神」とし、
「(応神天皇の)生まれとはその国に初めて登場した意味がある」というのは、
全てを同一人物にされているから。


ARIONが言う
沸流は、「スサノオの父フツの曽祖父に当たる男」であり、
フツは、「スサノオの父フツ」
フルは「ニギハヤヒ(スサノオの子)」だと思われます。
(すべてを同一にするには、時間的にも無理があるような)

とすれば、「神武=ニギハヤヒ=フル=応神」。

さらに記紀の「九州生まれの応神」は、
ニギハヤヒと、その皇子とを一緒くたにしているのだと思われます。
(意図的なものかどうかは分かりません)


崇神天皇(第10代)=御間城入彦五十瓊殖天皇(ミマキイリビコイニエノスメラミコト)
この倭風諡号の中に「五十」の名があります。

「五十」は「イソ」
(「二つの伝承 3 五十猛命 と 「儺の国の星」再販」)

に記しましたが、イソノカミである「磯の神」ニギハヤヒを差します。
石上神宮は「イソノカミ」神宮であり、
伊勢神宮も元は「磯宮(イソミヤ”)」と呼ばれていました。

崇神天皇の名は、饒速日命を示唆していると思われます。


また、那珂川市の住吉の元宮「現人神社」の住吉神は饒速日命。
「人(神功皇后)の前に初めて姿を現した」からというその名。

そのまま、彼が最初の天皇である「現人神」であったからなのかもしれません。

地元では「あらひとさん」と呼ばれています。
彼はここに本当に存在していたのかもしれません。

やはり、そうだったのか、という気持ちです。

                  .

(「日本の真相 5 ~全は一つ~」 へ つづく )

 

*福岡県久留米市の高良大社の「高良大祭」(5年に1度)が
 次の日曜日(10月14日)に。
*那珂川市の「現人神社の流鏑馬」が10月21日に15時からあります。
 (車はミリカローデンの駐車場へ)    

      .

 

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2018年10月 9日 (火)

日本の真相 3.5 番外 ~神との婚姻~

( 日本の真相 3 ~マナの壺~ の続き)


この回は、ここまでの私の考察です。

「真氏の筆頭は息長真人(オキナガノマヒト)」
それが初代、天皇である応神天皇の名。

そして、「日本の真相 2」にある”騎馬民族”秦氏”の王、真沸流が、
東シナ海を渡って九州物部王朝に渡来”し、
彼が、ARIONが言う
”紀元前の話、スサノオとその父のフツの曾祖父に当る男は
海路で日本へ向けて行くグループの首領”

ならば・・・。

饒速日命。
彼こそ、初代天皇だと思います。
         (「新嘗祭 と 住吉神 と ニギハヤヒ ~その1~」)
         (「新嘗祭 と 住吉神 と ニギハヤヒ ~その2~」)  
         .
応神天皇の母は、オキナガタラシヒメである神功皇后。
饒速日命が初代天皇ならば、彼女はその妃、ミカシヤ姫になる。

ならば、「応神天皇」は二人の皇子というウマシマジ命か。
それとも、親子でその名を継いだのか。

または、饒速日命自身で、後の世に「神功皇后の子」という位置づけにされたか。


                       *
ミカシヤ姫は、大和、奈良にて天の鳥船で飛来した饒速日命と出会い、
后となっていました。
確かに饒速日命は「北部九州から大和へ」やってきて、
ミカシヤ姫と「大和で出会っていた」のです。
         (「古代奈良の夢  ~前世 4~)」


・・・そうか。
ミカシヤ姫が神功皇后ならば、それ以後は、
「神功皇后」としての伝承とされたのでしょう。
                 .

”神功皇后は、九州北部へと「熊襲」を退治しに行きます。
 そこで夫である「仲哀天皇」は、神託を信じずに崩御します。
 その時、すでにお腹に子を宿していました。”

それが誉田別命。
後の応神天皇です。

一説では、その子は神託で現れた神、住吉神の子とも言われています。
住吉の神は、高良の神である饒速日神。

こちらにある高良の伝承には、住吉の神と神功皇后は夫婦だとあります。
その神は饒速日神だと辿り着きました。
         (「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)
         (「神の鉾 4 ~天照の分御霊~」)  
    .
・・・「仲哀天皇」が、始めから架空のものであったとしたら。
伝承の中での神功皇后と住吉の神との強い繋がりもうなずけます。


                 *

また、日本書記では神功皇后を「魏志倭人伝」の「卑弥呼」になぞらえてました。

こちらの伝承から、二人(神功皇后とミカシヤ姫)は「日甕」、ヒミカではないかと。
          (「高良の神と日甕」)

櫛甕玉比古とも呼ばれる彼。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日命。
彼が後世において「神」とされていたのなら。

古来、神との婚姻は、人のそれと同じとはみなされません。
ヒミカは「神に仕える巫女」として独身のまま、神と添い遂げることになるのです。
                  .

                       .

また、神功皇后の妹とされている豊玉姫。
卑弥呼の宗女(後継ぎ)とされたトヨ。

(ヒミカには血の繋がっていない弟がいました。
 高良の伝承にある神功皇后と住吉の神との子9人は(本当にいたとしたら)、
 その子達も含まれているのだと思われます)

この二人は同一人物なのかもしれません。
ミカシヤ姫と神功皇后がそうであったように。

トヨが後継ぎならば、饒速日命達の子、ウマシマジ命(二代目応神天皇)と
婚姻したということになる。

もしかすると、北部九州から大和へ向かった「神武天皇」とされる人は、
こちらの方なのかもしれません。
(一度目は饒速日命、二度目のこと)

伝承の神武天皇は大物主(饒速日命)の娘ヒメタタライスケヨリヒメを
后としているのです。

・・・もしかすると魏志倭人伝が記す「(卑弥呼死すの後の)倭国争乱」の時に
大和に入ったのがこの二人なのかもしれません。

*書物や伝承により、様々な「年代」が設定されていますが、
今の段階に於いて、確かなものは無いように思います。


高良の伝承や香椎宮の伝承では、「三韓征伐は200年代初め」頃とあり、
卑弥呼が使者を送ったという年代と近いのでは。
(そもそも、三韓征伐は無かったのではないか)

                 *

では、何故、饒速日命がそのまま”初代天皇”であってはいけなかったのか。  
天皇家は初代天皇である饒速日命の直系ではないということか。

しかし、その妃ヒミカであるミカシヤ姫が、仲哀天皇の后、神功皇后とされていた・・・。

「応神天皇」が饒速日命であるか、饒速日命とミカシヤ姫の子ならば、
天皇家はそのまま「直系」でよいはず・・・。
                
                  *                 

伝承では、仲哀天皇はこちら(福岡)に来たあと、住吉の神により崩御されます。

その後、神功皇后は住吉の神と行動を共にします。
(この後の武内の宿禰の(超人的な)伝承は、住吉の神によるものだと思われます)

住吉の神が饒速日命であるのなら、高良玉垂の神秘書の記述や
こちらの伝承が、二人を知る上では一番真実に近かったのかもしれません。

                 *

ではなぜ、「彼ら」の存在自体を消してしまうことはできなかったのか。
記紀などの伝承は、饒速日命との縁をほのめかしています。

☆「東遷してきた神武天皇」は、姫踏鞴五十鈴姫命と婚姻。
 彼女は、事代主と三島溝咋姫(玉櫛姫)との娘。
 三島溝咋姫の父が三島溝咋耳命、さらにその父が大山祇。
 大山祇の神は九州から来たとされ、三島の名も饒速日命に深く係わりがあります)
         (「三島神社 ~奈良県~」)
 また、櫛玉姫は、饒速日命の后、ミカシヤ姫の名でもあります。
         (「櫛玉比女命神社  ~奈良県~」)
  
 古事記では、三輪山の大物主と、セヤダタラ姫との娘、
 ヒメタタライスケヨリ姫。
 三輪の大物主は饒速日命。
 
       ということは、父は大物主である饒速日命、
       母は三島溝咋姫(玉櫛姫)であるミカシヤ姫だと示唆しているのでは。
       ミカシヤ姫が三島。
       (饒速日命・布留神)が祀られている社に「三島神社」があります。
                これは偶然ではありません。

       この二人の娘が(血の繋がりが無い)、神功皇后の妹ともされる豊玉姫、
       トヨか。
       
       
☆仲哀天皇は大活躍をしたヤマトタケルノミコトの子とされています。
 神功皇后を后とし、北部九州への熊襲征伐の前に崩御。
 神功皇后には、応神天皇が宿る。
 三韓征伐の折、住吉の神と出会う。
 住吉の神は饒速日神。


饒速日神のように各地に伝承(婚姻譚含む)を広め(あるいは作り上げ)、
各地の正統性を誇示する必要があったのかもしれません。

また、各地にはそれぞれの伝承があり、それぞれに活躍した人達がいた。
その人達が天皇家と縁のある人達とし、その生きた証を残しておきたかった
のではないかとも思うのです。

                     *

那珂川市にある住吉の元宮「現人神社」の神は住吉神。
現人の神は、大事の際に人の前に姿を現し、神通力を振るう神と言われています。
即ち、再来する神。
そうでした。
歳神さまも稲の様に季節の巡りにより生まれ変わりをする神。

ARIONは、確かに「饒速日命の再来」を待ち望んでいました。


               *

現人の神(住吉神)も歳神もニギハヤヒ。
再来、生まれ変わりをする神。

そう伝わっているのなら・・・。

重要なのは、「神の血脈」なのではなく、その「魂そのもの」。

それが、「ニギハヤヒ」達が、否定され続けた本当の理由なのではないか。

                .
                    .
次回は、「日本の真相」に戻ります。
                    .

(「日本の真相 4 ~3人の天皇~」 へ つづく )

 

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2018年10月 6日 (土)

日本の真相 3 ~マナの壺~

( 日本の真相 2 ~同化~ の続き )


「日本の真相」は、この後、イスラエル教やヤハウェに関すると思われる
「契約の箱アーク」「アロンの杖」「マナの壺」の名が出ます。

もしかすると、そのものの性質(または暗示)を表しているのかもしれません。

                  *

例えば「マナの壺」

マナは神の食べ物。
壺は甕。
神への供え物をする器。

その「マナの壺」は籠神社にあった・・・とも言われています。


京都、籠神社のご祭神は天火明神。
(「二つの伝承 9 ~日の神 と 月の神~」)

海の満ち引きを操る玉を持つ月神でもあり、
外宮の宇迦之魂神。
内宮の神に食べ物を供える神。

稲荷神にあり、歳神さまです。
歳神、オオトシの神は、ニギハヤヒ。
天火明神です。

かの神は、天照国照饒速日神である、天照。
月神であり、内宮の日神でもある神です。

日月の神であるウシトラコンジンの神。

ニギハヤヒには、櫛甕玉饒速日神の名がありました。
彼は八幡さま。
ヤハウェに繋がります。


「マナの壺」
それが神の食べ物を捧げる器、甕(みか)であるなら、それが暗示するものは、
櫛甕玉饒速日神ではないでしょうか。

偶然というには出来過ぎです。

                *

様々な事柄が、ある時は何かの例えとして、ある時は象徴として、
言葉遊びのように隠され、繋がっていると感じてます。

その事柄が、何を示しているのか。
それは「表に現れている名や事象」をただ見ているだけでは得られないと思います。

引っかかる箇所はありますが、
以下、「日本の真相」より要約です
http://g-village.net/iyasaka369/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B8.pdf

****************************************************************

(3)大和朝廷

失われた十支族の流れを汲む騎馬民族(*秦氏と呼ばれる)の大王、
真沸流が東シナ海を渡って九州物部王朝に渡来。

そこで、真沸流は婿入りし、物部王朝の大王となる。
すなわち、絶対神ヤハウェ=天之御中主神となる。
すんなり婿入りしたのは、同族ということと、ユダヤの三種の神器の一つを
持っていたから。

古代物部王朝で、海部氏と尾張氏の勢力が強かったのは、
彼らが「マナの壺」と「アロンの杖」のどちらか、あるいは両方を持っていたため。
そこへ、真沸流がもう一つの神器を持ってきた。

尾張氏が「アロンの杖」を持っており、そこに真沸流が「マナの壺」を
持ってきたと考えるのが自然である。
 

「マナの壺」は失われた十支族の中のガド族が継承したという言い伝えがある。
ガド族に、ヘブライ語で~出身という意味がある「ミ」を付けると「ミガド」
すなわち「ミカド=帝」であり、天皇のことである。
よって、真沸流はガド出身であり、「マナの壺」を持っていたので騎馬民族の
大王たることができた。

そして古代物部王朝に婿入りし、最初の天皇”応神天皇”となった。

日本の出自を記した「新選姓氏録」の序文には、
”真人は是、皇別の上氏なり”とあり、天皇の姓は”真氏”であるとしている。
天皇家にも姓があった。

また、真氏の筆頭は息長真人(オキナガノマヒト)であり、
”誉田(ホムダ)天皇より出づ”とある。
誉田天皇とは、第15代応神天皇のことである。

つまり、応神天皇は真氏であり、それ以前の天皇は架空ということになる。

                                              (以上、要約終わり)

****************************************************************

ヤハウェという絶対神の存在。
それは、「唯一無二」のもの。

裏を返せば、「この者が神である」と疑いなく思う事が出来たのなら、
その存在を「唯一神、ヤハウェである」と受け入れることができるということです。

そのものが別の土地での神(例えば)「天之御中主神」と呼ばれるものならば、
「天之御中主神」という名で呼ばれることにもなるのです。

九州に先にいた物部氏に婿入りした「真沸流」。
これはARIONの話とよく似ています。
(物部、尾張、などの名もこの頃にあったとは思えませんが、それには
 とらわれずに進みます)

(「儺の国の星」~物部一族とARION~」)
から 日本の真相 2 のARION語録の引用の続きです。

*************************************************************

 スサノオの父フツは出雲でスサノオを生んだんだよ。
陸路で先に入っていた仲間はイザナミ・イザナギと呼ばれる人々が有名だね?
彼らはヤマト原人を制定し、九州に強い国を築き始めていた。
そして海路のグループが携えて来た、いわゆる『十種の神宝』を要求していた。
何故ならば、この神宝を持つ者が日本のスメラとなる事が決まっていたからだよ。

そこで首領の血を引くフツはスサノオを諸国制定の雄として
送り出すことにしたんだ。
その頃、九州にはイザナミ・イザナギの国があった。
彼らの長女はアマテラスという名前の、たいそう賢く強い女性だった。

 フツの死後、スサノオは彼の器量を全て受け継いで生まれた第5子のトシを
伴い九州を制覇にかかっていた。
イザナギ・イザナミはスサノオの強大な力と知恵に恐れを成して、
娘であるアマテラスをスサノオに差し出すことによって同盟を申し出てきた。
アマテラスは既に結婚してはいたが当時には一夫一婦制の掟はなかったので
スサノオとの婚儀には問題はなかったんだよ。

************************************************************

二つの話には違いがあります。
*「日本の真相」の”そこで、真沸流は婿入りし、物部王朝の大王となる。”
*ARIONが言う”九州王朝がスサノオにアマテラスを差しだした

ARIONの言葉が近いとすれば、
「日本の真相」の方は、幾つかの話が混ざっているのかもしれません。

スサノオの父はフツ。
すでに真沸流から代替わりをしていたのだと思われます。
「日本の真相」にある、この辺りの「応神天皇」は騎馬民族の王、
真沸流ではないのです。

そして、彼らに近い人物がもう一人、土地の人と縁を結んでいます。
大和に天の鳥船で飛来したという「饒速日命」。
スサノオの第5王子だという「トシ」です。

ARIONはこのように続けてます。

 

 スサノオ、トシの親子は九州を制覇し瀬戸内海沿岸を制覇した。
成人し経験を積んだトシはオオトシと呼ばれる様になっていた。
既に年を取っていたスサノオはオオトシに『十種の神宝』を手渡し、
ヤマトの国に入る様に伝えた。

 ヤマトの豪族ナガスネヒコはスサノオ親子との親睦を深める為に、
彼の妹をオオトシに差し出した。


オオトシさま。
大歳神、稲荷神、宇迦之御魂神でもあるニギハヤヒ命。

この上記にある「マナの壺」に通じます。

おそらく、九州王朝と縁を結んだのはスサノオ。
大和の地と縁を結んだのが饒速日命だと思われます。

                      *


「真氏の筆頭は息長真人(オキナガノマヒト)」
それが初代、天皇である応神天皇の名。

饒速日命。
彼もまた、初代天皇と言われています。

二人は同一人物か。

 

ずっと疑問だったのですが、八幡の神は誉田別命である応神天皇とされています。
しかし、宇佐神宮の伝承には「我は饒速日神である」という記述があります。

もしかすると「応神天皇」は、饒速日命でもあり、誉田別命でもあった。
それは二人は親子であり、「応神天皇」の名をその子、誉田別命が継いだ。
ということかもしれません。

                 *

そして、ここに来て出た「オキナガ」の名。

オキナガ姓がつく人が他にもいました。
オキナガタラシヒメ。

応神天皇の母、神功皇后です。

夫婦でも親でも「オキナガ」の姓は同じです。

「応神天皇」が二人のことならば、誉田別命の母、神功皇后は、
饒速日命の妃であるミカシヤ姫、だということにもなります。




日本の真相 3.5 番外 ~神との婚姻~  へ つづく )

 

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2018年10月 1日 (月)

市になりました!

福岡県那珂川市。

昨日まで「筑紫郡那珂川町」だった私の第二の故郷が、今日から市になりました。

 

Narutake26_2
おめでとう!(*^-^*)

今まで色んな土地を流転して、ようやく辿りつけた故郷。
暖かく優しい人と土地。

様々な人を受け入れ、生まれた国が違っても、お互い幸せに暮らしていける土地。
祭りも盛んで、今も神と共に在る土地。

単独で市に昇格するのは本当に大変なことだそうで。
それでもあきらめずに尽力してきた、町を愛する方々のおかげです。

ここに辿りつけた私を誇らしく思います!
生まれ変わってもずっとこの町で暮らしたい。

ここに在ってくれて、ありがとう!

 

 

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