高良大社 * 神幸祭 ~福岡県久留米市~
昨日は高良大社の神幸祭でした。
昔は50年に一度、近年は5年に一度の祭りです。
天気は快晴!
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6時前に家を出て着いたのが7時過ぎ。
高良山の頂上にある公園の駐車場に車を止めて、8時過ぎに下山。
中腹にある大社では、神事が始まっていました。
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お社の中に入れた神輿に御魂移し。 .
ほんとにいい天気!
大社からの眺めです。
久留米の街が一望。
向かいの山は脊振山系です。
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神輿が出てきました。
担がれているのは自衛隊の方々だそうです!
頼もしい~!
春になると高良の山の車道を一気に駆け上がる訓練をされてます。
それもすっかり恒例行事。
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トラックに神輿を載せて、麓まではこれで運びます。
さすがに危ないですからね~。
ってことは、トラックが下に着くまでにうちらも下山しないと!
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神様出張中のお宮を参拝。
気配を感じたので、「すべて」行かれるわけではないようです。
気配と言えば、担がれた神輿が側を通った時、
一瞬、くらっとするくらいの強い干渉がありました。
この時だけだったので、何か分からないのがもどかしい。
トラックを見送った後、山道を一気に下山。
ほぼ石段の比較的整備された道なので、そこそこ歩きやすいです。
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山道途中にある「式内伊勢天照御祖神社」
ここにも参拝。
いつもは40分はかかる道を20分で下山。
麓の鳥居に着いたらほどなく、トラックが降りてきました。
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少し先の小学校の前辺りでは、隊列を組んで大勢の人が待っていました。
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神輿を台車に載せて、出発です。
9時始まりで、縁のある神社を巡って町を練り歩き、15時まで。
今回は娘と行ったので、どうするか聞いたら、最後まで行くと。
そんなに体力ない(宝満山が6時間(うちの倍)かかる!)ので、
多分1時間付いていくくらいがいいところかと。
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神輿は人が引いてる時が一番輝いてる(台車に載ってても)。
屋根の神紋は高良玉垂神の紋。
八幡神と住吉の神の神紋も施されているそうです。
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ほどなく、初めの休憩地点でもある、味水御井(うましみずみい)神社へ。
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念願の兜に会えました。
右手前が「高良玉垂神(木瓜・もくこう)の兜」
左手前が「八幡神(右三つ巴)の兜」
奥が「住吉神(五・七桐)の兜」です。
「現人神社」の神紋は三つ巴。
住吉の神さまですが、八幡さまと同じです。
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ここで青空のもと、神事。
あれ?いつの間にかど真ん中にいる^^;
この神事が終わった辺りで10時半。
娘がもういいよと満足げなので、帰ることに。
うちも兜見られたし、神事も堪能したので大満足。
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隊列より先に次の神社へ行って、そこから高良山を登ります。
皆さん、ありがと~!
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高良御子神社(通称、坂本神社)。
前回、来た時にスマホのバッテリー切れで写真が撮れなかったところです。
また来るねと思ってたのが、こんなに早く来られるとは。
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高良大神と神功皇后との御子、九人が祀られています。
九体皇子。 .
(クリックすると拡大されます) .
神輿が階段下に到着。
ここで折り返して、次の神社に向かうようです。
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境内にある別の宮。
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「高良御子神社境内社」
ご祭神は大己貴命(大国主命) 少彦名命。
大己貴命は、ニギハヤヒです。
天照神を祀るお社もあります。
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ここから、山道を登山。
正面参道と違ってこちらはほんとの山道。
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不動明王像。
高良山も全体が霊山でした。
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中腹の高良大社に着きました。
ここで力尽きた娘。
待っててもらって、うちだけ頂上の公園にある車を取りに行くことに。
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上に行く前に。
お社の裏にあるお宮が開いていて、他の神輿が見られました。
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住吉さんのお神輿。
神紋が「五・七の桐」
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八幡さまのお神輿。
神紋が「右三つ巴」
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そして今お出かけ中の高良玉垂神のお神輿の神紋は、
「竜の丸と横木瓜」
あれも神紋だったのか!
朝、くらっときたのは、お神輿の壁にあったその「模様の竜」と「目が合った」時。
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お社の側にある神籠石(かごめいし)。
後はひたすら車道を走り、頂上へ。 .
途中の奥の院の鳥居。
娘を待たせてるし、距離があるので今日はパス。
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それでも頂上には立ち寄る。
高良山山頂312M。
5年に一度の神幸祭。
ほんとは去年開催予定だったのですが、改修工事があった為に今年になりました。
去年ですと知らなかったので見られてませんでした。
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高良神と神功皇后が暮らしたという高良山。
やはり、高良の神は饒速日命?
神功皇后はミカシヤ姫・・・ヒミカなのか?
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立派なお神輿ですね~
祭りは5年ごとに行われるのですか?
昨今はこちらでは人口減少が進んでいて、祭りを行うにしても
大変な状態です。先ずは子どもがいない、従って継承されてきたことも
出来ない等、大変な状態になっています。今後、祭典をどうしていくか
今月にまた話し合いが、俺たちの地域では行われる予定です。
投稿: でんでん大将 | 2018年10月15日 (月) 18時13分
でんでん大将さん、コメントありがとうございます^^
50年に一度が5年に一度になったのは最近の様です。
時代に合わないとか、継承できないとか、そんな理由です。
このお祭りもあまりまだ知られていないようで、見ている人も
あまり多くはなかったです。
奈良のおんまつりを見てるだけにちょっと寂しいなと思いましたけども、
あくまでも神様の為の祭りのようです。
ここも担いでるのが自衛隊の方々でした。
側に地元の方がおられて言われてたのですが
「じいちゃんばっかりで、あの人達がいないと担げないよ」と。
近くに自衛隊の基地があるようで、全面的に協力して下さっているようです。
それでも隊列は町の方々で、楽しんでされてるようでした。
祭りは人を繋げます。
継承していって欲しいですね
投稿: 弥沙 | 2018年10月15日 (月) 20時07分