神功皇后 と 登山 と 裂田の溝 ~その1~
今まで登った福岡の山の内、神功皇后が登ったと伝えられている山が
いくつかあります。
(地図はグーグルマップより)
(9の浮嶽から、7の目配山まで、今の道なりで約76キロです)
福岡市を中心に見て、
北(北東)に1「若杉山」、2「遠見山(神路山)」
東に3「宝満山」、4「四王寺山」、
5「大根地山」、6「砥上岳」、7「目配山」
西に8「雷山」、9「浮嶽」、10「叶岳」
(叶岳は上まで登ったかどうかは分かりません)
そして南に11「脊振山」
まだあるようですが、自分が登った中ではこの山々です。
(13が伝承にあった基山です)
福岡に残る伝承の中では、そのほとんどが身重で登っているとされています。
日本書記では、
香椎宮での仲哀天皇の崩御(応神を宿していることを知る)
↓ .
熊襲征伐(羽白熊鷲)
↓ .
三韓征伐の後に出産。
となっているので、この期間の伝承では妊娠中だということです。
妊娠中に山登り?
実際はどんな山なのかと知りたくて(という思いもあって)登ってみました。
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2の「遠見山」(詳細はリンクへ)
その山頂には、神功皇后が遠見をする為に、仲哀天皇と登ったとありました。
(伝承を信じるとすれば)ということは、妊娠する前。
そんなに急でもなく登りやすい山でした。
普段靴でも登れます。
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「羽白熊鷲に関連するもの」
5の「大根地山」から東に向かって、6「砥上岳」、7「目配山」。
そして、13の「基山」。
まず、伝承が残っていた神社があるのが13の「基山」(荒穂神社)であり、
羽白熊鷲は「基山の東」にいたと伝えています。
この伝承を考察したのが「二つの伝承」です。
羽白熊鷲は今の「冷水峠(したくらつくしのさか)」に出た「命尽くしの神」。
その根城が秋月(7の目配り山の右にあるオレンジの星の場所)。
「大根地山」
羽白熊鷲を鎮める為、その山頂に天神7代、地神5代を祀った。
「砥上岳」
三韓征伐の折、ここに群衆を集い、兵器を砥がせた。
山頂には武甕槌神が祀られています。
(「二つの伝承」に記載しましたが、これらは羽白熊鷲に関するもの)
「目配山」
神功皇后が「目を配った」
これは「敵」が側にいるからする行為です。
秋月に本拠地があったと伝わっていますが、そのちょうど横にあります。
目を配ったと云う「敵」は、羽白熊鷲の本拠地のことだと思われます。
(また、麓の「大己貴神社」には三韓征伐に行く前に兵が集まらなかったので
ここにお宮を建て祈ると集まった、とあります。
麓と言ってもこの神社は上の地図の「朝倉」の字の朝の上辺りです。
このお社の伝承も三韓の為ではなく、熊鷲の為の兵ではないでしょうか)
この三山に関して、それほど険しい山ではなかったので
100歩譲って「登れなくはない」ですが、負担は大きいと思います。
羽白熊鷲に関連する伝承の山は、この一帯にあります。
ですが、8の「雷山」にも「羽白熊鷲」の伝承があるのです。
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( つづく )
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