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2019年1月31日 (木)

雷山~井原山 周回 その1

一度登った雷山。
(「前の記事」)
井原山へ周回できる中腹路があると知って行ってみました。

雷山駐車場~中腹路~井原山~山頂~縦走~雷山~下山を予定。
                         .Raizan40
雷山自然歩道入り口。
                       .Raizan41
ここから先、中腹路への取り付きから崩壊してたりと、先が分からない。

30分ほど探しても分からず、山ナビのヤマップにも軌跡が無いので諦めました。
予定していた反対回りで、雷山から井原山に縦走して下山した後、
大回りして車道で戻ろうと決定。
7時40分頃、登山開始です。
                           .Raizan42
雷山も井原山も脊振山系なので結構、きついです。
ここを身重なんて無理。
重ね重ね確認 ^^;
                      .                         .Raizan44
途中にある雷山神社の上宮。
神功皇后が天神七代、地神五代を祀りました。
おそらく「雷山に出たと言うもの」を退治する為に。
                         .                     .Raizan45                          .
展望台からの眺め。
糸島の町と海が一望です。最高~!

でもここは昼過ぎないと日が当たらないみたいです。
寒い。                               .

Raizan47
この辺りが層増岐野らしい。
                      .Raizan48
ここから霜柱がありました。
真っ白~!
地面を踏む度、さくさく音がします。
                      .Raizan49_2
雷山山頂 954.5m。
Raizan50
佐賀方向(南)です。
                         .Raizan51
ここからが前に来た時に行きたかった井原山への縦走路です。

Raizan52                              .
春になると花が咲き誇るそうです。
この季節でも気持ちいい~!
                                .Raizan55                                  .
「冨士山」と書いてふじさん。
何でふじさん?
最近付けられた名だそうです。
Iharayama13
井原山が見えてきました!
この縦走路は最高に気持ちいい!と皆さんが言われるのが良く分かりました。
いよいよ井原山です!


( つづく )

                                .

 

 

2019年1月27日 (日)

日本の真相 20 ~神・神功皇后の分魂~ 

(前回の続き)

一柱の神を、名前を変えて分けることを「分魂(わけみたま)」という。
日本の真相 1」にそうありました。

饒速日命は多くの名に変えられて広がったのです。

                     *

前回の「日本の真相 19」に記した筑紫の神社には、
「饒速日命」の分魂である名が並列されています。

日本の真相で繰り返し記載されている、八幡大神、応神天皇も彼ならば、
以下の天照を祀るお社に”在る”のも頷けます。

天照神社(天照宮) ~福岡県宮若市~

 天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
 八幡大神、春日大神、応神天皇、天子児屋根命

久留米のお社には「伊勢天照」とあるのに、饒速日命の名で祀られています。

伊勢天照御祖神社 ~福岡県久留米市~

 天照国照彦天火明尊(饒速日命)

               *

その筑紫には、かの神が祀られているお社の数多に、
一緒に祀られている神の名がありました。


☆「筑紫神社」の  
 寳満大神・玉依姫命(たまよりひめのみこと)

荒穂神社 ~佐賀県三養基郡~
 宝満大神                   

荒穂神社 (天拝山)
 宝満大神、香椎大神              

太祖神社 ~福岡県糟谷郡篠栗町~
 聖母大神、宝満大神                         

若杉山 その3 ~太祖宮 上宮 福岡県~
 神功皇后(聖母大神)、玉依姫                        
   
飯盛神社 ~福岡県 福岡市西区~
 宝満神(玉依比女命・たまよりひめのみこと)                               

春日神社 ~福岡県田川市~
 姫大神(ひめおおかみ)                                 

砥上岳 1 ~砥上神社~
 神功皇后                 
       
宝満宮 竈門神社 ~福岡県太宰府市~
 玉依姫命、神功皇后
              

そして、

志賀海神社 ~福岡県~

 左殿 仲津綿津見神。
 左相殿 神功皇后。

 中殿 底津綿津見神。
 中相殿 玉依姫命。

 右殿 表津綿津見神。
 右相殿 応神天皇。
    
ここにもその名がありました。

”わたつみ”が海神であるなら、「綿津見神」は住吉の神と同神。
ならば、この玉依姫も「神功皇后」です。
              .

日本の真相 15」にあるように市杵島姫も彼女なら

脊振神社(下宮・上宮)
 市杵島姫(弁財天)

市杵島姫は宗像三女神の一柱。

宇佐神宮  ~大分県~
 八幡大神、比賣(ひめ)大神、神功皇后

 比賣大神は宗像三女神とされていますが、神功皇后でもあるのなら、
 分魂としてここに祀られている意味が分かります。

宗像三女神は、イザナギの禊の時に住吉神三神と共に生まれた神でもあるです。

またそうであるから、田川の春日神社に祀られている「姫大神」も
神功皇后なのです。
お社の伝承からもそちらの方が自然です。

神功皇后、宝満神(玉依比女命・たまよりひめのみこと)、
聖母大神、香椎神、姫大神、市杵島姫・・・。

そして、
宮地嶽神社の息長足比女命(おきながたらしひめのみこと)・・・。
                 

並列されているから皆同じ神だということもありません。
後の合祀もあると思われます。

ですが、少なくともここに上げたのは、皆<神功皇后>だと思われます。

「高良玉垂宮神秘書」にある、
高良の神(住吉の神)と夫婦となり、行動を共にしたと言う

 <神功皇后という名にされている人(神)>

              

(「日本の真相 21 ~住吉大社~」 へ つづく )

 

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2019年1月26日 (土)

絆の龍

龍は二つのものを繋ぐ役目があるそうです。

 

そう言えば、ずっと昔こんな夢を見ました。

(「白龍と青き龍の夢 」)


自分だけが乗っている電車が静かに走ってます。
右手には海。
窓の外は人気がまったくない荒れた田んぼや家。
 
「あれから誰も住めないんだ」

そう感じたその光景の中で。

大地の中から巨大な水柱と共に、真っ青な龍が現れました。
空から現れたのは、真っ白な龍。


2体の巨大な龍が、大地から空へ、空から大地へと、
互いに体をくねらせながら、潜っては現れて、それを何度も繰り返していました。


「これは、大地を浄化している。

人の住めなくなった大地を、二頭の龍はきれいにしている。

”空の気”と”地球の気”を大地に送り込んで、混ぜ込んで・・・

そうして、また人の住める大地に戻そうとしているんだ。」


そう夢を見て感じたその光景は、その何年も後になって
TVの画面で再び目にすることになりました。

福島の海の側の光景です。
                    .

<龍は二つのものを繋ぐ役目がある>

それが真実ならば、あの夢はきっと現実の光景です。                  .
ようやくあの夢の意味が分かりました。
                  .

汚れてしまった大地と、広大な空と。
人の願いと、神の慈悲。

あの龍達はきっと、今でもあの空の下で。
大地と空を混ぜ込んで、元の大地に戻る日まで。
人の願いを糧にして。

願いがある限り、そこに存在しているのだと思います。

いつか人に還すその日まで。

             .

 

 

2019年1月24日 (木)

日本の真相 19 ~神・饒速日命の名~

(前回の続き)
 
神の名を変えることは、その神の可能性を広げることでもあります。
部族の祖神として、その名に込めるのは、それぞれの部族の願い。
名が変わっても同じ祖神を持つ一族。
だから饒速日神は、これだけ多くの部族に支持されてきたのかもしれません。
かの神はそうして名を変えられ、様々な土地へ広がり、祀られたのだと思われます。
                           .

饒速日命=天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊=高良神=住吉神
=加茂(鴨)神=金山彦=志賀大神=春日神(武甕槌神)=歳神(年神)
=宇迦御魂神=五十猛命=磯神(安曇磯良神)=石上神(奈良の)=布留神
=磯神の宮であった磯宮(伊勢神宮)=天照大神など

そうしてみると、こちら(福岡)にある神社に祀られている神が説明できます。
                 .

☆「筑紫神社」の御祭神は、

  筑紫の宮・白日別神(しらひわけのかみ)「筑紫国の国魂神」
  五十猛尊(スサノオ尊の御子神)
  寳満大神・玉依姫命(たまよりひめのみこと)

白日別神は筑紫国の国魂神であり、筑紫国神は高良の神です。
また、高良の神は、饒速日命。
            .

荒穂神社 ~佐賀県三養基郡~

  瓊々杵尊、鴨大神、八幡大神、春日大明神、
  住吉大明神、五十猛命、宝満大神

荒穂神社 (天拝山)

  瓊々杵尊、宝満大神、香椎大神、八幡大神、五十猛大神
  春日大神、住吉大神

太祖神社 ~福岡県糟谷郡篠栗町~

左殿 天照皇大神 志賀大神 住吉大神
右殿 八幡大神 聖母大神 宝満大神

                      .

若杉山 その3 ~太祖宮 上宮 福岡県~

中央に伊弉諾(伊邪那岐・いざなぎ)命
    右に神功皇后(聖母大神)、八幡大神、玉依姫
    左に天照皇大神、志賀、住吉大神。


飯盛神社 ~福岡県 福岡市西区~

祭神は、本殿に伊邪那美命
                                             .
相殿に宝満神(玉依比女命・たまよりみめのみこと)と
     八幡神(誉田別命・ほむたわけのみこと))

中宮社に五十猛尊(いそたけるのみこと)

              .

春日神社 ~福岡県田川市~
(饒速日命降臨の地とされてます)

ご祭神は、武甕槌命(たけみかづちのみこと)(春日、常陸の神)
       布都主命(ふつぬしのみこと)(石上神宮の神)

       豊櫛弓削遠祖高魂産霊命(とよくしゆげのとうそたかみむすびのみこと)
       天津児屋根命(あまつこやねのみこと)
       姫大神(ひめおおかみ)

    神世の昔、豊櫛弓削遠祖高魂産霊命則ち、高皇産霊命三世孫、天日
    鷲翔矢命と御子の長白羽命は天磐樟船(あまのいわくすふね)(古き
    伝えで御社より申酉方の凡十余丁に船尾山有り、是即神の乗らせし
    磐樟船山と成る古跡也)
    で二神天降り座して此里に住給いて常に弓矢を造らせ給う成り。
     (案内板より)


(天磐樟船(あまのいわくすふね)は、天鳥船。
饒速日命が乗って来たとされる船)
                             .

天照神社(天照宮) ~福岡県宮若市~

天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
八幡大神、春日大神、応神天皇、天子児屋根命

(天津児屋根命、もしかすると饒速日命なのかもしれません)

高良玉垂宮

 高良玉垂命、八幡大神、住吉大神

大善寺玉垂宮 ~福岡県久留米市~

 玉垂宮(藤大臣)、八幡大神、住吉大神             
 玉垂宮は藤大臣であり、高良の神でもある高良玉垂宮大菩薩です。
                                     .

目配山 1 ~大己貴神社~

ご祭神は大己貴神、天照皇大神、春日大神。

このお社は「三輪大明神」ともいわれ、「大神さま」
「おんがさま」と呼ばれています。
大己貴神は、大神神宮(奈良の三輪山をご神体と祀る)の神。

大国主さまとして、境内に像があります。                 .

砥上岳 1 ~砥上神社~

ご祭神 神功皇后
     八幡大神
     住吉大神(表筒男命・中筒男命・底筒男命)
                      .

そして、                            .

☆宮若市の天照神社(天照宮)

祭神   天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
      八幡大神、春日大神、応神天皇、天子児屋根命

こちらの神社から近くの日吉神社までご神幸があります。

日吉神社 ~福岡県宮若市~

ご祭神は、大国主命。

ご神幸は縁のある神社との間で行われます。
日吉と言えば、猿田彦神や大山祇神が祀られているのが多いのですが、
こちらは大国主神。


福岡県那珂川市にある日吉神社の伝承から、

(☆日吉神社 ~福岡県 那珂川町~  ご祭神が猿田彦神)
日吉神も饒速日命ではないかと辿りつきましたが、
大国主が大物主であり、饒速日命ならば、全て繋がります。

*後に分かりましたが、ここのご祭神は
 大己貴神、天御中主神、など。
 (大己貴神ならば、そのまま饒速日命です。
  地元ではご祭神が猿田彦さんで通ってます)

(「結びの山 ~その14 日吉の神とニギハヤヒ命~ )」

等々、私が参拝した神社のごく一部でもここまであります。
これらの神は饒速日命だと思われます。

                *

・・・これらの神が饒速日命の名を変えたものなら・・・。

ここで浮かび上がるのが、「その神」と共に祀られている神の存在です。


(「日本の真相 20 ~神・神功皇后の分魂~」 へ つづく)

                        .

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2019年1月20日 (日)

日本の真相 18 ~伝承の嘘・本当~

ここまでのまとめにもなります。
           
               *

記紀も含め、伝承には嘘と真実があります。

誰かの都合の良いものに替えらていること。
口伝により途中で変化したこと。
理由は様々でしょうが、年月が経過すればする程、真実を掬い取るのは、
難しくなります。

でもそれは、どんな伝承でもその中に真実が隠されていることでもあります。

           .
先日、知ったのですが、
こちらの筑紫地方で「五十猛命」とされているのは、「ニギハヤヒ命」のことだと
いうのが、最近の有力な説だそうです。

伝承の中の神は、記紀等の名と=(イコール)ではないことがあるのでしょう。
                                          .

☆基山の荒穂神社筑紫神社の神、五十猛命が饒速日命。

両神社のご祭神、五十猛命が饒速日命ならば、
日本の真相 15」にあった加茂(鴨)の神も彼であり、
荒穂神社に併記されている理由が分かります。

 五十猛命=饒速日命=加茂大神です。

「荒穂神社」のご祭神

瓊々杵尊
  鴨大神
  八幡大神
  宝満大神
  春日大明神
  住吉大明神
  五十猛命

 

住吉大神、八幡大神が併記されているお社に、筑後国一之宮である
高良大社があります。

☆高良大社のご祭神は、高良玉垂命、八幡大神、住吉大明神(大神)。

高良の神が住吉神であることは、神社の職員の方から直接お聞きしました。

 高良神=住吉神

 
五十猛命=饒速日命であり、高良の神であるならば、
住吉大神は饒速日命です。
               .

こちらに伝わる「高良玉垂宮神秘書」に、以下の記述があります。

磯良神は大和で40万年、ひたちで40万年、勝馬(かつま、志賀島)で
40万年過ごされた神。
(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~ 」)

つまり、高良の神は、春日神であり、常陸の国の武甕槌神であり、
勝馬(福岡志賀島)の神の綿津見神でもあるのです。


今までの考察からも、物部氏を始めとするそれぞれの部族が、同じ神の名を
それぞれの部族に由来する名に変え、根付いた土地に祀ったことが分かります。

高良神が安曇磯良神であるなのらば、やはりかの神は饒速日命です。

(「二つの伝承 3 五十猛命 と 「儺の国の星」再販」)
(「二つの伝承 8  ~五十猛命と甕依姫~」)

何より、高良山は饒速日命を祖神とする物部氏の勢力地でありました。
高良の神がかの神であることは間違いないでしょう。

                 *                  .

また、私が瞑想中に見た現人神社の神(現人神社の武藤さん)から、
新嘗祭に関わる神の正体が饒速日神なのではと辿り着きました。

(「新嘗祭 と 住吉神 と ニギハヤヒ ~その1~」)

そうであるならば、住吉神=饒速日命

そして、饒速日神の又の名をは
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊。
久留米の伊勢天照御祖神社には、その名で祀られています。

(「伊勢天照御祖神社 ~福岡県久留米市~ 」)

 

高良山の参道にもありました。
(「2度目の高良山 1  ~足跡~ 」)

 

「式内伊勢天照御祖神社」ご祭神 天照大御神。
               .

 

饒速日命が磯神であり、石上神宮、伊勢神宮の神であることは、
(「二つの伝承 9 ~日の神 と 月の神~」)
などで分かりました。

これから導きだされたのが、


饒速日命=高良神=住吉神=加茂(鴨)神=志賀大神=春日神(武甕槌神)=歳神(年神)=宇迦御魂
=五十猛命=磯神(安曇磯良神)=石上神(奈良の)

 

=布留神=磯神の宮であった磯宮(伊勢神宮)=天照大神など

そして、饒速日命は八幡大神であるともされています。

 

「日本の真相」、「儺の国の星」「高良玉垂宮神秘書」や数々の伝承は
これらを解き明かしてくれているようです。

ですが「その全てが真実」ではありません。
ホツマツタエなども例外ではないのです。

筑紫国の神である饒速日神。
物部氏や尾張氏など様々な部族の祖神として、多くの地へ祀られることに
なったのでしょう。

 

筑紫にはそれを証明するかのように、その神々の名が祀られた神社が数多あります。

                      .

(「日本の真相 19 ~神・饒速日命の名~」 へ つづく)

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2019年1月19日 (土)

志賀海神社 ~福岡県~

福岡県の博多湾に突き出たようにある志賀島(しかのしま)。
金印が出土した半島の先にその神社があります。
                       .Shikaumi01                                         .
「志賀海神社」
                  .Shikaumi02                                                    .

ご祭神は綿津見三神。
                               .                        .Shikaumi05                          .
左殿 仲津綿津見神。
左相殿 神功皇后。

中殿 底津綿津見神。
中相殿 玉依姫命。

右殿 表津綿津見神。
右相殿 応神天皇。
                                                  .Shikaumi03.                                                          .

 

Shikaumi07                                                     .
記紀では安曇氏の祖神、奉斎神とされています。

 

Shikaumi04                                                 .
お社の側には「亀石」と「遙拝所」があります。

 

 「その昔、神功皇后が三韓へ出兵される際、正面対岸の打昇浜にある
 亀ヶ池・亀栖池の辺りにて無事凱旋できるよう阿曇磯良丸を通じ
 祈願され、七日七夜のお神楽を奏されました。
 すると黄金雌雄の亀に乗った志賀明神と勝馬明神が御出現され
 皇后へ干珠満珠の玉を授け、船の舵と航路を守り、導いたと伝えられ
 黄金雌雄の亀は亀ヶ池・亀栖池に放たれましたが、後に石となって
 現在の金印公園近くに現れ、寛文十年(一六七一)四月十一日に
 社前に納められました。

 

 遙拝所は右斜め対岸の大嶽神社・小嶽神社と
 正面真東の伊勢の神宮・宮中三殿等を拝します」
                    .

 

Shikaumi06                                            .
この志賀海神社がある場所は「勝馬」。
高良玉垂宮神秘書にその名がありました。
                               

 

                       .
(つづく)

 

 

2019年1月15日 (火)

日本の真相 17 ~安曇磯良神の名の意味~

(「日本の真相 16 後編 ~葵祭 と 住吉神 と 神功皇后」)の続き


安曇氏についての記述がありました。
それは、ずっと疑問だった「安曇磯良神」の名の由来を示していました。


日本の真相 4 から要約します。
http://g-village.net/iyasaka369/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B84.pdf

********************************************************************

 

安曇氏は海部氏に関係の深い豪族。
「古代海部氏の系図」に記載されている。

アズミは厚見、厚海(熱海)、渥美、阿積、阿曇などの文字で書かれ、
あるいはアズミはアマツミ(海積)の約であり、海部の長なるよりの称
(姓氏家系大辞典)という。
安曇氏は海洋系豪族であり、前述の建位起命という海部氏と共通の祖を持つ。

安曇が“アマツミ”の約ならば、籠神社と裏表一体の関係にある大山祇神社の
”大山祇(おおやまつみ)”と対を成していることになり、ある意味、籠神社で
祀られている海神、綿津見神と同一であり、安曇氏が海洋系豪族であることと
矛盾しない。

そして、海部氏と共通の祖を持つことは、同族ということである。
中でも信州の安曇こそ、諏訪大社が鎮座する場所である。

また安曇川は京都府および滋賀県を流れる淀川水系の一級河川で、
安曇川と書いて”あどがわ”と読むので安曇=アドでもある。

ヘブライ語で主の別名はアドーナイ、フェニキア語ではアドーンである。

つまり安曇氏とは、エフライム族=海部氏・尾張氏との関わりが深かった
フェニキアの言葉で”主”を意味する名称。


(*エフライム族とは、物部の中の王族という意味らしい)

*********************************************************************

安曇磯良神(あんとんいそらしん)は、高良大社に伝わる
高良玉垂宮秘伝書」に記載されている高良の神です。

神の鉾 3 ~安曇磯良神~
神の鉾 5 ~月神と二つの珠と十種神宝~

今までの考察から、彼が住吉の神であり、饒速日命なのではないかと辿り着きました。

磯良神の「ラ」は、光、神という言霊を表すそうです。

磯神=いそのかみ=石上神。
奈良、石上神宮の神は布留神。
物部氏の神である饒速日命です。

また、福岡、久留米市の高良大社周辺も物部氏の勢力地でした。
高良の神もまた饒速日命であるのは、疑いのないことです。

磯神から、磯宮と呼ばれていた伊勢神宮もまた、彼の宮です。

二つの伝承 9 ~日の神 と 月の神~


                   .
では、高良玉垂秘伝書にある「安曇磯良神」という名。
その安曇の名の意味は?

安曇氏が海洋族であるから・・・、それだけなのだろうか?
磯神が饒速日命であり、物部氏の神ならば何故その名なのか。
他にもっと、「安曇でなければならない」意味があるのではないか。
そう思っていましたが。


<安曇がアドであり、主を意味する>

そうならば全て腑に落ちます。


「儺の国の星」で、物部の祖先を持つ真鍋大覚氏もはっきりと何度も書かれています。

物部なる氏族の家系は、元来は星辰を祭る家系であって、
その先祖は近東にあった。

 

「儺の国の星」~物部一族とARION~」)

その名の由来は、やはりそちらの方。

 

安曇磯良神。

 

”主である光の神、いそのかみ”

この名からは、そういった意味が込められているのでしょう。


                     *

一つの事実が絡まった糸を解いていくようです。

それは、現実に在った出来事だからこそ、そこへ辿り着くことでもあります。

            .

年末に参拝した神社が、「志賀海神社」でした。
ここには、神功皇后と「安曇磯羅”丸”」についての伝承がありました。

 

(「日本の真相 18 ~伝承の嘘・本当~」 へ つづく)

 

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2019年1月11日 (金)

天神様が拝んだ神 ~福岡 天拝山~

天神様は、この山に登って天を拝みました。

 

天拝山(てんぱいざん)は、福岡県筑紫野市にある標高254.7mの低山。  
地元の方の憩いのお山です。

 (写真は色んな時に行ったものが混じってる)

Screenshot_202201261714242

太宰府に流された菅原道真公は、無実の罪を訴え、一心に天を拝した。
その為に、この山に何度も何度も登ったのです。


中腹に「荒穂神社」があります。
Screenshot_202201261715202

縦走して、初めて気づきました。

最後の天拝山の荒穂神社で手を合わせて、麓の最後の鳥居をくぐって、

Screenshot_202201261714512

「ありがとうございました!」

と涙が出そうなくらい感謝の気持ちでいっぱいで、
頭を下げ、その鳥居を見上げた時、初めて気づいたのです。

Dsc_0589

そうか、このお山は「荒穂の神」のお山なんだ!

山の麓の鳥居は、「門」を表します。
山に祀られる神を守る為の門。
結界、聖域への入り口。
そこから先は、その神の領域です。
山に神がおられるから、麓に門があるのです。
登山をするようになって、それを「感じられる」ようになりました。

そこに、「荒穂神社」の扁額。

ここには、天神様よりも先に、荒穂の神がおられたのです。

天神様は、荒穂の神様を拝していたのか。
                           .

その時、ようやく腑に落ちました。
(ココログで「二つの伝承」をアップしてから1年後の18年12月の末!)

 

天拝山の中腹に在る「荒穂神社」。
基山の荒穂神社から、一夜にして中腹の磐座に飛んできたという伝承があります。                    

「飛んできた、投げた」
この表現は、基山の麓の「荒穂神社」にもありました。

(「二つの伝承2~荒穂神社*佐賀県三養基郡~」)

境内にある石には、こうありました。

荒穂の神と高良の神が統合された石と伝えられ、
石の上部に指の跡形がついています。

荒穂の神の投げた石は高良の神の神殿の下のあると言われています。

これは、同じ神であることを示唆しているのです。
ここからも、高良の神=五十猛命(基山の神)だと分かります。


天拝山の荒穂神社にも同じ表現がありました。

基山の荒穂神社から、一夜にして中腹の磐座へ飛んできた。

それは、この神が基山の荒穂の神と同じであることを示唆しているのです。
また、基山の「石」の伝承が、「高良の神」を示唆していることも伝えているのです。


「中腹の磐座」とは社の裏にある大岩の事。

Dsc_0584


                       Tenaraho02                                  .
ご祭神は、瓊々杵尊
宝満大神
香椎大神
八幡大神
五十猛大神
春日大神
住吉大神

*(五十猛大神(いたける)は、彼が磯(いそ)神であるなら、いそたけるが縮まったものと思われる)
瓊々杵尊は、後に付け加えられたもの。(同神か、後の創作かも。これは分からない)

基山の荒穂神社になかった名があります。
「香椎大神」
神功皇后です。

やはり、宝満大神は神功皇后なのでしょう。
香椎宮には、「玉依姫」の名はないのです。

また、基山の荒穂神社にあった「鴨大神」の名がありません。
別の神様ならば、こんなに近い距離ですし、配祀されるはず。

基山の荒穂神社も同じことが言えます。
宝満大神(玉依姫)と別の神ならば、こちらにある「香椎大神(神功皇后)」が、あちらにあるはずです。

八幡大神、五十猛大神、春日大神、住吉大神は、共に饒速日命です。
(「二つの伝承 8  ~天照大神と豊受大神(五十猛命と甕依姫)~」)

社に一緒に祀られている神は、同神です。
そして、その「二柱」は、名を替えても共に祀られるのです。

                     *

天神様がこの山に来て拝んだ神は、饒速日命。

天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊。

道真公が天を拝んだ、この山の神。 


だから、彼はここで拝んだのです。     

Dsc_0567

「霊魂尚在天拝之峯」

天神様の魂は、永遠にこの天拝山にあります。

Dsc_0559
山頂後ろにある展望台から。
梅が咲き始めていました。(これは昨日の写真)
人がいない瞬間を撮るのが難しいくらい、多くの方が登られます。
天神様は、寂しくないのだといつも感じてます。

「天神の径」から行った時、白瀧稲荷神社がありました。

Dsc_0518
白瀧稲荷大明神は、道真公の守護神と伝えられるとあります。
京都の伏見稲荷にもその社があるそうです。

稲荷神も饒速日命です。

「彼ら」が祀られている多くの社には、天神様が祀られていることが多い。
この時、そのわけを知りました。
<(天神様が彼らを)未来永劫お守りするとお誓いした>からだそうです。
Screenshot_202201261711462

家の近くの「観音山」からここまで縦走して、初めて気づいた麓の「荒穂の神」の鳥居。
くぐった瞬間、はっきりとした「終わりの門」を感じました。

縦走は山と山を繋ぐもの。
その間の山に込められた人の祈りまで、繋ぐのです。
繋いだ祈りを届けた。
麓に着いた時、そう感じられたのです。

Screenshot_202201261713462
これは、脊振山~基山~天拝山と縦走した時のもの。
脊振山系は3回分割。(これは後にアップするかも)
山行の醍醐味は縦走にある!(>▽<)
受け取れるものがいっぱいあります。



(2022/01/27改訂)

 

 

2019年1月 9日 (水)

観音山(那珂川)~天拝山(二日市) 縦走 その2

( 観音山(那珂川)~天拝山(二日市) 縦走 その1 のつづき)   

スタートしてから約4時間。
何度も迷いながら、ようやく牛頸山に到着。
                        .                          .Kannon19                         .
標高447.9m。
牛の首という意味では無いそうです^^;
                         .Kannon20                            .
ここで初めて、登山者にお会いました。
この辺りから九州自然歩道になります。
                           .Kannon21                                                        .
三市町村境界山に到着。
那珂川は市になっても名前は変わらず。多分。
                       .Kannon22                         .
尾根道~。
ちゃんとロープが張られているのが有り難いです。
                       .Kannon23                                          .
黒羽山到着。
                      .Kannon24                                            .
石割山周辺と違って分かりやすい!
通る人が多いですからねぇ。
                        .Kannon25                       .
大佐野山到着。                     
                                   .Kannon26                                                .
ここから天拝山へ。
                     .Kannon27                                              .
竹林が続きます。 
ここは太宰府に流された菅原道真公が、無実の罪を訴えて天を拝したと言われる山。
                            .Kannon28                        .
九合目。
頂上までもうすぐ!
                      .Kannon29                                               .
天拝山頂上!
258m。

牛頸山から2時間40分。
                          .Kannon30                                                        .
天神さま(菅原道真公)が詠まれた歌碑が幾つもあります。
                         .Kannon31                                            .
頂上にある天拝神社。
ご祭神は、菅原道真公。

側には展望台があります。
                          .Kannon32                              .
展望台からの眺め。
筑紫野の町です。
向かいの高い山が宝満山。
その手前の山が四王寺山。

ここは登りやすく、道も整備されているので散歩がてらにたくさんの方が登られます。
道真公も寂しくないでしょう。
筑紫も良いでしょう?
                      .Kannon33                         .
中腹の「荒穂神社」
基山の荒穂神社のご祭神がこちらに飛んできたそうです。

 

ここについては後ほど。                                             .
                    .

 

Kannon34                                               .
天拝山の登山口にある「荒穂神社」の鳥居。
縦走もここでゴール!
                     .Kannon3616.6キロ。
7時間7分。

 

この後、近くの二日市駅まで歩いて、電車でぐるっと周って帰りました。


ここで気付いたことがありました。

( つづく )

                    .   .

2019年1月 8日 (火)

観音山(那珂川)~天拝山(二日市) 縦走 その1

年末の事ですが、那珂川市の観音山から、二日市の天拝山まで縦走しました。
観音山は、新幹線の博多車両基地の南にある山。
                          .

 

Kannon01                                                  .
「大徳寺」。
観音山の登山口はこの中にあります。

 

ここに来る前まで、「観音山」がとにかく怖かった!

数年前にあった「おばけトンネル」、この側の車両基地の下を通るトンネルでのこと。
その後、子供を見てもらった霊能者の方が
「ここら辺の同業者は、つもる(祓った霊が自分の体に積もるの意)と、
大徳寺に持って行って落としもらう」と。

観音山はその裏山!
しかもまだ薄暗い朝7時。                        .

 

Kannon02                                                .
ここが登山口です。
まずは、ご挨拶。

大丈夫かなと始めは恐る恐る登ったのですが、すぐにそんな思いは払拭されました。

清々しい気!
全く怖くない!
                    .                        .Kannon03                                        .

すぐに「観音山」頂上です。

ここで気付きました。
観音山と言われているわけが。
山が観音様そのものです。

 

来れて良かった。 
              .Kannon04                         .
車両基地が見えます。
今は700系ばかりです。
たまにイエロードクターも停まってます。
                        .Kannon05                      .
さあ!次、次!
縦走路へ!
                        .Kannon06                                           .
ヤンバル池あっちの目印。
とりあえず、そっち方向へ。
                     .Kannon07                       .
朝焼け!
宝満山が見えます。
こんな綺麗な日は、宝満山からの朝焼けも見たかったなぁ。
                         .Kannon08                                               .
石割山山頂。

 

Kannon09                                 .
造成池のヤンバル池。
ここからが迷いやすく、なかなか進めないそうです。
                        .Kannon11                                             .
山ナビを片手に、竹林を進み。
                      .Kannon14                                           .
縦走路にいくつもある小さな標識。
                                               .Kannon15                            .
しばらく藪漕ぎ。
赤テープ目指してひたすら進む。
たまに見失う。
                     .Kannon16                                                   .
こんな所に目印が!
分からなくて奥に行ってしまった。
                                                   .                       Kannon17                         .
ここが自衛隊射撃場入り口。
ロープの左側は立ち入り禁止です。
しばらくロープ沿いを奥へ。
                   .Kannon18                       .
「危険!」
でもこの日は音がしなかった。

この辺り、所々ロープの右側に通れるスペースが全く無くて。
仕方なく何度か(少し)ロープの内側に。
登山道、確保しててください!^^;
                           .  

石割山から次の牛頸山までひたすら山の中を歩くこと約3時間半。
眺望も無ければ、ピークも無し。
どこら辺を歩いてるのかも、景色だけでは全く見当もつかず。
励みはヤマップのナビの自分の現在地のみ。
これもいい経験になりました。

  
(その2 に続く)



               .

2019年1月 4日 (金)

成竹山の石碑  ~福岡県那珂川市~

今年初の登山は、娘と成竹山。
上宮があるなら登ると言う娘に、「成竹は日吉さん(神社)の裏山だよ!」
と言うとのってきました。

午前中は曇ってたので、晴れてきた午後から登り始め。
中腹の登山道までは林道を車で行きます。
                    .

Narutake40                                           .
ここは神秘的でとても落ち着きます。

途中の詳細は前の記事で(「成竹山 ~福岡県 那珂川町~」)。
                     .Narutake42                                        .
「幸せの鐘」
誰か直してくださってます。
                      .                      .Narutake44                                                       .
展望台。
博多の街が一望。
手前が那珂川。
真ん中の緑が安徳台。

ここに着いたのが昼過ぎだったので、日陰になってて寒かった!
登るなら午前中が良かったかも。
まったり休憩。
                   .Narutake45                                      .
パラグライダーの発着場だそうです。
よく、ここから飛び立って南畑の畑に降りてるそうですが、まだ見たことないです。
                     .Narutake46                      .
成竹山山頂。
この後、15分程縦走路を歩き、急登を下ります。
                                         .Narutake49                                                  .
隆岳との分岐点。
奥に行くと隆岳。
この辺りの沢沿いが好きなのですが、今日は一人じゃないので下山道へ。

途中の中村山荘跡に向かいます。
                   .Narutake47                                            .
前に来た時に分からなかった石碑を見つけに。
山荘跡を突っ切ります。

大岩に突き当たる手前に石段があり、上には何も無さそうなので下りて行くと・・・。
                   .Narutake48                 .
発見!大石碑!
これ見たかったんだ~!
大きさが分かりにくいですが、5m以上あります。

大正4年という文字が見えます。
山荘が造られた時かどうか分かりません。
石碑は山荘の主の会社の人が、後に造ったそうです。

前に「那珂川半周」した時に、成竹山を外から巻いた時にあった石垣も
山荘の時代に造ったものでしょうか。

竜に乗って通ったと言う噂もある主。
よほどこの山が好きだったのでしょうね。
                    .

娘は「今まで登った中で一番面白かった!」と言ってました。
良かった、良かった。


成竹山は近所の小学校の遠足でも登るそうですが、案外険しく、
迷いやすいので、道を知ってる人か、ヤマップなどの山ナビが
必要だと思います。
                           .

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2019年1月 3日 (木)

現人神社 ~福岡県那珂川市~

明けましておめでとうございます。

昨日、現人神社に新年のご挨拶をしてきました。                        .

 

Arahito50                                                          .
いつもの年よりもすごい人。
お社全体が撮れませんでした。
                      .Arahito51                                             .
平和な一年でありますように。
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように。
                    .Arahito52                         .
「現人神社の神様」
という絵本があって、娘にねだられて購入(自分が欲しかっただけ)。
絵がほんわかして可愛かった。
                        .Arahito53                      .
「現人神社は、住吉神社の始まり。
 今でもこの地にいて、神功皇后と共に皆さんを見守っています」
                       .Arahito1                                                         .
前に撮った夏の現人神社。
そういえば、私が幻影を見たのも、この境内の中の情景。
「始めの宮」だから見たのか、自分にとっての「産土神さまの宮」だから見たのか。

 

(「現人神社の武藤さん」)

その時に分からなかったことが、今は少し分かる。

豪快に笑う彼。
きっと彼に守られてたら、いつの日でも朝は来る。

           .

 

 

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