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2019年1月15日 (火)

日本の真相 17 ~安曇磯良神の名の意味~

(「日本の真相 16 後編 ~葵祭 と 住吉神 と 神功皇后」)の続き


安曇氏についての記述がありました。
それは、ずっと疑問だった「安曇磯良神」の名の由来を示していました。


日本の真相 4 から要約します。
http://g-village.net/iyasaka369/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B84.pdf

********************************************************************

 

安曇氏は海部氏に関係の深い豪族。
「古代海部氏の系図」に記載されている。

アズミは厚見、厚海(熱海)、渥美、阿積、阿曇などの文字で書かれ、
あるいはアズミはアマツミ(海積)の約であり、海部の長なるよりの称
(姓氏家系大辞典)という。
安曇氏は海洋系豪族であり、前述の建位起命という海部氏と共通の祖を持つ。

安曇が“アマツミ”の約ならば、籠神社と裏表一体の関係にある大山祇神社の
”大山祇(おおやまつみ)”と対を成していることになり、ある意味、籠神社で
祀られている海神、綿津見神と同一であり、安曇氏が海洋系豪族であることと
矛盾しない。

そして、海部氏と共通の祖を持つことは、同族ということである。
中でも信州の安曇こそ、諏訪大社が鎮座する場所である。

また安曇川は京都府および滋賀県を流れる淀川水系の一級河川で、
安曇川と書いて”あどがわ”と読むので安曇=アドでもある。

ヘブライ語で主の別名はアドーナイ、フェニキア語ではアドーンである。

つまり安曇氏とは、エフライム族=海部氏・尾張氏との関わりが深かった
フェニキアの言葉で”主”を意味する名称。


(*エフライム族とは、物部の中の王族という意味らしい)

*********************************************************************

安曇磯良神(あんとんいそらしん)は、高良大社に伝わる
高良玉垂宮秘伝書」に記載されている高良の神です。

神の鉾 3 ~安曇磯良神~
神の鉾 5 ~月神と二つの珠と十種神宝~

今までの考察から、彼が住吉の神であり、饒速日命なのではないかと辿り着きました。

磯良神の「ラ」は、光、神という言霊を表すそうです。

磯神=いそのかみ=石上神。
奈良、石上神宮の神は布留神。
物部氏の神である饒速日命です。

また、福岡、久留米市の高良大社周辺も物部氏の勢力地でした。
高良の神もまた饒速日命であるのは、疑いのないことです。

磯神から、磯宮と呼ばれていた伊勢神宮もまた、彼の宮です。

二つの伝承 9 ~日の神 と 月の神~


                   .
では、高良玉垂秘伝書にある「安曇磯良神」という名。
その安曇の名の意味は?

安曇氏が海洋族であるから・・・、それだけなのだろうか?
磯神が饒速日命であり、物部氏の神ならば何故その名なのか。
他にもっと、「安曇でなければならない」意味があるのではないか。
そう思っていましたが。


<安曇がアドであり、主を意味する>

そうならば全て腑に落ちます。


「儺の国の星」で、物部の祖先を持つ真鍋大覚氏もはっきりと何度も書かれています。

物部なる氏族の家系は、元来は星辰を祭る家系であって、
その先祖は近東にあった。

 

「儺の国の星」~物部一族とARION~」)

その名の由来は、やはりそちらの方。

 

安曇磯良神。

 

”主である光の神、いそのかみ”

この名からは、そういった意味が込められているのでしょう。


                     *

一つの事実が絡まった糸を解いていくようです。

それは、現実に在った出来事だからこそ、そこへ辿り着くことでもあります。

            .

年末に参拝した神社が、「志賀海神社」でした。
ここには、神功皇后と「安曇磯羅”丸”」についての伝承がありました。

 

(「日本の真相 18 ~伝承の嘘・本当~」 へ つづく)

 

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