ブログ村に参加してます!ぽちっとお願いします

2022年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

amebloリンク

無料ブログはココログ

☆ブログからの引用などについて☆

  • このブログの考察、写真、イラスト、考察などは、管理人に著作権があります。無断転載は御遠慮ください。

« 2019年1月 | トップページ | 2019年3月 »

2019年2月26日 (火)

神功皇后行軍路 ③ 砥上神社~大神山~目配山 周回 その2

前回)の続きです。

栗田八幡宮から大己貴神社へ。

(栗田八幡宮の後、層増岐野とされている場所で闘ったそうなのですが、
 そちらはよく分からないのでパス)

ここは神功皇后が三韓征伐の折に兵が集まらなかったので、
お社を建てて祈願をすると兵が集まったという伝承があります。

ですが、敵の本拠地である秋月を前に、ここで兵が集まったという
感じがします。
                         .                         Kodou94                                                .
前の日に、「大国様まつり」があったようです。
                       .Kodou95                                                  .
大己貴神は、奈良の大神神社のご祭神の大物主神。
この辺りの地名が「三輪」であり、鳥居には「大神大明神」の扁額があり、
「おんが様」と呼ばれています。

そう言えばこの辺りは、「朝倉」。
三輪山の側にも朝倉があります。
                       .Kodou97                                              .
大物主神の荒御魂が大国主。
大国の名から、大黒様とされてます。

神様の名前って、結構いい加減な感じがしません?
今も「あの人は勢いがあるし、力強そうだから「ゴジラ」だ!」とか、
少し前なら「あの人はお釈迦様のように慈悲深いから、○○村のお釈迦様だ」
とあだ名をつけられたりしたのが、定着したような感じがします。
                                                  .Kodou118                       .
ですが神の場合、そこに人の祈りが加わります。
人の願いや祈りは、きっとその神に別な力を与えるのだと思うのです。
もう、大物主は大国主であり、大黒様で間違いないのです。

(”それ”さえも神の意思のような気もします)
                                                    .                                          Kodou98                                                   .
奈良の大神神社のご神体は、三輪山そのものでした。
ここにもご神体とされる山があります。
お社の向かいに在る「大神山」です。
                     .Kodou99                                           .
山ナビにも軌跡がない無名山。
それほど高さもないので、YAMAPの地図と現在地と方位磁石を頼りに登ってきます!
                     .Kodou100                                                .
途中まで畑作業用の道があったのですが切れてしまい、適当な所から
取り着きました!
竹藪~!倒竹~!
掻き分け、掻い潜って何とか、高みを目指します。
刺さる~!
                      .Kodou102                     .
道が切れてから10分程で頂上です!
標識も何もありません。

祠か磐座があると前に聞いたのですが、この近辺には見当たりませんでした。
しばらくまったり。
とても気持ちのいいとこです。
                       .
この後も登山道もナビの軌跡もなかったのですが、少し尾根のようになってる
箇所があり、そこを選んで進みました。
                        .Kodou105                    .
目配山の登山道めがけて歩きます。

 

Kodou106_2                                                       .
もうすぐ!
二重丸になってる地点が登山道の「小鷹城山分岐」地点。
そちらに向かうのがよさそうです。

後でベテランヤマパーの方に地図の読図が出来てると言われました。
嬉しい~!必死、でしたからね ^^;;;
                          .Kodou108                                             .
分岐地点に出ました~!
大神山に向かうなら、こちらから(今来た道を)行く方が良さそうです。

 

Kodou109                     .
目配山への登山道。
歩きやすいですし、心地いいです。
                       .Kodou110                                             .
頂上~!は、奥の一本木の辺り。
手前のは「神功皇后腰掛け石」だそう。
                       .Kodou111                                               .
頂上~!
ちょっとガスってますが、最高の天気です。
ここでお昼休憩。
                     .Kodou112                                                       .
筑後平野が見渡せます。

大和からこの地へ移った人達が、故郷を懐かしんで名をつけたと思うのです。
「大神山」よりも、やはり奈良の「三輪山」が神の御魂がある山。

・・・だとしたら?
どういうことになるのだろう。

この後、北(反対の)の登山口へと降り、林道を5キロ歩いて下に着きました。
                        .Kodou115                      .
車を置いてある砥上神社へ。
あれが砥上岳。
                 .Kodou116                                              .
砥上神社に着いたのが15時半。
                         .Kodou117

 

                                                            .Kodou119                                                           .
Sがスタート地点の「砥上神社」→「松峡(栗田)八幡宮」→
右下が「大己貴神社」→そこから赤の二重丸までが「大神山」→
北に登って「目配山」→交点からスタート地点へ

総距離22.2キロ。4時間59分かかりました。

 

大神山、祠か磐座があるならぐるぐる回って探してみたいです。

次回は、大己貴神社から秋月へ向かいます。

(つづく)

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

                 

 

2019年2月24日 (日)

神功皇后行軍路 ③ 砥上~栗田八幡宮~目配山周回 その1

天気も良かった2月中旬。
神功皇后行軍路を追ってみる旅、第3段です。

今回は、「冷水峠の羽白熊鷲 ~その3 * 声~」の続きです。
砥上神社~栗田八幡宮~大己貴神社~大神山~目配山登頂
~砥上神社に戻るというコースの22キロです。
                         .

 

Kodou75                                                 .
出発はこの前の続き、「砥上神社」から。
Kodou76_2                             .
神社を過ぎた所にある「神功古道」の案内板。

もしもここを行ったのなら・・・
砥上山の前の日吉池で剣を砥いだ後、山に登ったのかと思いましたが、
山には登らず出発したのでしょう。
そんなまったりしてる余裕はないのでは。

山頂まで行き武宮を祀ったのは、後(帰り)になのかなと思います。
この地の安寧を願って。
                                .Kodou77                          .
栗田八幡宮へ、この道(77号線)を約5キロ。
                           .Kodou78                                                  .
梅が咲いてる!
そっちの方がお社のよう。
裏の道から入ってしまったので、正面参道からの写真を。
                            .Kodou90                                                    .
Kodou88                                                       .
今は「松峡八幡宮」です。
ご祭神*八幡大神、神功皇后、住吉大神

神功皇后が羽白熊鷲との戦いの折に、陣をはった場所だそう。
冷水峠にいたのがそうなら、残党か。
                              .
Kodou81                                            .

Kodou86                                               .
お賽銭箱が遠い・・・と思ったら、靴を脱いで上がってとのこと。
え~登山靴なのにと一瞬思いましたが、脱いで上がらせて頂きました。
                         .Kodou82                                                    .
お社に上がると空気が変わります。
      Kodou83                  .
うちのスマホの限界^^;
                           .Kodou84                                               .
神功皇后の絵かな。
                                     .                      .                                                                 .

 

Kodou87                                 
                                 .Kodou79                                                  .
境内のご神木。
美しい。
Kodou91                             .
ここから大己貴神社へ約4キロ。
中央の山が小鷹城山。
目配山はそのずっと奥になります。
                          .
この辺りは合併する前は「朝倉郡三輪町」でした。
奈良と同じ地名がたくさんあります。
                       .Kodou92                                               .
この辺りは「奈良」という地名です。

こちらから、奈良(大和)へ人が移ったという説がありますが、
「大和からこちらへ」という気がしてなりません。
                       .Kodou93                                                    .
この道の先、中央に見えているのが小鷹城山の隣りに在る「大神山」

大己貴神社のご神体とされる山です。
YAMAPにも軌跡が載ってない、他の人の軌跡もあてにできない無名山。
これからあの山に登ります!
(つづく)

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

 

2019年2月19日 (火)

市杵島姫の名の意味 ~斎星姫・蘇る神~

冷水峠を歩いている時。

 

<<斎島姫(いつきしまひめ)>>

と聞こえました。

頭の中に響くような声なき声。
声と同時に漢字が頭の中で変換されました。
そして同時に色んな事に繋がったりします。

(神社で名が聞こえる時はこんな感じ。「伊勢の摂社」)

それは、「市杵島姫」の名の意味でした。

                 *

<斎島姫>

それは、斎(いつき)島(星)姫。

その名は、「星の神をまつる」者の称号です。


斎(いつき)は、斎く。
神を斎く(まつる)の意味があります。   

古代において、島は星と同義語だったそうです。
(「儺の国の星」より)。
海を渡る部族、海中の島を、夜空の星とみた(見立てた)とあります。

 

星を斎く・・・
星の神を斎く(まつる)から、斎島姫。

星神の名はフル・・・布留神である饒速日命を意味します。

 

                       *

神話では、市杵島姫の夫は大国主神とされています。

また、籠神社の伝承では、ご祭神の彦火明命である饒速日命が夫。

これは大国主神と饒速日命が同一神であるからです。
大国主神の和御魂が大物主神であり、大物主神は奈良の大神神社の神、
饒速日命。

同一神である(同一神とみている)からこそ、その二つの伝承の妃の名が同じなのです。

 

饒速日命(大国主・大物主)の妃が市杵島姫である「星神を祀る者」。


(「日本の真相 22 ~聖婚~」)
(「日本の真相 23 ~勢夜陀多良比売~ 」)

 

(「日本の真相 15 ~前編 葵祭 と 住吉神 と 神功皇后~」)
(「日本の真相 16 ~後編 葵祭 と 住吉神 と 神功皇后~ 」)

 

では、葵祭から、福岡の脊振山に祀られている「市杵島姫」から、
住吉神と神功皇后との関わりを。

 

(「日本の真相 10 ~卑弥呼  と 八咫鏡 と 十種神宝~」)

 

にも、市杵島姫の名は「斎き島姫」だとありました。
(神に斎く島の女性)を意味する巫女、でしたが。

「市杵島姫」の名が「星神を斎く者」の称号なら、神を祀る側の巫女を意味します。
本来の天照は、祀られている饒速日命の方です。

 

これらをまとめますと・・・。

                *                  

☆大国主神の妃、市杵島姫(弁財天ともされる)
☆天火明命(饒速日命)の妃、市杵島姫(籠神社)


☆倭迹迹日百襲姫命の夫は、大物主神(箸墓の謂れ)
☆天照大神(大日孁貴神)の侍女、箸でほとを突いて亡くなる(同一を暗示している)
☆勢夜陀多良比売の夫は、大物主。
ほかに
☆活玉依姫の夫が三輪の神(三輪山の名の由来)

 

大国主神、大物主神、饒速日神(三輪の神)などが同じであるならば、
饒速日神である高良の神は、住吉の神です。

☆高良神である住吉神と神功皇后は夫婦(高良の伝承)

☆こちらの伝承の「命尽くし神」の甕依姫と、五十猛命。
(羽白熊鷲の伝承の神功皇后と高良神)

今までこちらの伝承と、籠神社の伝承と、「日本の真相」を見てきましたが、
この二人は、皆同じ者ではないでしょうか。

                 *

大国主神、大物主神、天火明命、高良神(安曇磯良神)、住吉神、五十猛命、
天照大神、これらは饒速日命。

 

(「日本の真相 19 ~神・饒速日命の名~」)

すべて同じ神を表すものならば、

市杵島姫(星神を斎く巫女)
倭迹迹日百襲姫命(*箸墓はトヨとされる者の墓だと思うので
               大物主を祀る者としての象徴の名)
大日孁貴神(本来は祀る巫女の方)、
勢夜陀多良比売
活玉依姫
神功皇后
甕依姫

これらの名は別々の人というよりも、一人の者。


天照国照彦火明櫛甕玉饒速日命ともされる彼。
その妃が櫛甕玉姫。

ミカシヤ姫です。


櫛玉比女命神社  のご祭神とされ、市杵島姫と同じく弁財天ともされています。

 

 
              *

島は星を意味すると、「儺の国の星」にありましたが、
三島神社の三島もおなじだと思います。

 

三はオリオン座の三つ星(住吉神)を意味します。

奈良の三島神社は、布留神である饒速日命がご祭神。

大物主神と聖婚したとあった勢夜陀多良比売は「三島湟咋の娘」ともありました。
大物主神が饒速日命ならば、彼女はミカシヤ姫。

”三島の名”は星神との関係を象徴しているものと思われます(娘ではなく)。

 

             *

時代を変え、記紀のあちらこちらに散りばめられていますが、彼らは同じなのでは
ないでしょうか。

 

*この時点で思うのは、記紀などの伝承は年代順に語られていないのかもしれません。

もしかすると大和では、「饒速日命とミカシヤ姫」の一族とは別に、
地方豪族のような一族が別にあって、こちらが「天皇の家系」と今されている
一族なのかもしれないということです。

饒速日命とミカシヤ姫が筑紫(福岡)に行った後、そちらも続いていて、
(倭国乱れた?)、後に習合したのかも、と。

この時に、2人の子である応神とされる御子を、大和へ天皇として
迎えることになった、と。
これが「神武の東遷」

 

ここら辺は、私の想像です。

                                             *                       .

私が見た「古代奈良の夢」それが前世であったのなら。

「前世の仲間の子達」から聞いていたのですが、
あの人達には、想像を超える程の力があったそうです。
テレパス(神の声や人の心の声を聞く)。
ヒーラー(死ぬ程の傷を治す)。
大地を操る者。
水を操る者。
空を飛び、手を触れずに物を動かす者。

神として、「最初」に据えられたとしても不思議ではありません。

 

それが、「神武」が始めにいて、後の世に「神功」「応神」が在る理由
なのかもしれません。


                 *             .

 

各地に現れていたという“人でないもの”を退治したと言う記憶は、
冷水峠の声と繋がりました。

「悪神が現れる時は、それに対抗できる者も現れる」そうです。
(イメージで流れてきたのですが、言葉にするとこれが一番近いのかも)

那珂川市の現人神社には、住吉の神は「国の大事の時現れる神」とあります。
彼は、毎年生まれ変わりをする歳神ともされる神。

”それ”と、彼の妃の名であるかもしれない妃の名にも共通してるものがあります。

倭迹迹日百襲姫命の名は「日本の真相」には”桃と蘇り”とありましたが、
百=たくさんだとすると、”たくさん蘇る”ともなります。

これを踏まえて、あえて漢字で考えてみます。
倭=大和
迹=跡(継ぐなどの意味あり)
日=日、日の神のことなど
百襲=百と蘇りだとして=たくさん蘇る

<何度も蘇る大和を継ぐ日の神(の巫女)>

もしも、この二人が「夫婦神」であったならば、この名が示す物は、
偶然ではないでしょう。

それはこれらの”名”が彼らを示していることでもあります。

また、彼らのことがもし事実であったのならば、
「彼らが現れる時、悪神も現れる」ということでもあります。                    .

 

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

    

 

2019年2月15日 (金)

冷水峠の羽白熊鷲 ~その3 * 声~

~神功皇后行軍路 ②~

 ( 前回のつづき )

再び冷水峠へ。
長崎街道の旧街道の山道を歩く。
                                                     .

 

Hiyamizu70                                        .
石畳が美しい。

とても清々しくて、負のイメージがない。
実際に来る前は、何となく怖かったのだけど・・・。
                              .Hiyamizu71                         .
Hiyamizu72                                                .
街道の脇を流れる沢。
                   .
Hiyamizu74                                            .
「首なし地蔵」が見えてきた。
名の通り、首の無いお地蔵さんが安置されています。
Hiyamizu37                         .
冷水川が側に流れているので、旅人の休憩所になっていたそうです。

 

Hiyamizu39
                            .Hiyamizu75                                          .
すぐ側にある「一里塚」
                      .Hiyamizu78                                                 .
ちょうどこの辺り。

 

色んな考えが浮かんできて、浮かぶままにしてました。
                 .

・・・大根地神社のご祭神は、(天神地神と)スサノオ命と大市姫。

でも、実際に祀られているのはお稲荷さまだから、
歳神さまの饒速日命。

そしたら、大市姫は?
(スサノオ命の妃とされてます)

                     .
似てる名があった・・・市杵島(いちきしま)姫・・・神功皇后だ。
そこに行き当たった時・・・


<< 斎島姫(いつきしまひめ)  >>
                .

そう頭の中で声が響きました。
呼びかけられたような感じです。
(漢字は声と共に頭の中で変換された)

一瞬で色んな事が繋がりました。

それは、斎(いつき)島(星)姫。

そういうことか。
神功皇后もミカシヤ姫も<斎島姫>
                       .Hiyamizu36
                  .
やはり、ここは羽白熊鷲が出たという場所。
(多分、この街道ができるずっと前は、もっと川沿いにしか道は無かったはず。
 その辺りは今は通れない)

それは内野の「老松神社」に封じられた。

なのにここがこんな清いのは、いまだにご神幸があるからだ。

伝承は風化しても、土地を愛する人達の想いはずっと紡がれている。
                                           . Hiyamizu44                      .
冷水峠の頂上になる大根地神社の麓の鳥居です。
上まで駆け足で挨拶に。
                                      .Hiyamizu47                             .

 

                                           .
Hiyamizu49

 

「大根地神社」
麓では無く、ここになければならないお社。
今日は神主さんがいらして、扉が開いてました。
昼近かったからかな。
                             .

 

Hiyamizu50                         .
Hiyamizu77                                                 .
大根地山頂上。
カメラを触ってしまったようで、解像度が変わってしまってた。

Hiyamizu56                              .
麓の鳥居に戻ってきました。

 

                                 
総距離13.4キロ、3時間44分かかりました。
標高は長崎街道の間は、そんなに急ではなかったです。
その後の10.3キロ地点は大根地山頂上。                  

Screenshot_202101011533563      .
スタート(ゴール地点)が冷水峠(冷水トンネルと書いてある辺り)→長崎街道を北へ→
赤い印が内野老松神社(内野宿)→一番北が筑前内野駅(内野宿)→
元来た道を戻って冷水峠→大根地山頂上へ往復

内野宿から冷水峠まで4キロ、そこから南の山家宿まで5キロです。
(冷水峠から南はほぼ200号線(ピンク)の道)

この間が九州の箱根と言われた辛く暗い峠。
筑前風土記にある「したくらつくし坂」に違いありません。

 

<斎島姫>

その声で分かったことがありました。
              .

 

( つづく )

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

 

 

2019年2月14日 (木)

冷水峠の羽白熊鷲 ~その2 * 老松神社~

~神功皇后行軍路 ②~

 

( 前回のつづき )
冷水峠を出て、昔の宿場町だったという「内野宿」へ。
そこに「内野老松神社」がありました。

福岡県飯塚市内野(昔は嘉穂郡)
                     .
大根地山の神社の案内板にもあった、ご神幸があるあの神社です。
                   .

 

Hiyamizu22                                                      .
Hiyamizu57                                              .
ご祭神は、菅原神
                   .Hiyamizu24                                         .
天神様?
何か気配が違うような気がします。
隣りを見ると、
                    .Hiyamizu23                                               .
「大神宮」との扁額があり、大日孁命が祀られていました。
                                                        .Hiyamizu62                                                       .                               .
他に天満神社(菅原神)
須賀神社(素盞鳴尊、大国主、事代主神)
松尾神社(大宮貴)
猿田彦神(興玉神)
稲荷神(宇賀魂命)
大日社(大日孁命)

などの摂社があります。
                  .Hiyamizu26                                          .
                     *       

 

「ご神幸」は縁のある神社間で行われるもの。
こちらでは大根地山の大根地神社から神が降りてくるというもの。
(毎年4月の第一土日)

 

大根地山の頂上近くにある大根地神社は、神功皇后が
天神地神を祀りました。

後にスサノオ命と大市姫を合祀して「お稲荷様」としたとあります。

お稲荷様ならば、「宇迦御魂神」。
歳神である饒速日命です。

 

       .
ここの境内の摂社に大国主神の名があります。
ここからほど近い桂川町の老松神社のご祭神も大国主でした。

 

大国主は大物主、饒速日命です。
ならば大神宮の大日孁命は、神功皇后?
                    .

 

この老松神社は元々、饒速日命と神功皇后を祀っていたのでは?

 

彼らは、羽白熊鷲を退治した「神功皇后と高良の神である饒速日命」
矛盾がありません。
                      .

羽白熊鷲は彼らによって、この場所に封じられたのでは。

大根地神社から毎年神が降りてくるのは、封じた神を鎮める為。
                        .

そう思っていましたら、ここには神功皇后の絵が納められているとのことでした。

 

後で知ったのですが、この神社は「大根地神社」とも言われているそうです。
ならば、ご神幸の意味も本来のご祭神も分かる・・・。
          .

 

この後、内野宿を筑前内野の駅まで歩きました。                                                       .   

 

Hiyamizu27                                                .

 

Hiyamizu29                                                           .
筑前内野の駅。
今はまだ不通です。

 

Hiyamizu61                           .
内野宿の町並。
再び、冷水峠へ。

そこで声なき声がしました。

(つづく)

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

 

 

2019年2月13日 (水)

冷水峠の羽白熊鷲 ~その1・冷水峠~

~神功皇后行軍路 ②~

前回、冷水峠(大根地山の鳥居辺り)から南へ下っていきました。

ここじゃない。
羽白熊鷲が出たのは、おそらく冷水峠から北。
それはヰルイという”人ではないもの”

神功皇后が大根地山に祀った神々がそれを物語っています。
                          .Hiyamizu03                                                .
初めて来た時から、何となく避けたかった”この先”。
                       .Hiyamizu06                         .
行ってきます!
「首なし地蔵まで750m」

 

Hiyamizu07_2                        .
すぐに石畳の道になります。
                             .Hiyamizu08                                               .
谷があったはずだと思っていたら、沢の音が。
あまり深くないです。

今回、200号線(バイパスでは無い方)の冷水道路を通るかと迷いました。
あちらの方が深い谷があるのです。
・・・でも、神功皇后はそちらの山では無く、”大根地山に神々を祀った”のです。
                             .                                  Hiyamizu09                                                         .
峠から10分程で「首なし地蔵」に到着。
側に流れているのが、名の由来になった冷水川。
美味しいです。
最近、山の川の水を飲むのに抵抗がない・・・。
                             .Hiyamizu10                                                .
首なしさんの方は、この中のようです。
                  .Hiyamizu38                           .
この辺りから石畳の道が続きます。
                          .Hiyamizu14                                                .
美しい!
Hiyamizu15                                           .
竹林。
とても静かで清浄で。
                         .Hiyamizu17                                                     .
峠から15分程で森を抜けました。
あっと言う間で、こんなんだったかなとふと思う。
ここは違うのかな。
もしかすると千何年も前は、旧車道の谷の底の川沿いを歩いてたのかもしれない。
                               .Hiyamizu18                                                .
筑豊本線です。
去年の水害以来、ずっと不通になってます。
使われない線路はとても寂しい。
                        .

 

Hiyamizu19                                                 .
内野荒田の大根地神社の鳥居です。
このまま、宿場町だったという内野宿まで歩くことにしました。
ここから2.4キロ。
                        .Hiyamizu20                       .
峠を抜けたら、筑豊です。
峠は確かに「基山の東」「筑前と筑後の境」でした。
基山や筑紫神社を起点とすると、この場所外には考えられません。
(「二つの伝承 7 ~冷水峠~」)

後に知りましたが、この長崎街道の冷水峠の辺りが通りやすいように
整備されたのは、江戸時代のこと。

それでも、内野宿から冷水峠まで約4キロ、そこから山家(やまや)宿まで計10キロ。
先日行ったあの辺りも含めて、やはり往来が大変だったそうです。

それよりも遙か前の時代。
難所であったのは間違いなさそうです。

通る人の半分は命を落としたという「命尽くし神」がいた
鞍韉盡坂(したくらつくしのさか)」

二つの伝承(「二つの伝承 8  ~五十猛命と甕依姫~」)
にあった「五十猛神と甕依姫」
彼らが「高良の神と神功皇后」ならば、そこに関わっているはずです。

もしもそうならば、「命尽くし神」が「羽白熊鷲」でもあります。

もしも・・・。
この地で「退治」したならば、何か痕跡があるはずです。
碑か、塚か・・・・。

 

羽白熊鷲は人であらざるものです。
大根地山に神を召喚し、助力を得ないと倒せなかった「ヰルイ(異類)」

 

人では無いからこそ、倒した後もずっと封じておく必要があるのです。

           .

・・・内野宿にそれはありました。


( つづく )

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

 

2019年2月11日 (月)

神功皇后行軍路① ~大根地山から砥上岳 その2~

 ( 前回 のつづき )

大根地山から長崎街道を南に下ってきました。
そこから77号線を東に歩きます。

遠くに見えるのが砥上岳。
                                      .Kodou31                         .
多分、高い方。
                           .                      Kodou32                                               .
大根地山の前の鳥居から、1時間半で砥上岳の前にある「日吉池」に着きました。
おそらくここが、神功皇后の軍が剣を砥いだという池。
                       .Kodou33                                              .
砥上神社。

 

(「砥上岳 1 ~砥上神社~」前の記事)
                        .

 

Kodou34                                              .
表から。

 

Kodou35                     .
御祭神は、ご祭神 神功皇后
     八幡大神
     住吉大神(表筒男命・中筒男命・底筒男命)
                 .Kodou36                    .
神功皇后の絵があります。
前にいるのは武内宿禰なのかな。

この後、登って行きます。
(前回登った時の記事「砥上岳 2 ~神功皇后の史跡~」)
                        .Kodou40                                                 .
苔むした石畳の道が少しあります。
                        .                                                    .Kodou41                                   .
この山もとても身重では登れないです。
                      .Kodou45                     .
神功皇后が乗った馬が付けたという「ひづめ石」。

 

Kodou48                        .
「みそぎ原(はる)」
神功皇后が禊をしたとされています。
反対側から。
左奥に小さな川があります。

 

Kodou49                    .
「さやん神」
困ったような顔の神さんがかわいい。
                   .Kodou64                                                .
頂上の武宮。
神功皇后が武甕槌神を祀りました。
                .Kodou51                                          .
奥にあるのは神功皇后の像かな。                                          .
石なのに鏡のように反射してます。
                    .Kodou52                        .
砥上岳山頂。Kodou53                        .
南の筑紫平野。
初めて来た時は曇ってたので、晴れて良かった!
                       .

 

Kodou55                                                 .
南東方向。
奥に見える山々は、耳納連山。久留米の高野山が西端にあります。
縦走してみたいなぁ!
ロードが17キロあるらしく、登山靴じゃ辛いかな。

北側の登山道から下山します。

 

Kodou56                    .
結構、急ですが20分くらいで麓まで降りられます。
                         .Kodou58                                               .
元のスタート地点までロードを2.4キロ。
大根地山が見えました。                             .

 

Kodou59_2                      .
15時、戻ってきました~

 

Kodou61_2                                                  .
スタートが大根地山の麓の鳥居~大根地山頂上(一番上)~再び鳥居~
鳥居から200号線を南へ(左下)~77号線で東へ~一番下が砥上神社~
砥上岳頂上~北側に下って登山口へ~元の大根地山麓の鳥居へ

19.2キロ、5時間半かかりました。


”羽白熊鷲が出た場所”
秋月だともされていますが、私は「冷水峠」だと思います。
こっち(南の方)では無さそうです。

( つづく )  .

                               .

 

 

2019年2月10日 (日)

神功皇后行軍路① ~大根地山から砥上岳 その1~

冷水峠に出たと思われる羽白熊鷲。
”その場所”はどこだろう。
それを感じたくて、冷水峠を南に下ります。
                           .Kodou59                                             .
前回は、砥上岳山頂へ北側から向かいました。
でも、やっぱり砥上は、南側の参道から登りたくて。

スタートは大根地山の西側の麓、冷水峠の鳥居。
まずは、長崎街道を10分ほど進んで、大根地山へ向かいます。
                             .Kodou03                                            .
大根地神社の麓の鳥居。
奥に長崎街道が続きます。
                        .Kodou06                                                   .
30分ほどで、大根地神社に到着。
                          . Kodou09                                                  .
  大根地神社は古くから英彦山や宝満山の山伏らの修験の場でもありました。
  毎年4月8日、内野関屋の老松神社で行われる幸神祭は、大根地神社の
  神霊が下りてこられるもので、御鎮座記念の祭りであると言われています。
  神社には別当稲荷、雲閣稲荷も祀られており、2月初めのうまの日には
  遠近からの参拝者で賑わいます。
    (案内板より)
 

 

                    .Kodou10                                                        .
雪が薄っすらと積もっています。
                    .Kodou11                                                .Kodou12                                                    .
由緒書きには、ご祭神は天神七代、地神五代。
神功皇后が羽白熊鷲御征伐の時に祀った。
後に須佐之男命、大市姫命の二柱を合祀し、雲閣稲荷大神と称え祀るとあります。
                           .Kodou13                            .
ご挨拶して、山頂へ。
                   .Kodou14                                                .Kodou15                                              .
北の飯塚方面。
飯塚(穂波郡)も筑前に入っていたそうです。
                                .Kodou16                         .
一番近くに見える山がほぼ真南の砥上岳。
今から向かおうとしてる山です。
その奥が筑紫平野、筑後地方です。

この山は、筑前と筑後そのどちらも見渡せます。

厳密に言えば、朝倉なども筑前に入るようですが、
古来での、筑前と筑後の境の峠と言えば、この山の麓、冷水峠だと思われます。

冷水峠に出たと思われる羽白熊鷲。
(「二つの伝承 7 ~冷水峠~」)

”その場所”はどの辺りだろう。

下山します。
麓の鳥居のお狐さん。
Kodou17                         .

 

Kodou18                                                  .
何となくこの先(上から2枚目の写真の奥)な気がしましたが、
今回は砥上岳へ南から登るルートを予定していたので、そちらへ向かいます。

 

Kodou02                              .
冷水峠の辺りの長崎街道(旧道)は、大根地山の麓の辺りから車道になります。
大型トラックの交通量も多く、カーブ手前などは様子を見つつ歩いていきました。

ここから77号線を経由して、6.7キロ先に砥上神社があります。
                         .Kodou24                                                     .
山家(やまえ)にあった案内図。
ここも街道の山家宿でした。
(山家の地名はもっと南にもあります)

もしも羽白熊鷲がこちら側に出たのなら、そこには「碑か、塚」があるはず。
この地図では、「大日如来碑」、「比賀塚」が川沿い(旧街道)にあります。
下の地図では、街道のちょうど真ん中辺りになります。

 

Kodou25                         .

 

長崎街道は、大きな車道から外れて、川沿いの細い道の方へ。
                         .

 

Kodou27                                                    .
あれ?
ここ見たことあるかもしれない。
何でもない場所なのに、ふと思いました。

そうか。
あの人達がもしも自分達が転生すると分かっていたのなら、
次も同じ場所に来ると分かっていたのなら、何か印を残すはずだ。
記憶の印か、何か。

・・・同じ場所に行くはずなのか・・・。
                  .Kodou28                                                .

九州の箱根と言われた程の、内野宿と山家宿の間は10キロあった
そうなので、この辺りも元々は険しかったのかもしれません。


熊鷲が出たという、狭くて険しかったという「したくらつくしの坂」。
何となく、谷があるはずと思っていましたが、この辺りでは無さそうな気がします。
やはり北側だったのかな。

                          .Kodou29                           .
Kodou30                                           .
200号線から77号線を歩いていきます。
梅の花が咲いてました。

砥上岳へ。


( つづく )

 

 

2019年2月 9日 (土)

大根地山~砥上岳へ

神功皇后が登った大根地山から、砥上岳へ行ってみたくて。
大根地山の西側、竜岩自然の家に車を止めて、そこからスタート。
この山の詳しいことは前の記事へ。
(「二つの伝承 5 ~大根地山 登山 (1)~」)

                         .Ooneti151                      .
神功皇后はこの大根地山で、天神地神を祀りました。
羽白熊鷲を退治する為です。           .Ooneti152

「荒熊稲荷神社」
すぐ隣に扇滝があります。
                       .
Ooneti153

神功皇后が山頂で神事をした後で冷水峠に向かったのならば、こちら側から行ったはずです。
身重の体で登るのは、やはり不可能だと思います。
(身重だったとしたらですが)                        .

Ooneti154

「奥の院」
                                .
Ooneti155

お稲荷さんらしい鳥居が続きます。
「雲閣稲荷神社」
とは、雲の上のような格があるということ。
特別なお稲荷様なのです。
                       .Ooneti156                                              .
「大根地神社」
この日は閉まってました。(早い時間だったからのようです)

砥上岳に向かうので、山頂に行かずに反対側(東側)へ下山。
車を竜岩に置いて来たので、また後で来ます。
                        .
Ooneti158                              .
東側の麓まで降りてきました。
帽子かぶってる!
かわいい。
                      .Ooneti160                                                .
下の鳥居の前に長崎街道が通ってます。
前来た時も思ったのですが、この先が怖い。
今日は砥上へ、東へ向かいます。
                     .Ooneti162                    .
さっきいた大根地山があんなに遠く。
麓から砥上岳(北側)登山口までロードを2.4キロ。   
                        .Ooneti163                                                  .
北側の登山口です。
頂上まで30分ぐらい。
少し急登です。
                    .Ooneti164                                                 .
あっという間に砥上岳山頂。
                          .Ooneti165                                                 .
南側の筑紫平野が見えます。
                        .Ooneti166                          .
山頂の武宮。
ご祭神は、神功皇后が祀った「武甕槌神」

お参りした後、ピストンで大根地山に戻ります。
                      .                       .Ooneti167                                                  .

 

Ooneti170                      .
途中にある烏帽子岩。
神功皇后の伝承があります。
                     .Ooneti171                                               .
再び、大根地神社。
来る時にお参りしたので、寄らずに山頂へ。
                    .Ooneti172                                            .
大根地山山頂。
北側の飯塚方面と南側の筑紫野が見渡せます。
                    .Ooneti173                      .
登って来たのと違うルートで、竜岩自然の家へ戻りました。
                    .Ooneti174

登山口の鳥居。                                               .
登山口の鳥居。Screenshot_202101011549142

スタートが西(左端)。
大根地山神社を抜けて、冷水峠へ。
その後、南の砥上山山頂へ、それから大根地山に戻ってスタート地点へ。
18キロ、5時間かかりました。

大根地山から砥上岳へ向かったけど、何か違う。
やっぱり、砥上岳へは表参道(南側)から山頂へ向かいたい。
今回は時間的に無理だったので、次はスタート場所を変えました。

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

2019年2月 8日 (金)

高良山*山の中の竜

高良大社がある高良山。
高良神と神功皇后が住まわれていたという伝承があります。
神功皇后が勝敗を占った「背くらべ石」
高良の神が乗った馬がつけたという「馬蹄石」
(「2度目の高良山 1  ~足跡~」)

Koura429

表参道の石段の途中にある天照大神を祀る
「式内伊勢天照御祖神社」(上のリンク先)

Koura421

高良大社の本宮です。

Koura411

お社の隣りにある「幸せのからす」
  
古くから神使いとして神様のとりつぎをしたり御祭神の事績と縁が深い
 生き物は全国の神社に多く見られ、春日大社の鹿、天満宮の牛、
日吉神社の猿、八幡神社の鳩などよく知られていますが、
高良大社のお使いは烏(からす)です。
『高良玉垂宮神秘書』には、玉垂命三韓征伐の砌、
「遙かに人が数多く見え異敵が攻めてくるぞ」と思し召されたとき、
早速みさき烏を遣わして偵察して事なきを得たとの記述があります。

  (中略)
 又、国指定重要文化財・高良大社本殿にも三ヶ所の蟇股(かえるまた)に

 
烏の彫刻が見られ古くから玉垂命と烏のつながりあったことが想像されます。
                                      (案内板より)
こちらの伝承では、高良の神は神功皇后と共に三韓へも行き、
筑紫のヰルイも退治していたのです。

                        *

 

会いたかった風景がありました。
どこだったかなと高良の山中をうろうろ。
その場所は「菖蒲池(今は涸れている)」の先にありました。

 

Koura414                          .
前に来た時に言いようのない懐かしさがあって、
「こんなに荒れてなかったよな」と。

 

記憶の中の”そこ”には清水が流れていて、高良の山の中で一番好きな場所でした。
しばらく留まって、撮った写真にこんなのがありました。
                          .Koura415

 

竜が映っているそうです。
会いに来てくれたのか、私についているという白竜なのか。

 

Koura451_2

 

高良山の山頂が「良」の字の辺り。(高良大社はもっと西(左側)
上の写真はオレンジの星の辺り。
3度ほど、うろうろしてます。
ここもパワースポットなのでしょうね。
そう言えば、「パワースポット」の福岡編 まだ書いてなかった!
          
      Koura416

山中にあったバランス石。上手いっ!
ケルンなのかな。                        .
Koura418

この日は今まで行ってなかった場所へも行きました。
ここはちょうど高良大社のある場所の上になります。
とても懐かしく感じた場所。
お社のような建物があったのかもしれません。
とても磁場が強く感じました。
ずっと後に聞いたのですが、高良大社のお社は昔、「鳳山」にあったとも言われているそうです。
(鳳山は峰続きの少し小高い場所)
ここはその鳳山より少し西側(大社のすぐ上の丘)。

Koura452

右のオレンジの印が鳳山。
左が上の広場。
その斜め左上が高良大社。                        .

Koura419

その場所を反対から(大社の方向から)撮った写真です。
奥に見えるのが鳳山。
遠く見えますが、この場所から100m先くらい。

                          .
広場から、籠神石(こうごいし)沿いに少し下っていくと、大社があります。
                       .Koura420

これは下ってから上を見上げて撮ったもの。
この上に広場があります。
神護石は、結界だとも城壁だとも言われています。                    .

Koura422

再び、大社。
宝物庫があって、お守り授与所で言えば開けて見せてくださいます。
高良の伝承を描いたタペストリー、見事です。

再び、山中へ。
                         .Koura423

 

.Koura424高隆寺跡。
高良の神が自ら、仏と共に人々を救い、国を鎮めると申されたとあります。
そうして「毘沙門天」として「奥宮」に祀られるようになったのですね。

                     .Koura425

高良山の麓にある「坂本神社」(高良御子神社)
高良の神と神功皇后との子、九人が祀られています。
高良大社 * 神幸祭 ~福岡県久留米市~」*高良御子神社)」

このお山に来ると、2人は本当に夫婦として同じ時代を共にしたのかもしれないと思えます。

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

 

2019年2月 7日 (木)

日本の真相 23 ~勢夜陀多良比売~

(「日本の真相 22」 のつづき)

著者は、前回の要約の箇所で、富登多多良伊須須岐比売が大物主神の妻となり、
倭迹迹日百襲姫命と重ねられるとしています。

ですが、ここはそう思いません。
大物主の妻と重ねられるのは、勢夜陀多良比売の方。


2人の娘であったという富登多多良伊須須岐比売は、
神武天皇の妃になったという姫蹈鞴五十鈴媛命のこと。

 

神武天皇の妃は、五十鈴媛命。
彼女の母は玉櫛姫、父は事代主とも言われ、
古事記では大物主ともされています。

玉櫛姫とは、櫛甕玉比古とも呼ばれる神と夫婦になったというミカシヤ姫のこと。

奈良の櫛玉比女命神社
には、櫛玉比女命として祀られています。
櫛玉饒速日命(くしたまにぎはやひのみこと)の妃、御炊屋姫(みかしやひめ)です。

         .

五十鈴媛命の父が、大物主であり三輪山の神である天照国照彦天火明櫛玉饒速日命。
母は、ミカシヤ姫。
2人の子が、姫蹈鞴五十鈴媛命です。

饒速日命は、こちら(福岡)の伝承では「五十猛命」と同一とされます。
五十神(いそのかみ)から、石上神、磯神(磯良神)、また磯宮と呼ばれていた
伊勢神宮の神です。
(饒速日命は布留神。たたら(製鉄をしていた)一族の祖神)

それは、神話で言う「神武天皇」と妃になったのが五十鈴であり、
その父が饒速日命であり、母がミカシヤ姫であるということ。

 

 (話がややこしくなるので後述しますが、
  この五十鈴姫がトヨ(豊玉姫)であり、血の繋がった親子ではないと思われます。
  豊玉姫は神功皇后の妹とされています)

饒速日命が大物主神であり、住吉神ならば、
「聖婚」したのはミカシヤ姫です。

また、ここに出てくる玉櫛姫と夫婦になったという事代主神は、饒速日命(大物主神)です。



                 *

 

住吉大社の伝承にある、「住吉大神と神功皇后の関わり」の秘密とは。

以前、(「日本の真相 3.5 番外 ~神との婚姻~ 」)にも記しましたが、
住吉神と夫婦(聖婚した)になったのが、神功皇后であるということ。
後に「神功皇后」とされている者ということ。

 

神功皇后は、饒速日命の妃になったと言うミカシヤ姫。
彼女はヒミカ。
こちらの伝承からも「日甕」ではないかとしました。

(「高良の神と日甕 )」

卑弥呼。
魏志倭人伝に書かれたその呼び名は「ヒミカ」が近いそうです。
夫がいないとされている卑弥呼。
神との聖婚であったのなら。
人の婚姻に当らないのです。
               .

しばらくこのシリーズはお休みします。

( つづく )

 

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

 

2019年2月 6日 (水)

日本の真相 22 ~聖婚~

(「日本の真相 21」 の続き)

 

天照大神と卑弥呼とトヨ、伊勢神宮と籠神社と住吉大社の関わり。
住吉大社の、「住吉大神と神功皇后の関わり」の秘密とは。

ここで以前も書きましたが、
住吉大神は饒速日命であり、三輪山の神である大物主です。

かの神に関わると思われる三人の姫の名が神話にありました。

倭迹迹日百襲姫命と大日孁貴神と勢夜陀多良比売です。
この三人には共通点があると「日本の真相」にはあります。

 

日本の真相 4 から要約します。
http://g-village.net/iyasaka369/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B84.pdf

******************************************************************

<倭迹迹日百襲姫命>

奈良の箸墓に眠っているのは、古事記に従って第七代孝霊天皇の皇女、
倭迹迹日百襲姫だという。
(日本書記では崇神天皇の祖父、孝元天皇の姉妹である)

箸墓の謂れは、
”倭迹迹日百襲姫命は紀元前92年に崇神天皇に頼まれて、災害が続く理由を占った。
三輪山の大物主神が神懸かりして、我を祀れば国は治まる、と言われた。
姫は大物主の妻となったが、蛇の姿を見られた神は三輪山に帰ってしまった。
姫は箸でほとを突いて死んでしまったので箸墓という”

箸墓古墳は一般的に卑弥呼の墓と見られてる。
海部宮司はトヨの墓ではないか、と言われ、ここでも卑弥呼とトヨが重なっている。



☆「日本の真相」の著者は「倭迹迹日百襲姫命」の名は蘇りを象徴しているとしています。
 「百=もも=桃」
 「襲=蘇」黄泉の国からの帰り=蘇り、など。
 その「穢れ祓い(禊)」からうまれたとされる神に、住吉三神の名があります。

黄泉の国の穢れを払う際に生まれたのが、前述の住吉大社の海神達であり、
最後に天照大神とスサノオ(と月読命)が生まれた。
また「桃」の”兆”は”芽生え””古代の占いに於ける亀の甲を焼いてできる裂け目の形、
転じて、物語が起こる前触れ”の意であり、新たな誕生の前兆、ということであり、
”蘇り”は新たな誕生でもある。



<天照大神(大日孁貴神)>

古事記では、天照大神が機屋で神に捧げる衣を織っていた。
そこへスサノオが馬を投げ入れ、天照大神の侍女が驚き、梭(ひ)で陰部を突いて
死んでしまった。
日本書記では、侍女ではなく天照大神自身が傷ついたことになっているので、
両者を合わせると、天照大神自身が陰部を突いて死んでしまったことと同意である。

”神に捧げる衣を織っていた”のだから、最高神は天照大神ではなく他にいることを
暗示している。
天照大神は神に御奉仕する巫女的存在。

日本書記に於ける別名は大日孁貴神(オオヒルメノムチノカミ)であるが、
”孁=靈(れい)”は”霊”の旧字体で、音を示す”霝(れい)”の下に”巫=巫女”
があり、”神の降りてくる巫女”を意味するので、
”大日孁貴神”の真意は”大いなる日神が降臨する巫女”
という意味であって、”日神である女神”ではない。


                   *

つまり、記紀に於けるこの場面での天照大神の姿が、完全に倭迹迹日百襲姫命に
重ねられる。
そして、箸で蔭処を突くことなどあり得ないことだが、わざわざあり得ない話を創作する
ことにより、女神としての天照と倭迹迹日百襲姫命が同一であり、古代史の真相を
紐解く鍵としているのである。

また、天照大神が日神で女神ではなく日神が降臨する、すなわち、日神に仕える巫女。
ならば、それは”日巫女”とも書けるから、卑弥呼となる。


                      *

<勢夜陀多良比売>

勢夜陀多良比売は三島湟咋の娘。
真っ赤な丹塗り矢が比売の陰処に突き当たった。
それを持って帰って床の間に置くと、矢が麗しい神になった。それが大物主神。
2人は契りを結び、富登多多良伊須須岐比売(ホトタタライススギヒメ)が生まれた。
後にこの姫が神武天皇の皇后になった。

三島湟咋は、大山祇のこと。
大山祇の神は海部氏・尾張氏の神。

 

                      *     

(以下、掲載順を変えました)

また大物主神と同様、スサノオも蛇(八岐大蛇)に関わりがある。
つまりスサノオと天照大神の関係は蛇神と天照大神の結婚を暗示し、それは
それは蛇神とそれに仕える巫女との聖婚に他ならない。

倭迹迹日百襲姫命は神憑りとなって御神託を述べたりしており、
神に仕える巫女だから、これも日神=蛇神と巫女との結婚=聖婚を象徴している。

ならばスサノオにも日神としての性質が隠されていることになる。
そうすると、住吉大社では三海神が縦一列にまとまって海神を、その横に
日神=天照大神を象徴する神功皇后を配置することによって
「合わせ鏡」を示唆しており、それは両者の性質を併せ持つスサノオに他ならない。

*******************************************************************

この上にある「スサノオ」は「饒速日命」の方だと思います。
蛇神=大物主神である饒速日命。

日神でもある饒速日命と巫女との聖婚。

 

その神と聖婚したのが、上記の彼女らとされている人物です。


大物主神が饒速日命であり、住吉の神であるならば、
その者が「住吉大社」に伝わる、
住吉大神と関わりがあるという「神功皇后」になります。

これは、

「倭迹迹日百襲姫命と大日孁貴神と勢夜陀多良比売」
そう位置づけされてる者が「神功皇后(とされている者)」いうことです。

 

       
(「日本の真相 23 ~勢夜陀多良比売~」 へ つづく)

ブログ村に参加しています。
ぽちっとお願いいたします。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

 

2019年2月 5日 (火)

日本の真相 21 ~住吉大社~

(「日本の真相 20 のつづき )

大阪の住吉大社にも神功皇后は祀られていました。

 

「日本の真相 4」 から要約します。
http://g-village.net/iyasaka369/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B84.pdf

*****************************************************

大阪の住吉大社には以下のご祭神が祀られている。

第一本宮 底筒男命(ソコツツノヲノミコト)
第二本宮 中筒男命(ナカツツノヲノミコト)
第三本宮 表筒男命(オモテツツノヲノミコト)
第四本宮 神功皇后

住吉三神は海神であり、対になるのは女神の宗像三神。
卑弥呼をモデルとしていると言われている神功皇后も祀られていることは、
海部氏・尾張氏を象徴している。
 

 

その証拠に、摂社の志賀神社では誉田別命と武内宿禰が祀られている。

志賀神社では、底津少童命(ソコツワダツミノミコト)、
中津少童命(ナカツワダツミノミコト)、表津少童命(ウワツワダツミノミコト)が
祀られているが、住吉大神と共に出現された海の神々とされ、いずれも
”わだつみ=ワタツミ”で籠神社での綿津見神と同じである。

住吉大社の御紋は、神宮(伊勢神宮)と全く同じ。
由来は神功皇后が新羅出兵の際、皇后が身につけられていた鎧にあった御紋。

 

Sumiyosi01_3
(社紋は「住吉大社吉祥殿のブログ」様よりお借りしました)

卑弥呼は海部氏・尾張氏の女王であり、神功皇后並びに女神としての
天照大神の原型である。
また、卑弥呼の後を継いだのはトヨであり、”豊”という字と関係がある。
そして、神宮は女神としての天照大神を内宮で祀り、籠神社の祭神、豊受大神を
外宮で祀り、外宮・内宮共に元伊勢と言われるのは籠神社だけである。

つまり、神宮=天照大神に隠された秘密が卑弥呼とトヨ、籠神社に大きく関わって
いることが、この御紋で暗示されている。

**********************************************************************

「葵祭」の加茂と籠神社、
その前に行われるという「卯の花神事」がある、鴨神社と住吉大社。
これらの神社は深く関わりがあると以前記しました。

(「日本の真相 15 ~前編 葵祭 と 住吉神 と 神功皇后~」)
(「日本の真相 16 ~後編 葵祭 と 住吉神 と 神功皇后~」)

天照大神を祀る伊勢神宮、住吉三神を祀る住吉神社、
これらの社紋が同じなのはそれを表しているのだとも思います。


「日本の真相」にある、
天照大神と卑弥呼とトヨ、伊勢神宮と籠神社と住吉大社の関わり。

住吉大社には、「住吉大神と神功皇后の関わり」の秘密があるそうです。

       

(「日本の真相 22 ~聖婚~ へ つづく)

ブログ村に参加しています。
ぽちっとお願いいたします。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

2019年2月 1日 (金)

雷山~井原山 周回 その2

( 前回のつづき )

雷山から縦走して約1時間。
                        .                            .

Iharayama01                                                .
井原山が見えました!
                      .Iharayama03                             .
井原山山頂~!

予定していた11寺までに着けたので、下山します!
(着けなかったら来た道を戻って、雷山から下山する予定でした)
                          .                             .Iharayama04                                                                     .
井原山を下山します!
アンノ滝方向へ。
                          .Iharayama05                                                   .
尾根道。
ここ、いいですね~。
                              .Iharayama06                                                          .
沢にぶつかりました。
登山道は沢の向こう側。
ここから何度も渡渉します。
                       .Iharayama07                            .
こんな岩場も乗り越え、向こう側へ。
落ちたら水の中。
                          .Iharayama08                                        .
水はとっても綺麗です!
                      .Iharayama09                                                     .
あ!アンノ滝が分からずに通り過ぎてきました。
次回のお楽しみ。
                     .Iharayama10                                               .
井原山下山しました。
山頂から2時間弱。
瑞梅寺登山口の駐車場です。
ここから車を止めた雷山の駐車場まで、ロードを9キロ歩きます!
                             .Iharayama11                                                  .
途中にあった瑞梅寺ダム。
                          .Iharayama12                                           .
雷山が見えた~!
井原山駐車場から2時間。
Raizan57
スタートが7時30分~ゴールが14時24分。
休憩入れて7時間。
総距離20.1キロ。

上の地図の北が上方向なので、左下が雷山、右下が井原山になります。
中腹路が分からなかった~と言ったら、皆さん軌跡を教えてくださいました!
次来る時は中腹路を使って、井原山から周回します!

           .

 

 

« 2019年1月 | トップページ | 2019年3月 »