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2019年3月17日 (日)

六所宮 ~福岡県飯塚市~

前回、廻った龍王山の麓にそのお社はあった。

福岡県飯塚市舎利蔵
「六所宮」
                                                . Ryuou02                           .
ご祭神が、八幡大神、国常立尊、大物主神、
       .豊国主命、宇賀姫尊、菊理姫尊
                            .Ryuou03                                                 .

 

Ryuou04_2                                             .
 由緒 社伝によりますと、八〇三(延暦二三)年、最澄が仏法を求めて
 唐に渡る時に、竈門山宝満宮に航海の無事を祈りましたが、そのおり
 神のお告げをえて、この地においても同じ祈願をしました。そのお礼と
 して帰朝してから神祠を建てることを誓ったのです。この時肥後八代
 の舎利尼がこの志を継がんことを願いましたので、最澄は喜んで
 任せました。舎利尼は村人と話し合って祠を山腹に建て梵室を傍に
 構えて誦経奉仕をしたのです。これが山王七社権現及び舎利蔵寺の
 始めといわれています。一四六九~八七(文明年間)年に、六座を
 この地に遷して六所権現と称するようになりました。一座は
 (尺+虫、属の略字)村本谷に遷して、各産土神にしたと言われています


最澄は、空海と同じくこの筑紫において寺を開いていた。

そこが特別な地であったからだ。

(つづく)

 

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2019年3月15日 (金)

龍王山 ~金毘羅山と龍王山の登山3~

( つづき )

金毘羅山の後、ロードで龍王山に向かいました。
筑前大分駅の高架下をくぐり、さらに北へ。
八木山バイパスの高架下もくぐります。
                           .Ryuou01                                               .
あの山が龍王山。
金毘羅山から5キロ。
龍王山の麓にお社がありました。
                         .Ryuou02_2                                                 .
このお社のご祭神。
次回に書きます。
                      .
登山口から登りました。
しばらくは林道でしたが、次第に山道に。
                      .Ryuou05                                               .
見事な杉林。
花粉症だと辛そう。
だから人が少ないのかも。

龍王山はとても人気の山だそうですが、下山の時にお一人しか会いませんでした。
                        .Ryuou06                                            .
登山口から50分ほど。
頂上到着!
広く、眺望もあります。
                          .Ryuou09                                                  .
標高610m。
東の飯塚市が一望です。
                             .Ryuou08                                          .
お昼休憩をした後、10分程縦走して、竜王神社に行きました。
雨乞いのお社です。
                              .Ryuou10                                                        .
分岐点まで戻って、下山しました。
                        .Ryuou11                                                    .
先週末に行ったので、道端には早咲きの桜が満開でした。
                         .Ryuou12                                                    .
再び、車を置いた大分神社まで戻って、無事に帰還できたことのお礼。
ありがとうございました!
                           .

 

Ryuou15                                                            .
総距離19.4キロ。
4時間53分でした。

1大分神社→(10分)→2金毘羅山(1時間ほど滞在)→(40分)→
3六所神社→(1時間14分)→4龍王山頂上→(10分)→5竜王神社
→(2時間)→1大分神社です。

ずっと行ってみたかった金毘羅山と龍王山。

金毘羅山は山全体が祭祀場でした。
それから行った龍王山。
その麓にあった六所神社のご祭神が、気になりました。

(つづく)

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                 .

 

2019年3月12日 (火)

夢に出た金毘羅山 ~金毘羅山と龍王山の登山 2~

( 前回の続き )

大分八幡宮の後、金毘羅山へ
ここは「富士山の夢」の記事で、富士山だと思ってた三輪山を繋いでくれたお山です。
この土地に住んでいた祖母が幼い私の手を引き、山の神様と会わせてくれたその夢。                     .                      .                                 Konpira01

夢で見た祖母の家からの方向と、「雰囲気」それがこの山なのではないかと思っています。
三輪山に比べると小さいけれど、この山には何かある。
大分八幡宮を初めて参拝してからそう思ったのでした。
                .Konpira02                                         .
その山はいわゆる無名山で、登山道も山ナビの軌跡も無いような山。
山友さんが軌跡を教えてくださいました。

今なら、登山道がなくても藪でもがんがん入っていける!(ナビがあるなら)

Konpira03                       .
猪避け?のフェンスの向こうには川が流れていて・・・
さっそく気配に圧倒されて息を呑みました。
                              .
ここは祭祀場ですね。
                 .Konpira05                                    .

 

Konpira06                                                .

 

Konpira07                                           .
金毘羅社だそうです。
Konpira08                            .
進んで行くと踏み跡があり、思ってたよりは分かりやすかったです、が、
それは最初の内だけ。

Konpira09                     .
踏み跡も無くなって、ナビを頼りに上へ上へと。
そんなに高くないので20分くらいで頂上近くの祠に着きました。
笹に覆われてるのをかいくぐり、ご参拝。
                      .Konpira11     . 
金毘羅社です。                                       

 

Konpira12                                         .
祠の裏に廻って少し登ると頂上に着きました。
196.9m

 

大分八幡宮という神功皇后が祀られているお宮の側にある
金毘羅山。

この山の気配と祭祀場。

あの日、三輪山の神様と繋いでくれたのはこの山だったのだと
確信するには充分でした。
              .
                .

そういえば、朝倉三輪の大己貴神社の近くの阿弥陀ヶ峰には
金毘羅社と大己貴神の祠がありました。

朝倉の大己貴神は、奈良の三輪山の大物主神。
大物主神が饒速日神ならば、やはり金毘羅さんもそうなのか。

やはり、あの日の山神様は、三輪山の神様?

 

神功皇后のお宮の側のこの金毘羅山。
偶然では無い気がします。

 

(つづき)

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2019年3月 9日 (土)

大分八幡宮 ~金毘羅山と龍王山の登山 1~

ここのお社は前にも記事にして2回目です。
大分八幡宮
大分八幡宮に車をとめて、ご参拝した後、金毘羅山に登山しました。
                        .
Daibu20

 

Daibu21曲芸してる狛犬
                         .Daibu22

 

Daibu23 拝殿です

 

Daibu24                        .                     .

 

Daibu25_3                                             .                                                .
ご祭神は、応神天皇、神功皇后、玉依姫命

Daibu26                         .
境内には市杵島神社がありました。

 

いよいよ、金毘羅山に行きます!
私が小さい頃、(多分)夢に投影されたお山です。
                  .               .

 

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2019年3月 7日 (木)

朝倉の大己貴命と神功皇后

福岡県朝倉地方には、神功皇后の足跡が数多ありました。

羽白熊鷲の本拠地があったという秋月へ。
その足跡が。
                                        .

 

Kodou146                        .
この案内板にある「弥永(いやなが)の大神(おんが)様」とは、
大己貴神社のご祭神「大己貴命」のことです。
                        .Kodou131

(「大己貴(おおなむち)神社 ~ 福岡県 朝倉郡~」)
                                              .

この地方には、このお社を始め、
阿弥陀ヶ峰の金毘羅社と大己貴神の祠など、彼を祀る宮が数多あります。


前回のルートの最後に行った「愛宕神社」の界隈は特に多く、
秋月の八幡神社***応神天皇、住吉三神、武内宿禰。
琴平神社***大物主神。
粟島神社***大己貴命と少名彦命。
大神宮***天照大御神。
これらは、いずれも神功皇后の伝承があるお社です。


大己貴命=饒速日命=大物主神=大国主神=大黒様=住吉三神
=金毘羅様=宇迦御魂神=天照大御神=応神天皇(?)・・・
(大国主=大物主と後にされたため、大物主=大己貴神とされているお社がある)

おんが様が大己貴命であり、奈良の三輪山の大物主神であるのなら、
彼は饒速日命です。


羽白熊鷲がおんが様ではないからこそ、伝わるものがあります。

羽白熊鷲の伝承は、
「在地豪族が、成敗され大和朝廷に組み込まれていく過程を物語る」
ものではないということ。

羽白熊鷲はこの土地にいた「荒ぶる存在」であった。
神功皇后が「退治」した後に残るこの地のお社からは、
そういう物語が見えてくるようです。


そうならば考えられることは2つ。
*神功皇后は饒速日命を敬神し、行く先々で祀った、あるいは、
神功皇后と饒速日命は、行動を共にしていた。

 

高良玉垂宮神秘書には、
「高良神(住吉の底筒男神)と神功皇后は夫婦となり、共にヰルイを退治した」
とありました。


                               .

 

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2019年3月 4日 (月)

秋月八幡宮*神功皇后の伝承地 ~神功皇后行軍路 9~

続きです。

☆→大己貴神社~目配山~秋月へ 前編 ~神功皇后行軍路 8~) 

神功皇后が見たかもしれない光景を辿って。
大己貴神社~目配山~秋月 の2回目。

大己貴神社から老松神社を経て、秋月へ。
滝 廉太郎の「荒城の月」に歌われた城跡は、この地にあった秋月城。
                           .
Kodou150_2

 

Kodou151                          .
今、城跡には学校が建っていますので、入ることはできない。
桜が咲くと多くの人が訪れる。
                     .
Kodou153

神功皇后が陣をはったという「秋月八幡宮」へ。
秋月城址のすぐ側にある。
                           .
Kodou154                     .

20220909110600_img_3931

ここなかなかの雰囲気。
とても好き。

20220909105955_img_3924

 

ご祭神、応神天皇、住吉三神、武内宿禰命

三神は同神。
神功皇后と共に異類を退治していた高良神。

彼は物部の祖神であった。
ゆえにここに祀られるのである。

☆→神*総まとめ

☆→高良玉垂宮神秘書 2 ~高良神は物部の祖神~)アメブロの記事

 

20220909110325_img_3930
                

20220909105841_img_3921

20220909105556_img_3919

ここから1.4キロ。
愛宕神社へ。    
                        .
Kodou158

神功皇后が陣をはった「椿の森」と呼ばれていた。

(上の案内板より)

南に広がる平地で大血(決)が行われました。
現在、千原(血原)という地名で残っています。

それ以降も、秋月氏が古処山麓に城をかまえる約一千年の間、賀美の里(神の里)と呼ばれ栄えていました。

20220909103404_img_3912
                       

20220909103658_img_3915

彼らはこの地でも羽白熊鷲と戦った。
それは、高良玉垂宮神秘書がいう「異類」。

多くの地を流し、それでも尚、神の里と呼ばれたのは、彼らの力のおかげだろう。

20220909102614_img_3905

この風景は、1800年前もきっと変わらない。

 

この後、彼らは荷原の方へ向かっている。

そこで羽白熊鷲を退治したという。

そちらへ行った時の記事。

☆→美奈宜神社 1 ~荷原*神功皇后の伝承地~

「あまぎ水の文化村」に羽白熊鷲の塚があるそうだが・・・。
中に入らないといけないので、未だに機会がない。

 

大根地山から、いくつか山を登り、神事。
あまぎで羽白熊鷲を退治。

この距離をわずか3日ほどで行けるはずがない。

 

まして、林田の美奈宜神社の地でも、羽白熊鷲を退治している。

☆→美奈宜神社 2 ~林田*神功皇后の伝承地~

 

日本書紀の神功記に書かれた行程は、数日間では到底無理なのだ。

各神社に、名を変えられた神は、彼女と異類を倒した高良神。
彼らは「筑紫神」。

大和に帰らず、この地にずっとおられたのだから。

 

ここまで来て胸のつかえが取れたので、車を置いた大己貴神社へ6キロの道のりを戻った。

 

Akizuki03
                 
秋月、朝倉に流れる小石原川。

Oonamuti11

大己貴神社に到着。

 

Kodou163_2

(1)大己貴神社(赤丸)~(2)阿弥陀ヶ峰~(3)目配山~(4)老松神社~秋月
~(5)秋月八幡宮~(6)愛宕神社~(1)大己貴神社。
24.7キロ、6時間ちょうどだった。

(2は行ってない)

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2019年3月 3日 (日)

下渕老松神社 ~神功皇后行軍路 8~ 

続きです。

☆→大己貴神社と大神山と目配山 ~神功皇后行軍路 7~ )

 

今回は、朝倉弥永~秋月を周回、24.7キロ。

まずは、大己貴神社~阿弥陀ヶ峰~目配山~下渕老松神社。
(目配山省略)


スタートは前回の続き、朝倉市弥永の「大己貴神社」。
側に公園があるので、車はそこに停めた。                             

                Oonamuti03

大己貴神社に参拝。
阿弥陀ヶ峰に登り(省略)
(神功皇后と関係ないので)

再び、目配山に登り、

Mekubari11

目配山山頂。
朝なので標識が見える。

20220909170058_img_4040


    Simohutioimatu01 下渕老松神社へ。  

                                                 .
祭神、神功皇后、菅原道真公、吉祥女。

「御府の森」
神功皇后が熊襲征伐の際に訪れた陣地跡(七森)の一つ。

20220909170222_img_4044

老松神社には、道真公が祀られていることが多い。

しかし、大己貴神が祀られている場合もある。

道真公については、以前、こんな記事を書いた。

☆→荒穂神社*天神様が拝んだ神 ~天拝山~


社には、基本同神(二柱の神)が配祀されている。
後の功績のあった者を覗いて。

それが名を変えられた、神功皇后と高良神=御炊屋姫と饒速日命だ。

☆→神*総まとめ

20220909170319_img_4049

しかし、道真公は彼らと共に祀られることが多い。
(全ての神が彼らだから、というのもあるが)

石上神宮にも合祀されている。

20220909170359_img_4050

彼は天拝山で、荒穂の神=高良神=饒速日命に祈った。
かの神は、武御雷神でもある。

亡くなった後、都に雷が鳴りやまなかった。

「都を祟ったのは、道真公と、彼が祈った天拝の神=武御雷神」

故に、二柱で(一緒くたの)天神様となったのではないか。

神功皇后と共に祀られるべき、夫婦神の代わりの名として、道真公の名があるのではないかと。


配祀されるには、必ず意味がある。
後利益があるからと、寄せ集めたわけではないのだ。


                     .                                                .
ここから4キロ。
Kodou149

 

                              .
あの谷の向こうが秋月。

(つづく)
                                    

 

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