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2019年5月 8日 (水)

 浮嶽の神功皇后 ~脊振山系分割縦走 2~

三回に分けて行った、脊振山系縦走。

一回目は、十坊山から雷山。
その中の浮嶽には、神功皇后が登ったという伝承がある。

Screenshot_202308041406532

(浮嶽*山容*尖り具合が急登を物語る)


今回は縦走路からなので、以前(東から登ってピストン)とは違う登山道だった。
(今回は西から東)

こちら側(西)も急勾配で、砂地であり滑りやすい。
今でこそロープが張られてある箇所があるが、それを掴んでも滑って尻もちをついてしまう程。
(ロープが張られていることこそ、かなりな急登の証)


他の人も脊振山系の中でも、特に登りにくいと言われる山。

「神功皇后が身重で登った」ということはあり得ない。

Ukidake31

浮嶽山頂が見えたとこ。
正面に見えているのは避難小屋だが、この辺りまで来た時、言いようもない神気が溢れていた。
                                       .Ukidake32
                                                                        .
浮嶽山頂。
805.1m。
山頂には、浮嶽神社の上宮がある。       

Screenshot_202308041407172                               .

何故、彼女はこの山に登ったのだろう。
こんなに急な山なのに。
前に来た時の答えがあった。
                                      .
Ukidake34
                                                                     .
山頂より少し下にある「白龍稲荷神社」。
前はアシナガ蜂の巣がお社近くにあって、近づけなかった。         
                                       .Ukidake35


この獅子駒岩に住んでいた浮嶽の龍神が、村の娘を見そめて、人の姿となり村へ通った。
やがて村娘は龍神の子を身ごもり、男の子が生まれた。
名を龍起。龍起は智勇すぐれた若者と成長。
時に神功皇后が九州へ西下。
龍起の勇名を聞き、彼を召された。
後に皇后の命により、朝倉地方にこもる、羽白熊鷲という賊を討伐して武勇を天下に高めた。
(要約)

神功皇后がこの山に登ったのは、この件に関することなのだ。

 

しかし、伝承にはからくりがある。
上の案内板には「白龍稲荷は八大龍王の眷属」とある。

八大龍王は綿津見神=志賀海神社の神=高良神。

 

稲荷神である、饒速日命自身なのだ。

高良神は神功皇后と共に羽白熊鷲退治をしている。

 

では、この伝承は祀られる神の由緒「正体」を示唆するものの可能性が高い。

 

例えば、この地にいた「龍起」という者が、高良神と神功皇后の軍に加わった。
あまりにも強いので、土地の山神と繋げられた。

そういうストーリーが近いのかもしれない。


しかし、浮嶽はこの辺りの神の山。

彼女が登って神事をしたからこそ、そのような伝承ができたと推測している。
関わりがなければ、伝承は生まれないのだ。

 

 

☆神功皇后は身重ではなかった


「羽白熊鷲討伐は、三韓征伐の前」とされているが、その間に浮嶽に登ったのなら、伝承には嘘がある。

神功皇后は、子を宿していなかったのだ。
                       .

更にここまでの距離。
ここから朝倉まで(大己貴神社辺りと仮定しても)、今の道のりで片道約72キロ。
馬に乗ったといても、輿に乗ったとしても、身重ではあり得ない。

                                             .
Screenshot_202101011557145
一回目、十坊山から雷山までの軌跡。

左(西)側の赤丸が浮嶽。
800m級の低山ですが、かなり急なことが分かる。

Screenshot_202101011606292 

上のが浮嶽の等高線。
山へは普通、稜線沿いを登るのが一番登りやすい。
浮嶽への登山道は3カ所。


うち今回は西から東へと縦走路を歩いている。
どちらも同じように等高線が密で、かなり急なことが分かる。

この道以外に他にルートが無いのは、浮嶽の場合、特に急登だからだ。
自分が歩いた道よりも。

 

繰り返して言うが、下が砂地で急なのである。
滑って尻もちをつく。

身重では決して登れない山なのだ。


右(東)の赤丸が雷山。
こちらも脊振縦走路から今回は登ったが、急登だ。

この山にも神功皇后は登っていた。


( つづく )

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