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2019年7月31日 (水)

伏見神社 ~岩戸神楽~

半月も前になりますが、神楽の記事をUPします。
毎年、7月14日の19時から行われる岩戸神楽。
福岡県那珂川市山田にある伏見神社で奉舞されます。
去年の神楽から、改修され新しいお社になりました。

Kagura1901

「岩戸」はこの地区にあり、神話の里だと語り継がれてきました。
中でもこちらは、岩戸神楽の原型を留めたもので、代々、神官しか舞うことを許されないものでした。
世襲制が廃止された後、氏子らにより珍楽社を結成。
毎年、祇園祭の夜に奉舞されます。

Kagura1905

子供達の神楽の後、大人の神楽が始まります。

Kagura1908

神楽の初めに舞うという「神宮」

Kagura1909

「敷蒔(しきまき)」

枡の中に米を入れ、遠心力で落ちないようにくるくると舞います。
とっても難しいそう。Kagura1911

「事代」
見立ての船に乗り、恵比寿さまがやってきます。

Kagura1913

「荒神」
赤ちゃんが抱っこされ、無病息災を願い、神前で祝福を受けます。

Kagura1914

「四神」
火、水、地、風、そして四季の神を表しているのかと思います。

Kagura1915

「問答」
天兒屋根命と赤鬼
Kagura1916

こちらの「赤鬼」も神前で赤ちゃんを抱っこし、神前に連れていきます。

Kagura1917

「榊」
場を清めます。

Kagura1918

ここから、「岩戸」
神話の岩戸を表現します。

思兼命と素盞鳴命。

Kagura1920

天鈿女命が舞います。

Kagura1921

天手力男命が岩戸をくまなく照らします。

Kagura1924 岩戸開き。

Kagura1923_20190731161601

岩戸から現れた神。
皆さまに祝福がありますように。

Kagura1925

今日の夜は、現人神社、伏見神社、日吉神社で夏越祭があります。

                    *

伏見神社 * 神楽 去年の神楽「磯舞」が奉舞されました。
岩戸神楽 ー伏見神社ー 福岡県 2013年の神楽。
今年と同じ「岩戸」が奉舞されました。

 

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2019年7月10日 (水)

宝満山の妙見大菩薩

宝満山の馬蹄石に見える人影について、コメントで教えてもらいました。

(「宝満山 登山 2 ~福岡県太宰府市~」)

「左がお坊さんが手を合わせているようで、右が中国の皇帝が着てるような服の人」と。

Houman209

(クリックして拡大した方が鮮明です)

言われてみれば、(左は分かりませんが)右は岩に刻まれたように見えます。
実際にはそんな線刻はありません。

山ナビで知り合った行者さんは、
「左は骸骨が僧服を纏ってるように見える」
「右は、唐服のよう、イメージ的には<妙見大菩薩>の姿をしているようだ」と。

その方によると、「玉依姫と妙見菩薩は同一神として習合している。
妙見さんは、鎮宅霊符神と同一神と集合してるので、(私の)見立て通り
ここを守ってらっしゃる方なのかも」と。

教えて頂いた絵を見ると、確かに妙見さんに思えました。
こういうのは「直観」が大事なのです。

 

玉依姫は宝満山竈門神社のご祭神の一人。
(玉依姫・神功皇后・応神天皇)
「後の世もこの地をずっと守ると言われたと伝えられてます。
 ここの玉依姫は神功皇后だと思っています。玉依姫は魂の依り代。
 彼女もそうでした」と伝えると、

「妙見さんのお経の出だしが、
『我、北辰菩薩にして名付けて妙見という。
 今、神呪を説きて諸の国土を擁護せんとす』とあるので、妙見さんと玉依姫のご請願は通じる」

さらに
「神功皇后は応神天皇を主神として比売神を合わせて八幡三神と言いますが、
 神仏習合の時は「南無護国八幡大菩薩」と拝むんですが護国で通じる」と。
とのこと。

請願が同じだからと同一神と言うわけではないと思いますが、
もしかすると、後の世の人が「同じにして」しまったのかもしれません。


また、妙見信仰について以下のサイトを見つけました。

戸原さんのブログより
「妙見信仰とは」
http://www.y-tohata.com/myoken-1.html/

ここに、「天御中主神と習合している」ともあります。


最澄が、宝満山竈門神社から、竜王山の麓の六所宮に神を勧請しています。

八幡大神、国常立尊、大物主神、
豊国主命、宇賀姫尊、菊理姫尊

(「六所宮 ~福岡県飯塚市~」)

大物主神は大己貴神。

那珂川の日吉神社には、天御中主神と大己貴神が一緒に祀られています。
(「日吉の神は大己貴神 ~那珂川市 日吉神社~」)
ここも最澄が、日枝大社へと神を勧請しています。
最澄はそこにある神の名よりも、その「本質(本迹)」を感じ取ったのかもしれません。


なんだか、偶然とは思えないです。

もしかすると、こうやって社の御祭神の名は並んでいったのかも・・・。

              *

後の世までこの地を守る。
神功皇后たちは、よほどこの地を愛していたのだと思います。

それが今の世まで伝わっているなんて、彼女らはとても幸せものだと思います。

 

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2019年7月 8日 (月)

パワースポット 3 福岡県(那珂川市)編

福岡編(那珂川市)です。

☆現人神社
                                     .
.

住吉神社の元宮と言われています。

御神祭は、住吉三神。

Dsc_0200_3

*現人(あらひと)神社 福岡県 2013年4月27日

後に瞑想の中でここの神様に会い、住吉神が饒速日命だと分かりました。

*現人神社の武藤さん  2016年5月23日
*新嘗祭 と 住吉神 と ニギハヤヒ ~その1~  16年6月2日

                               *

☆日吉神社
Hiyo07_20190708164901
ここの猿像を撮った時、天狗のような物が写りました。

Hiyo06_20190708165001

 

Hiyo05
*日吉神社 ~福岡県 那珂川町~   2014年7月23日

猿田彦神として地元では祀られていますが、神社誌では「天御中主神、大己貴神、日子穂穂出見神」

日枝(日吉)大社の元宮の一つです。
最澄がここの神を勧請しました。
日枝大社には、猿田彦神と大己貴神(饒速日命)は同神とあります。

*日吉の神は大己貴神 ~那珂川市 日吉神社~ 2019年4月29日

                                                        *

☆安徳台(神社ではないですが)

Dsc_0757

2000年以上前からの遺跡があり、さきほど国史跡に指定されました。
ここで幻の神社と光の柱を見たことがあります。

*安徳台(迹驚岡・とどろきのおか) 福岡県 2013年5月25日

                              *


☆天の岩戸 (山神社)

Iwato9

天の岩戸の片方であり、奈良の「片戸神社」にもう片方が飛んで行ったという伝承があります。

結びの山 ~その9 天岩戸 ~  2017年6月5日
                          .

那珂川は街全体がパワースポットな感じがします。

まだありますが、ここまで。

他の福岡は次に。

 

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2019年7月 3日 (水)

卑弥呼と神功皇后 2

ずっと前もこんなタイトルで書きました。

(「卑弥呼と神功皇后」)2014年1月30日。
5年と5ヵ月前です。

あれから分かったことをまとめます。

            *

二人は同一人物。

卑弥呼は「ヒミカ」。

彼女は日甕(ヒミカ)。
日の神を祀るもの。

神功皇后が日甕であり、
饒速日命の后とされる三炊屋(ミカシヤ)姫です。

                  * 

< 日甕・ヒミカ ~筑紫の甕依姫~ >

(「二つの伝承」その1~その9)

筑後国風土記の中に「甕依姫」という名があります。

筑紫の名の元になった「命つくしの神」を鎮めた者です。

筑紫神社(筑後国風土記)」と、基山の麓の「荒穂神社」にも同じような伝承があり、
二つの神社の伝承は同じ物だと分かりました。

さらに、その「命つくしの神」が現れたという峠の記述から、
大根地神社(大根地山)の神功皇后の伝承とも一致しました。
(「二つの伝承 7 ~冷水峠~」)

神功皇后が退治したという羽白熊鷲(ヰルイ)が、「命つくしの神」です。
つまり、その伝承は神功皇后の話であり、彼女が二つの神社に祀られている「宝満大神」です。

「宝満大神」は、宝満宮竈門神社の神。
ご神祭は、玉依姫、神功皇后、応神天皇。
まさにその名がありました。

玉依姫とは、神の魂の依り代となる者(巫女)の称号。
彼女も神の依り代、玉依姫です。

故に、筑紫神社(筑前風土記)の「宝満大神」である甕依姫は神功皇后です。
(甕・ミカは、神への捧げものを入れる器の意味)

では、二つの神社に宝満大神と共に祀られている「五十猛命」。
これはだれか。

高良の伝承には、ヰルイ(羽白熊鷲)を神功皇后と高良の神が
共に退治したとあります。

共に退治したから、一緒に祀られているのです。
つまり、「五十猛命」とされてる者が高良の神。

では、高良の神とは?

                  *


< 筑紫の五十猛命 >

(「二つの伝承 8 ~五十猛命と甕依姫~」)

荒穂神社と筑紫神社に祀られている神々の名は、(後の合祀と思われる瓊瓊杵尊と坂上田村麿命を除いて)

荒穂神社のご祭神、鴨大神、八幡大神、春日大明神、住吉大明神、五十猛命、宝満大神。

筑紫神社の、筑紫の宮・白日別神(しらひわけのかみ)「筑紫国の国魂神」、五十猛尊(スサノオ尊の御子神)、宝満大神。
(筑紫の国魂は、高良神)

宝満神以外は「饒速日命」の別名です。

では、神功皇后と饒速日命がヰルイを退治したことになります。
その饒速日命が高良の神ならば、神功皇后と高良の神が「共に退治した」という高良の伝承の記述は一致します。
                       
                      *

<高良の神・住吉神は、饒速日命>

高良大社の神職さんによると、(伝承の)「神功皇后を助けた神は、イソラ神」
そして、「イソラ神とは住吉の神」とのこと。

高良神=安曇磯良神=住吉神です。

饒速日命が高良神ならば、住吉神も彼のことになります。

また、高良山は物部氏の勢力地であり、彼らの祖神は饒速日命です。
高良大社に祀られている、高良の神は物部氏の祖神である彼で間違いありません。
そのことも一致します。

高良の神と神功皇后は、夫婦であったと高良の伝承にはあります。
それは、高良の神(住吉神)が饒速日命であるなら、神功皇后はその后であった人ということです。

                 *

<月神・高良神>

(「神の鉾」その1~その7)

福岡県久留米市にある「高良大社」に伝わる「高良玉垂宮神秘書」。

高良神・住吉神でもある磯良神は、月神ともされています。
二つの海の満ち引きを操る珠「干珠・満珠」を持ち、使うことができる故です。
(月の作用と同じ)

<伊勢の外宮のご祭神は、籠神社から来た月神>

籠神社の神は、月神であり、磯神と呼ばれ、「潮満玉と潮干玉」を有していたそうです。
その記述が、高良神である安曇磯良神と一致します。

磯神は、京都丹後にある籠神社の神の名。
ご祭神・天火明命。
饒速日命です。

磯神(月神)は、伊勢神宮は元々、磯宮と呼ばれていたことから、
内宮の神が磯神であったのでしょう。

伊勢神宮の内宮に祀られていた神は、饒速日神であったのです。
(「二つの伝承 9 ~日の神 と 月の神~」)

饒速日神は、月神であり、日神であるのです。

饒速日命には、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命という名があります。
彼こそ、日神・天照神。

久留米や宮若市には、彼を天照として祀る神社もあります。

(「伊勢天照御祖神社 ~福岡県久留米市~」(高良の地が物部氏の拠点であったことの記述)
(「天照神社(天照宮) ~福岡県宮若市~」)

                *

<日神・磯神・石上神>

高良の神は安曇磯良神、磯神(いそのかみ)です。
それは、奈良の石上神宮のご祭神・布留神と同神。
かの神も饒速日神です。

石上神宮も物部氏の祖神を祀る宮でした。

また、福岡県みやま市には、こうやの宮(磯神物部神社)があり、
七支刀は元々こちらにあって、石上神宮に奉納されたという説があります。

かの地は邪馬台国の候補地とも言われています。

側の玉垂神社には、那珂川市にある住吉神の元宮「現人神社」と三島神社を彷彿とさせる、
「荒仁(現仁)神社の扁額」と「三」の神紋がありました。

                  .
現人神社」の神は住吉神。
奈良の「三島神社」の神は、布留神。
どちらも饒速日命です。
       
                  *

 
那珂川は饒速日命(天照・住吉・高良の神)の生誕地

那珂川の裂田溝(さくたうなで)は、神功皇后が指揮して造った水路です。
それは神話では、三韓征伐の際に助けられた住吉神がおわす社の神田に水を引く為。
そこに、かの神がいたのです。

また、那珂川に猫城があり、高良の神が若いころにいたと高良の伝承にあります。
猫城は、根(尊い貴人、神)子城。
(「儺の国の星」には、<古代、猫城を北の端として湖となり>という記述があるので、
  上記のリンクの1の場所が高良の神の猫城か)

那珂川には、住吉神社の元宮の現人神社と、日吉大社の元宮「日吉神社」もあります。
最澄がこの地の「猿田彦神」を比叡山の日吉(日枝)大社へ勧請したのです。
(「結びの山 ~その14 日吉の神とニギハヤヒ命~」)

日吉大社には(日吉大社の)二つの宮の神は同じとあるので、猿田彦神と大己貴神(饒速日命)は
同神だと思ったのですが、神社庁の記録には那珂川の日吉神社の神も「大己貴神」となっていました。
日吉神社の神も饒速日命でした。
(「日吉の神は大己貴神 ~那珂川市 日吉神社~」)


またこの地には、岩戸という地名と、イザナギ神がみそぎをした名と地形があります。
みそぎで生まれた中に、住吉神と天照神の名があります。
(「禊の地と真の道」)
(「「儺の国の星」 ~岩戸~」)

猿田彦の生誕地ともされています。

これらは、かの神が名を変えていたとしても、すべてここで「生まれた」ことを表しているのでは。

                       *

 


< 新嘗祭の住吉神 >

瞑想中に見た「現人神社」の神様から、住吉神が饒速日命でありました。
新嘗祭は、饒速日命の力?を受け継ぐものなのです。
(「新嘗祭 と 住吉神 と ニギハヤヒ ~その1~」)

 

              *

やはり、天照神(日神)が饒速日命。
彼が高良神・住吉神が彼ならば、神功皇后は彼の后であるミカシヤ姫です。

櫛甕玉比古の名と対になる名は、櫛甕玉姫。

筑紫の伝承の「甕依姫」はそれを表しています。

彼女が、日の神の巫女、日甕(ヒミカ)。

 

その他にも饒速日命(住吉神)と神功皇后との関わりを示すものがたくさんありました。

<奈良の地での一致>
(「山陵の玉依媛」)

<那珂川の長州宮の葵祭と京都の葵祭>
(「日本の真相 15 ~前編 葵祭 と 住吉神 と 神功皇后~」)

また、神功皇后と卑弥呼の一致するものに「トヨ」の名があります。
(「魂須霊 6 ~物部の祖神 * 饒速日命~」)


もしも、彼女がミカシヤ姫であるなら、仲哀天皇の存在自体が彼女とは繋がりません。
彼女は、奈良で饒速日命と出会ったはずですから。

 

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