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2019年10月28日 (月)

卑弥呼の墓 その5 ~卑弥呼の鏡~

(「卑弥呼の墓 その4 ~交錯する時代~」 つづき。)

高良山の麓にある「卑弥呼の墓」候補、祇園山古墳。

「祇園」の神は、高良大社の御祭神・高良玉垂神。
そして神功皇后です。

高良神は住吉神であり、饒速日命。
ならば、彼と夫婦だったという神功皇后とは?

         *

「饒速日命と卑弥呼」

神功皇后との繋がりの前に。
彼と卑弥呼に繋がる物がありました。

卑弥呼の鏡です。


卑弥呼の鏡(の一つ)が、火明命が授けた「十種神宝」の可能性があるのです。

(「日本の真相 10 ~卑弥呼 と 八咫鏡 と 十種神宝~」)

卑弥呼が神事で扱っていた鏡が、籠神社の御神宝であった、
息津(おきつ)鏡と辺津(へつ)鏡 」の可能性がある。

それは、籠神社の御神祭・彦火明命が授けたとされる
「十種神宝」(物部氏が所有していた)の内の二つ。

さらに、邪馬台国の女王たる卑弥呼は、物部氏の血統 だと。
「日本の真相」には、そうありました。


考えてみれば、そうです。
卑弥呼が天照(の巫女)ならば、物部一族の「十種神宝」を
手にしている可能性は高いのです。

(「日本の真相 8 ~邪馬台国と物部氏~」)

邪馬台国が大和にあったならば、そこは物部氏の地。
物部氏の祖神は饒速日命。
彼らは確かに「十種神宝」を所有していました。

                 *

「日神の后」

籠神社の秘伝書から、
彦火明命の后が市杵嶋姫であり、又の名を天照(の巫女)。
彼女が卑弥呼の可能性がある、 ともあり。

*市杵嶋姫 の名は「斎き島」、神に斎く島の女性(巫女)であり、卑弥呼の名そのもの。
(これは冷水峠に行った時に感じました)

市杵嶋姫(の本地)は弁財天です。(*本地については後に)
饒速日命の后には、三炊屋姫(ミカシヤ姫)がいて、彼女も弁財天として祀られています。。

古代は何人か后がいる時代。
市杵嶋姫はミカシヤ姫自身?

・・・物部氏の血統であり、彼の后であるのはミカシヤ姫しかあり得ません。
彼女と饒速日命の子・ウマシマジの子孫が物部氏なのですから。

ミカシヤ姫が市杵嶋姫であり、天照の巫女・卑弥呼。

それはそうです。
饒速日命が日神なのですから。
日の神・天照を祀る、巫女が「卑弥呼」です。


「卑弥呼には夫がいなかった」
魏志倭人伝のその一文にとらわれ過ぎていました。

神との婚姻は、人のそれと同じではないのです。

(「日本の真相 22 ~聖婚~」)

               *


饒速日命が日神・天照ならば、その后が日の神を祀る「卑弥呼」の可能性が大いにあります。

邪馬台国が大和にあったならば、そこは饒速日命を祖神とする物部の地。
「十種神宝」を「卑弥呼」が手にしていたはず。

それは・・・。
饒速日命の后であり、物部の血統であるミカシヤ姫が「十種神宝」の鏡を持った、
卑弥呼であった可能性があるということ。

               *

饒速日命の后・ミカシヤ姫が「卑弥呼」。
あくまでも<可能性>ですが・・・。

ここで、筑紫の伝承に繋がります。

神功皇后と卑弥呼。
繋げたのはミカシヤ姫の名、でした。


「卑弥呼の鏡 その6 ~同じ時を生きる~」)  へ つづく)



*本地について

神仏習合がおこった時、日本の神の本来の姿、として仏があてられることがありました。
YAMAPで山友になった行者さんの話によれば、
「その神と同じような性質の仏が選ばれた」そうです。

ですが、奈良の大神神社の十一面観音(饒速日命の面影を残すという)のように、
神の介在はあったと感じてます。
(高良大社には十一面観音がありました。後に四天王の一人、毘沙門天としても祀られてます)


( つづく )

 

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2019年10月27日 (日)

十二国記 最新刊

(話をぶったぎって^^;)

待ちました。
小野不由美さんの「十二国記シリーズ」最新刊発売。

前回発売から18年です。
18年経っても待ち続けてました。

「月の影 影の海」から何年目だろう。
良いです。
中身は申せません^^;
生きてる間に、十二国すべての物語を見たいです。

アニメのED「月迷風影」の作詞は北川恵子さん。
このブログに乗せてた宇宙心霊ARIONのチャネラーさんです。
歌詞は、ARIONの作詞です。

ぽち友ハルさんのとこで見て思い出したら、書きたくなりました!!!(>▽<)
よければ、ニコニコかYouTubeで聞いてみてください。

                   *


下のコメントに書いたのがうろ覚えだったので。

「どっちを選んだらいいか迷った時は、自分がやるべきほうを選んでおくんだ。
 同じ後悔をするなら、軽い方がいいだろ」

「楽俊」の言葉はその後の私を動かしてます。

ARIONが歌詞制作に関わったアニメ、
「十二国記」と「ぼくの地球を守って」
なぜ、その二つだったのか、今になったら分かる気がします。

ARIONは私に「弥沙は麒麟だ」と告げてました。
まだ、十二国記を見てなかったその頃。
何のことだか分からなかったのです。

<麒麟は王を探す>
王って饒速日命のこと?

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                     .

2019年10月25日 (金)

卑弥呼の墓 その4 ~交錯する時代~

(「卑弥呼の墓 その3 ~ 高良神と饒速日命~」)のつづき

 

高良神は住吉神です。

住吉神と言えば、
<何故、神功皇后の前に現れたのは住吉神なのか>

彼女の三韓征伐の伝承を知った時から、そう思っていました。

           *

「住吉神」

住吉神は、那珂川市の「現人神社」の御祭神。
ここが全国の「住吉」の最初の社です。

地元では「現人さま」。
神功皇后の前に、<人として>初めて姿を現した神、なのです。

<ならば、それ以降もこの世に存在するはず>

伝承上でも、人の姿で人としてこの世に居続ける、現人神。
では、それ以降は神功皇后と共にあり続けたのではないのか。

              *

それらの答えの一つが、「高良玉垂宮神秘書」にありました。

15代神功皇后の時、イルヰが日本を攻め立てた。
彼女は(福岡の)四王寺山で祈った。

その祈りに答え、天から現れたのが住吉三神の三男、底筒男神。
(後の高良大菩薩であり、月神、高良玉垂神)

続いて住吉大明神(三男の父)、表筒男神(日神)、中筒男神(イワレビコ、神武)が現れる。

底筒男神は20歳の若者の姿で。
彼は大将軍になって、彼女の力となると約束する。

日神(表筒男神)、住吉神大明神(父の方)は副将軍となる。

三韓を降伏させたあと、住吉神大明神は天に帰り、
月神は神功皇后と、日神は神功皇后の妹、豊姫と夫婦になった。

この後、神功皇后と共に「イルヰ」を退治。


その伝承の中では、住吉神(月神)は神功皇后と夫婦となっていました。
   *(以降、住吉神は、月神・底筒男神のこと)

               *

住吉神は、高良大社のご祭神、高良玉垂神。
上記の伝承には、安曇磯良神である月神。

調べていくと、彼が饒速日命に繋がりました。
ならば、饒速日命と神功皇后が夫婦だったことになります。


神功皇后は14代目仲哀天皇の(元)后。
15代応神天皇の母。
(高良の伝承には、15代神功皇后とあります)

一方、饒速日命は、最初の天皇、神武より前の人です。

時代が違い過ぎるだろう。
何故?
生まれ変わりなのか?

           *

「高良玉垂宮神秘書」にはこうもありました。

<住吉神の次男、中筒男は、初代最初の天皇の神武>


その伝承には、神武天皇と彼らが同じ時代だとあるのです。
神功皇后と住吉神の物語が。

少なくとも住吉神の方は、彼が饒速日命であるのなら神武の時代と重なります。

では、神功皇后は?

その答えを見つけたような気がしました。

           *

伝承上の嘘と真実。
ここにぽっと<神武>が入り込んでいるわけは?
その後の記載もなく。

それは、住吉神(底筒男神)が、神武天皇と無関係では無いから、ではないのか。

神武天皇が実在していたかどうかは分かりません。
ですが、神話上では同じ時期に存在します。

底筒男神が饒速日命なら。
ここに神武の名があるのは、偶然ではあり得ません。

いや、彼が饒速日命であるからこそ、ここに神武の名があるのです。


<常識を外せ>
一度、すべての当り前を外して考えてみろ。

高良の伝承を知ってから、そう言われてるような気がしました。

<饒速日命(住吉神)と神功皇后>って何?



(「卑弥呼の墓 その5 ~卑弥呼の鏡~」)  へ つづく)

 

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2019年10月19日 (土)

卑弥呼の墓 その3 ~ 高良神と饒速日命~

(「卑弥呼の墓 その2 ~祇園の神~」  つづき )


高良の神とは何者なのか。
たどり着いたのは、饒速日命でした。
(「神の鉾 4 ~天照の分御霊(わけみたま)~」)

高良玉垂神と、饒速日神。

書く度に二柱の共通点が出てきます。


* 高良神(磯良神)の満珠・干珠という海の満ち引きを操る二つの珠。
  饒速日命の十種宝神宝の「生玉・死返玉」という二つの珠。


* 高良神(磯良神)は、月神。
  (「神の鉾 2 ~高良玉垂宮神秘書~」)

  (「神の鉾 4 ~天照の分御霊(わけみたま)~」)
  (高良神が持つ二つの珠が海の満ち引きを操る=月の作用と同じ=月神)

  饒速日命は、月神であり日神
  (「二つの伝承 9 ~日の神 と 月の神~」) 
   伊勢の外宮のご祭神は、籠神社から来た月神。

   籠神社の神は、月神であり、磯神と呼ばれていた。
   そして「潮満玉と潮干玉」を有していた、と。
   (京都、籠神社のご祭神は天火明命=饒速日命)

   また、<伊勢はもともと「磯宮」と呼ばれていた>ことから、
   伊勢の神=天照が磯神

      天火明命、饒速日命、磯神、月神、海を操る二つの珠、伊勢、磯宮、天照。

  それらが、籠神社で繋がりました。


*奈良の石上神宮は、ご祭神が布留神である饒速日命です。
 
 饒速日命が石上神宮の神・いそのかみなら、
 磯良神(高良神)がいそのかみと呼ばれてきたことは自然。

 良(ラ)とは、光、神の意味、本来は磯神。
  (「日本の真相 17 ~安曇磯良神の名の意味~」)


*高良の地は物部氏の領地だった。
 彼らの祖神、饒速日神。

 石上神宮は、物部氏の祖神・饒速日命(布留神)がご祭神。

 

*筑紫(福岡)における饒速日命が祀られているとされる社に、
 彼と同神とする住吉神、八幡大神、春日大神、などが一緒に祀られている。
   (「日本の真相 19 ~神・饒速日命の名~」)

*饒速日命の本地仏(神仏習合の際の仏の姿)は、十一面観音とされます。
 かの神が祀られている三輪山の大神神社。
 その社の側の堂に、元々、十一面観音があったそうです。
 饒速日命の面影を映したとされるその仏像は、後に聖林寺に移されました。

 高良玉垂宮の本地仏も、十一面観音。
 高良大社の社の側にあり、神仏分離の際、麓の寺へ移したそうです。


*饒速日神は、住吉神。
 大嘗祭から繋がりました。
 さらに饒速日命=天照です。 
  (「大嘗祭 と 住吉神 と ニギハヤヒ ~その1~」)

 久留米の伊勢天照御祖神社のご祭神が、饒速日命。
 (高良大社の参道にもある)
 
 伊勢の神が磯神と呼ばれ、京都・籠神社から来た月神(天火明命)でもあるのなら、
 ここにあるのは偶然では無い。
 (高良神=月神=磯良神=饒速日命)

 
*日吉神社と日吉大社の神

 日吉大社の元宮の一つ、福岡県那珂川市の日吉神社。
   最澄がここの神を日吉大社へと勧請しました。
  (「結びの山 ~その14 日吉の神とニギハヤヒ命~」)

 日吉神社の神は、地元の人は猿田彦神だと通っていますが、
 正式には大己貴命。
  (「日吉の神は大己貴神 ~那珂川市 日吉神社~」)

 日吉大社の二つの社の神は同じだとあり、
 猿田彦神と三輪山の大神神社から勧請した大己貴命は同じ神。

 大神神社の大己貴命は、饒速日命。
 日吉神社の神は、かの神なのです。

 そのすぐ側には、猫岳という小さな山があり、高良神の若い頃の城が
 あったという伝承もあります。

 
*現人神の誕生地

 那珂川には現人神社があります。
 住吉神社の元宮とされています。
 (この地には、元宮が二つあるのです)

  (「那珂川は饒速日命(天照・住吉・高良の神)の生誕地」)

 那珂川の地は、伝承の「みそぎの地」であり、
 そのみそぎで生まれた神が住吉神なのです。
  (これは、住吉神がここで生まれたことを表しています)

 住吉神が饒速日命なら、「猫岳の高良の神」は偶然ではありません。

           *

高良神が住吉神で間違いなさそうです。
磯良神であり、石上神宮の神、饒速日命。 
彼は、伊勢の神、天照。

           *

では、彼が饒速日命ならば・・・。

その社の麓に眠る、社の関係者によって守られてきた墓は、
高良神にとっても大切な人のはず。


(つづく)

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2019年10月18日 (金)

卑弥呼の墓 その2 ~祇園の神~

前回の記事
卑弥呼の墓 候補地 その1 ~祇園山古墳~

その場所は山ナビのYAMAPで、他の方のログで知りました。
祇園山古墳の「祇園」の名と、「高良大社」に祀られている神とは深い繋がりがあります。

*「祇園

祇園と言えば、京都の祇園祭が有名です。

三韓征伐に旅立つ、神功皇后の物語を勇壮な船鉾に表現しています。

「祇園祭船鉾保存会」のHPには、このようにあります。
http://www.funeboko.jp/saijin.html


京都の祇園祭の主役の一人は神功皇后。
住吉明神は、神功皇后を助ける副将。
鹿島明神は、船鉾のかじ取り役。
そして、龍神・安曇磯良神は、船鉾の案内役。
満珠・干珠を持ち、海流を自由にできるという。

        
普通、祇園信仰というと、牛頭天王であるスサノオ信仰を表します。
ですが、京都の祭りでは上記の神々が主役なのです。

元々はスサノオでは無かったのではないか。

「高良玉垂宮神秘書」

上記の「祇園祭」の神の役。
高良玉垂宮神秘書を知った時に、重なりました。

高良大社に伝わるその神秘書には、ご祭神と神功皇后との伝承が記されています。
(「神の鉾 2 ~高良玉垂宮神秘書~」)

そこには、「祇園祭」の住吉神、鹿島神、安曇磯良神、の神の名があり、
さらに春日の神と共に、同神としています。
(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)

「磯良神は大和で40万年、ひたちで40万年、勝馬(かつま、志賀島)で40万年過ごされた神。

大和は奈良の春日神、常陸は鹿島神、
勝馬は福岡の志賀島の志賀島海神社の神である(「志賀海神社 ~福岡県~」)
綿津見三神(住吉三神と同神とされます)。

祇園の神は、すべて同神なのです。


*「高良玉垂神

では、祇園の神が「高良玉垂宮神秘書」の神なら、彼の正体は。

それが伝わる、高良山の中腹にある高良大社。
高良玉垂神、住吉神、八幡神がご祭神です。
三柱は同神でした。

祇園の神こそ、住吉神(高良神)そのものです。

           *

「京都の祇園祭の三柱」

住吉明神、鹿島明神、そして、龍神・安曇磯良神は、同じ神。
さらにもう一人の、神功皇后。

高良玉垂宮神秘書には、高良神(住吉神)と神功皇后は夫婦だとあります。
(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)


神功皇后と夫婦だという高良神は何者なのか。

調べていくと、一柱の神にたどり着きました。

(「神の鉾 4 ~天照の分御霊(わけみたま)~」)


饒速日命です。


(つづく)

 

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2019年10月15日 (火)

卑弥呼の墓 候補地 その1 ~祇園山古墳~

福岡県久留米市の高良山の麓にありました。

候補地の理由は

*卑弥呼の時代と重なる
*魏志倭人伝に記載されている「殉葬者100人」に迫る60体が側に埋葬されている
*該当する墓は盗掘されているものの(鏡は高良大社の宝物殿にあるそう)、側の墓からは鏡等が出土など

詳しくはこのHPで。
http://wwr2.ucom.ne.jp/hetoyc15/kodaisi/himikotyou/himiko3horon.htm


その古墳の名が「祇園山古墳」。
「祇園」の名は、神功皇后と高良の神(磯良神)に繋がります。
(その説明は後に)

Gion01
 高良山へ続く道を横切る、高速の高架をくぐるとすぐ右(南)へ。

Gion02
隣に高速が走っています。
何割かは削られましたが、土地の人のご尽力によって大部分が残されることになりました。
 
Gion03
(クリックすると拡大されます)
 
Gion04
祇園山古墳測量図。
古墳の周りには60体以上、同時期に埋葬されています。
その中には「刺し違え」も二組ほど見受けられるともありました。

Gion16

Gion06
「刺し違え」という言葉だけで、迫るものがあります。
奈良の箸墓古墳も卑弥呼の墓候補地となっていますが、殉葬者はなかったはず。

Gion09
頂上には吹きさらしの石棺が一つ。

Gion10
見えてる部分は、縦1.5m、横0.6mくらいでしょうか。
台形(四角錘台)になっており、底の方が広いそうです。

Gion11

どなたかが置かれた花がありました。
この地は古くは、高良大社の関係者の邸宅があり、大事な場所だからとずっと大切にされてきたそうです。

その為か、途方もない時を経ているからか、ここはとても居心地がいいです。

Gion12

眺めがいい地を「占地」といい、地位の高い者が埋葬されていたそうです。

Gion17

曼殊沙華が咲いてました。

Gion13

地図の右中ほどにあるのが高良山山頂。
麓の駐車場がいっぱいだったので、山頂近くの駐車場に停めて、車道を走って下りてきました。

祇園山古墳の場所は、山の麓の左の方の青い丸。

真ん中ほどの赤い二重丸が、「高良大社」です。


「卑弥呼の墓」の候補地の一つが、高良山の麓にある。
しかもその名が「祇園山古墳」。

「祇園」の名と、高良山にある「高良大社」。
それがここにあるのは、偶然では無いのです。


(つづく)

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2019年10月 6日 (日)

シュスランを探して

シュスランが咲いていると聞いて、福岡県那珂川市の九千部山へ。

去年の大雨で崩壊してしまった桜谷から。
その後、随分と通れるようになっていました。

Syusuran03
九千部山から九州自然歩道になり、歩きやすい縦走路が続きます。
シュスランはその縦走路にもあるとのこと。
探しながら歩きましたが、一向に分からず。Syusuran01

もう一つ見たかった銀竜草に会いました。
春にしか見られないと思っていた、別名「幽霊草」。
これでも菌類だそうです。

Syusuran12

Syusuran05

石谷山山頂。
九千部山から花を探しながら1時間。
この辺りにあると聞いてたのに、全く分からず。

次の日、もう一度リベンジしました。

二日目。
再び、石谷山山頂。
探しても全く分からず。
ふと、2,3センチくらいなんじゃ?と、しゃがんでみました。

あった!

Syusuran06

まるで「アハ体験」!

5,6センチほどでした。
こんな小さかったのかぁ!

Syusuran07
この周辺にあります。
分かりますか?^^:
Syusuran08

可愛い~。
アップで撮ってみました。

山に咲く花は大抵、限られた場所でないと咲かないので、他のとこに移してもだめですよ。

Syusuran09

花を探すより、この葉っぱを探した方が分かりやすいです。

Syusuran10
小さくても蘭ですねぇ。

シュスランは「繻子蘭」。
昔、「ぼくの地球を守って」という漫画のキャラの名前の一つ。
この花だけ、見たことがなかったのです。
特に思い入れの深いその漫画。

作者さん、よくこんな小さな花の名を、と感動しました。

Syusuran13

ちなみにこちらが「ヨメナ(嫁菜)」
キク科シオン属。
紫苑に似ている花です。

Syusuran11

こちらがツリフネソウ。

Syusuran02
ピンクの曼殊沙華もありました。
あまり花に興味がなかったのですが、山に咲くのは特別。
帰ってから調べて、山で会えると旧友に会えた気持ちになれます。

 

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