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2019年12月26日 (木)

立花山と神功皇后の伝承地

(つづき)

 猪野(いの・伊野天照皇大神宮の場所)から車道を歩いて6.7キロ。
1時間半後に立花山登山口到着。Dsc_8048
人気の山なので、登山道も整備されてて歩きやすいです。

Dsc_8051椋木の巨木。

Dsc_8056

登山口から40分ほどで、立花山頂上。

ここは立花城址です。Dsc_8057

Dsc_8058

博多湾が一望。

細い半島は、海ノ中道。
その先の陸続きの志賀島(勝馬)は、金印が出土した場所であり、
志賀海神社があります。
磯良神でもある綿津海三神が御祭神。

高良玉垂宮神秘書にあった
「磯良神は、大和で40万年、常陸で40万年、勝馬で40万年過ごされた神」の
勝馬とはあの場所です。
磯良神は高良の神、饒速日命でした。
(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)

 

この後、下山。

猪野へ戻ります。
行きと違って車の多い通りへ。

立花山の側には「香椎宮」があります。
御祭神は神功皇后など。
この辺りは彼女の伝承地でもありました。

Dsc_8071

手前に見える三角の山は、48mと低山の鳥越山。
その麓には、黒男(くろどん)神社が。
御祭神は神功皇后の右腕、武内宿祢。

Dsc_8073

この道の途中に、「斎宮」があります。

Dsc_8074_20191225191401

神功皇后が宇美で応神を生んだ後、しばらくの間、育てた場所。

Dsc_8077

Dsc_8081_20191225191601

伝承では、イルヰという羽白熊鷲(羽が生え、空を飛び人を攫った)との決戦の前に
籠った地ともされてます。

Dsc_8087

猪野に戻ってきました。
遠見岳です。

神宮到着、5時ぴったりでした。


全行程18.7キロ、約6時間。
足も痛くならず、山行復帰です^^

 

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2019年12月24日 (火)

伊野天照皇大神宮*神路山

 九州の伊勢と言われる「伊野天照大神宮」
神功皇后が彼女の天照神を祀ったところ。

Dsc_8034

Dsc_7980_20191224135601

Dsc_7982
一番奥にある「古神殿跡」
神が降臨したという場所です。

Dsc_7984

今日、ここに来たのは、このお社の裏山の「神路山」に行くため。
伊勢の内宮の裏山も同じ神路山です。
Dsc_7989

神功皇后が遠見をしたという遠見岳への登山道を登って、30分ほど。
峰続きにその山はありました。

Dsc_7997

ここは空気が違う。
とても気持ちがいいです。

Dsc_7995

「神路山」

Dsc_8005

そこから5分ほどで、遠見岳頂上。
東屋があります。

Dsc_8006

 

Dsc_8013

北西方向。
相島(あいのしま)が見えます。

Dsc_8010
南西方向。
遠く見える山並みは背振山系。

Dsc_8012

ほぼ西に見える山は、立花山。
一度は登ってみたかった山です。

見た目ではこれくらいの近さ。
Google先生で調べたら7キロほどと。
行けるやん!?

下山。
お社に戻ってきました。

Dsc_8017

Dsc_8025

Dsc_8030

まだ紅葉が残ってて良かった。

Dsc_8023
大神宮のご由緒。


この後、車道を歩いて立花山へ。

( つづく )

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2019年12月20日 (金)

リハビリ*天拝山

筑紫神社の後、まだ昼頃だったので天拝山へ。
このまま少し登ってみよう。

Dsc_7828

天拝公園。
天拝山は低くて、整備された広い登山道が整備されているので、散歩がてらに登れます。

Dsc_7892

ここは天神さまが天に祈った山。
天は荒穂の神様。

Dsc_7833

まだまだ紅葉が綺麗でした。

Dsc_7845

登り始めて30分で頂上に着きます。
頂上には、天拝神社。

Dsc_7850_20191220002401


展望台から宝満山や三郡山地が一望できます。
2年前にここで、背振山地を一気に縦走したという人の話を横で聞いた時は、
それから1年もせずに、3回に分けて縦走することになるとは思いませんでした。

下山は「天神さまの径」から。

Dsc_7859

途中に行者滝がありました。

Dsc_7861
不動明王さんです。
かっこいい~!

 

Dsc_7864
なだらかな稜線が続きます。
一度下山して、再び谷沿いを登りました。

Dsc_7873


こっちは紅葉が綺麗。

Dsc_7888

途中で猫に遭遇。
ちょうど餌をあげにきた、近所の方とお話をしました。
地域の方数人で餌をあげ、避妊手術を受けさせて、天拝山の猫達を守ってるそうです。
前に荒穂神社にいた猫もその中の2匹。

Dsc_7838

中腹にある荒穂神社。

Dsc_7835

(「天神様が拝んだ神 ~福岡 天拝山~」)


約2時間の山行。
足に痛みも出ませんでした。
無理せずに、ぼちぼち登ります^^  

 

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2019年12月17日 (火)

リハビリ*筑紫神社

英彦山の事故から一か月。
一か月の安静だったので、この日から復帰!

長かった~。

夢にまで見ました。

頼んでた新しい登山靴が前日きたので、慣らしの歩きです。
筑紫神社へ。

Dsc_7795
丘の上にあるので、階段も確かめ。

大丈夫そうです。


Dsc_7799

紅葉がまだ残ってました。

Dsc_7805

 

Dsc_7809

Dsc_7810

御祭神は、筑紫宮、宝満大神、田村大神。

(「二つの伝承 8 ~五十猛と甕依姫~」)

お気に入りは、お社の裏。

Dsc_7819_20191220002701

    

 

Dsc_7822

スカルパのミトスです。

ほぼ新品を、フリマアプリで安く購入しました。
普段の靴よりプラス1cm大き目。
厚手の靴下を履いてちょうど良いです。

これの前にキャンパスのGK8Xを買いましたが、こちらは恐ろしく重い。
かかとが合ってないのか浮きます。
売ることにしました。

だから、登山用具ってたくさん出品されてるんですよね。
使ってみたけど体に合わなかったとか。

生死に関わるので、我慢して使うわけにもいかない。

今まで履いていたのは、コロンビアのセーバー4でした。
片足350gと軽い!
一日で縦走40キロを歩く時もあるので、軽さは正義でした。
難点は、鬼のように滑る。
濡れた岩や石段はほぼグリップ無しです。
何度か豪快に滑りました。

でも気に入ってたので、2年目も同じものを。
また一年経って、へたってきたかなと思う頃の事故。

山ナビの過去ログみたら、この一年で660キロ歩いてました。

へたるのは当たり前~。

今度のは、滑りにくい、足首保護を最優先に探しました。
迷いに迷って、山漫画「ヤマノススメ」でキャラが履いてるのを候補に。

なかなか評判も良かったので決めました。

セイバーくらい、足に馴染むといいですね。

また山を巡ります!

 

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2019年12月 5日 (木)

卑弥呼の墓 その8 ~黒き巨人~

(「 卑弥呼の鏡 その7 ~再び姿を現す神~」)つづき

「何故、神功皇后と住吉の神」なのか。

その答えは、たった一つ。
彼らが饒速日命であり、その后、ヒミカ(ミカシヤ姫)であるからです。

高良玉垂宮神秘書は、確実にそれを表しています。
また、全国の祭りやここまでの様々な伝承など、そこへ矛盾なく行きつきます。

二人は切ることのできない間柄です。
「住吉の神」は、目に見えない神ではありません。
そこに人として存在する者、現人神なのですから。

確かに、そこにいたのです。
神功皇后とされている者の側に。

<悪神を退治する神>

ニギハヤヒ命とヒミカ。

前世の夢の中の「彼ら」は、得体のしれない物たちと戦っていました。
  (「古代奈良の夢 ~前世 4~」)

その中で「今の自分の意識」は、”怪物”の存在を自然に受け入れてました。
違和感なく。
  <その頃、日本のあちこちに”出た”ので退治しに行った>
とは、夢を見た後で浮かんだものです。


”それ”に再び出会ったのは、高良玉垂宮神秘書の記述でした。
  <イルヰとは、羽を持ち空を飛び、人をさらう>
神功皇后は悪神を鎮める為、大根地山に登り、神に祈ります。

                                    *

彼らは、「古代奈良の夢」の二人なのかもしれない。

・・・彼らが、二人であるからこそ、神秘書に”それ”が伝わっているのでは。

そう気づいた時、鳥肌が立ちました。

 ”怪物”の存在は本当かもしれない。

            *

ここにもう一つ、気になる記述があります。
「出雲国造神賀書」です。

  天穂日(アメノホヒ)命は、悪神を鎮める為に地上に遣わされ、(略)
  剣の神・布津主神と共に地上を平定した。

アメノホヒは、(ここの場合は)饒速日命。
稲穂の神、年神です。
布津主神、彼の父のスサノオと共に記されていることからも推測できます。
(石上神宮には、同神として祀られています)

出雲のその伝承は、イルヰ(荒ぶる神)を共に退治したという、彼らを彷彿とさせます。
 (「神の鉾 2 ~高良玉垂宮神秘書~」)

              *

彼らの数々の共通点。

偶然、気のせい、ただの夢物語としてしまうには、符合するものが多いのです。


ならば「黒き巨人」とは。
それも”墓”から蘇るものか。

 

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2019年12月 2日 (月)

卑弥呼の墓 その7 ~再び姿を現す神~

 (「卑弥呼の鏡 その6 ~同じ時を生きる~」 のつづき)


二人の伝承地の一つ・福岡県那珂川市。
ここには、<二つの元宮>と<禊の地>があります。

「現人神社」(「現人(あらひと)神社 福岡県」)(住吉の元宮)
「日吉神社」(「日吉神社 ~福岡県 那珂川町~」)(日吉の元宮)


二つの宮の御祭神は饒速日命でした。
  (「現人神社の武藤さん」)
 (「新嘗祭 と 住吉神 と ニギハヤヒ ~その2~」)
 (「結びの山 ~その14 日吉の神とニギハヤヒ命~」)
 (「日吉の神は大己貴神 ~那珂川市 日吉神社~」)


饒速日命が住吉の神であり天照であるから、那珂川が「イザナギの禊の地」なのです。
住吉神の元宮「現人神社」がそこにあるからこそ、その神話が創作されたのです。
 (「安徳台と高天原」)
 (「「儺の国の星」 ~岩戸~」)      (18/07/31)
 (「岩戸開き その4 ~岩戸~」)  (18/04/16)  *1
 (「那珂川は饒速日命(天照・住吉・高良の神)の生誕地」)
 (*筑前風土記にも「禊の地」として記載されていました)


神話の「真の道」もここにあります。
 (「結びの山 ~その11  天孫降臨 ~」)
 (「禊の地と真の道」)
「真の道」の先、筥崎宮の宮司さんもご存じだというその道。

那珂川には「岩戸」もあります。
 (「結びの山 ~その9 天岩戸 ~」)
ここの天の岩戸の伝承は、「奈良」と結びつきます。
「戸の片割れが奈良に飛んだ」
その伝承は、ここの神(天照)が奈良と繋がりが強いことを意味します。
(饒速日命が奈良へ行き、ミカシヤ姫(神功皇后)と共に戻ってきたとみています)

                                            *


これら(「その1」からのこと)全ては、こじつけであり、偶然でしょうか。
自分はそうは思えません。

                *


*1の(「岩戸開き その4 ~岩戸~」)  (18/04/16) を書いていた頃は、
まさか二人は同じ時代ではないだろうと思っていました。
もしかすると「転生では?」とも。

今は確信しています。

住吉神と神功皇后。
彼らは饒速日命と、ヒミカと呼ばれていたミカシヤ姫です。

                         *

ならば、神功皇后の夫は仲哀天皇ではありません。
彼ら(饒速日命たち)は奈良で出会っているはずです。

(「日本の真相 1 ~物部王朝~」)の途中まで言われてたように、
それら以前がすべて創作か・・・。
それはさすがに無いかもとも思います。
ならば、これらを「神功皇后の伝承」として、神話の中に埋め込み、辻褄を合わせたのか。

                                               *

なぜ、饒速日命を最初の天皇にしなかったのか。
それは「神とも思えるほどの力(物か人)」を持つ彼らと、繋がりがないからでは。

そもそもその力は、血脈と関係なさそうです。
その答えは、現人神社にありました。


<現人神は、国の大事の時、再びこの世に姿を現す神>


伝承ではそう語られています。
「再びこの世に姿を現す」
彼らは生まれ変わりをする神なのです。

現人神・饒速日命は年神(大歳神)でもあります。
年神は年始に赤子の姿で現れ、年末に翁の姿になるという、神唯一の「生まれ変わる神」。

前の世で、この世に「在る」時からそれを知っていたからこそ、
「始まり」のこの社にしっかりと刻まれているのです。


・・・それ以外に、考えられません。
伝えようとしているのです。
彼らは、自分らは再びこの世に姿を現すと。

                 *

「卑弥呼の墓」

それは奈良にもあります。
奈良県奈良市山陵町の神功皇后陵(今は五社神古墳)。
そこは、トミの里でした。
 (「夢顕現 その1 ~トミの里~」)

その地は、饒速日命、ミカシヤ姫の住まいがあった地です。
神功皇后の伝承もそこにあります。
ここが空っぽだとも思えないし、私の心の拠り所であったこのご陵さんが、
彼女と関係ないとも思えません。

ただ、この時点で一つ分かることは、奈良と福岡、
その両方とも彼女のふるさとです。


              *

・・・もしも彼女が彼らなら。

 

<国の大事の時・・・>

私が見た「燃え上がる東京」
この時に、すべて繋がるのです。

 (「未来の記憶 ~前世 5~」)

             .

( つづく )

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