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2020年3月22日 (日)

神功皇后の伝承地 9 ~姫古曽神社の神の名は~

姫古曽神社には高良大神が祀られていました。

田川の現人神社の「ツヌガアラシト」が追ってきたという姫の名が「ひめこそ」であり、
それが「ツヌガアラシト」を示す暗喩である。
         ↓

媛社神社」の御祭神の一柱「磐舩神」は饒速日命である。
         ↓

「姫古曽神社」の御祭神は、高良大神。
         ↓

高良大神は、饒速日命。

やはり繋がりましたね。
高良大神と共に祀られている神の、住吉大神、八幡大神は同じ神です。

繋がるからこそ、彼以外ではないのです。

               *

<「肥前国風土記」の神>

肥前国風土記にあった「山道(やまじ)川」が今の山下川。
その西岸に荒ぶる神がいて、道行く人の半分を殺していた。

(「神功皇后の伝承地 6 ~媛社神社と荒穂神社の伝承と二つの風土記~」)

その場所がこの地だと言うのですが・・・。Dsc_1135

この辺りはとても広い平地なのです。
(当時は北の玄海(博多湾)と有明海が繋がり、今よりも水路は広かったはずなので、
 道というより、水路を渡る人が多く亡くなっていたということかもしれませんが)

わざわざ、「荒ぶる神」のいる場所を通るでしょうか。
避けて通ればいい話。
数キロ遠回りをすれば安全な道があるはずですから。

それがここが「荒ぶる神」が「史実」としていた場所ではなく、
その神が「イノチツクシ」の神のことではないかと思った理由です。

「荒ぶる神」は、「鞍韉盡坂(したくらつくしのさか)という険しく狭い坂」
に出た「イノチツクシ神」。
そこは「冷水峠」。

(「二つの伝承 7 ~冷水峠~」)

長い間、九州の箱根と言われていた程の難所は、この一帯ではここにしかありません。

その「イノチツクシ」の神が、退治した方の神を「筑紫の神」と祀るようになった。
それが「筑紫神社」です。

御神祭の筑紫の国魂は、筑後国一之宮「高良大社」の御神祭である高良の神。
(一之宮に祀られている神が、国魂の神であるはず)

高良の神は、物部氏の祖神である饒速日命。

だから、ここに高良神が祀られているのです。

上記にもありましたが、住吉大神、八幡大神は同じ神です。

(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)

(「神の鉾 5 ~天照の分御霊~」)

(「卑弥呼の墓 その3 ~ 高良神と饒速日命~」)

(「日本の真相 19 ~神・饒速日命の名~」)

この社には、もう一柱の神の名がありました。

市杵島姫神です。


( つづく )

 

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