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2020年4月14日 (火)

「古代史の謎」 6 ~住吉神と神功皇后 後編~

住吉大神=塩土老翁=天火明命=饒速日命=高良玉垂命
豊受大神=市杵島姫=神功皇后

塩土老翁と豊受大神が夫婦であり、
天火明命と市杵島姫が夫婦
住吉神と神功皇后が夫婦
高良玉垂命と神功皇后が夫婦

彼らが同じ者であるからこそ、同じことを伝えているのです。

                 *

(「日本の真相 21 ~住吉大社~」)
過去記事に、住吉大社と籠神社の伝承から、
住吉神と神功皇后、卑弥呼とトヨの関わりについてありました。
豊受大神が神功皇后ならば、豊玉姫も彼女。

ツヌガアラシト=天日槍=饒速日命
天日槍が応神天皇であり、饒速日命。
(*応神天皇と豊玉姫については、彼ら自身じゃない部分もあるかも。
  本人かその子か。または混在しているのかもと感じてます)

                   
彼らの時代が「ヤマト建国の時」だという可能性があるならば、
神功皇后が仲哀天皇の后ではありません。

                     *

「武内宿禰は住吉の神」


「神功皇后」の側にはいつも、住吉神と名を替えられた饒速日命の姿がありました。
その一つの名が、武内宿禰。

「古代史の謎」では、その武内宿禰が住吉の神ではないかとあります。 

 高良玉垂命は武内宿禰という説がある。
 武内宿禰は神功皇后の忠臣。
 かたや高良玉垂命は神功皇后の新羅征討で、「輔弼(ほひつ)の神」として活躍。
 神功皇后は「トヨ」の名を冠する女神と多くの接点を持っている。
                (紺文字は、「古代史の謎」より要約)

伝承では「香椎宮」での神事の際、仲哀天皇が亡くなったとされます。

 「古事記」では、その場にいたのは武内宿禰と神功皇后のみ。
 一方、「住吉大社」の伝承では、住吉神と神功皇后は夫婦。
 これは、住吉の神と武内宿禰は同一人物だからでは。

 高良玉垂宮神秘書にも、住吉神と神功皇后が夫婦とあります。

 *高良大神=武内宿禰=住吉大神(饒速日命)
 *住吉神と神功皇后が夫婦


「宇佐神宮の住吉神」

宇佐神宮の放生会の神事に登場する「住吉神」。
神功皇后の眷属が古要相撲で負けそうな時に現れ、加勢し東軍を倒す。

また宇佐神宮の伝承では「八幡神は応神天皇」とあります。
(八幡神=応神天皇=饒速日命=住吉大神)

どの住吉神も神功皇后と強い関わりがあります。

                  *

「饒速日命と武内宿禰」

彼らを結びつける伝承が数多くありました。

「武内宿禰=弥五郎どん=猿田彦神=大己貴神=塩土老翁=天日槍」

*「武内宿禰と弥五郎どん」

岩川八幡神社の放生会の「弥五郎どん」。(鹿児島の曾於(そお)市)
 鬼のような面に矛を持つ。
 かつては武内宿禰とも言われていた。
 祭りで
弥五郎どんは、母の「神功皇后」に会いに浜で禊を行う。


*弥五郎どんとそっくりな「猿田彦神」

大己貴神は出雲の国譲りの後、サルタヒコを「分身」として置いて行った。
また大己貴神が「広矛」を置いて行った。(日本書紀)

「分身」というのは、本人そのもの。
大己貴神=猿田彦神
(「結びの山 ~その14 日吉の神とニギハヤヒ命~」)
那珂川の日吉神社の神は大己貴神。
日吉大社(比叡)の元宮であることから、彼が猿田彦神と辿り着きました。

Dsc_2006_2-1 (日吉神社)

Dsc_2003-1

(日吉神社の猿像・天狗か天使?)

 

また「矛」は、彼へと繋ぐ重要なアイテムなのかもしれません。
(「神の鉾 1  ~伊野の鉾~」)

彼が「天日槍(矛)」でもあるならば、それは偶然では無いでしょう。


*猿田彦神にそっくりな「塩土老翁」

事勝国長狭(ことかつくにかつながさ)という神が、
サルタヒコそっくりな行動をし、別名を塩土老翁という。(日本書紀)

塩土老翁はサルタヒコと通じてくる。
塩土老翁が武内宿禰とよく似ているのだから、弥五郎どんは武内宿禰という伝承は無視できない。


*武内宿禰と天日槍

弥五郎どんはサルタヒコそっくりで、「長い鼻」「矛(槍)を捧げ持つ」。
サルタヒコが光り輝くのは、「陽」「太陽」だから。
「陽」は「矛(槍)」であり、光り輝くのは「日」でそのまま「天日槍」になる。

猿田彦神の別名が塩土老翁ならば、そのもの。
塩土老翁は住吉神です。

「似ている」というのは「模倣」であり、その特徴を表しているということ。
事勝国長狭が猿田彦神に似ている 別名が、塩土老翁(=住吉神)
弥五郎どんが猿田彦神に似ている 武内宿禰と言われている
猿田彦神の姿が天日槍を表している

猿田彦神は光り輝く姿から、国津神の天照という説がある。
天照は饒速日命。
猿田彦神=饒速日命

饒速日命は、ツヌガアラシトでした。
(鬼のような角があったからとされている)

角が何の象徴か(異能の力を表すか?)分かりませんが、
「鬼のような面に矛」という姿が、彼を暗喩しているのは間違いなさそうです。

饒速日命が猿田彦神であり、住吉神でもあり、伊勢神宮の天照神。

そして、神功皇后は彼の后であった者。

                          *

「神功皇后は卑弥呼であり、トヨ」

「神功皇后」は饒速日命の后です。
(時代が違う、というのは後程)

以前、伝承から神功皇后は甕依(みかより)姫であり、そこから
「日甕」(ヒミカ)の名に辿り着きました。

「卑弥呼」はヒミカと呼び、それが彼女の名前なのではと。
神功皇后が「トヨ」ならば、卑弥呼とトヨも同一人物なのかもしれません。
(途中で、その名を誰かに継いだのかもしれませんが)

彼女が籠神社の御祭神でもあり、饒速日命が籠神社に祀られているのならば、
伝承の「二つの玉」は、物部に伝わったとされる「十種神宝」の中のものです。
真実は、鏡が珠か分かりませんが。

(「日本の真相 9 ~卑弥呼とトヨと物部と~」)
(「日本の真相 10 ~卑弥呼 と 八咫鏡 と 十種神宝~」)

上記の記事に、それは「卑弥呼」のものであるともあります。
(「卑弥呼の墓 その5 ~卑弥呼の鏡~」)


                     *

「古代史の謎」で関氏は、

神功皇后の九州征伐の拠点となったのは「豊浦宮」。
これは「トヨの港の宮」の意味。
「日本書紀」では神功皇后を指して、邪馬台国のヒミコかトヨだったかもしれないとしている。

と書かれています。


次は、彼らと邪馬台国。
                      


( つづく )

 

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