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2020年4月18日 (土)

「古代史の謎」 7 ~邪馬台国~

  その本のふと開けたページが「高良大社」でした。

                *
「古代史の謎」を書かれた関裕二氏は、そこが邪馬台国ではないかとされています。

「第4章  神社に伝わる邪馬台国解明のヒント」から 

高良大社

 高良大社の地が、「戦略からみた邪馬台国の地」として最も適している。
 難攻不落の軍事拠点の地。
(耳納山系の西端にあり、筑後川(交通)、筑紫平野(穀倉地帯)がある)

 神功皇后もこの地に陣を敷いたという伝承がある。
 「魏志倭人伝」から、倭国の都=邪馬台国は湾岸ではなく内陸部。
 内陸部からの敵からも。
                      (紺色は要約)


以前、高良大社の麓にある「祇園山古墳」を知り、その名と、
邪馬台国のヒミコの墓の候補地と言われていることから、
「祇園の神」の神功皇后と住吉の神と「高良大社」の神との繋がりを記しました。
(「卑弥呼の墓 候補地 その1 ~祇園山古墳~」)

Gion09                          高良大社の側の祇園山古墳

 高良大社の御祭神は、高良玉垂命と豊比咩命。
 高良玉垂命は武内宿禰という説がある。
 武内宿禰は神功皇后の忠臣であり、
 かたや高良玉垂命は神功皇后の新羅征討で、「輔弼(ほひつ)の神」として活躍。
 神功皇后は「トヨ」の名を冠する女神と多くの接点を持っている

まさに、ここに繋がります。
高良大神は、饒速日命。
武内宿禰も武雄神社の裏山の「御船山」の存在から、饒速日命ではと。
(「饒速日命と武内宿禰」)
                    *

「時代」
 
(「岩戸開き その3 ~神功皇后~」)
(「高良の神と日甕」)
上記の記事を書いていた頃は、神話などで言われているように、
饒速日命と神功皇后の時代が違うという考えから離れられませんでした。

それを崩したのが「日本の真相」です。
「この国の始め」が「邪馬台国」ならば、その女王「卑弥呼」と、
「国の始め」に存在するという「饒速日命」の時代は重なるのでは、と。
(「日本の真相 9 ~卑弥呼とトヨと物部と~」)

 卑弥呼と台与
 系図の、日女命と小止與命
 神功皇后と與止日女(豊姫)
 そして、二人と住吉の神とを繋げる「物部」の名。

                      *

神功皇后が卑弥呼ならば、饒速日命の時代ではないのか?
・・・それは、饒速日命である住吉神の后が「彼女」なら、彼女が卑弥呼ということではないのか?

                      *

高良大社や各地の伝承では、高良大神(住吉神)と神功皇后は夫婦です。
住吉神が饒速日命ならば、彼女はその后ミカシヤ姫。

ミカシヤには棚機(織姫)の意味がありました。
媛社神社に祀られているのは、磐船神の饒速日命と、その后、棚機神のミカシヤ姫です。
そこから、神功皇后へと繋がりました。
(「神功皇后の伝承地 5 ~媛社(ひめこそ)神社~」)
(「神功皇后の伝承地 10 ~織姫と市杵島姫と神功皇后~」)

半島に伝わったというその名「卑弥呼(ひみか)」
漢字を当てると「日甕」。
「甕・ミカ」は、神への捧げものを入れる器の意味がある。
「日の神の依り代」の意味に繋がる。それは「日の神の巫女」。

「ヒミカ」
それが、今、神功皇后と言われている彼女の当時の名前です。
(「二つの伝承 8 ~五十猛命と甕依姫~」)

高良大社などの伝承は 、二人のことを示していたのです。

                 *

「邪馬台国」

神功皇后が卑弥呼であり、邪馬台国の女王であるなら、
王は饒速日命です。
(王は隠されている *後に記述)

「邪馬台国」は、ヤマトの国。
古語で「神(王)のいる国」を意味するならば、彼がいた二カ所です。

福岡、久留米地方(広く、筑後)と、奈良の三輪山周辺。


                          *

「神話の地・那珂川」

饒速日命は住吉神でした。
彼は大己貴神であり、住吉神であり、天照神です。 

「日吉の神は大己貴神 ~那珂川市 日吉神社~」)
(「那珂川は饒速日命(天照・住吉・高良の神)の生誕地」)

 ここ、住吉の元宮「現人神社」がある那珂川が、彼の「生まれた」場所。
イザナミの禊の地で生まれた住吉の神。
だからこの地に彼の二つの元宮(現人神社と日吉神社)があるのです。

 

「この国は韓国に向かい、笠沙の岬まで真の道が通じていて」
と神話にある「真の道」もここにあります。
(「禊の地と真の道」)

Dsc_1187(真の道)

    南から、成竹山麓の日吉神社~裂田神社(安徳台・中央の蓋のような緑の大地の東側)~
    現人神社~天御中主神社(ここまで那珂川)~筥崎宮(中央奥の立花山の西)

    筥崎宮の地は昔、「葦津ヶ浦」
   「笠沙(カササ)の岬」とは、「カサ(湾)」に生えた「サ(葦)」の古語。 

 

 那珂川の日本最古の水路「裂田溝(さくたのうなで)」は
彼らが指揮して造られたと伝承があります。
(「安徳台と高天原」)
(「「儺の国の星」 ~岩戸~」)


彼らはこの地に確かに存在し、足跡を残していたのでした。

「儺の国の星」で真鍋氏が書かれた「儺の国」には、物部の祖、
饒速日命と「ヒミカ」が、住吉の神と神功皇后として遠い昔から祀られていたのです。

                 *

気になるの伝承の「長寿」と「籠」の意味。
それは、彼を示す「特徴」ではないのか。

 

( つづく )

 

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