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« 「古代史の謎」 8 ~籠と亀・神の乗り物~ | トップページ | 古物神社 ~福岡県 鞍手町~ »

2020年4月22日 (水)

「古代史の謎」 9 ~神と病と予言~

彼らに関わる「長寿」と「予言」がありました。

            *

まずは「長寿」

浦島太郎は三百歳の長寿であり「住吉の人」であり、
住吉神である塩土老翁も長寿であり、
武内宿禰は三百六十歳の長寿。
                (「古代史の謎」より、以下紺色は要約または引用)

すべて住吉の神ならば、饒速日命が長寿ということになります。
彼が長寿?
現実的に三百年も、とは思えません。
それは何を示唆しているのか。

そこで、「三百歳の浦島太郎」にあるという「反歌」の存在で思い当たることがありました。

「あちら(常世辺)に行ったまま住んでいれば良かったのに、なぜこちらに戻ってきてしまったのだろう。
本当にこの男は間抜けなのだ・・・」

「常世辺」とは、黄泉の世界、あの世です。
亡くなった後の世界。
その反対の「こちら」とは、現世(うつしよ)です。この世。

あの世から、この世へ戻る。
それは、何を表してる?

                  *

饒速日命は、住吉神。
その答えが住吉の初めの宮、「現人神社」にありました。

彼は「現人神社」の現人神です。 

Dsc_2048_20200422003001 
ここには、伝承があります。

 「住吉三神は、人である神功皇后の前に初めて姿を現した神」。
故の「現人神」。

「大事の際に人の前に姿を現し、神通力を振るう」と。



・・・そうか。
彼が饒速日命であり、現人神ならば・・・、

「初めて姿を現したのが、神功皇后の前」


今、気づきました。
それは、彼は「神功皇后と出会ったのが最初である」ということです。
住吉神の饒速日命は、彼女と最初に出会っていたのです。

神話の時代と、15代天皇の母、そんな隔てた時代ではなく、
二人は「最初から」人として出会っていたのです。

                *

「大事の際に人の前に姿を現し、神通力を振るう」

これは予言です。
「後に」、ということ。
いつの日か、再び。

そして、伝承の「長寿」。
あの世(黄泉の世界)から、現世(うつしよ)に「戻る」。


・・・それらが、示すものがあるとすれば、ただ一つ。
「生まれ変わり、再びこの世を生きる」こと。

人は誰しも転生するそうですが、皆それを忘れます。
新しい自分となって、前の世の記憶を覚えていません。
ですが、ごく一部、思い出す者も存在します。


  前の世の「自分」の記憶がある。
  次の世でも前の世の記憶を持ち、再びこの世に生まれることを知っている。

ということでは。

それ故の、「長寿」という表現。
他に何が考えられるでしょうか。


魂は永遠です。
「今の自分」も「前の自分」も同じ魂。
生まれ変わっても前の記憶があれば、自分の存在は変わりないことを知る。
それを知ってるが故の、長寿。

                    *


もしも、「彼ら」がARIONの言う「鬼の力」、異能の力を持つ者達ならば、
未来も視えたでしょう。

もしも、自分達が生まれ変わるのを知っている存在であり、その未来を視ていたのなら・・・。
必ず、その痕跡を残すはずです。

「その未来に何かがある」なら、
必ず、何かを伝えようとするはずです。

それが、これらの伝承では無いでしょうか。 


*記紀や伝承の「表現」にも、予言である部分もあります。
 神の名などには、未来が視えていたはず、と思える個所が何度も出てきます。
 それは、ここに書けませんが。

                  *

これらの伝承は、何を伝えようとしている?
そう考えてたら、香春町の現人神社が浮かびました。

Dsc_0361_20200205163301 
(「もう一つの現人神社 1 ~牛斬山の麓の社~」)

こちらの現人神社には、猿田彦大神の碑があります。
福岡によくある道祖神(庚申塔)の一つとも言えますが、ここには伝承がありました。

Dsc_0358 
 この里に疱瘡、疫痢が流行した時、神霊のお告げ
 「今より阿羅斯等(アラシト)神の許に鎮まり猿を使いとして万民を救う」があり、
 現人神と合祀しました。

こちらの御祭神、ツヌガアラシトは饒速日命に繋がりました。
彼は、那珂川の日吉神社の大己貴神であり、猿田彦神でもあります。

病。
饒速日命・・・。

思い当たることがありました。

彼が所持していたという「十種神宝」の中には、生玉、死返玉があります。
(「神の鉾 4 ~天照の分御霊~」)

  生玉は陽の言霊で潮満玉、
  死返玉は陰の言霊で潮干玉

それは、高良大社の伝承の二つの珠と同じものだと思われます。
(「「古代史の謎」 4 ~豊受大神は神功皇后~」)
ここに記した様々な玉はすべて、同じ物。
ならばそれは、饒速日命がもたらした十種神宝。

それらの物語は、饒速日命が十種神宝の二つの珠を、その后、ミカシヤ姫(ひみか)に
(住吉神が神功皇后へと) もたらしたことを意味していました。

彼が祀られている石上神宮の十種神宝祝詞に
「ひと ふた み よ いつ むゆ なな や ここのたりや と 唱えつつ 
布留部 由良由良と布留部 かくなしては 死人(まかりびと)も生返らむ」
という唄があります。

「死人をも蘇る」というその「十種神宝」の力。

さらに、
 石上神宮の祝詞は、饒速日命と共にヤマトに舞い降りた天鈿女命(あめのうずめのみこと)の
 末裔の
猿女君が、魂鎮祭の日にこの祝詞をあげたとしている。

天鈿女命は、猿田彦神(饒速日命)の妻です。
本人か、末裔か分かりませんが、彼らに関わりがあることは確かです。

香春町の現人神が饒速日命ならば、猿田彦神に通じる「猿を使いとして万民を救う」は、
無関係では無いと思いませんか?

                        *

これらと予言の為、彼らは正史から消せなかったのでは?

その子に継ぐことなく、「譲った」とあるのは、血脈が意味をなさないからでしょう。
生まれ変わると知っていたのなら。
血脈が意味をなさなくとも、彼の魂を受け継ぐ器が必要。
それゆえ、彼らの子孫の物部一族が繋いできた神事、だったのでは。


彼らは、生まれ変わると宣言しているのです。

彼らはそれを知っていたのです。
だからその言葉を残したのです。
本人達以外、それが分かる者はいないでしょう?


< 国の大事の時、 >

今、この時では?
今まで何度もあったかもしれないですが、今回は何か違うのかもしれません。


< 現人神は再び、人として現れる >

彼は住吉の神、天照。


そういえば、ARIONはこうも言ってました。

「こたびが7度目の岩戸開き。
 失敗すれば、後はない。(←具体的な言葉を忘れてしまった)」

多分、それが今、なんでしょう。


                 *


ようやく、分かったような気がします。
「何がどうなってる」
と複雑に絡まった糸が、すべて解けたような気がします。

自分には納得することが必要だったのかもしれません。

Dsc_2043


今、那珂川の現人神社には、夏越の時の茅の輪くぐりがあります。
疫病、退散の願いから。

どうか、世界から病がなくなりますように。

 

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コメント

こんばんは!
この記事を読んでいて、突然、思い出しました。
私が小学生の頃住んでいた若松区の蜑住の隣に乙丸(おとまる)という地域がありますが、そこに「法螺貝伝説」がありますよ。
子供の頃に聞いた話では、昔々、この乙丸に越して来たうら若い女性(ひっそりと一人暮らしだったかな)に若い男達が何人も言い寄りましたが、皆、女性の年齢を知って怖くなり退散したとか。
女性はウン百歳(忘れました)だったのです。
なんでも、大病をして死ぬ寸前だったところを岩屋(若松の玄界灘に隣接した漁港)で採れた法螺貝の肉を食べたら病気は完治して、以来歳も取らなくなったのだとか。
皆に不気味がられるので、住処を転々としているのだそうです。
その女性がこの後どうなったのかは知りませんが、以来、乙丸の神社(正式名称は知りません)では毎年お祭りをしているはずです。
不老不死伝説って、あちらこちらにありますね。
興味があったら訪れてみてください。
私が50年前に卒園した乙丸にある行学幼稚園という幼稚園の隣の神社ですよ。

FUJIKAZEさん、こんばんは^^

福岡 若松区の行学幼稚園と言えば、真竜寺の横の幼稚園ですね。

近くの貴船神社に、ほら貝伝説がありますね。
ほら貝の肉って人魚の肉のことかな。
御祭神は、闇淤加美神、高淤加美神。
もともと貴船の神は饒速日命という説があります。
「船」ですからね~。
こちらには神功皇后の船留乃松跡とかもありますね。

行学幼稚園の隣には戸脇神社。
こちらの御祭神は
天手力雄大神、応神天皇、高淤加美神、
市杵島姫、大歳神、猿田彦神
が祀られてますね。
これって、件の伝承の神ですと、饒速日命らに繋がります。
神功皇后の伝承とごく近くなのは面白いですね~
あ、ここ前にFUJIKAZEさんが教えてくださったとこですね!
行きたいなぁ。

乙丸の貴船神社の場合、神社創建の後に、その人が祀られたという感じでしょうか。
そういう人が本当にいたか、何らかの元々の土地の伝承が
変形して伝わってるのかは今となっては分からないですね。
摂社とかにはお社があるのかなぁ。

高橋留美子さんの「人魚の森」という漫画があるのですけど、
人魚の肉を食べて不老不死になったという話が、もしも本当なら、
今の世ほど生きにくい時代は無いでしょうね。
何をするにも身分証明がいりますしね。

実際、不老不死ってどうなんでしょう。
人魚や妖怪の存在を肯定した上での話になります。
目に見えない存在は何度か見たことあるので、いるかもしれないと
思うのですが、人魚とかカッパとかの妖怪もそういうのに近いのかな。
ここら辺は分からないですね~^^;

この人の場合は分かりませんが、
全国にあるという「八百比丘尼」の伝承のほとんどが、「若狭から来た」と。
若狭と言えば、気比神宮のある敦賀。
偶然かな^^;

面白い情報ありがとうございます!
前に、採銅所~八幡駅まで山を縦走しましたよ~
大変でしたけど、面白かったです(>▽<)

はっ!もしかすると、その貴船神社、
彼女ら(神功皇后と饒速日命)の乗った船がそこに着いたから、
「貴船」になったということなんじゃ・・・なんて^^;?

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