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2020年4月20日 (月)

「古代史の謎」 8 ~籠と亀・神の乗り物~

彼らが饒速日命とミカシヤ姫。
彼女が神功皇后であり「卑弥呼」。

では、思い当たることがありました。
それは、今に繋がること。

               *

それらの伝承に共通するものに「籠」と「長寿」があります。

まずは「籠」。

(丹後一宮籠神社縁起)
*塩土老翁は、羽衣を盗んだ老翁。
  豊受大神が天女。籠に乗って光っていた。

(海幸山幸神話)
*塩土老翁は、山幸彦を「無目籠(まなしかたま)」に乗せ、海神宮に導く。
  無目籠とは、網目が無く、水が入らない籠。

(神武東征)
*塩土老翁は神武を大和に誘う。
  神武が瀬戸内海を東に向かう途中の海で、亀に乗った翁に出会い、神武を導く。 
  これは浦島太郎では。
  亀の甲羅は「亀甲紋」で、「亀甲紋の連続はカゴメ紋」となる。

(浦島太郎)
*浦島は亀に乗り、竜宮城へ行く。
  浦島のふるさとは「住吉」。

(住吉大社の神)
*大阪の住吉大社の神は、塩土老翁。
 (上記の人物は住吉の神を表す)
                          

重要なのは、豊受大神が「籠に乗って光っていた」こと。
この豊受大神の籠が、籠神社の「籠」。
山幸彦を籠に乗せて海神宮に導いたこと。
大嘗祭でも籠は重要な役目を担う。
「籠」が共通する。    
                    (紺色の文字は「古代史の謎」より要約)

                      *

海の中でも水が入らない、網目のない籠?
豊受大神が籠に乗って光る?
神が?籠が?
天女ですから、それに乗って空から飛んできたのでしょう。

それらは何を示すのか。


これらの人物が同じ者ならば、亀は「籠」と同じものを表します。
「亀」は、神功皇后の伝承にもありました。


(「志賀海神社 ~福岡県~」)

御祭神は、綿津見神三神、神功皇后、玉依姫命、応神天皇。

Shikaumi04


「神功皇后が三韓出征の際、安曇磯良丸を通じて祈願して、七日七夜神楽を奏した。
 すると黄金雌雄の亀に乗った志賀明神と勝馬明神が御出現され、
 皇后へ干珠満珠の玉を授け、船の舵と航路を守り、導いた」
                        (上記の案内板を要約)

安曇磯良丸、志賀明神、勝馬明神は、饒速日命でした。
(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)
磯良神は大和で40万年、ひたちで40万年、勝馬(かつま、志賀島)で40万年過ごされた神。
とあります。

その神が亀に乗って現れ、神功皇后に二つの珠を授けたと。

<彼が彼女に珠を授けた>

その様子がここにも描かれています。
この伝承の彼もまた、「亀」に乗ってやってきたのでした。

このお社は、福岡県の志賀島にあります。
その半島にあるのが、志式神社
古代史の謎 4」の磯良舞は、ここの神楽です。

もう一つ、かの神と亀の伝承がありました。
福岡大川市にある「風浪宮」。

Huurou03
この像は、「高良玉垂宮神秘書」にも登場する安曇磯良丸。

案内板にはこう書かれてあります。

磯良丸は少童命を祖神をする海洋族の酋長で神功皇后の三韓征伐の砌(みぎり)、
志賀島に召されて軍船を整え海上指揮し仕え奉りて無事大任を果たした航海熟練の海士である。

ですが、その続きには、
「太平記に見る磯良丸は龍宮に住んでいたが神功皇后のお召しに従って
大海亀に跨って香椎が浜に出現し皇后の三韓御親征に干珠満珠を捧げて従軍し御助成をしたと
述べられています。
この像は磯良丸が多年海底の宮に住んでいたので身体中に海藻や魚介類がとりついていたという
魁偉なる風貌を彫ったものです」

と、あります。
安曇磯良丸は、一介の漁師と表現している伝承もありますが、
一方では、竜宮から「大海亀」に乗り神功皇后の前に現れ、二つの珠を授けて、
彼女を助けたという。

また、「神功記」には、三韓征伐の時に神功皇后の乗った船の舳先に現れ、
彼女を守ったのは住吉神でした。

高良大社の神職さんは、
「船の舳先に現れて、神功皇后を助けたのが磯良神であり、住吉神」と言われています。

つまり風浪宮や高良大社の磯良丸(神)と住吉の神は同じ者であり、
彼女に玉を垂れた(授けた)のは彼自身です。
(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)


前回から、幾つもの伝承がありましたが、
「住吉神」と「神功皇后」にたどり着きます。

それらに必ずある「亀または、籠」。


もしかして、これらは皆同じ話なのでは?

「三韓征伐(太平記には御親征)」が彼らの時代にあったかどうかは分かりません。
ですが、神が「亀か籠」に乗り、神功皇后に「二つの珠」を授けたという話。

少しずつ違いますが、皆それが元になっているのは、明白です。
そう思いませんか?

               *

その住吉神は饒速日命。
かの神は、媛社神社に磐船神として祀られていました。
(この社から、棚機姫が市杵島姫であり、神功皇后、ミカシヤ姫へと繋がりました)
(「神功皇后の伝承地 5 ~媛社(ひめこそ)神社~」)

船には舵が付きもの。
「楫取(かじとり)神社」にも名を変えられた彼が祀られています。
 
*津福八幡神社(福岡県久留米市津福本町)の摂社には、楫取社があり、狛亀がある。
 御祭神は応神天皇であり、楫取は船の舵を表す物。
 そこにある、亀。

他にも「楫取神社」があります。
その神から分かること。
下記は、サイト(「神奈備にようこそ」から)

*「楫取神社」(大阪の阪南市) 
  御祭神は、天御仲主命、事代主神、大山祇神。

*「本住吉神社摂社大海神社」(摂津国莵原郡)
  御祭神、豊玉彦、豊玉姫(楫取明神ともいう)
 ( ここの神の名は、彼らを証してるかのようです。
  「豊玉」は彼らにまつわる二つの珠が由来なのでしょう)

*「住吉神社」(紀伊国名草郡)
  御祭神、住吉三神(楫取の氏神さまという)

*「賀茂神社摂社楫取社」(播磨国楫保郡)
 御祭神、住吉三神

*八幡神社摂社楫取(かつとり)神社(筑後国三潴郡・昔の三潴郡は三島神社の辺り)
 御祭神、経津主命
 (ここは津福八幡神社とは別なのか分かりません。三潴は津福と離れてます。調査中です)
              
 かの神には、他にも数多の名がありました。
 長い間祀られ、それぞれの部族が移動したことにより、
 部族の特徴を示す名や、土地の名、(また別の神との併合)になったからです。
 (「日本の真相 19 ~神・饒速日命の名~」) 


 *奈良の三島神社は、御祭神が布留神。
  石上神宮と同じ、饒速日命です。

                *

それらの伝承や神社の神がすべて彼ならば。
「それ」は、彼が乗ってきたものを示すと考えるのが自然です。

つまり「神の乗り物」

                *

饒速日命は、矢田坐久比古神社の御祭神でもあります。
(「前世と石切劔箭神社と矢田坐久志比古神社 その2」)

ここには、飛行機のプロペラが飾られてあります。
彼は飛行、航空、船舶、航海の神。
(かなり前の写真をスマホで写してアップしてるので、写真が古いです)

Yata1
彼は天磐船に乗っていたとされます。
それ故の、航空、飛行の神様。

< 空を翔けるアマノトリフネ >

現代人ならば、思い当たる物があるはずです。

現実に存在していたのでは?
それは、UFOでは?

突拍子もないことではありません。
「彼ら」の伝承が物語っています。


アマノトリフネで空を翔け巡り、奈良の哮ヶ峰(生駒山)から、
矢田の丘陵へと降り立ったという彼ら。
空から下界を見て「ひのもとの国」と名付けられた我が国。

(「前世と石切劔箭神社と矢田坐久志比古神社 その1」)
これは夢で見た光景ですが。

彼ら以外に「空を翔けた」と伝承にある神はいないのです。

              *

「岩戸開け」とは、
真実を世に明かすことでもあると、ARIONは言ってました。

「岩戸が開く」ことにより、現れる神とは天照神です。



次は「長寿」について。


( つづく )

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