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« 饒速日命を求めて ④ ~生駒山から矢田丘陵へ~ | トップページ | 饒速日命を求めて ⑥ ~矢田坐久志玉比古神社~ »

2021年1月 2日 (土)

饒速日命を求めて ⑤ ~矢田の饒速日の伝承地~

奈良県大和郡山市矢田町。

矢田丘陵。

そこは、記憶の場所でした。

饒速日命の伝承地でもあります。

20201121143526_img_3130

ここには「三之矢塚」がありました。

20201121144107_img_3135


天磐船に乗った饒速日命が降り立つ場所を決める為に、船上から放った三本の矢の一つが落ちたと言われる地。

20201121145232_img_3140

20201121144120_img_3136


ここは邪馬台国の想定地。

20201121144235_img_3139

山ナビのYAMAPのログで知りました。
記憶と同じ風景を見たのです。

一枚目の写真の風景でした。

ここに来たのは、それを確かめたかったから。

 

  この場所知ってる。
  夢で見た場所だ。

  ニギハヤヒが乗った船が降りて来た場所。

  夢で見たあの風景そのままだ。

(「古代奈良の夢 ~前世 4~」)

 

饒速日命の后、御炊屋姫は登美一族。
この一帯は登美と呼ばれていました。
(今の奈良の北西部一帯、広範囲です)

あの夢の”彼女”がヒミカで、ミカシヤ姫(御炊屋姫)であるなら、
この地に住んでいて、
この地にアマノトリフネが降りてきて、
この地でニギハヤヒと出会うのは
当然のこと。


そのことにようやく気づきました。

矢田の地に「アマノトリフネ」が降りて来たことは、夢から感じとっていました。
でも「その時、自分が居た(住んでいた)」場所は分からなかったのです。

漠然と奈良盆地の西側、としか。


それはなぜか。

”その場所から生駒山が見えなかったから” です。

それもそのはず。

 

20201121143547_img_3132

(この場所から見た生駒山の方向(西))

ここから見えないのは当たり前でした。
目の前に矢田の山があって、その向こうの生駒山は見えなかったのです。

私が「遠視」で見たのは、「生駒山を越えてアマノトリフネが来るシーン」でした。

ちょうどこんな感じ。

20201121135558_img_31194

 

それは、矢田の山の向こうから、生駒山を遠視で見たものでした。


アマノトリフネは生駒山を越えて、矢田の地に降りてきたのです。
そこで饒速日命と「ヒミカ(ミカシヤ姫・三炊屋姫)は出会いました。


その地は、「邪馬台国伝承地」の一つとされています。

他はどうかは分かりませんが、北部九州の「邪馬台国伝承地」の多くは、「饒速日命と神功皇后の二人に関係する場所」にあります。

 

符合するからです。
彼らの時代と。

あの前世の「ひみかと饒速日」の時代は、200年頃。
「邪馬台国」の時代です。

二人の名前は変えられています。

夢の”ヒミカ”が三炊屋姫であり、神功皇后でもあり、
饒速日命が住吉神であり、高良神(高良大社の神)などでもあるのです。

 

先日行った福岡、福津市の楯崎神社でようやく分かりました。

「上書き」されています。

その言葉に行き当たった時、「分かっていたはず」なのに、ぼろぼろと涙が出ました。
車を運転して帰る間中、ずっと止まらなくて。


多分、その前にこの地に来たせいもあったのかもしれません。


自分が思っているよりもずっと、魂は”覚えて”いるのです。

                  *


この地の側にある「矢田坐久志玉比古神社」へ向かいました。



( つづく )

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コメント

あけましておめでとうございます。
随分とマニアックな場所を回られたようですが、奈良へはお一人で行かれたのですか?
奈良でレンタカーを借りて、日本書紀に記されているような、マニアックな史跡巡り・・・。
私が上杉謙信公の史跡を巡っているのと共通していますね。
私の場合、女房は興味が無くても付いてきますが、弥沙さんの場合、ご家族はどうなんでしょうか?
今年もよろしくお願いいたします。

FUJIKAZEさん、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします(*^^*)

奈良へは一人で行ったんですよ^^
11月の終わり頃。
コロナがばっと増えだす前だったので、新幹線は満席でした^^;
帰って2週間はどきどきしてました。

今回は自分の足で歩いてみたかったので、矢田へは生駒山を越えました。
新石切から生駒山を越えて、矢田、奈良の新九条駅まで。
23.5キロありましたよ。
https://misa-kazabana.cocolog-nifty.com/blog/2020/12/post-409eca.html

車で回ってても分からないことってあるんですよね。
歩かないと気付かないこと。

この場所は前々から知っていたのですが、あっ!と思ったのが、YAMAPの他の人のログの写真を見たからです。
この場所を別の角度から撮った「風景」でした。

その写真を見つけたのも、山登りを続けてたおかげですね^^
とってもマニアック!

時間があったら、宿を取ってた三輪までも歩きたかったです。
新九条駅からは電車で行きました。

うちの場合は、子供もまだ下が中1ですからね~
みんなまったく興味ないし、ついてきませんよ^^;
山さえついてきてくれないです。
山くらいはいつか一緒に行ってくれると嬉しいですね。

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