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« 雪の脊振山 | トップページ | 饒速日を求めて ⑩ ~夜の大神神社~ »

2021年1月29日 (金)

脊振山の神々 ~二柱の龍神~

*「龍の住む山」

脊振山は、上宮嶽、弁財天山、ともされています。

山頂の上宮に弁財天が祀られている故です。

御祭神は、その弁財天と習合されている「市杵島姫命」。
かの神を祀ったのは、神功皇后とされます。
                 20210120111712_img_3697


*「脊振の二龍」

 

著書「箸墓の歌」の中で小椋一葉氏は、脊振山についてこう書かれています。

「「背振神社蔵古書によると、絶頂に霊窟があり、二竜常に出現し背を振る時、山が動き地震う、故に背振山と号する」」
(小椋一葉 著作「箸墓の歌」より抜粋)

氏は、その二柱の竜(神)が「須佐之男命」と「饒速日命」ではないかとされていました。

筑紫の神と言えば、「饒速日命」です。
白日別神として、筑紫神社に祀られているのも、筑後国一之宮の高良大社に祀られている高良神も彼でした。
でも「須佐之男命」は違います。
筑紫にはほとんど足跡がありません。

今だからこそ、繋がることがあります。
脊振に祀られている「市杵島姫命」。
かの神が二龍の片割れ。

「饒速日命」と「市杵島姫命とされる者」が脊振の二柱の神です。

                          *

「市杵島姫命」

市杵島姫命は弁財天と習合されています。
そう、あの神も弁財天でした。

櫛玉比女命。

櫛玉饒速日命(くしたまにぎはやひのみこと)の妃、
御炊屋姫(みかしやひめ)です。

(「櫛玉比女命神社 ~奈良県~」)

その名は「斎(いつき)・星(島)・姫」
星神である、布留神、饒速日命を祀る者の名。

(「市杵島姫の名の意味 ~斎星姫・蘇る神~」)
(「神功皇后の伝承地 9 ~姫古曽神社の神の名は~」)


(「神功皇后の伝承地 10 ~織姫と市杵島姫と神功皇后~」)

それは上のリンクに繋がります。
市杵島姫命は、饒速日命の后であった御炊屋姫です。
彼女は大和で彼と出会い、その先は「神功皇后」として名を変えられて筑紫に存在しました。

「高良玉垂宮神秘書」に住吉神と神功皇后が夫婦だとあったのは、住吉神が饒速日命であり、神功皇后が御炊屋姫であったからです。

(「日本の真相 15 ~前編 葵祭 と 住吉神 と 神功皇后~」)

(「「古代史の謎」 5 ~住吉神と神功皇后 前編~」)
(「「古代史の謎」 6 ~住吉神と神功皇后 後編~」)
(「「古代史の謎」 7 ~邪馬台国~」)
           

(「魂須霊 3 ~高良玉垂神と息長垂姫の名の意味~」)

その神は筑紫神であり、高良の神と同神とされる住吉、八幡、加茂、春日、日吉、猿田彦神、天御中主神、天照、大物主神、歳神・・・様々な名を持ちます。
彼を祀る子孫達が地方へ広まり、名を変えて、その地で祀っていったのです。



神社に連なるたくさんの神。
また、神話でも、親でも子でもない神々の名。
なのに、何故一緒に祀られているのか。
これが答えでもあります。

(「筑紫の神の真相 3」)

                       *

*「クシフル岳」

それ故に、この山が本当の「クシフルタケ」。
「クシなる、布留神の山」。
あるいは、「クシなるものが降った山」。

饒速日命は、櫛甕玉饒速日命。
「クシ」は彼の名の前にある「冠辞」のようなもの。

(「「箸墓の歌」と”くしふるたけ”  その2」)

<<奇(くし)>>には、人間に不思議な奇跡をもたらすもの、
神の力を感じられるものという意味があります>>

「真実」であるからこそ、繋がるのです。

(「結びの山 ~その10 脊振山 ~」)
(「結びの山 ~その11  天孫降臨 ~」) 


                     *

*「現人神」

ならば、気になるのは、「脊振神社蔵古書」の言葉。

「二竜常に出現し背を振る時、山が動き地震う

二柱が彼らであるならば、彼らが”それ”を起こすとは考えにくいです。
それは。

「山が動き地震う時、二竜が常に出現する」

脊振の神の一柱が饒速日命であるなら、これに重なる言葉があります。
住吉の元宮、現人神社の伝承に。

(「現人(あらひと)神社 福岡県」)

「国の大事の際に人の前に姿を現し、神通力を振るう神」

同じことを指しているのではないでしょうか。
彼が「住吉神」であるからこそ、繋がるのです。

また、大辞泉の「現人神」の項にはこうあります。

<随時、姿を現して、霊験あらたかな神。特に住吉や北野の神をいう>

北野の神は、菅原道真公です。

「現人神」で繋がるこの二柱の神。
よく同じ社に祀られていることがあります。

登弥神社」の御祭神にも名がありました。

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それは、筑紫においても同じでした。
そこは元々「饒速日命」の土地であり、「太宰府の菅原道真公」もかの地に来られています。

筑紫だからこそ、この二柱の神は繋がっていたのです。
(「天神様が拝んだ神 ~福岡 天拝山~」)

天神様(菅原道真公)が、基山で天に拝した神は、饒速日命でした。

ならば、同じく「現人神」とされているのには理由がありそうです。
いつか分かる日が来るかもしれません。

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コメント

こんばんは!
色々と写真や地図等を出してみたりしましたが、現場へ到るのは大変な様です。
福岡基地に勤務していた人を探して聞いてみますよ。

あの頃はB200Tという機体でした。
当時は最新鋭機で、その乗員に抜擢された彼女は誇らしかっただろうなぁ・・・。
私はそんな飛行機を洋上から見上げて、やっぱり飛行機にしておけば良かったなって、羨ましく思ったものです。
あの事故から34年、私の乗る飛行機は当時と比べものにならないほどエンジンの出力は大きくアビオニクスも進化しています。
こんな飛行機が当時有ればなぁ・・・って思いますよ。

FUJIKAZEさん、おはようございます!(*^^*)

今度、天気が良くなったら行ってみたいと思ってました。
3回くらい行ってる場所なので。

YAMAPの方のログでは50枚くらい写真が貼れますので、
行ったらそっちのURLを教えますね。
その写真で様子が分かると思います。

背振山から蛤岳を往復
https://yamap.com/activities/9227226 #ヤマップ

とりあえず、最近のはこの方のが分かりやすいです。
脊振から蛤岳まで4キロを往復されてます。
この方は「全体的になだらかで登山というより散策」と書かれてますけど、
そんな感じです。
うちは脊振から蛤岳を経て、386号線の先の坂本峠までの8キロを、
2時間弱で駆け抜けます。
それくらいなだらかです。
でも木の道も登山道も、近年の大雨で随分崩壊してますね。

脊振から1.5キロ地点は17枚目より手前辺り。
17枚目の写真が、前回書いた、車道へ行く分岐ですね。

現場はその手前の自衛隊基地が上に見える地点辺りかもしれません。

行く時は、山ナビのYAMAPを入れて行くといいですよ!
自分がいる地点をGPSで拾ってくれるので、こういう探索の時とか威力を発揮します。
無料の範囲でもできますので、行かれる時はお伝えしますね!

慰霊碑を見つけて来ますよ。
国の為にと働いて下さった方々。
うちはFUJIKAZEさんに聞くまで知りませんでした。
もっと、山を愛する人達に訪れて欲しいと思ってます。

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