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2021年3月12日 (金)

饒速日命を求めて ⑳ 終章 ~御炊屋姫と市杵島姫命と神功皇后~

豊受大神の別名に御膳津神がありました。
みけつかみ、大神神社の摂社にも祀られる御祭神です。

その社の名は、「御炊(みかしき)社」。
大神神社の御祭神、大物主神の神饌を用意する神とされています。

その「大物主神」は、饒速日命です。
これは聖林寺でもお聞きしました。

では、豊受大神(御膳津神)は、饒速日命ではありません。
御膳津神と言われる者は別にいます。

              

「御炊(みかしき)社」。

この名を聞いて、やはりと思いました。
饒速日命の后の名は「御炊屋(みかしきや)姫(または三炊屋姫とも表す)」です。


饒速日命は大物主神。
その神の神饌を用意する、祭事を行う神が、その后である「御炊屋姫」であるなら、その名は必然であるのでしょう。
彼女には元々別の名があり、後に「御炊屋姫」と名をつけられたのでしょうから。


また、「カシキヤ」には、託宣を行う巫女の意味もあります。
([「儺の国の星」 ~炊屋星~ミカシヤ姫の名の意味」)


                 *

豊受大神(御膳津神)が、饒速日命の后である「御炊屋姫」ならば。
伊勢神宮の外宮に祀られている豊受大神は、御炊屋姫です。

では内宮の神は。

彼女の夫神である、饒速日命?

大物主神が饒速日命であり、天照大神であるからこそ、下宮の豊受大神は「御炊屋姫」であるのです。

いつの時代か、下宮と内宮の神が入れ替わっているのです。
本来は内宮の神が、日月の神、饒速日命。

下宮の神は籠神社から来た月神(御祭神、天火明命)。
豊受大神が、天火明命?
と疑問に思ったのですが、そう考えると納得できます。

豊受大神の別名である、豊受大神=宇迦之御魂神=稲荷神=歳神。
これらは、すべて饒速日命です。

                                             *

ここから繋がったことがありました。

 

物部神社 | 村屋坐彌冨都比賣神社
https://murayajinja.com/sessha/mononobejinja/

上記のサイトにありました。

大神神社の別宮とされている社です。

御祭神は「御炊屋姫、宇麻志摩遲命、物部守屋連」

以下、サイトの引用。

この神社は塀で囲われ、池に浮かぶ島のように見えることから弁天信仰が起こり、
市杵島姫神社(弁天さん)とも呼ばれている。

ここから、御炊屋姫は市杵島姫命(弁天さん)ともされたのでしょう。

多くの社にあった、「饒速日命」とされる神と祀られる「市杵島姫命」は、
彼の后であった御炊屋姫で間違いありません。

                     *


その「市杵島姫命」と名を連ねる神に「住吉神」の名があります。
彼は、海の神(綿津見神)であり、航海の守りとしての、星の神(布留御魂神)。

住吉三神は、オリオンの三つ星をも表します。
「三島」の名は、三つの光る星。
古代において、星と島は同義語でした。
航海の道しるべとなる星。
海の神であり、星の神であるのはこういうわけなのです。

三島の名は、住吉三神、そのままの名でもあるのです。

                            *

この「三島神社」、福岡にも多数あります。

すべて饒速日命の分霊である、住吉神が祀られています。
そこに共に祀られる「神功皇后」。

高良神(住吉神)と神功皇后は夫婦であったと、高良玉垂秘伝書は伝えています。
(神秘書だけではありません)

(「古代史の謎」 5 ~住吉神と神功皇后 前編~」)
(「古代史の謎」 6 ~住吉神と神功皇后 後編~」)




住吉神は饒速日命であり内宮の天照大神、外宮の神は御炊屋姫です。

御炊屋姫、又の名を「市杵島姫命」。

そして、神功皇后。

住吉の神は饒速日命であり、神功皇后は彼の后である御炊屋姫であるのです。

やはり、ここに辿り着きました。

どのようにしても、ここにたどり着くのです。
彼らでなくては、ここまで繋がらないのです。

それは、それが真実であるが故。


「魂振り神事」に合わせて廻った奈良の旅。
ここで御仕舞です。


あの時分からなかった様々な事、ようやくたどり着きました。

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コメント

こんばんは!
そういえば、佐賀の親父の出身地である太良町の近くに杵島郡ってありました。
あの辺りって、昔は島の様だったのかな。
九州には物部氏にまつわる神社も多いですよね。
私的には、物部氏はニギハヤヒを護衛する一族で、蘇我氏との権力争いに敗れて滅んだ・・・程度の知識しかありませんが・・・。
ワダツミは海の古語だと思ってましたが、綿津見神っていう海神のことだったんですねぇ・・・。
勉強になりました。

FUJIKAZEさん、こんばんは^^

物部一族はすべてが滅んだわけではなさそうですね。
那珂川の「儺の国の星」を書かれた真鍋氏も物部の末裔だそうですし。

私が思うのは、蘇我氏に敗れた時など、後の時代にまた
こちら(福岡など)に戻った人たちがいるのではないでしょうか。

もしかすると朝倉の「大己貴神社」とかその人たちが建てたのかもしれません。
裏のお山は「三輪山」を模しているとも言われてます。


「杵島郡」とか島だったんでしょうね。
大昔は福岡の玄海灘と海が繋がっていたとも言われてます。

わたつみのワタは、海のことだそうですよ^^
なので「住吉神」も「綿津見神」も同神です。

「わたつみ」から、「あづみ」という部族も生まれました。
安曇磯良神(あんとんいそらしん)は、高良の神、住吉神、饒速日命ですが、
あづみ一族の神でもあります。

色々繋がってて面白いです^^

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