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2021年9月22日 (水)

光の道 闇の道

闇の道

事を成さないことによる、終焉への道

あの「未来の記憶」を見た時に、はっきりと分かったのは、これは現実だということ。

「本物かそうでないか」は、本物ならある程度は見分けがつく。
(不純な動機で、仏の道に進んでも目は曇ったままだ)

前回の天澤さんも、そうして、アメブロで知り合った方だった。
コンタクトをしてくる方の波動がARIONに似ていて、とても心地よかった。

 

<未来を知った者は、義務と責任がある>

 

あの夢を見た後に、刻まれた言葉。
ましてや、同じものを、「前世の仲間」も見ていたのだから、ただの夢とは笑えなかった。

気比神宮でおみくじを引いた時に、同時に視えた「闇の道」。
(滅多にないけれど)放り出してしまいたくなると、(東京の光景と共に)視える。

 

それに対する「光の道」。

大吉を引いてぱっと視えた光景は、それだった。
一瞬にして、全身が光に包まれるような、感覚。

今まで歩いてきた「道」と、これからの進むべき先にある「道」が視えた。
それが、光へと続く道らしい。

気比の「神様からの祝福」だと、受け取った。

頑張れよ!

そう、後押ししてくれたんだろう。
それが分かったから、涙が止まらなかった。

嬉しくて。
でも、一方で悔しくて。

 

この話を、本物だと思う人はどれだけいるだろう。

         *

夢月さんという人がいた。

昔、某巨大掲示板で、この人は本物だと思った人だ。
当時、自分が見た前世の真偽を、そういう人から聞きたかった。

「誕生日と名前の三番目の文字」で、前世が視えるという。

「自分は前世を知っているけど、それが本当かどうか知りたいので見て欲しい」
と、上の条件以外言わなかった。

「広大な砂漠の砂の一粒を拾うようなものなので、それが視えるか分からない」
幾つもある前世の中で、私が見た前世と同じものが視えるか分からないと。

彼を試すようなことでもあるが、(ネットで)視てくださった。

時代は100年くらい。
かなり昔なので、前後100年幅があるかも。
アジアで、髪は長く、黒髪。
かなり高貴な人。

日本の古代の物が、繋げてくれる。

 

これは、真実だ。
そう思った。

それで充分だった。

自分が見た前世は「アマノトリフネで来た”彼”と会う」というもの。
その時は、神代と言われるその時代がいつか、見当もついてなかった。

そして、あの「魏志倭人伝の卑弥呼」の時代は、200年前後だ。
この国の始め。

もしかすると、私が見た「アメノトリフネ」の時代も、そうじゃないのか?

私が夢で得た情報は、

空を飛ぶ、アマノトリフネ。
”彼”は、その長、「リュウ(と呼んでいた)」。
自分はその人と夫婦になってる。
場所は奈良。
当時の奈良盆地には、巨大な湖があった。
この国の「始めの時」。
盆地を開拓したこと。
住んでいたのは(いくつか場所が変わってる)、生駒山の東と三輪山の麓など。(他にもある)

夢以外で、その時点で分かっていたこと。

前世の仲間から教えてもらった、自分の名は「卑弥果」(何度、転生しても変わらないらしい)。
自分は「卑弥呼」か、それに相当する者。
自分自身、神功皇后との関わり(土地など)が強い。

神功皇后は、「卑弥呼」の生まれ変わりか、本人か。

『 卑弥呼と神功皇后 』

 

後に調べてたどり着いた。

時代は200年前後。
場所は奈良、その後に北部九州。
アマノトリフネの長は、饒速日命。
その后は、御炊屋姫。

神功皇后は、(魏志倭人伝でいう)卑弥呼。
卑弥呼は、ヒミカ。

神功皇后と住吉神は夫婦(高良玉垂宮神秘書、大阪、住吉大社の伝承など)。
住吉神は、饒速日命。

饒速日命は、三輪山に祀られ、蛇神、龍神としてもされている。
(彼の当時の名は、「リュウ」だった。)

 ならば、神功皇后とされているのは、あの時の私だ。
ニフティのココログでブログを続けて、自分の足で調べて、ようやくそこにたどり着いた。

随分経った頃、関 裕二氏の「神社仏閣に隠された 日本史の謎」という本に出会った。

(「古代史の謎」 1 ~大嘗祭~ 」)

この方の本は(他の本でも)、かなり、自分が視た当時の状況と近いと思う。
(「卑弥呼」を八女の山門の女首長とされてるとこが違うかな)

私が調べたのも、まずは地元の神社 からだった。
後に変えられている(かもしれないけど)とは言え、そこに鍵があった。

ここまで来ようと思ったのも、「夢月さん」のおかげだった。
彼だったら、あの力でそれなりに仕事をしてるだろう。

でも、案外、普通にしてるかも。

ありがとう!夢月さん。

人(人間)の力を借りて、前に進めと、宇宙神霊ARIONに言われてた。
一人では決して進めない道を、一番初めに指し示してくれたのは貴方でした。

2021年9月10日 (金)

弥勒

 気比神宮でこんなことがあった。

泣きながら社に向かって、
側にあったおみくじを引いた。

真摯に心の中で唱えると、その時に必要な言葉を授けてくれる。 
四辻に立って、耳に入ってきた人の言葉を「占い」の結果とする、「辻占」。
「心に唱えながら」開いた本のページの目に付いた言葉でも、同じ。

「おみくじ」も「辻占」も、こちらの気持ち次第で、神の言葉になる。

 私の母方は「辻」という姓で、代々「辻占」と、まじないで病を治してたという。

 

泣きながらおみくじを引いた。

もう何もかもやめる。
前世にはもう関わらない。
ブログもやめてしまおう。

それでもいいか。
そう、思いながら、引いた。

< 凶 >

・・・久々に見た。
45年ぶりの2回目。

衝撃は大きかった。
さーっと血の気が引いた。 

その時、ぱっと頭の中に飛び込んで来た映像があったから。
子供たちの死だ。

 うちは、社の前に立った時、
「自分も努力するので、道に進めますように」といつも祈ってる。

それと、
「旦那、子供たちは、無事で健やかにいられますように」と。
彼らが息災でなかったら、何もできない。

その「彼ら」が浮かんだ。

これは、義母が交通事故で亡くなる前に見た、あの時の感覚と同じだ。
現実になる。(あの時は分からなかった)

・・・ もう、交換条件になってるのか?

震える手で、手元のおみくじを結んだ。
(凶なのに、それほど悪いことは書かれてなかった)

 

・・・気を取り直して、もっかい引こう。

もう一回、参拝して、
今度は、

何とか頑張ります。道に進めるように後押ししてください、と。

そしたら、

 

< 大吉 >

 

まじか。

泣きたくなった。 
わんわん泣きながら、社の裏に回って、池の前のベンチに座った。

こんなに泣いたのは何年ぶりだろう。

ただの夢かもしれないのに、こんなことに、これ以上振り回されたくない。
こんなに馬鹿にされるなんて。
これ以上、こだわり続けることに意味があるのか。

普段は、そんなことはこれっぽっちも思ってない。
(思わないようにしてるだけなのかもしれない)

 

私にはリアルで、前世の話を知ってる人はほとんどいない。
話をしないのは、防衛本能からだ。

でも、この前世の話(アメブロのブログの方)を見てから、リアルで会った人に、

「小説だと思っていた。」
と言われた。

じゃあ、それらしいこと(前世のこと)を聞いたりしてきたのは、なんでだ?

「前世に拘りすぎ。」だとも。

 

 私は、前世が誰であったかには全くこだわっていない。(彼らの一人でなくてもいい)

ただ、彼らに拘っているのは、前世の七人の仲間を集めろと言われたから。
それが地球を救う為だという。
(「未来の記憶*東京の黒き巨人 ~前世 ⑤~」)

(ただ、怖いだけなのかもしれない。
 あんなのはただの夢だと無視して、「本当」だったらと思うと)

 

彼らを集めるには、彼らを知らなければならない。
どんな手掛かりでも探して、その「誰か」に届けなければならない。
彼らの物語を。

その人が「前世」のどの部分を見るか(思い出すか)分からないから。


前世の仲間を探すなら、夢をさらさないといけない。
そう言われてから、ブログを書き続けてる。
誰かが「窓口」にならないと、集まるものも集まらない。

自分の前世かもしれない、神功皇后や三炊屋姫や、饒速日命や住吉神らの伝承を追ってるのはその為だ。

そうして、今まで5人見つかっている。

彼らは未来が視えていた。
もしかしたら、未来の自分達に何か残してるかもしれない。

足跡を追う先で、何か分かるかもしれない。

そんな想いもあった。


そしたら、

「二十四人のビリーミリガンの話知ってる?」
と言われた。

 

ビリーミリガン

解離性同一性障害(多重人格)で、23人の別人格を持ち、3人の女性を殺害している。
(過去のトラウマが原因の一つらしい)

意図があろうとなかろうと、
犯罪者と一緒にされたわけだ。
 (自分は障害への偏見はない。相手がその名を持ってきたことが許せない。)

今まで、誰に何を言われても気にしてこなかった。
人それぞれに思うことは、勝手。
誰かに何かを言われたくらいで、揺らぐような覚悟では無い。

そう思ってた。

 

でも、辛かった。
最低、「少しでも分かってくれてる」と、気を許していたからなんだろう。

言葉は言霊。
神が宿る。

そのつもりは無かったとしても、吐いた言葉は矢になり、刺さる。
相手に寄るんだな。

もとには戻らない。

 

それでも、痛くとも誰にも信じてもらえなくとも、やっぱり何とかでも、進んで行くしかないのか。
こんな夢の話を信じて、こだわって馬鹿みたい。

自暴自棄になって、
悔しくて、
情けなくて、

境内を、とぼとぼ歩いた。


ふと、見上げると、気比神宮古殿地があった。
気比大神が降臨した地だという。


 <弘法大師が七日七夜祈った場所>

 

由緒書きの、その言葉が目に飛び込んで来た。
ここにも来られてたんだ。

その時、ぱっと”繋がった”

言葉で表現するのが難しいのだけど。
空間が繋がったように感じた。

 

その古殿地の前に、何かが見えた。
こっちを向いて、唱えているような姿。

あれは、お大師様か。

 

それは一瞬のこと。
先日も見た、獅子ヶ鼻岩の近くの弘法大師窟の石像が見えた。
あれと、かぶさる様な幻影を見た。

何かと繋がる時、自分が良く知っている姿として見えることがある。

 

・・・もしかすると、お大師さまは”彼ら(神功皇后と饒速日命)”の足跡で祈ってる?

何のために?

弘法大師の伝承は全国至る所にある。
その全てが事実では無いだろう。

でも。

彼(最澄さんも)は、神功皇后たちの伝承地を訪れて、祈ってる。
福岡の若杉山は、地元では西高野と言われている。

神功皇后の伝承地だ。
間違いなく、彼は彼女の地で祈りを捧げてる。

 

ここでもか。

 

時代が違うと思っていた、住吉の神と神功皇后が、饒速日命とその妃であった三炊屋姫だ(同一人物)と気づいたのは、彼らの足跡からだった。

 

次の日の朝、時間があったので、もう一度参拝した。
駅まで向かう途中で、時間つぶしに本屋へ。

ふと目に付いた本のページをぱっと開いた。

 

 <遠い未来、弥勒菩薩が下生されるまで、私は高野の東の峯で禅定に入ることにする>

 

高野山の弘法大師について書かれてあったページの一文だった。

彼は高野山の霊窟で、今も生きて瞑想を続け、弥勒菩薩を待っているという。

(「眠れないほどおもしろい「日本の仏さま」」 並木伸一郎 著)
(広い本屋の、偶然手に取った本の、ほんとに、ぱっと開けたとこがこのページだったんだ。ちゃんと、買いましたよ)

 

あぁ、そうか。
そういうことなのか。

 

昔、FARIONにいた頃、
ARIONに言われたことがあった。

「弥沙は、麒麟だ」と。
(*弥沙は、FARION時代から使ってる、私のHN)

そして、

「弥勒だ」と。

 

当時は、なんのこっちゃと思っていたのだけど。
思い出した。


弥勒菩薩は、未来で衆生を救済すると言われている。
もしも、そうならば、「弥勒」は”あの七人” みんな、なんだろう。

もしかして、彼らが神功皇后達の足跡で祈っていたのは、そういうことなのか?

ここでも繋がるんだな。

 

現人神社にはこんな伝承がある。

<住吉神は国の大事の際、人の前に姿を現し、神通力を振るう神>と。

再来を伝えられているのは、この神をおいてほかにいない。
それが本当なら、伝えたのは、未来が視えていた「彼ら自身」だ。

それは、

<いつかの未来の、国の大事の時、再び現れて神通力を振るう>

ということだ。

もしも彼ら自身が予言し、後世に伝えていたのだとしたら、弘法大師様は、それをご存じだっただろう。

彼らの足跡で祈ってたのは、その為ではないのか?

違うだろうか?

 

住吉神は、饒速日命だ。
神功皇后は、彼の后の三炊屋姫だ。

「未来に再び現れる、人として転生する」

彼ら自身が、そう予言していたんだ。
住吉神である磯良神(高良神)は、人の姿となり、神功皇后と共に生きたとも伝承にある。

確かに、彼らは神ではなく、人であった。 

           *

帰っても、ずっと浮上できず。
そんな時に、天澤さんが、「炎龍からの言伝て」という記事を上げていた。

「炎龍からの言伝て」
https://ameblo.jp/05032020-7070/entry-12694203361.html

これは、私への言葉だ。
そう思った。
ブログへのコメントと、メッセージと。

ようやく、ようやく、浮上できた。
ありがとう!心の友よ!

おかげで、元気になれた!

 

これからも、自分がしたいと思うことをしよう。
とにかく、続けるしかない。

誰が信じようと、信じまいと。
もう、振り回されない。

 

ずっと焦がれていた、くじゅうの坊がつるにもテン泊した。
縦走したい。
死ぬほど辛い縦走がしたい!

早く、涼しくならないかな。

山に入ると頭が真っ白になる。
私は山が好きだ。


神功皇后も福岡の山にたくさん登っていた。
彼女が私だったら、こんな嬉しいことはないだろう。

生まれ変わっても、同じ山を駆け巡って、大好きだった土地に、また住んでいるのだから。

 

とにかく、生きて前を進むしかない。
結果なんて、後で分かるもの。

何もかも捨ててしまって、後悔するのだけはしたくない。

 

Dsc_0962  Dsc_0963_20210910131701   

  

二度目に引いた、気比神社のおみくじ。
大吉のわりにあまりよくない。

凶のも戒めで持って帰るんだった。
(普段は、二回引かないよ!)

神の教えが怖い^^;

 

2021年9月 6日 (月)

気比神宮 ~神功皇后と応神天皇の伝承地~

立山縦走の後、福井県敦賀へ。

Dsc_0781

 

20210822144936_img_7547

御祭神は、伊奢沙別(いざさわけ)命*気比大神
帯仲津彦(たらしなかつひこ)命*仲哀天皇
息長帯姫(おきながたらしひめ)命*神功皇后
日本武(やまとたける)命
誉田別(ほんだわけ)命*應神天皇
玉依姫
武内宿禰(たけのうちすくね)

気比大神である伊奢沙別(いざさわけ)命は、幼い応神天皇と名を替えました。

「名を替えた」
それは、同神だということ表しているのです。

20210822145057_img_7550


猿田彦神社。

ここには、角賀(つぬが)神社もあります。
角賀は、敦賀の地の語源です。

祀られているのは、ツヌガアラシト。
大陸より、アカルヒメを追って日本にやって来たという、大加羅国の王子とされてます。
福岡の香春(かわら)町の現人(あらひと)神社にも祀られています。

そこから、福岡県那珂川市の現人神社(住吉の元宮)の神、住吉三神(本当は一柱)が”ツヌガアラシト”でもあるとたどり着きました。
(「もう一つの現人神社 2 ~饒速日命の足跡~」)
(「もう一つの現人神社 3 ~辛国息長大姫大目命~」)

また、那珂川市の現人神社の神は、猿田彦神でもあります。

同じ境内に祀られている(または並列されている)神は、同神のことが多いのです。
(後の合祀で、違う神が祀られることも。ここではヤマトタケル命とも言えるが、伝承で武内宿禰と一緒にされてるところもある)

それを踏まえると、ほとんどの神社で、”見えてくる”ものがあるのです。
パズルのピースが当てはまっていくように。

真実だからこそ、繋がるのです。

20210822153544_img_7584長命水。

武内宿禰らを合祀した際に湧き出したということで、彼にあやかって付けられました。

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気比神宮、拝殿。

20210822145536_img_7555

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そしてこちらが、

20210822151251_img_7569
気比宮古殿地。
隣の小学校の敷地の中にあります。

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「触るべからず畏み尊ぶべし」と言い伝えられてきたとあります。

弘法大師さまが、七日七夜の大業を修した所。

うち、めっちゃ写ってるやん^^;

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角賀神社

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(大己貴命神社)


気比神宮の境内には、大己貴命の社も稲荷神社もあります。

現人神社の神、住吉三神=ツヌガアラシト=天日槍=大己貴命=猿田彦命=稲荷神=歳神=饒速日命です。

武内宿禰も応神天皇(伝承の一部)も彼。

 

以下、過去記事から。

(「古代史の謎」 5 ~住吉神と神功皇后 前編~」)より

********************************************************

「ツヌガアラシトは饒速日命」

福岡県田川郡の香春町の現人神社から、ツヌガアラシトが饒速日命であり、
ヒメコソ神の名から、彼の后であるミカシヤ姫の名の由来「棚機」姫へと繋がりました。

(「もう一つの現人神社 2 ~饒速日命の足跡~」)
(「神功皇后の伝承地 5 ~媛社(ひめこそ)神社~」)
(「神功皇后の伝承地 7 ~姫社神の正体~」)

下記の「姫古曽神社」の御祭神から、それが高良大神であり、神功皇后だと。
(「神功皇后の伝承地 8 ~もう一つの「ひめこそ神社」~」)

ツヌガアラシト(饒速日命)が高良神であり、神功皇后が棚機姫でした。
(「神功皇后の伝承地 10 ~織姫と市杵島姫と神功皇后~」)

**********************************************************

 

(「「古代史の謎」 6 ~住吉神と神功皇后 後編~」)より

*********************************************************

住吉大神=塩土老翁=天火明命=饒速日命=高良玉垂命
豊受大神=市杵島姫=神功皇后

塩土老翁と豊受大神が夫婦であり、
天火明命と市杵島姫が夫婦
住吉神と神功皇后が夫婦
高良玉垂命と神功皇后が夫婦

彼らが同じ者であるからこそ、同じことを伝えているのです。

(「日本の真相 21 ~住吉大社~」)
過去記事に、住吉大社と籠神社の伝承から、
住吉神と神功皇后、卑弥呼とトヨの関わりについてありました。
豊受大神が神功皇后ならば、豊玉姫も彼女。

ツヌガアラシト=天日槍=饒速日命
天日槍が応神天皇であり、饒速日命。
(*応神天皇と豊玉姫については、彼ら自身じゃない部分もある。
  本人かその子か。または混在している)

********************************************************

 

上の記事を書いて、どうしても行きたかったのが、気比神宮と、籠神社でした。
籠神社へは、時間の関係で行けず(行くだけで丸一日かかる)、
気比神宮に行くことができたのは瑞運です。

最初に「立山行き」の話があった時、ついでに寄ってみたいと思っていたのですから。

 

ツヌガアラシトである住吉神は、饒速日命であり、
神功皇后は、彼の后であった、三炊屋姫。

それを教えてくれた社の一つでした。

2021年9月 5日 (日)

立山三山縦走 その2

三日目、21日。
立山三山縦走です。

朝5時に宿を出発。
ガスってました。

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左下に見えるのは室堂ターミナル。

浄土山へ向かいます。Dsc_0751

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雷鳥が見られました。
この辺りもかなりの岩稜地帯。

パラパラと雨が降ったり止んだり。
少し晴れたりの天候。

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浄土山は表記なし。
一の越山荘の前で休憩。

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9時過ぎに雄山(立山三山)へ。
山頂に、雄山神社の本宮があります。

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ここでご法楽。
山頂標識は、この社に右にありました。

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雄山神社の社務所の中。
ここで御払いして頂きました。

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こんな箇所が多いです。

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たまに見える雷鳥沢が綺麗です。
右奥が室堂。

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大汝山(立山三山)。

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富士ノ折立(立山三山)。

ガレ場ばかりで岩にペンキで印あり。

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黒部ダムが見えました。

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雷鳥沢側。
めちゃくちゃ綺麗です。
右側の稜線は、大日岳へ向かいます。
行きたいっ!

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この稜線!惚れる!

真砂山へ。
この辺りは砂地っぽいです。

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12時頃、真砂岳。

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別山へ。

ここは剱岳の遥拝所だったようです。

剱岳、ガスってて見られず。
違う方向は晴れてました。

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真砂岳方面まで戻り、巻道を歩き、分岐から走り禅定道へ。

走り禅定は、ここから雷鳥沢までの尾根歩きを言います。
これですべての立山禅定道(六禅定道)を歩いたことになります。

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手前の山の、左尾根が走り禅定道。

全体的に距離の割には、ガレ場が多く大変でした。

 

三日目の21日、当初の予定では剣山荘泊でした。
でも、すべての荷物を背負ってこのルートはキツかったと思います。

結果的に良かったのかも。

次回は、剣岳のみでチャレンジします!

 

参考までに、今回のルート(四日間)です。
大日岳~奥大日岳と縦走してみたいですね!

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                *

四日目、22日(日曜日)

室堂ターミナルへ。
始発で移動しました。
室堂ターミナルの立山駅行き始発が、8時40分です。

22日が朝から大荒れで、ターミナルには帰る人がたくさん待ってました。
臨時便が出たので、乗り継ぎに間に合いました。
早目について、待っとく方がいいかもしれません。

23日の飛行機がキャンセルできないので、福井、敦賀へ。
気比神宮へ参拝しました。
それは次回。

 

( つづく )

 

2021年9月 4日 (土)

立山三山縦走 その1 ~獅子ヶ鼻岩の役行者窟~

8月19日〜22日まで立山へ行ってきました。
23日は強風と天候が良くない予報で、剱岳は中止。
22日に剱山荘泊の予定を雷鳥沢泊まりに変更。
立山三山縦走と走り禅定をしました。

メンバーは、うちを入れて5人。

一日目 、19日は移動日。

福岡始発の飛行機で小松空港へ。
福岡〜小松空港〜富山駅〜立山駅〜室堂
電鉄富山駅で室堂までの通しの切符が買えます。
室堂ターミナル着が14時50分でした。

室堂の玉殿へ
ご法楽

その後、雷鳥沢ヒュッテ泊。
この夜、唯一の星空でした。
天の川、初めて見られました。

20210820031959_img_7345


二日目、20日。
午前中は、一人で獅子ヶ鼻の役行者窟探しです。
前回、行った時は分からなかったのですが、
獅子ヶ鼻の下にあると目星をつけて行ったので見つかりました。

3時に宿を出発。
室堂〜弥陀ヶ原まで車道を8キロ走る。

20210820051410_img_7357

1時間半ほどで、弥陀ヶ原へ。
その後、前回も行った登山道(禅定道)へ入ります。

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弥陀ヶ原の木道。
熊の巣があり、目撃されてると宿で聞いたので、怖々です。
(弥陀ヶ原と聞いただけで、どの辺りか分かりません)

20210820061750_img_7365

唯一の水場。
Dsc_0719

右上にあるのが獅子ヶ鼻。
手前の川を渡り、一番目の鎖に取りつきます。
ここまでもかなりの鎖道があります。
上級者コース、とはなっています。

Dsc_0720

3番目の鎖という情報を見たのですが、それは違います。
ひたすら、「獅子ヶ鼻の下にある!」と信じ、そちらへ向います。

Dsc_0730

鎖は、獅子ヶ鼻に向かっていますが、獅子ヶ鼻(登山道から見える)の直下で右に曲がります。
それが、上の写真の場所。

この地点から、左を見るとこの木にロープが繋がっていました。
この木!

Dsc_0731

Dsc_0724

「こんなん、分からんわ~(>▽<)」

ロープに木が倒れ掛かっているので、なんとかくぐり抜け、ロープを掴んで3mあがると...。

Dsc_0725

ここが獅子ヶ鼻の下。
上の写真の左側の窟の中に...。

Dsc_0726
役行者さまです。
ようやくお会いできました。

前回来た時、獅子ヶ鼻岩の下が気になって(呼ばれた気がして)、そちらへ行こうとしてました。
上の崖から向かうと足場が崩れたので、違う場所から行こうとしました。
その時、同行者の方に呼ばれたので、違うのかと諦めてしまって、離れてしまったのです。

それが気になっていました。
呼んでくれてたのではないか、と。
ここへ来ようと思ったのは、それがあったからです。

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前回も来た、弘法大師窟。

こちらは、先ほどの鎖道をそのまま進むと、赤テープの目印があるのですぐ分かります。
(登山道の少し上)

役行者窟から5分くらい。

この後、ガキ田(餓鬼田)に出るので、この下で朝ごはん。

 

そのまま禅定道を室堂へ向かいます。

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奥大日岳でしょうか(中大日岳かな?)。
いつか縦走してみたいです。

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まさに天空ロードです。

この後、他のメンバーと待ち合わせがあったので、2時間ほどで駆け抜けました。

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室堂到着が9時半。
雷鳥沢ヒュッテ~室堂~弥陀ヶ原~獅子ヶ鼻~室堂まで、17キロ。

(獅子ヶ鼻岩に行くだけなら、バスで弥陀ヶ原バス停で途中下車していった方が楽です。
再び乗るなら、バスの予約がいります。
弥陀ヶ原バス停から、往復+窟探しで3時間みればよいです。
うちの場合は、待ち合わせの時間に間に合いそうになかったので、歩きました。
始発が9時近いので)

昼頃、皆と合流。
玉殿ご法楽と祓堂へ。

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玉殿。

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立山連峰。

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祓堂。

昔は立山に登る前に必ずここへ来たそうです。
一の越山荘まで後10分くらいの場所にありました。

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その直後、雨。
宿の雷鳥沢ヒュッテに向かいました。

雷鳥沢ヒュッテ、外に露天風呂があります。

内風呂で一旦、服を着て、外に行かないといけないですが、天然のかけ流し!
側の地獄谷から湧き出てる温泉です。
最高でした!


3日目、立山三山の縦走と走り禅定道へ


( つづく )

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