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2021年12月31日 (金)

御炊屋姫を追って ⑫ ~天照大神と豊受大神~

伊勢の下宮の神は、籠神社から呼び寄せた(勧請した)月神。
(外宮の神は豊受大神)

しかし、籠神社の月神は、御祭神の天火明命。

籠神社の伝承にも、月神、天火明命として登場します。

彼は、饒速日命。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日命。

彼こそ、内宮の天照大神。
(日月の神・日月神事の神でもある)。
後の世に、天照神が女神とされた時、内宮と外宮の神が入れ替わったのです。
(表面上。あくまでも内宮が饒速日命)

☆籠神社には天火明命と豊受大神が祀られている。

伊勢の内宮の神が「独り身だと寂しい」からと呼び寄せたのが、籠神社の豊受大神。
もとは、籠神社で二柱で祀られていたのだから、「引き離されて寂しい」と、片割れを呼び寄せたのです。

ならば、内宮に元々いたのは豊受神ではない、ということになる。(下記リンクより)

(「二つの伝承 9 ~日の神 と 月の神~)

外宮の神が、籠神社のもう一柱の豊受大神であり、市杵島姫命(宗像神)
(籠神社には、市杵島姫命と饒速日命が夫婦だとされてます。(絵馬に描かれてある))

彼女こそ、天照大神の后、御炊屋姫であり、瀬織津姫です。
織姫→瀬織津姫

(「「儺の国の星」 ~炊屋星~ミカシヤ姫の名の意味」)

 

このどちらかの神が祀られる所、必ずもう一柱が祀られていました。
彼らは夫婦神であり、すべて、天照大神と豊受大神である、饒速日命と御炊屋姫なのです。
この二柱が揃ってこその、天照大神なのです。

社に配列(または摂社)の神々の名をよく見てください。
必ずそうなっています。
ただ、意味もなく配列されてるわけではないのです。

伊勢
内宮・天照大神
下宮・豊受大神

大神神社
本殿・大物主神
御炊社・御膳津神(豊受大神)

籠神社
本殿・天火明命
相殿・豊受大神

廣瀬大社
本殿・豊受大神(宇迦之御魂神)
相殿・櫛玉彦・穂雷神(武御雷=饒速日)

高良大社
本殿・高良玉垂神、住吉大神、八幡大神
本殿内摂社・豊比咩社
摂社・厳島神社(市杵島姫命)(御手洗池の側)

宇佐神宮
一之御殿・八幡大神
二之御殿・比売大神(宗像三神)
三之御殿・神功皇后

住吉大社
第一本宮・底筒男神
第二本宮・中筒男神
第三本宮・表筒男神
第四本宮・息長足姫命(神功皇后)

(これはほんの一部)

*八幡大神は、神功皇后の御子、応神天皇。
神(伝承)としては、父親と子が一緒くたになっている。
*住吉三神、宗像三神は、元はそれぞれ一柱の神。

☆天照大神=饒速日命=大物主神=天火明命=櫛玉彦=穂雷神=高良玉垂神=住吉大神=八幡大神など

☆豊受大神=宇迦之御魂神=市杵島姫命=豊比咩大神など

 

宇佐神宮などに、比売大神として祀られる宗像三女神は市杵島姫命であり、神功皇后。

宗像三女神=市杵島姫命=神功皇后=御炊屋姫

由来が分からず、姫大神、玉依姫と名がついているのは、全て彼女です。
玉依姫は、「神の魂の依り代(声を聴く)」、巫女の意味。

(「「古代史の謎」 4 ~豊受大神は神功皇后~)

そうか、書いてて気づいた、当たり前だけど。
このどちらかの名が社に記されている時は、
他の祭神は、必ずもう一方の
「天照神、豊受神(饒速日命と御炊屋姫)」
なんだ。

 

誤解のないのように申しますと、
「天照大神は女神」
それは「偽り」ではありません。

<神は人の祈りにより存在するもの>

今までそう祈られて来た天照大神は、彼女でもあるのです。

 

ただ、宇宙神霊ARIONが言っていた「岩戸を開ける」の意味は、
隠されて来た本来の天照神、饒速日命を1人でも多くの人が認識することだと感じてます。


「岩戸を開ける」
それが地球の希望になるそうです。

彼は「国の大事の時、再び現れる」と約束されている住吉神なのですから。

 

御炊屋姫は、市杵島姫命です。
宗像大神であり、北部九州の神。

これはこのシリーズの前の方にも書きました。

彼女は饒速日命と大和(奈良)で出会い夫婦となり、その後、北部九州へと移動したのです。
それから先の神話が神功皇后として伝えられていたのでした。

彼女は住吉神(饒速日命)と、夫婦だと伝承にあります。

(分かりやすく改訂)

2021年12月20日 (月)

宝満山でふたご座流星群☆

もう一週間も経ってしまいましたが。

先週、宝満山の山頂でふたご座流星群を見てきました!
4時間で43個!今までの最高です。

20211213220244_img_8229

ふたご座流星群が極大!
しかも快晴だし!
これは宝満山に行かねば!
と、ザックに詰め込み。

長丁場と真冬並みの気温を見越して、ザックにシュラフ関連、湯沸かしセット、ダウンパンツ。
9キロ!夏のテン泊並み!(>▽<)

竈門神社に着いたのが22時。


途中、真っ暗闇なので写真無し。
さすがに誰もいませんでした。

20211213232721_img_8231

山頂到着、23時半頃。
誰もいない。

上宮独り占め~!(>▽<)

マットとシュラフを引いて、もぐりこみ、青い明太子と化して、準備万端!

20211214003524_img_8232

おお~!
ここめちゃめちゃええやん?
一晩お貸しください~
テント張ってないんで大目に見てください~


20211214003615_img_8233_20211220115301

月が明るい。

沈むのは2時過ぎとのこと。
それでも流星群がたくさん見られました。

20211214022201_img_8235

2時半。
月が沈みました。

20211214024655_img_8242

星がたくさん出てきました。
流星も二個いっぺんにとか!

最高~~!(>▽<)


カメラはデジカメ。
cannonのpowershout G7X mark2
星空モードがあって、タイムラプスが撮れます。

が!接写はまったくだめ^^;
花をとるか、星をとるかで、年に数回しか撮らない星をとりました!

一眼ならもっと綺麗なんでしょうが、満足してます。

20211214024757_img_8243

3時!撤退!
そろそろ朝駆けの人たちが登ってくるし、寒さの限界~~!
(なんて山や^^;

20211214030156_img_8246

ザックに霜がおりてました。

20211214030830_img_8250

博多の夜景。
下山です!

途中でこれから山頂で流星群を見るという、5人くらいのグループに会いました。
シュラフなしで長時間は辛いぞ!

朝駆けで登ってくる人とすれ違ったのは3人!
さすが宝満山!

「10時から来た?凄いね!」
と言われる。
いやいや、毎朝この時間に朝駆けされてる皆さまよりは(>▽<)

20211214044526_img_8251

竈門神社に着いたのが4時半過ぎ。
独り占め上宮で、流星群堪能しました!
ありがとうございました(>▽<)

 

2021年12月19日 (日)

御炊屋姫を追って ⑪ ~広瀬 と 弁財天 と 女神の天照~

< 広瀬の神は弁財天 >

神社の所在地には、その社の由緒を表すものがあるようです。

広瀬の地名には、「櫛玉比女命神社」と「廣瀬大社」があり、共に同じ神が祀られていました。
佐賀の天山にも広瀬があります。

このシリーズの最小の方で触れた佐賀の天山。
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そこに祀られる神は「市杵島姫命である弁財天」でした。

(「御炊屋姫を追って ③ ~天山 天河弁財天の元宮 1~)

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三つの下宮の内「天山宮」の地は、「厳木(きゅうらぎ)町広瀬
(厳木の厳は、厳島神社の神(市杵島姫命)を表す。厳木は、いつきとも読めます)

Screenshot_202204272111142

(「御炊屋姫を追って ④ ~天山 天河弁財天の元宮 2~) 

 

天山周辺には「天川」という地名があり、奈良の天河弁財天の元宮とも言われています。
奈良の天河大弁財天神社のWikiによると、(天河の方は)
創建に関わった天武天皇と役行者は、伊勢神宮内宮に祀られている女神を「天の安河の日輪弁財天として祀った」

弁財天を、伊勢の内宮から勧請してきたという。
では、そこに弁財天がおられるのです。

弁財天は、市杵島姫命であり、御炊屋姫でした。
御炊屋姫の名は豊受大神、瀬織津姫をも意味します。

伊勢の内宮の荒祭宮には、瀬織津姫が祀られます。
「内宮の弁財天」とは、彼女を示すのです。

弁財天は、市杵島姫命=豊受大神。
内宮ではなく、外宮に祀られる神。

全て彼女の分御霊・わけみたま(別名)。
瀬織津姫=豊受大神=市杵島姫命=弁財天=御炊屋姫

広瀬で、神が繋がれました。
同じ神を祀るのです。

彼女が神として伊勢に祀られるよりも先に、こちらで活躍、存在していました。
例え、こちらが「元宮(社がなくとも)」なのです。

 

< 女神・天照大神は市杵島姫命 >

彼女は女神・天照でもありました。
天照には幾つもの名があり、中には彼女を示すものがあります。
それが「撞賢木厳御魂天疎向津媛命(つきさかき いつのみたま あまさかる むかつひめのみこと)。

この名の意味するものは、

「天(日の)神ではなく、神を斎き祀る者」

厳御魂(いつのみたま)から、

<< 女神・天照は、厳島神社の御神霊である、市杵島姫命(宗像神)>>

 

市杵島姫命。

いちきしま、いつくしま(厳島)、「斎き島」は、星の神を祀る者。
(古代、星と島は同義語)

星神、布留神(石上神宮)、住吉神(三島神)を祀る者の名です。
彼は天照である饒速日命。

市杵島姫命は彼の后、御炊屋姫であるので、同じ境内、摂社に祀られているのです。

彼らは陰陽(太極の図)の存在。
二柱揃っての神なのです。

 

豊受大神が市杵島姫命であり、御炊屋姫。

彼女は籠神社の御祭神の一柱です。

伊勢神宮の下宮には、籠神社から月神を勧請したという伝承があります。

外宮の神は豊受大神。

しかし、彼女は「月神」ではありません。

 

(分かりやすく、改訂)

( つづく )

 

 

2021年12月17日 (金)

御炊屋姫を追って ⑩ ~分御霊*廣瀬大社 と 豊受大神~

奈良県北葛城郡河合町川合にある「廣瀬大社」。

「広瀬」の地名から、この社が浮かんだのです。
もしかしたら、同じなのでは、と。
「櫛玉比女命神社」の旧地名は、広瀬郡弁才天。

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櫛玉比女命は、饒速日命の后、御炊屋姫。
弁財天であり、市杵島姫命、豊受大神でもありました。

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「廣瀬大社の主祭神」

主祭神 若宇加能売命(わかうかのめのみこと)

下記サイトより

社伝では、伊勢神宮外宮の豊宇気比売大神、伏見稲荷大社の宇加之御霊神と同神とされる。

廣瀬大社(廣瀬神社) | 奈良観光JP
http://xn--54qt8q919aucg.jp/hirosetaisha/
下宮の神は豊受大神。同神です。


相殿には、櫛玉比女命、穂雷命。

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やはりありました。

櫛玉比女命の名が。


20210404113030_img_5688

(弁天池のようになってた。)

「大神神社」の末社、「御炊(みかしぎ)社」にも祀られていました。

櫛玉比女命は、櫛玉饒速日命の后、御炊屋姫。
彼女は、豊受大神と同神でした。

 

同じく相殿に祀られる穂雷命。
武御雷神のことであり、饒速日命です。

春日神(武御雷神)、鹿島神、高良神(福岡久留米)を祀る社は、物部氏の祖神を祀ります。

(「神の系譜 3 ~言霊から*天照は磯神・いそのかみ~ 」) amebloのブログ

内宮の天照大神です。
豊受大神とは夫婦神だから、一緒に祀られているのです。

この図は、「大神神社」とその摂社の「御炊社」と同じです。


< 広瀬 >

☆広瀬の弁天さま、「櫛玉比女命神社」。
御祭神、饒速日命の后、御炊屋姫。
「弁天様」と呼ばれており、昔の名は広瀬郡弁才天。

下記の記事から、櫛玉比女命=御炊屋姫=弁財天=八大龍王弁財天=市杵島姫命=厳島の神(市杵島姫命)

(「御炊屋姫を追って ② ~櫛玉比女命神社・弁財天~)

(「御炊屋姫を追って ⑤ ~狭井神社の市杵島姫命神社~」)

(「御炊屋姫を追って ⑥ ~ 八大龍王弁財天~厳島神社へ ~)

☆村屋坐彌冨津比賣神社から、大物主神の后、三穂津姫は御炊屋姫であること。
(物部の子孫が祀る) 
その摂社の「物部神社」は、市杵島姫神社と言われており、弁天さんとも言われていること。
大物主神の后=三穂津姫=市杵島姫命=弁財天

(「御炊屋姫を追って ⑦ ~村屋坐彌冨都比賣神社~)

 
☆「御炊社」から、御膳津神(みけつかみ)=伊勢の外宮の豊受大神=御炊屋姫。

(「御炊屋姫を追って ⑨ ~大神神社の御炊社の豊受大神~)


これらを全部まとめて、

櫛玉比女命=御炊屋姫=弁財天=八大龍王弁財天=市杵島姫命=厳島の神(市杵島姫命)=御膳津神(みけつかみ)=伊勢の外宮の豊受大神。

と繋がりました。

「前回」にもあった「籠神社」から分かったこと、

天火明命=塩土老翁=住吉大神
市杵島姫命=豊宇賀能売命=豊受大神

(「「古代史の謎」 3 ~饒速日命は住吉大神~)

と、同じなのです。

☆また、御炊屋姫は、織姫であり、瀬織津姫でした。
(「神功皇后の伝承地 10 ~織姫と市杵島姫と神功皇后~)

御炊屋姫=織姫=瀬織津姫=市杵島姫命=豊受大神


内宮の天照大神である饒速日命に多く名があるように、
外宮の豊受大神である御炊屋姫にもありました。

これが< 分御霊(わけみたま) >

分霊、です。

 

( つづく )

 

2021年12月12日 (日)

御炊屋姫を追って ⑨ ~大神神社の御炊社の豊受大神~ 

(「御炊屋姫を追って ⑧ ~物部の祖神と弁天様~」)の続き


大神神社の境内にある「御炊社」です。
ミカシギ社。

御祭神は、御膳津神(みけつかみ)。
神饌を用意する神であり、伊勢の外宮の豊受大神の別名でもあります。

20211118113115_img_7912


とても分かりにくい場所にあるので、初めて行った時は、神職さんにお聞きしました。
参道のすぐ脇(右側)にあります。
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神饌を用意する神だから、ここにある。

では、何故、他の社の多くには無いのか。


三輪の神が内宮の天照だから、ここに外宮の神があるのです。


外宮の神、豊受大神は、籠神社の相殿にも祀られていました。
籠神社の天火明命が天照大神であり、彼こそが三輪山の神でもあるからです。

 

< 籠神社の神 >

京都の籠神社には、主祭神として天火明命。
相殿に豊受大神が祀られています。

籠神社の「丹後一宮籠神社縁起」には、「天羽衣伝承」があり、
塩土老翁と豊宇賀能売命が夫婦であるとされていました。

そこから、塩土老翁が住吉神(住吉大社の御祭神)であり、
豊宇賀能売命が豊受大神(籠神社の御祭神)であることが分かりました。


塩土老翁=住吉大神
豊宇賀能売命=豊受大神

さらに、塩土老翁と豊宇賀能売命は夫婦ということから、
住吉大神と、豊受大神は夫婦でもあるということになります。

また、籠神社の御神祭の天火明命と夫婦なのは、市杵島姫命。

全部まとめると、
天火明命=塩土老翁=住吉大神
市杵島姫命=豊宇賀能売命=豊受大神

(「「古代史の謎」 3 ~饒速日命は住吉大神~)


この籠神社の「天火明命」は、伊勢内宮の天照大神です。

(「「古代史の謎」 2 ~籠神社の神は天照大神・饒速日命~)

御祭神は天火明命。
物部系の文書「先代旧事本紀」では 天照国照彦天火明櫛玉饒速日命。
籠神社は元伊勢。
(伊勢)下宮の神は、丹後から「独り身は寂しい」と豊受大神を連れてきたが
本来、独り身が寂しいというのは男神の方。

丹後にある籠神社から、外宮へと勧請されたのが、豊受大神。
内宮の神がその夫婦神である、天火明命である饒速日命、彼が天照大神です。


(「市杵島姫の名の意味 ~斎星姫・蘇る神~)

神話では、大国主神と市杵島姫命は夫婦。
(多紀理毘賣という説もありますが、宗像三神は、元々は一柱)

大国主神は、大物主神です。

大国主神=大物主神=饒速日命=天火明命=饒速日命=天照大神。
ならば、
市杵島姫命=豊受大神である彼女が、
それらの男神と「夫婦」とされているのは、必然です。

 

大神神社の「御炊神社」に戻ります。



< 御炊社の神 >

神は夫婦ならば、同じ敷地内で祀られます。

三輪山(大神神社)にあった二つの社、
「御炊社」の豊受大神。
「市杵島姫命神社」の市杵島姫命。

その豊受大神と市杵島姫命は同神でした。


☆三輪山の神、大物主神の后の名には、活玉依姫もあります。
玉櫛媛、玉依媛は、彼女の別名です。

饒速日命に櫛玉彦の名があり、御炊屋姫には櫛玉比女命の名もあります。
「玉依」は、神の声を聴く(魂の依り代)のこと。
櫛は、「奇なる」の意味。


☆また、饒速日命と夫婦とされる瀬織津姫は、織姫である御炊屋姫でした。
瀬織津姫は天照大神の后ともされています。

(「神功皇后の伝承地 10 ~織姫と市杵島姫と神功皇后~)

御炊屋姫=織姫=瀬織津姫=市杵島姫命=豊受大神

別の者というよりも、同神だとする方が筋が通るのです。
そう思いませんか?

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伊勢の内宮に天照大神。
下宮に豊受大神。
ならば、その二柱が「夫婦」であるのです。

三輪の図、と同じです。20211118065312_img_7887

饒速日命の后は「御炊屋姫」。
彼女こそ、市杵島姫命であり、豊受大神。

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「御炊神社」

その社をここで見つけた時、本当に嬉しかったのです。
彼らは、大神神社でも、ちゃんと側に寄り添っていました。

20211117201300_img_7873

 

( つづく )

 

 

 

2021年12月11日 (土)

御炊屋姫を追って ⑧ ~物部の祖神と弁天様~

(「御炊屋姫を追って ⑦ ~村屋坐彌冨都比賣神社~) のつづき

村屋坐彌冨津比賣神社の摂社、物部神社。
そこには、宮司さんの祖先が祀られていていました。

物部氏は、饒速日命と御炊屋姫に連なる一族。

摂社の神は多くが、同神です。
故にこの社の、大物主神と三穂津姫は、饒速日命と御炊屋姫。

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また、神社のHPにはこの物部神社が、「市杵島姫命神社」とも呼ばれているとあります。

物部神社 | 村屋坐彌冨都比賣神社 (murayajinja.com)

この神社は塀で囲われ、池に浮かぶ島のように見えることから弁天信仰が起こり、市杵島姫神社(弁天さん)とも呼ばれている。
(上記HPより)

「市杵島姫命」は弁天様と習合され、その多くは「池に浮かぶ島」の中に社を造るのです。

市杵島姫命の名の由来が「斎き島」だからでした。
島を斎く(祀る)者。(古来、島と星は同義語)
「星の神を祀る者」の名です。

その星神の名は石上神宮の布留神、大神神社の饒速日命(住吉神でもある)です。
御炊屋姫は彼の后でした。

池に浮かぶ島のように見えるから市杵島姫命神社と呼んだのではなくて、彼女が市杵島姫命(弁天さん)であるから、池に浮かぶ島の形にしたのです。

 

< 三輪山の市杵島姫命 >

市杵島姫命神社は、大神神社の摂社、狭井神社にありました。

夫婦神は、同じ境内か摂社に祀られます。
大神神社の神の大物主神の后が、市杵島姫命であるのです。

(「御炊屋姫を追って ⑤ ~狭井神社の市杵島姫命神社~)

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池の中に島を造り、社を建てています。

三輪の大物主神は饒速日命。
籠神社には、饒速日命と市杵島姫命は夫婦だとあります。

この境内の様子は、まさにそれを示しています。

では、市杵島姫命と御炊屋姫、二柱の神が弁天様と呼ばれてることになります。

 

< 御炊屋姫 >

御炊屋姫を祀る社は、村屋坐彌冨津比神社の「物部神社」の他に、「櫛玉比女命神社」があります。

そこには弁天池は無いのですが、ここもまた弁天様と呼ばれていました。
彼女も饒速日命の后です。

☆「櫛玉比女命神社」
旧地名は、「広瀬郡弁才天村」

(「御炊屋姫を追って ② ~櫛玉比女命神社・弁財天~)

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饒速日命と同じく、彼女にも数多の名があります。

しかし、市杵島姫命と御炊屋姫の他に、「弁財天」と呼ばれる者はいません。
二柱が同神であることを、強く示唆しているのです。

さらに、同じ社に配祀、摂社、末社などに祀られている神は同神。

大物主神=大神神社=饒速日命
三穂津姫=御炊屋姫=市杵島姫命=弁財天

ならば、狭井神社の市杵島姫命神社は、御炊屋であるということです。

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上が御朱印。
幾つも種類があります。

絵馬は宮司さんが描かれたものです。
守屋さんと言われるのですね。

社名の、村屋は守屋。

<守屋に坐ます>

守屋の(心の)中にいるという意味もあるのかもしれないですね。

 

この後、宿に戻る途中で、桜井市大西の「市杵島姫社」へ。
(地図の7)

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二日目の行程、地図です。

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(地図はYAMAP)

1、狭井神社(市杵島姫命神社)
三輪山登拝
2、八大龍王弁財天
3、檜原神社
4、神御前神社、厳島神社、富士神社
5、箸墓古墳(UPしてない)
6、村屋坐彌冨津比賣神社
7、市杵島姫神社(桜井市大西)
4の周辺の道路は狭く、駐車スペースがないです。
どこか停められるとこに停めて、歩いてきた方がよさそうです。




( つづく )

2021年12月 4日 (土)

御炊屋姫を追って ⑦ ~村屋坐彌冨都比賣神社~

(「御炊屋姫を追って ⑥ ~ 八大龍王弁財天~厳島神社へ 」) の続き


いよいよ、一番行きたかった「村屋坐彌冨都比賣神社」
むらやにいます やとみつひめじんじゃ。

大神神社の別宮です。

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Dsc_0837_20211113121301 拝殿です。
御祭神は、三穂津姫命(弥冨都比売命)

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大物主命。

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二柱は、夫婦神とされます。
大国主(大物主)神の正妻は、須世理姫(すせりひめ)と漢字があるのに、ルビはせおりつひめ。

須世理姫も瀬織津姫も同神です。


大国主=大物主であり、天照。
天照神の后もまた、瀬織津姫です。

伊勢内宮の荒祭宮に祀られているのが、瀬織津姫。
彼の名が数多あるように、彼女の名も数多あるのです。(後に詳しく)

三穂津姫もその名の一つ。

何故なら、この神社は代々、物部の末裔が神官をされてきたからです。

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大物主神は、三輪山(大神神社)の神。

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この境内には、物部神社があります。

物部神社 | 村屋坐彌冨都比賣神社 (murayajinja.com)

彌冨都比賣神社のHPのリンクです。
こちらの神社の宮司さんの祖神を祀る。
物部神社。

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御祭神は、御炊屋姫命。
宇摩志麻遲命。
物部守屋大連。

この社の名「村屋坐(むらやいます)」は、物部守屋(もりや)をもじったものではないか。
彼はまた、饒速日命と御炊屋姫から始まる物部氏の子孫です。
古来の日本の神を護るため、仏教を排斥しようと蘇我馬子と争い、敗れています。


宮司さんの家系は、その物部氏の末裔であるのです。

「物部神社」に名が無い、物部氏の祖神のもう一柱は、饒速日命。

 

彼は、大神神社の大物主神です。

以前、聖林寺に行った時に住一面観音についてお聞きしました。
このモデルは饒速日命ですか、と。

大神神社の神宮寺にあったのが、十一面観音。
大神神社は饒速日命を祀るので、そうですよ、と。


この社の本殿に祀られている大物主神は、饒速日命です。
もう一柱の三穂津姫は、御炊屋姫です。

物部氏の末裔が祀ってきたのならば、間違いないのです。
彼らは祖神以外を祀りません。

三穂津姫の別名は、弥冨津(やとみつ)姫。
御炊屋姫には、登美族の姫である、登美屋(夜)姫・とみやひめの名もあります。

名前の相似、神官さんの祖神が、御炊屋姫ら「物部の始まり」であること。
物部は元をたどると登美族です。
饒速日命にも登美饒速日命の名があります。

これらは、主祭神が「彼ら」であることを示唆します。


摂社として、服部神社には天之御中主神を祀ります。

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久須須美神社には、
天之久之比神(あまの櫛日の神)
事代主神。

天之御中主神、天久之比神、事代主神は、すべて大物主神と同神です。

 

( つづく )

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