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2022年1月30日 (日)

神の鉾 8 ~饒速日命と神功皇后 二柱の場所~

< 重なる場所 >

饒速日命と神功皇后。

彼が高良(住吉)神ならば、二人の「場所と時代」は重なります。


まずは場所。
その一つが、福岡県那珂川市。

現人神社の存在(住吉神の元宮)*1
住吉神=高良神=饒速日命。

裂田溝と裂田神社(神功皇后と武内宿禰の伝承地)。*2

(「裂田溝と裂田神社」の記事)
神秘書では、高良(住吉)神は物部保連と名乗り、人の姿で神功皇后と共にある。

(武内宿禰と同一か、一緒くたになってるかは不明。)
裂田溝は、神功皇后が住吉の神の為に造った水路(ここに二人で住んでいたから造ったのでは?)

猫嶺城」の存在。*3
後に、高良の神が若い頃に住んでいたという「猫城(猫嶺城)」を那珂川で発見。
(「那珂川は饒速日命(天照・住吉・高良の神)の生誕地」の記事)

高良の神は、国の根っ子を造った神として、根子神、猫神としても祀られる。
(記述を見たのは「筑前国風土記」だったかも)


伏見神社。御祭神は、神功皇后の妹とされる豊姫。(「伏見神社の磯羅舞」の記事)*4
この町には、高良の伝承の4柱が祀られている。
(表筒男と底筒男、神功皇后と、豊姫)豊姫は神功皇后と同一か、一緒くたになってる。

Dsc_2006_2

(日吉神社。この時のパワーが凄かった!
いつもは普通^^)


☆日吉神社の存在(日吉大社の元宮の一つ)*5
猿田彦(=饒速日命)の発祥の地ともされる日吉神社の記事)
発祥ということは、「生まれた地」か?

結びの山 その14 日吉の神とニギハヤヒ命

☆イザナギ神の禊の地<筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原>の地形と地名がある。*6

(「安徳台と高天原」)

岩戸郷という旧地名(今は地区名が岩戸)。*7

*1 現人神社は、住吉神の元宮。
*2 裂田溝などの、神功皇后、武内宿禰。

*3 猫嶺城の高良大神
*4 伏見神社の豊姫(同一か一緒くたになってるか)。

*5 日吉神社は、日吉大社の元宮の一つ。
天孫降臨の時の猿田彦神、天鈿女(アメノウズメ)。

最澄さんがここから日吉大社へ勧請したのは、猿田彦神でもある、大己貴神。
詳しくは、「結びの山 その14 日吉の神とニギハヤヒ命」へ

*6 神話の「伊邪那岐の禊」で現れた神は、
天照、住吉神、月神、宗像三神(市杵島姫命)など。

*7 岩戸の神話で、上の神の他に瀬織津姫など。
上記の神、すべて、饒速日命、御炊屋姫(神功皇后)が名を替えた神。(分霊)

 

この地で神話が生まれたのです。
神話やこれらの伝承は、彼らがこの地で共に過ごしたから創作されたもの。

何より、ここには「現人神社」がある。
住吉神が饒速日命であり、天照神ならば、「神話」は必然なのです。

Screenshot_202201302133022


( 現人神社 )

ここには「納得できる」神話の名残があります。
決して、景観が良いとか、神々しい風景とは言えませんが。
これらの社に訪れた時、必ず分かるはずです。

 

彼らが生きた証が、感じられるのです。


           *


< 奈良の神功皇后の伝承地 >

もう一つが、奈良の登美の地です。

「彼ら」と重なります。


下の地図の緑の線の内側が、古代登美族の地だと思われます。
下の画像は、次回にもリンクを載せる「饒速日命を求めて ⑧ ~天ノ鳥船の時代 前編~

饒速日命を求めて⑨~天ノ鳥船の時代  後編」より。
饒速日命の別名は、登美饒速日命。
御炊屋姫の別名は、登美夜毘売。

饒速日は、彼女(登美族)の入り婿になったという伝承があります。

 

紫色の丸で囲った周辺が「矢田丘陵」の地。
ここに饒速日命と御炊屋姫を祀る「矢田坐久志玉彦神社」があります。


行って初めて分かったのですが、古代の登美の地は広い。

Screenshot_202201302133162

右上の「3」の紫印が平城で「神功皇后の御陵(五社神古墳)」のある地。
そのすぐ側に今の私は住んでいました。
その辺りも「登美」と言われていたそうです。
今でも「登美ヶ丘」という地名があります。

 

ですから、三炊屋姫の「登美一族」の地は奈良盆地の北西の大部分を占めていたのかもしれません。
推測ですが、緑の線で囲った線の内側です。
(南の方はどこまでか分かりません)

地図の南東の水色の部分は、当時の湖の範囲。

標高45m付近。

この辺りの湖は夢で見ていないので、推測です。

(見たのは耳成山あたりで)

 

☆登美の地の神功皇后と饒速日命 

☆上記にもありますが、3は神功皇后の御陵さん。
ここから西に、「饒速日命と御炊屋姫」が暮らしていたという伝承がある登美ヶ丘があります。


忍熊皇子社と、忍熊皇子、籠坂皇子の墓。
神功皇后が誅殺した義理の皇子です。

登美ヶ丘のすぐ手前にそれがある押熊町、北、京都との境に神功町があります。
小学校の校区だったので、押熊町の名を何度も聞いてました。

奈良ではもう一カ所。

☆磐余若桜宮。
桜井市にある神功皇后が住んでいたという地。
(候補地は二カ所あるが分からない)ここで崩御したそうです。
桜井の名の由来でもある地、先日行った、等彌神社の側です。

(御祭神は、天照皇大宮・実際は饒速日命。彼は登美饒速日命。

奈良での神功皇后の伝承は、この二カ所しかありません。
(しかもその二カ所とも、饒速日命と関わりがある地)

平和だったから?
筑紫(福岡)では、歩き回る度に、神社や伝承ができた彼女の「足跡」がない?

彼らは以後、奈良で暮らした形跡はみえないのです。
何より、神功皇后は、奈良の山に登っていない。


「山に登る」

それは、神に逢う行為と等しいこと。
山に神がおられるからです。
また、それは土地の守りを強める神事。

しないことは、あり得ないのです。

筑紫ではあんなに登っていたのに。



「彼女たち」は、筑紫から大和へ戻った後、再び筑紫へ行ったのではないかと考えてます。
ここには、そう長くはいなかったのでは、と。

(他の地にも、住吉神と神功皇后を祀る神社はあります)

次回は、終章、「重なる時代」

( つづく )

 

2022年1月28日 (金)

神の鉾 7 ~高良神は物部姓。違えるならば当山滅す~

神の鉾 番外編」は、二柱の天照大神について。
男神・天照大神が饒速日命。
女神・天照大神がその后、御炊屋姫(豊受大神、市杵島姫命など)。
(天照の撞賢木厳御魂(つきさかきいつのみたま)の厳御魂 は厳島(いつくしま)神社の神、市杵島姫命)


 「神の鉾 6 神功皇后幻想」では、御炊屋姫(ヒミカ)が、神功皇后と同一だと、私自身が思い至った過程。
不確かな前世、また土地の縁などからではありますが、そこから繋がっていきます。


少し戻って、「神の鉾 5」
高良(住吉)神と饒速日命は同神であるので、「干珠満珠」「十種神宝の生玉死返玉」は同じ物。


ここまでのまとめ。

☆籠神社の御祭神は「二柱の天照大神」にもあった、天火明命、豊受大神。
天火明命=饒速日命=住吉神=(海幸彦山幸彦も)
彼らが同神であるので、「干珠満珠」、「十種神宝の生玉、死返玉」は同じ物。

☆伊勢神宮の神は月神=天照大神。

天火明命=饒速日命=住吉大神=高良神=月神=天照大神。
(饒速日命は、日神、月神、星神(布留神)、海神(住吉、は星も)でもある)

では、「高良玉垂宮神秘書」と、「住吉大社の伝承」は、(御祭神が同神ゆえ)同じことを告げています。
高良神=住吉神は、神功皇后と夫婦
すべての伝承が繋がります。

 

彼が饒速日命ならば、その后は御炊屋姫。
では、神功皇后は彼女なのか?


< 高良神と物部 >


「高良玉垂宮神秘書」の記述をもう一度。

長男である表筒男神は、神功皇后の妹の豊姫と夫婦。
三男である底筒男神は、神功皇后と夫婦。
底筒男神の地上での名は、物部保連、高良大菩薩。

高良大社(7)
九躰皇子と『高良玉垂宮神秘書』
(綾杉るなさんのブログ「ひもろぎ逍遥」より要約)

高良大社の御祭神、住吉(底筒男)神の地上での名は物部保連。
「地上での名」、人としての名です。
物部は、饒速日命と御炊屋姫の子、宇摩志麻遲(ウマシマジ)命を祖先とする一族の名。

これまで出てきたいくつもの「鍵」。
どれも、饒速日命に繋がります。
高良大社が祀るのは、物部の祖神(饒速日命)。

後に「高良玉垂宮神秘書」を手に入れました。
そこには何度も出て来た言葉があります。

「高良神は物部姓。たがえるならば、当山滅す」

高良の神は物部の神である。
変えるならば、この社(高良大社)は滅んでしまう。

とても強い口調で何度も。
彼は、祖神、饒速日命で間違いないのです。

その高良神と夫婦だという神功皇后。
決して、高良神(饒速日命)の「子孫と夫婦」ではありません。
彼、自身となのです。


< 彼らの御子 >

高良神と神功皇后の御子の名に、饒速日命と御炊屋姫に繋がる物がありました。

 
「神秘書」には、高良神(住吉、底筒男神)と神功皇后の間には、5人の子が生まれ、仲哀天皇との子が4人で、9人の子がいたとあります。
これが「九躰王子」として、坂本神社など高良周辺に祀られています。

その御子の中に、「応神天皇(品陀別命・ほんだわけ)」の名がありません。
全てが実在していたとも思えませんが。
(または、全てが血が繋がった子では無いのかもしれません)

でも気になる名があります。
一番目の皇子
斯礼賀志命(しれかし)。
彼が長子なら、応神天皇(神功皇后と仲哀天皇の子)です。  

かし」は、星に関連する名でした。
また、饒速日命の后は、御炊屋姫(ミカシキヤ)姫。

(大神神社の摂社は、御炊(みかしぎ)社=豊受大神)


饒速日命(又の名を「布留」)と、御炊屋姫の子は、宇摩志麻治。
ウマシマジは、銀河、天の川に由来する名。
三柱とも「星」に由来する名です。

長子ウマシマジ、長子シレカシ、共に星を意味する。
高良神が饒速日命であり、神功皇后が御炊屋姫ならば、それは必然なのでは?

名は、呪なのです。
(「儺の国の星」 ~宇摩志麻治の名の意味~」)

 

住吉神である底筒男神の筒も、星を表すと、「儺の国の星」にあります。
そもそも住吉三神は、オリオン座の三つ星を表す。

また彦星と織姫は、彼ら二人です。
御炊屋姫と瀬織津姫の名の意味」の記事に記載。

長子、斯礼賀志命(しれかし)も星に関する名ならば、
記紀の「仲哀天皇」と夫婦という話さえ、創作では無いのか。


ここでまた、思い至ります。
神功皇后と御炊屋姫は、同一人物なのでは?

「御炊屋姫と奈良の地で出会った饒速日命」と
「神功皇后と出会った、住吉の神の底筒男神」は同じ?

神功皇后が御炊屋姫で、
高良神(住吉神)が饒速日命ならば、
二人が「夫婦になった」という記述は頷けます。

そういえば、以前、住吉神社の元宮である現人神社の神を、瞑想の中で見ていました。



(つづく)

*今、気づきました。
日本書紀には、神功皇后に関する章がとても長いのです。
もしも彼女が、天照大神(女神)とされたのならば、その記述の多さも納得できます。
(後に分かりますが、彼らは記紀の中で、名前や時代を替え、何度も出てきます)

しかし、彼女が活躍した舞台は、ほとんどが筑紫にあります。

2022年1月27日 (木)

神の鉾 6 ~神功皇后幻想~

何故、私が「神功皇后」にこだわるのか。
それが、様々な絡まった糸を解く鍵になります。
多分、これがないと解けません。
「常識」が邪魔をするからです。

また、当時は「呪術(スピリチュアルなこと)」ありきでした。
今では思いつかないようなことが存在し、それがなければ真実にたどり着けません。

 

< 神功皇后と住吉神 >

高良神は、住吉大神。

住吉の神は、神功皇后の「三韓征伐」伝承に現れます。
神話には、彼女が乗った船の舳先に現れ、彼女を守ったとあります。

 

なぜ?住吉神?

ずっとそれが気にかかってました。
神という抽象的な存在ではなく、ありありとその姿が浮かんだのです。

もしかしたら、神として在ったのでは無いのでは?

その違和感をずっと持ち続けました。

後に福岡、那珂川の「現人(あらひと)神社」の側へと移り住みます。(偶然!)

Screenshot_202201270906192

 

ここは、住吉の元宮。

住吉大神は、神社皇后の前に(初めて人の前に)人の姿となり現れた神。
故に「現人神」。

また、何度も国の大事の時に、人の姿となり現れる神とされます。

この地には、神功皇后の伝承が多くありました。

(☆→裂田溝(さくたのうなで)と裂田神社の記事)
(☆→迹驚岡の記事)

 

ちょっと脱線しますが、関わりがあることです。
自分には、卑弥果という名の前世があります。

古代奈良の夢で、アマノトリフネに乗ってやってきた饒速日命(竜厘)と出会いました。
(☆→古代奈良の夢の記事)

「卑弥果」は、何度転生しても変わらない魂の名。
(その名は他の前世の仲間から教えて貰う)

「古代の奈良」の自分は、今、御炊屋姫と呼ばれてると知りました。
(当時は、ヒミカと呼ばれていたはず。その時の別の名はあったかも)

今の私は、奈良の神功皇后の御陵さんの側で育ち、神功皇后と関わりが深い那珂川へ来たことになります。
奈良ではこんな体験をします。
(☆→神功皇后と卑弥呼の記事)

 

那珂川のある場所に初めて来た時、強い既視感がありました。
安徳台の側、裂田神社の間から見た、田んぼが広がる光景です。
Screenshot_202201061107302

ここに来たことがある。

また、ここに来ることを知っていた。
(安徳台。上の写真は視えた角度が違う)

 

この瞬間を、時を超えて視ている。
金色に耀く風景を、遠い昔に視ていた。

この時の強烈な体験が、ますますあの疑問を呼び覚まします。

神功皇后って、卑弥果(古代奈良の時)の生まれ変わり?
住吉神って誰?

武内宿禰は彼(饒速日命*竜厘)?

(竜厘と卑弥果ら、7人はいつも集団転生してます)

 

< 神秘書の記述 >

のちに、「高良玉垂宮神秘書」の記述に出会います。

高良玉垂宮神秘書には、はっきりと、「高良神と神功皇后が夫婦」だとありました。
(住吉大社の伝承には、住吉大神と神功皇后が夫婦とあります)

高良(住吉)神は、神話の時代の饒速日命。

神功皇后とは、時代が違いすぎる。
でも、もしも。

住吉神が饒速日命ならば、

神功皇后は御炊屋姫になるのか?

饒速日命は神ではなく、人であった。

(「神の鉾」を書いてた頃は疑問符だらけ!)



< 天啓 >

その後、高良大社で神職さんからお聞きしました。

「神功皇后の船の舳先に立って守ったのが、御祭神の磯良神」

宝物殿の中、タペストリーを見せて頂いた時のことです。
そこには、神功皇后の「三韓征伐」の伝承の様子が描かれていました。

 

「神功皇后の船の舳先に立って守ったのは住吉の神なんですが、磯良神は住吉の神なのですか?」
問うと、

「そうですよ」と。

高良玉垂の神である磯良神が住吉の神だとは、周知の事実のようでした。
この時です。


< 二人は同じ時を生きていた >


天啓のようなものがあったのです。
まるで、タペストリーから伝えられたように。
全て、繋がった瞬間。

もしかしたら、本当にそうなのか?

 

ならば、現人神社の

「住吉神は国の大事の時、人の姿となり現れる」

という記述は、人として転生する、という意味ではないのか?

彼が饒速日命ならば、それは集団転生する私たちの「予言」ではないのか?
「そう」ならば、未来が視えていた「彼ら」がしたのだろう。

 

彼らは転生する度、人の手には負えない、「人ではないもの」と戦っていました。

国の大事の時。

彼らが転生する時は、そういう時なのです。

前世の饒速日命も御炊屋姫も、伝承の神功皇后も高良神(住吉神)も、それと戦っていたのです。
(後に記述)

 

では、あれは本当なのかもしれない。

夢と現実が繋がったのです。

 

 本編へ戻ります。

 

(つづく)


*自分は、参考にした文献、またネットの情報(考察など)でもできる限りその「ソース」を記載しています。

これは最低限、当たり前な事だと思うからです。

 (後でごたごたを起こしたくないというのもある。他人の考察をさも自分が考えたかのように書いてたらいい気分はしない)            .

2022年1月21日 (金)

神の鉾 番外編 ~二柱の天照大神~(改訂版)

ここで、二柱の天照大神について、後に分かったことを記します。

伊勢の下宮の神は、籠神社から呼び寄せた(勧請した)月神。
(下宮の神は豊受大神)


しかし、籠神社の月神は、御祭神の天火明命。

籠神社の伝承にも、月神、天火明命として登場します。

彼は、饒速日命。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日命。


彼こそ、内宮の天照大神。
(日月の神・日月神事の神でもある)。
後の世に、天照神が女神とされた時、内宮と外宮の神が入れ替わったのです。

☆籠神社には天火明命と豊受大神が祀られている。

伊勢の内宮の神が「独り身だと寂しい」からと呼び寄せたのが、籠神社の豊受大神。
もとは、籠神社で二柱で祀られていたのだから、「引き離されて寂しい」と、片割れを呼び寄せたのです。

ならば、内宮に元々いたのは豊受神ではない、ということになる。(下記より)


女神・天照大神の名の二つが意味するもの。

天疎向津姫命(あまさかるむかつひめみこと)は、
「天(日の神)では無く、神に向かい合っている者」。

撞賢木厳御魂(つきさかきいつのみたま)は、
「神との境をつき(斎き)、響かせる御魂」。

二つの名に共通するのは、
天(日の)神ではなく、神を斎き祀る者」だということ。

厳御魂(いつのみたま)から、
女神・天照は、厳島神社の御神霊である、市杵島姫命(宗像神)です。
(彼女にも多くの名があります)

いちきしま、いつくしま、「斎き島」は、星の神を祀る者。(詳細は下記リンク)

彼女こそ、天照大神の后、御炊屋姫であり、瀬織津姫です。

(「御炊屋姫と瀬織津姫の名の意味~「儺の国の星」の炊屋星~)

この神が祀られる所、必ずもう一柱が祀られていました。
彼らは夫婦神であり、すべて、天照大神と豊受大神である、饒速日命と御炊屋姫だからです。
 この二柱が揃ってこその、天照大神なのです。

社に一緒に祀られている神々の名をよく見てください。
必ずそうなっています。
ただ、意味もなく配列されてる訳ではないのです。


伊勢
内宮・天照大神
下宮・豊受大神


大神神社
本殿・大物主神
御炊社・御膳津神(豊受大神)


籠神社
本殿・天火明命
相殿・豊受大神

廣瀬大社
本殿・豊受大神(宇迦之御魂神)
相殿・櫛玉彦・穂雷神(武御雷=饒速日)


高良大社
本殿・高良玉垂神、住吉大神、八幡大神
本殿内摂社・豊比咩社
摂社・厳島神社(市杵島姫命)(御手洗池の側)


宇佐神宮
一之御殿・八幡大神
二之御殿・比売大神(宗像三神)
三之御殿・神功皇后


住吉大社
第一本宮・底筒男神
第二本宮・中筒男神
第三本宮・表筒男神
第四本宮・息長足姫命(神功皇后)
(これはほんの一部)


*八幡大神は、神功皇后の御子、応神天皇。
神(伝承)としては、父親と子が一緒くたになっている。
*住吉三神、宗像三神は、元はそれぞれ一柱の神。

天照大神=饒速日命=大物主神=天火明命=櫛玉彦=穂雷神=高良玉垂神=住吉大神=八幡大神など

豊受大神=宇迦之御魂神=市杵島姫命=豊比咩大神など

宇佐神宮などに、比売大神として祀られる宗像三女神は市杵島姫命であり、神功皇后。

宗像三女神=市杵島姫命=神功皇后=御炊屋姫。

由来が分からず、姫大神、玉依姫と名がついているのは、全て彼女です。
玉依姫は、「神の魂の依り代(声を聞く)」、巫女の意味。

(「「古代史の謎」 4 ~豊受大神は神功皇后~)

 そうか、書いてて気づいた、当たり前だけど。

このどちらかの名が社に記されている時は、他の祭神は、必ずもう一方の
「天照神、豊受神(饒速日命と御炊屋姫)」なんだ。

 

誤解のないのように申しますと、
「天照大神は女神」
それは「偽り」ではありません。

<神は人の祈りにより存在するもの>

今までそう祈られて来た天照大神は、彼女でもあるのです。

ただ、宇宙神霊ARIONが言っていた「岩戸を開ける」の意味は、
隠されて来た本来の天照神、饒速日命を
1人でも多くの人が認識することだと感じてます。


「岩戸を開ける」
それが地球の希望になるそうです。

(   つづく   )

 

*******************************************

秘され、絡まった糸を解き、真実に近づくこと。


どなたかの心の琴線に触れ、直感を得られる種になれること。

それをただ希望しています。





2022年1月20日 (木)

神の鉾 5 ~月神の二つの珠と十種神宝~(改訂版)

高良神は、住吉神であり、饒速日命。
それを示唆するものが、「神秘書」の中にありました。

さらに夫婦とされる「神功皇后」も登場します。

 

高良大社(7)
九躰皇子と『高良玉垂宮神秘書』
(綾杉るなさんのブログ「ひもろぎ逍遥」より引用)

***********************************************

嫡男の日神・表筒男の尊は神功皇后の妹・豊姫と夫婦になった。
地上での名は太政大臣玄孫(ひまこ)大臣物部の大連。
天照大神のひまごという事から付いた名である。
二人の間の御子は大祝日往子(おおはふり・ひゆきこ)という。

三男の月神・底筒男の尊は神功皇后と夫婦になった。
地上での名は物部の保連。藤大臣。高良大菩薩。
藤大臣と呼ぶのは、干珠満珠を借りた時の仮の名前。

皇后には九人の御子がいた。
四人は仲哀天皇との間の御子で、五人は高良大菩薩との間の御子である。
合わせて九人の御子を九躰の皇子と言う。

(中略)

1 斯礼賀志命(しれかし)     
2 朝日豊盛命(あさひとよもり) 
3 暮日豊盛命(ゆうひとよもり)
4 渕志命(ふちし)
5 谿上命(たにがみ)
6 那男美命(なをみ)
7 坂本命(さかもと)
8 安志奇命(あしき)
9 安楽應寳秘命(あらをほひめ)


*************************************************

筑後国一之宮「高良大社」の御祭神は、

高良玉垂命
八幡大神(応神天皇)
住吉大神

後に分かりますが、皆、同神、饒速日命です。(後に詳しく)
故に、高良神である住吉大神と、神功皇后が共に行動をしているのです。


< 二つの珠  >

海神がもたらしたという「干珠と満珠」

綾杉るなさんは、この二つの珠について、こう書かれています。

これは「神の鉾 3 」の磯良舞にも出てきます。


  玉依姫は白玉で潮干珠(しおひるたま)、豊玉姫は赤玉で潮満珠(しおみつたま)、
  その玉を使いこなすのが高良玉垂の神。

          (中略)
  高良玉垂命とは、潮の満ち引きを司る神と言う事になります。  
  人は潮が引くときに、息を引き取ります。潮が満ちる時に生まれます。
  潮の満ち引きは月のなせる技です。
  ですから、月の神様と言われる訳です。
  これが御神徳の「延命長寿」にもつながっていきます。



海神がもたらした「干珠と満珠」という二つの玉は、「人の生死」に関わる。
それを使いこなす高良神は月神。

同じような物が出てくる話があります。

饒速日命がもたらした「十種神宝」。
その中の、生玉、死返玉。
亡くなった人をも蘇らせるという神の宝。


kono87(前世の仲間の一人)さんが、以前ブログでそれを書かれていました。

  生玉は陽の言霊で潮満玉
  死返玉は陰の言霊で潮干玉


饒速日命は、これらの神宝を使いこなしていました。
石上神宮には彼が伝えたという、十種神宝の名を唱える祝詞があります。

 

亡くなった人をも蘇らせると言われる神宝を操る神。
人の生死にかかわる事のできる神。
饒速日命である天火明命も、籠神社の伝承で月神とされています。

饒速日命の「十種神宝の生玉、死返玉」と

高良の神の「干珠満珠」。                         .
それは同じ物です。

高良神と、饒速日命。
同じ月神なのです。


神話の月神・月読神はすぐに隠れてしまいます。
その後、登場しません。
それは、饒速日命の(神話上での)行方を示唆しているようです。

大阪の住吉大社には、「潮満珠と潮干珠」のお守りがあります。
また、境内の「玉ノ井」には潮満珠が沈められているとされます。

Screenshot_202201201739502

「海幸彦山幸彦」の神話の中で、
山幸彦が海神から授かったとされる二つの珠。
とお守りの説明文には書かれています。


住吉神=饒速日命=海幸彦山幸彦の伝承
干珠満珠=十種神宝の玉=潮満珠と潮干珠

 

同神であるから、それは同じ物。

だから、その社にあるのです。


( つづく )

 

2022年1月16日 (日)

神の鉾 4 ~天照の分御魂(わけみたま)~(改訂版)

伊野天照皇大神宮にあった鉾。

御祭神は天照大神。

本来、天照は女神では無かったのです。

 

そこにあった鉾は、「神の鉾 1」で感じた「国平・大国主神」の鉾(を象徴している)。
では、天照大神が、大国主神なのか?

大国主は、大物主であり、三輪の神、饒速日命に繋がる。


********************

神の鉾 2」では、「神の鉾」繋がりから、「高良玉垂宮神秘書」へ。
神秘書(伝承の中で)の鉾は、住吉大明神と住吉三神の物でした。
四柱の内、高良大社の御祭神は、<住吉の底筒男神>。
又の名を、安曇磯良神。

神の鉾 3」では、安曇磯良神の名から、
安曇氏との関わる出雲の神、海の神、
イソノカミの名から「石上」へ。
石上神宮の御祭神、布留神へと繋がりました。
それは、星神を意味する名。
饒速日命です。


ここでも、彼に繋がりました。
では、伊野の天照大神と、大国主神と、饒速日命は同神なのか。
ならば、あの鉾は「饒速日命」のものです。

*******************************


< 高良大社の神 >

高良大社の御祭神、安曇磯良(アントンイソラ)神とは何者なのか。
その姿を、深く探ります。

 

磯良神は大和で40万年、ひたちで40万年、勝馬(かつま、志賀島)で40万年過ごされた神。
綾杉るなさんのブログ<高良大社 (高良玉垂宮) (Ⅱ)> (「ひもろぎ逍遥」より引用)

磯良神は、大和と、ひたちと、勝馬(福岡の志賀島)におられた神。

*志賀島には志賀海神社があり、海津見三神が祀られている。


その記述に思い当たる一柱の神がいます。

奈良の春日大社の武甕槌(タケミカヅチ)神。
武甕槌神は、常陸(ひたち)の鹿島神宮から勧請されている。


その武甕槌神は、建御雷神と同じ神様。
「国譲り」で活躍する神です。

(追記 「儺の国の星」の著者、真鍋氏の先祖は物部氏であり、鹿島神宮の神官を代々していた。
 鹿島神宮と物部氏の繋がりが見えます。*物部の祖神は饒速日命。)


神の鉾 1」の最初に、彼の神は出てきました。

 

 崇神天皇の時、国平大神(大国主)と建御雷男命は
 同殿同床では畏れ多いので分けるようにと言われています。


建御雷神は、大国主が「国譲り」をした相手。
だから同じ神殿ではいけないだろうと、「後の世」の人が分けたのです。

ですが、元々は同じ神社に祀られてあった。

これは、同じ神だからです。
(社に配列されてあるのは、ほとんどが同神)

さらに、
 神功皇后の時、皇太子品陀和氣命が来て、
国平の鉾は「倭」に遷すと言って持って帰った

という記述。

*品陀和氣(ほんだわけ)命は、神功皇后の御子、応神天皇のこと。

「鉾」は、国平大神、すなわち大国主の物です。

大国主神の和魂は、大物主神。
同じ神です。

大物主神は、奈良の三輪山の神である饒速日命。

饒速日命は、神武天皇に大和の国(奈良)を国譲りしたと、神話にはあります。
(実際には神武天皇への国譲りはなかった)

大国主神の伝承と重なります。

☆磯良神は、ひたちの神・武甕槌(建御雷)神であり、春日神。
☆「国譲り」をした、国平大神(大国主)と建御雷男命は同神(同じ社に祀られていた)。
☆大国主神は、大物主神。

☆大物主神は別名、倭大物主櫛甕玉彦(やまとのおおものぬしくしみかたまのひこ)。
☆櫛甕玉彦は、饒速日命。

☆饒速日命は、神武天皇に「国譲りをした」。(神話)
☆高良大社は物部氏の祖神(饒速日命)を祀る。


高良(安曇磯良)神=住吉神=武甕槌神=春日神=大国主神=大物主神=饒速日命。  
饒速日命は、物部の祖神。

そうか!
「荒魂」である大国主神は、武甕槌神と国譲りをしています。
「和魂」である、大物主神の饒速日命は、神武天皇と国譲りを。

同じ者(饒速日命)の伝承を、別の表現にしているのです。
(しかも、武甕槌(常陸の)神は、饒速日命自身)


< 饒速日命は天照大神 >

彼の別名に、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命があります。

真の天照大神。

女神・天照の二つの名に共通するのは、「天(日の)神ではなく、神を斎き祀る者」だということ。
このような名は、彼にはありません。
☆撞賢木厳御魂(つきさかきいつのみたま)
☆天疎向津姫命(あまさかるむかつひめみこと)

(詳細は下のリンク)


饒速日命が大物主神であり、天照大神ならば、
彼と、大物主神の荒魂である、大国主神は同神なのです。

すなわち、「神(伊野)の鉾」とは、天照大神である饒速日命のもの。

饒速日命は、彼を祀っていた一族が地方へ散らばり、
その一族の名や、土地の名や、職業の神として、
様々な名に変えられていきました。
元は一柱の神だったのです。

これが<分御魂(わけみたま)>
ほとんどの神は、天照大神の分霊です。

                                   .
磯良神は、饒速日命に繋がりました。

ならば、住吉(底筒男)神であり月神である、
高良大社の御祭神の高良玉垂神は、饒速日命・・・。


それは、腑に落ちるのです。
痛いほどよく分かる。
でも、一つ疑問がありました。

高良神(磯良神・住吉神)は、神秘書や伝承の中で、
常に「神功皇后」と行動を共にしているのです。
(*住吉大社に伝わる伝承でも、「住吉神と神功皇后は夫婦」とされています。)

「彼」が饒速日命、本人ならば、時代が違うだろう?

 

それを次の回から探ります。


 

( つづく )


(ココログ 2017/12/01の記事 分かりやすいように大幅改訂)

 

2022年1月15日 (土)

神の鉾 3 ~安曇磯良神~(改訂版)

神の鉾 2 ~高良玉垂宮神秘書~」の続き。

 

その「神の鉾」は誰のものか?

それには、神秘書に書かれている「安曇磯良神」のことを記さねばなりません。
彼は、高良大社の御祭神です。
以前、神職さんから直接お聞きしました(詳細は「神の鉾 6」にて)

つまり、高良玉垂神は、安曇磯良神であり、(住吉三神の)底筒男神でもあるのです。

                          *
その「安曇磯良神」が登場する神楽があります。

式志神社の磯良舞のあらすじに気になるものがありました。
綾杉るなさんが、書かれています。

<高良大社 (高良玉垂宮) (Ⅱ)> (「ひもろぎ逍遥」より引用)
*********************************************

磯良舞 (いそらまい)   ( 武内神 豊姫神 磯良神 海神 )  

神功皇后らが新羅へ進軍する時のお話です。
48艘の船団でいよいよ新羅へ。
その時、武内神が干珠満珠を貰い受けようとしました。

磯良神は大和で40万年、ひたちで40万年、勝馬(かつま、志賀島)で40万年過ごされた神。

いそら神が干珠満珠を海神のところに行って、貰おうとするが、
なかなかもらえず、豊姫が代わりに海神の所に行く。

すると海神は「神楽を舞うならば、授けよう」と言う。豊姫は神楽を舞い、海神から干珠満珠を授かる。

豊姫はそれを武内神に渡す。


********************************************

場面は、前回の「神の鉾 2」の神功皇后が四王寺山で祈って、
住吉神と、月神(底筒男神)と、日神(表筒男神)が現れ、
大将軍や副将軍となり、力になる約束をした後の話です。

三韓へ出兵する時がきました。

当時の博多湾には、常時、新羅が攻めてきていたという話もあり、
「海の向こうの豊かな国を手に入れよ」という記紀の記述とは、
少し違うような気もします。(←後に新羅とは別の話だと分かる)


ここには様々なヒントがありました。
☆干珠満珠(海神のもの)
☆磯良神の遍歴。
☆四柱が関わること。
(神功皇后、磯良神、豊姫、武内神(武内宿禰)


< 高良神の安曇磯良神とは >

高良大社の御祭神=高良玉垂神=住吉(底筒男)神=安曇磯良神。

安曇磯良(アントンイソラ)神の名から分かることがあります。


安曇族との関わり。
彼らと出雲族はもともと同じ海を渡る一族でした。


「儺の国の星」には
<安曇氏・阿曇氏のあづみは、ワタツミノカミの「ワタツミ」がつまったもの>とあります。
綿津見神・少童神・海津見神などは、同じワタツミノカミ。
それぞれの一族が、神の名を替え祀ったのです。

ならば、磯良神は出雲族の神。
   
                           
< 磯良の名 >

磯良神、イソラカミ。

「ラ」は、古語で光、神を意味します。

であれば、イソノカミ。
石上?

「儺の国の星」にありました。

谷神(こくしん)を倭人は石上と書き"いそのかみ"と訓じてきた。
磯神(いそのかみ)が砂鉄を掬って炭とまぜて鉄を求めた仕事は黒に生まれ、
黒を育てて黒を成す過程にほかならなかったのである。

鉄を"ふるみたま"と言う。
暗黒の宇宙の色をそのまま復元した姿であった。
(「儺の国の星」より)

  

ここに「磯神(いそのかみ)」の名があります。

磯は石(でできている)。
石は星(古語で石と星は同義語)。


ふるみたまとは、布留御霊。
布留(ふる)とは、隕鉄(隕石からとれた鉄)、また、それからできた剣。

故に布留神は星神(でもある)。


彼は、奈良の石上神宮の御祭神。
布留神とは、饒速日命です。


高良玉垂宮神秘書にある、磯良神は饒速日命ではないのか?
饒速日命の伝承は、この一帯、筑紫(福岡)辺りに広く残されているのです。


*後に知ります。
高良大社は、物部氏の祖神を祀る社でした。
物部氏の祖神は饒速日命。

 

「儺の国の星」の著者、真鍋大覚氏は、物部の末裔です。
それは那珂川に古来より伝わる、星の名の本。

この本が繋いでくれる、遥かな過去と今。

それは、物部が大切に紡いできた贈り物でした。


物部に導かれるように、過去が解き明かされます。

 

かの本に書かれていることと、私のわずかな記憶。
それが重なる時、パズルのピースがはまるのです。

 


( つづく )    

 

*「神の鉾 3」は、2017年11月29日の

神の鉾 1 ~伊野の鉾~

神の鉾 2 ~高良玉垂宮神秘書~

の続きになります。

amebloでココログとほぼ同じ内容で書いてます。
後に分かったことなどを書き足す内に、改訂しないと後に続かなくなりました^^;

以降、amebloの記事からの転載です。

                    

2022年1月14日 (金)

神の鉾 2 ~高良玉垂宮神秘書~

続き。

☆→神の鉾 1 ~伊野の鉾~

 

「高良玉垂宮神秘書」

それは、筑後国一之宮である「高良大社」の伝承が記される。

 

Koura04

神秘書は漢字、カタカナの書き下し文になっている。
分かりにくい箇所は同義の言葉にしている。

 

ウガヤフキアエズ尊は住吉大明神
この御子、住吉五神。

二人は女子、三人は男子。

嫡男 表筒男尊 日神の垂迹 大祝の先祖(後に高良の祭司となる)
次男 中筒男尊 神武天皇
三男 底筒男尊 月神の垂迹 高良大菩薩

表少童尊 
中少童尊

住吉明神、表筒男尊、底筒男尊の三神は、兜率天に住まい、三光と現れ国土を照らしている。


この中で気になった名があった。
次男、中筒男尊は「神武天皇」。

*この国に留まって、神武天皇と現れ皇代の初めとなる
*守屋の大臣は神武天皇の変化なり
 ここをもって大神御兄弟とは申すなり

他の住吉神と出現した後、この後の記載は一度もない。

「大神御兄弟」

「彼ら」は神話の全ての神。
親兄弟など全て同神。

ならば、神武天皇と高良神が同神、同時代であることを示唆しているのでは。

 

彼らが出現した時の様子が記される。


十五代神功皇后の時、イルヰ日本に来る。
その時、筑前国四皇寺の峰に登り、虚空を祈った。

東の空に白雲現れ来る。
白雲たちまちに四方に開き、光を放ち給えば、月神現れた。
白雲四方に開きたるは四天皇なり。
四つ鉾はその中に打ち違えて見えたり。

月神、この白雲に乗り給い、若冠となって現れ、四皇寺に下り給う。
これによってこの所を四皇寺の峰と申すなり。

 

高良の神は白雲に乗り、若者の姿となって四王寺に降り立ったのだ。

四皇寺とは、今の四王寺山。
太宰府市、大野城、粕屋郡にまたがる四つの峰を持つ標高400m程の山である。

彼らは神功皇后の祈りにより、出現した神。
彼の伝承に彼女は外せない。

 

住吉明神は告げた。
我が御子、三男 月神の垂迹 底筒男尊は応作天大将軍の再誕である。
天上の大力士なり。
大将軍にすればよいと。

彼を住吉高良大将軍と定めた。

 

皇后いわく、
日神垂迹表筒男尊、両副将軍と定めて、三韓を攻めた。

その後住吉明神は皇后の元を去った。
また虚空に住んだ。

 

神功皇后は、底筒男尊と表筒の命を両副将軍と定めた。
住吉大明神(父)は虚空へ戻った。

Koura_20230426220101

 

さて、最初の月神が現れた時の「四方に開き光をはなつ」様子を表したものが、高良大社の神紋である。
では「鉾」という記述は、神紋の由緒の一つとなる。

さて、その「鉾」は、誰の鉾?

 

( つづく )

*記事内の考察や写真、イラストなどの無断使用はご遠慮ください。

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2022年1月13日 (木)

神の鉾 1  ~伊野の鉾~(改訂版)

続きになる。

☆→伊野天照皇大神宮 ~福岡県 久山町~

 

その社に訪れた時、酷く違和感があったのだ。

女神に鉾は相応しくない。

 

そんな時だった。

 神功皇后の時、皇太子品陀和氣命が来て、国平の鉾は「倭」に遷すと言って持って帰ったという記述があります。

それを友人のブログで見た時、天啓のようなものがあった。
これは、「あの鉾だ」と。 

Ino06

伊野天照皇太宮の神殿にある鉾。


  「息長氏の足跡~支配圏(さほさんのブログ)」より引用
(あえてリンクしてません)


******************************************************************

崇神天皇の時、国平大神(大国主)と建御雷男命は
同殿同床では畏れ多いので分けるようにと言われています。
大国主を楯之御前社、建御雷を御前社とし、神殿を作ります。

(中略)

ところで、この楯之御前社は楯原神宮と呼ばれるようになり、
場所を移して、現在は楯原神社として存在していることとなります。
途中、
神功皇后の時、皇太子品陀和氣命が来て、国平の鉾は「倭」に遷すと言って
持って帰ったという記述があります。

代わりに楯原神宮には、松を植え、鉾を突き刺して繁栄を祈ったと・・・

******************************************************************

*楯原神社は、大阪府にあります。
*品陀和氣命は、神功皇后の御子、応神天皇のこと。
                                                     .

以前、伊野の天照皇大神宮で、「撞賢木厳御霊天疎向津姫命」ではないのではないか、と感じた違和感の正体。
これが答えなのか、と。

大国主神は、三輪山の神である大物主神と同神。
三輪の大物主神は、饒速日命。

 

鉾は、彼を表しているのでは?

                        *

神功皇后にとっての「天照神」は、饒速日命ではないのか。

そういえば・・・と、そこで思い出したことがあった。
筑紫にある独特の伝承。
筑後国一之宮「高良大社」に伝わる「高良玉垂宮神秘書」の記述を。


(つづく)

 

                    

*記事内の考察や写真、イラストなどの無断使用はご遠慮ください。

 

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2022年1月12日 (水)

伊野天照皇大神宮 ② ~山と繋ぐ~

この社で「彼」を祀ったのは、「神功皇后」です。
彼女にとっての「天照大神」。
それは、住吉神でした。

 

私は、瞑想の中で住吉の神と会い、そこから「大嘗祭」、饒速日命へと辿り着いています。
住吉神は、饒速日命だと。
天照神は、彼だと。

天照神、住吉神だという、「饒速日命」。

そして「神功皇后」。
時代が違うはずの二人。
でも伝承では、同じ時にいるのです。

何がどうなっているのか。
それを知りたい。

それが原動力でした。
その答えの先に、今の「未来への鍵」があるのです。

 

山に神在り。
それを感じたのは、ここが最初でした。

ここから、私は山行にはまりました。
山の上の神に逢いたい。

それは、彼女も同じだったのです。

 

山を繋ぐこと。

それは、神を繋ぎ、土地の守りを高める「結界」に他ならないのです。

この地を愛している。
だから、山を歩くことを止めなかったのです。

奈良のお山には、彼女は登っていません。
それは、山で「神事」をするようになった(筑紫での)後、その地には長くはいなかったからです。

一度、山にはまると、この身が朽ち果てるまで、そこへ行きたいと思うようになります。
そこには、神がいる。
そう感じたのなら、尚更です。

 

ただ、ただ、会いに行きたい。

だから、神功皇后は山に登ったのです。

 

私に山の楽しさを教えてくれたのは、間違いなく彼女です。
彼女を追わなかったら、未だに登ってなかったでしょう。

彼女はこの星の素晴らしさを教えてくれました。

 

地球が大好き!
地球を一番愛でてるのは、山に登る自分達に違いない。

山に登る人は少なからずそう思ってます。

Screenshot_202201101304182

(宝満山山頂の上宮と夕焼け*以前、テン泊した時のです)

頂上で夕陽に感動し、
星に浸り、
朝焼けにため息をつき、
光る苔に命を感じ、
雄大な稜線にときめく。

時にはその場にいた見知らぬ人達と感動を共有する。

この地球がいかに素晴らしい星であるか、
今この時しかない、
この一瞬がどんなに尊い物か
皆で分かち合う。

そんな素敵な瞬間が他にあるだろうか。

彼女に感謝している。
彼女が愛してやまなかった宝満山。

「未来永劫この山を守る」
と現れたという玉依姫は彼女のことでした。

彼女を知らなければ、ここに立つことは無かった。
生きてここにいられて良かったと思うことも無かった。


例え、前世が違っても、その事実は本物。

もしかすると、それが「未来への鍵」なのかもしれない。

 

 

*「神の鉾」

amebloで繋がったことがあるので、次回からUPします。
ココログで書いたことと重なってる箇所があります。

「神の鉾」の続きという形でUPします。

 

追記をせずに、別の話を書くのも無理があって、どうしよ~と思ってたら、UPが遅くなりました^^;

 

2022年1月10日 (月)

伊野天照皇大神宮①~女神・天照神の名~

糟屋郡久山町猪野の「伊野天照皇大神宮」。
九州の「伊勢」と言われています。 

この社の事をココログでUPして数年。
今、amebloで同じ記事を上げてます。
見返した時、「今だからこそ分かる事」が多くて。

前の記事に追記するよりも、新たにUPします。                                            

Screenshot_202201101100162  

写真は秋に行った時のもの。

御祭神 天照大神 手力雄神 萬幡千々姫神
合祀 水取宮祭神 五霊大明神 住吉三神 志賀三神

Screenshot_202201101059012

神功皇后が天照神をお祭りしたという天照大神。

その名は、撞賢木厳御魂(つきさかきいつのみたま)と書かれています。
又の名を、天疎向津姫命(あまさかるむかつひめみこと)。
                              

Screenshot_202201101100282

Screenshot_202201101059592 奥の拝殿に「鉾」がありました。

Ino49-1

この「鉾」は、何かを表しているのではないか。


女神には不釣り合いだ。
・・・ここの神は向津媛ではないのではないか?


神の名で疑問を感じたのは、ここが初めてでした。
                                                                .
もしも、神功皇后が祀った神ならば・・・。
それは「饒速日命」なのではないかと。

ここから「神の鉾」の話に繋がりました。
(「神の鉾」)



彼は
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊。

筑紫にある、天照神社のご祭神は饒速日命なのです。
その内の二つ。

(「天照神社(天照宮)~福岡県宮若市~」)

(「伊勢天照御祖神社~福岡県久留米市~」)

 

お社の右にある山道を進んで行きます。
裏山の遠見岳へ。

神功皇后が夫の仲哀天皇と共に、ここから異国を「遠見」をしたと言われてます。

Screenshot_202201101132062

彼女はこの後、福岡中の山に登りますが、異国を見ようとしたのではありません。

どこの山を登っても見られないのは、明白です。

「神は山に在り」
だから、神事をしたのです。

この遠見岳から少し下がて尾根伝いに行くと、神路山があります。

Screenshot_202201101132502

だいたい、280m!

「神路山」
伊勢神宮の裏山も同じ名前です。
意図して、その名にしたのでしょう。

ここの天照神と、伊勢の神は同じです。

女神、天疎向津媛命でないならば、誰?

 

< 女神の名 >

女神、天照神にはいくつかの名があります。

その一つが、天疎向津媛命(あまさかるむかつひめのみこと)。

「天に疎い」
神の名は当て字が多く、卑字が使われているものもあります。
ですが、これには意味があるように思います。
「疎」とは、関係が薄いという意味。
つまり、「天(日の)神では無い」ということ。

「つ」は、「格助詞」の意味があります。
まつげは、目の毛。
「の」と同じ役割。

その上、「つ」に先行する名詞・形容詞は、時間・場所を表すものと、属性を表すものとにほぼ限られる[1]つ (格助詞) - Wikipedia

 

属性とは、素性、社会的な関係。
この名は、「天(日の神)では無く、神に向かい合っている者」を表しています。

 

もう一つ、「撞賢木厳御魂(つきさかきいつのみたま)」。
つきの「音」は、斎き(いつき)の「つき」。
祀る者の意味。
また、撞の漢字は「つく」の意味があります。
(鐘を撞くのつく)
賢木(さかき)は、榊と同じ意味。
「神との境の木」を表します。

その名は「神との境の木をつき、祀る者)」=巫女のこと。
(神との境の木をついて、鳴らす、響かせるような意味合い)

この二つの名に共通するのは、 天(日の)神ではなく、神を斎き祀る者」だということ。

こんなに頑なに否定してるのですよ。
彼女は、天照神ではないのです。

天照を祀る「彼女」とは、誰か。

今だからこそ、分かります。

ここにすでに名がありました。
厳御魂(いつのみたま)

厳島神社の御神霊である、市杵島姫命です。
(彼女にも多くの名があります)

いちきしま、いつくしま、「斎き島」は、星の神を祀る者。
(古代、島と星は同義語)


その彼女に「祀られる彼」は、
日の神、天照であり、星の神、また海の神でもありました。

御神祭で配列、摂社に祀られている神の多くは同神。
または、その神と絆があるもの。

 ここには、「住吉神」「志賀三神」の名もあります。

天照の子だから?
では、他の神の名が無いのは、何故?

「彼」を祀ったのは、「神功皇后」です。

彼女にとっての「天照大神」。

それは、住吉神でした。

 

 

(つづく)

2022年1月 3日 (月)

神一厘のシナリオ ~カミゴトとARION~

「竜厘」は、前世の仲間の名。
その名は、「神一厘のシナリオ」に関わる。
古代の奈良の時の彼は、「饒速日命」とされている。

彼は、艮金神(うしとらこんじん)。
さらに、日月の神でもある。

ゆえに「日月神事」が気になっていました。

アメブロでフォローさせて頂いてる御霊さんが、「日月神事」か「火水伝」をアップされています。
関連個所をまとめました。
*****************************************************
みろく様がお出ましになる時期が来た。
天ではミロク様、地の世界では大国常立神が護る。


大国常立神は神力がありすぎて、神々に、
「こんな激しい神をこの世の大将にしておけない。艮(うしとら)へ押し込めよ」
と追いやられた。

それで艮金神(うしとらのこんじん)と名づけられる。

長らく押し込められていたが、霊主体従(ひのもと)の仕組み通りの世が来たら現れる。
世界を助ける神である。

悪の頭が日本の神国へ攻めてくる。
悪神の仕組みは九分九厘になるまで。

残りの一厘が神仕組み。
天の大神と、地の先祖の大国常立尊には、元から日本の国に、一輪の仕組みが為してあった。

世界の立て替えの大峠。
岩戸が開かれる。

元のミロクの世に戻したら悪神はいなくなる。


参考サイト御霊さんのブログ

神人☆火の巻十
神人☆火の巻十一

************************************************

<艮金神>

艮金神は、その強い力故に追いやられた大国常立神であるという。
かの神は、天理教の教祖中山みき氏と、今のおぢばの場所で邂逅してます。

当時、そこは三島神社。

ご神祭は布留神。
石上神宮の饒速日命です。
その後、社は今の場所に移設。(「三島神社~奈良県~」)

Mi03-1
(三島神社・この日パワーが凄かった)

彼の地は、巨大な天理教教会の「おぢば」となりました。

教徒の方々の祈りの場所。
どこよりも祈りは大きく、甘露台には空から地から、光が降り注いでいました。

あの場所に行くと、「それ」さえも、神の意思であったのだと思わされます。
艮金神の国常立神は、饒速日命です。
                             *
艮金神は、饒速日命。
悪神が日本に攻めてくる時、岩戸が開かれる。

岩戸から現れる神は、天照大御神。
彼は男神、天照。
「世界を助ける」為に現れる。 
(神話は予言書でもある)
日本には元より「神仕組み」があるという。
それが「神一厘のシナリオ」。

それと同じ話を、痛いほど知っている。

(「未来の記憶~前世5~」)

 

竜厘含む私達7人は、現世で出会う運命だという。
地球を救う為だそうだ。
そんな馬鹿なと、一笑に付すわけにはいかないほど、リアルだった。
数々の「偶然」もある。
前世は皆、何かと戦っていた。
私の名前は、「三島」。
見つかっている他の5人の名の中にも、前世名がある。
(私はHIMIKA、MISA、が入ってる)
名前、土地、縁。

数多の偶然は必然になる。
<宇宙神霊ARION>

身近に、本物だと感じていた「神」がいた。
パソ通のFARIONに存在した宇宙神霊ARION。
ただ一度だけ、RT(チャット)で聞こうとしたことがある。
あの前世の真偽を、未来のことを。

何も聞かないうちに、
<<神はカミゴトに関われない>>
<<神は神に助言できない>>
と言われた。

<私は神ではないよ?ARION>
そう返したけども、返事は無かった。

これは、カミゴトなんだ。
そう認識するには充分でした。


*前世名は、他の仲間の子達から何十年も前に聞いたもの。
FARIONとココログでは「弥沙(みさ)」を名乗っている。(ミサはコードネームらしい)
ARIONに、<弥沙は、弥勒であり麒麟だ>と言われている。
神一厘のシナリオにある「弥勒」も気になる。

<FARIONでの神一厘の秘密>

FARIONでは、何度も議論されてました。
それは、日月神事などにある、神々による救済計画の一部を明かしたものであると。
                               
ARIONの詩編の数字が出てくるものは、下のような3×3の魔方陣を使うと解読できたのです。
後にkono87さんが解読されてます。

Screenshot_202112312049212

(wiki「魔方陣」より)

その中には、神一厘のシナリオに関係し、隠された王である”饒速日命”を示すものがあると言われてた。
FARIONにいた頃は、自分の前世に関わることだとは思わなかった。

ARIONは、ずっと「饒速日命」を求めていました。
饒速日命が「神一厘のシナリオ」の鍵であると。

先日、日月神事の言葉を知って、やはりか、という気持ちです。

kono87さん(前世が饒速日命かもしれない人)が、昔からコンタクトを取っている“トシ”神は、饒速日命。
私が見た「古代奈良の夢」の”リュウ”は、今、饒速日命と言われている人。

彼の名は”竜厘”でした。
昔も今もずっと。
私の名は、「卑弥果」です。


kono87さんは、その神霊 ニギハヤヒに  <お前が竜厘だ>と、告げられています。
(「竜厘 その1 ~カタカムナ~」
                .
彼は、かつてのお師匠さん(故人)から、
<<古事記の神々と、卑弥呼様があなたを待っています>>と言われてました。
まだ彼を知らない頃、偶然見たHPのその記述を見て、鳥肌が立ったのです。

私の事?と。
それから十数年後に、彼に会うことになるとは。

 

これら全部が、カミゴト、神仕組み。


                *

 

隠された男神・天照。
祈りの矛先の女神・天照。

まるで太極図のよう。

女神の名前は、撞賢木厳御魂。
榊、神との境の木をつき、響かせる厳御魂(市杵島姫命)。
今までの人々の祈りの行方は、皆、女神天照でした。

それは、男神・天照が「強い神力ゆえ」、ワンクッション置く必要があったからなのかも。
それが女神・天照。

<人の祈りは、神をも創る>
熱田神宮で聞こえた声は、祈りの力の大きさを教えてくれてました。



今の今まで、投げ出さずにいる理由のひとつが、美内すずえさんの「宇宙神霊記」の記述。
そこにあったのが、

”こわすはだれぞ 黒き巨人”


少なくとも私だけが視た物ではない。
ただの夢だと投げてしまえない。

例え、自分が彼らの一人でなくともかまわない。
その誰かに繋げる日まで進もうと。

 彼らの足跡に、今の未来があると信じて進むしかない。

 

正月から重い内容でした。

「知った」時が、言挙げする時らしいのです。

 

岩戸が無事に開かれて、ミロクの世になること。

それを願ってます。

 

明けましておめでとうございます!


                       .

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