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2022年2月 6日 (日)

神の鉾 10 終章 ~皇祖神と神武天皇~

「二つの珠」を持つ神は、もう一柱おられます。
山幸彦です。

山幸彦の「潮満珠と潮干珠」。
そのお守りは、大阪の住吉大社にありました。

境内の「玉の井」には潮満珠が沈められていると言われています。

(「神の鉾 5 ~月神の二つの珠と十種神宝(改訂版)」)


なぜ、そこにあるのか。
住吉の神(饒速日命)が、山幸彦だからです。
彼らは、同じ「二つの珠」を持つ同神でした。

< 山幸彦 >

山幸彦(火遠理命)の別名は、彦火火出見命。
冨士浅間神社の相殿にも祀られています。

彼が「二つの珠」を授かったのは、海の底にいた海神の娘、豊玉姫。(*1)
また、彼女と夫婦です。
(参考サイト  御祭神 | 東口本宮 冨士浅間神社)

https://higashiguchi-fujisengenjinja.or.jp/saijin

こちらの御祭神は
木花咲耶姫命(*2)
相殿に大己貴命と彦火火出見命。


同じ社に祀られる神は同じ。
天照(饒速日命)神と豊受(御炊屋姫)神の夫婦神は、必ず一緒に祀られている。

ことから、

大己貴命=饒速日命=彦火火出見命=天照大神
木花咲耶姫命=御炊屋姫=豊受姫
*この「山幸彦海幸彦神話」、後に重要になります。

(*1について)
まったく同じ玉が登場する神楽があります。
「山幸彦海幸彦」の話とは、それぞれ神名が違います。

福岡の「磯羅舞」では、海神から「二つの玉」を授かるのは豊姫。

Kagura15

(那珂川*伏見神社の磯羅舞)

他に磯羅神、神功皇后、武内宿禰などが登場します。
磯羅舞は下記に記述。

(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~(改訂版)

(「伏見神社・祇園祭 ~磯良舞~」)

これは、山幸彦の話は「彼ら」であることを示しているのです。

 

< 諱(いみな) >

彦火火出見命と同じ諱を持つ者がいました。

神武天皇
最初の天皇です。

諱が同じ・・・同じ者なのでは?
そうするとすべて繋がります。

ならば、「神武天皇」も「潮満珠、潮引珠」を所有していたことになる。
神武天皇さえ、饒速日命、なのでは?



< 神話と高良玉垂宮神秘書 >

神話では、彦火火出見命は、神武天皇と祖父(山幸彦・火遠命)の名です。
山幸彦(潮満珠、潮引珠を持つ彦火火出見命、后が豊玉姫
 ↓

鵜萱草不合(ウガヤフキアエズ)命后が玉依姫(豊玉姫の姉)
 ↓
神武天皇彦火火出見命、后が媛蹈鞴五十鈴媛

この媛蹈鞴五十鈴媛(*3)
その父が大物主神、母が玉櫛媛。
これは、饒速日命と御炊屋姫。
神話では、饒速日命が神武天皇に娘を嫁がせたとあります。
(なので、大物主神=饒速日命は間違いない)

この三柱の后の「親」同じではないか?

整理してみました(色分けしてます)。

☆山幸彦(火遠理命・彦火火出見命)の后は、豊玉姫。
豊玉姫の
父 海神(大綿津見神)
母 不詳


ウガヤフキアエズの后は、玉依姫(豊玉姫の姉)。
玉依姫の
父 海神(大綿津見神)
母 不詳


神武天皇の后は、媛蹈鞴五十鈴媛。
媛蹈鞴五十鈴媛の
父 大物主神=饒速日命
母 玉櫛姫=御炊屋姫

☆大物主神は、饒速日命綿津見神(綿津見神も同じ)=住吉神。
また、玉櫛姫は、御炊屋姫玉依姫豊玉姫(豊比咩)


*玉依姫と豊玉姫の名

☆玉依姫の名は、神の魂の依り代、巫女のこと。
神功皇后も玉依姫。
神功皇后を祀る宝満山(竈門神社)には、玉依比姫も祀られています。
神功皇后=玉依姫。

☆豊比咩命は高良大社の拝殿内にも祀られている。
豊比咩命=神功皇后(夫婦神は一緒に祀られる)
豊比咩命の別名は、豊玉姫。

 

以前、周辺の社や伝承から、同じ神だと考察しています。

(「竈門神社 ~神功皇后と鬼退治②~」)アメブロの「銀の月 金の星」開きます)

神功皇后=玉依姫=豊比咩命=豊玉姫(上の記事に詳細)
(豊国の名は、豊比咩命、また豊受大神から)

この図、この記事に書きました。

(「神の鉾 番外編 ~二柱の天照大神~(改訂版)」)


では、三柱の后は同一人物である。
(トヨ姫の存在は他にいるかも知れない。一緒くたになってるか)

山幸彦と饒速日命は「二つの玉」を持っている=同神。
山幸彦と神武天皇は、同じ諱。

饒速日命は、住吉神=海神=大綿津見神
后は同一人物。

以上から、
山幸彦=彦火火出見命神武天皇=潮満珠潮引珠の珠を持つ=住吉神=海神=饒速日命


< 高良玉垂宮神秘書 >

では、神秘書にあった「住吉三神」は、同神ではないか?

ウガヤフキアエズ(住吉大明神)が住吉三神の父。
長男が表筒男であり、日神。
次男が中筒男であり、初代天皇の神武(イワレビコ)。
三男が底筒男であり、高良大菩薩であり、月神の垂迹。

(参考サイト 綾杉るなさんのブログ「ひもろぎ逍遥」)

☆底筒男神は高良神=月神=住吉神=饒速日命。
神功皇后と夫婦。
☆中筒男神が、神武天皇。
☆表筒男神は日神。
豊玉姫と夫婦。(神功皇后の妹)。



では、分かったことと合わせます。

☆住吉三神は、実際は一柱であり、饒速日命。
ということは、上記の日神、神武天皇、月神(高良神・饒速日命)は同じ者。
(饒速日命は、日月の神である)

☆それぞれの后とされる神功皇后、豊姫は、饒速日命の后である御炊屋姫。

☆神秘書では、ウガヤフキアエズの子(の一人が)が、中筒男神(神武天皇)。
神話では、ウガヤフキアエズの子が、神武天皇。


住吉神は一柱なので、住吉三神=神武天皇。
住吉三神=饒速日命だから、
住吉三神=神武天皇=饒速日命。


神武天皇さえ、饒速日命でした。
こうすると、話が矛盾してないんですね。

「神の鉾」の最初の頃、「神武天皇の時代であることを表している」のだと思っていました。
でも同神であるから、そこにあった。

「高良玉垂宮神秘書」は、解読書のようです。

 

*私には神武天皇も、長髄彦という存在も、心当たりが全くないのです。
後の創作だと思われます。

 

<*2と*3の木花咲耶姫 と媛蹈鞴五十鈴媛について>

☆木花咲耶姫 

木花咲耶姫は、三島神社にも祀られています。
また、別名に身島姫があります。

「三島神」は、奈良では布留神である饒速日命。
福岡では高良神である住吉神。
これらの神は同じです。
その后、御炊屋姫の別名に三島溝樴(みしまみぞくい)姫がある。(夫婦神は対の名になる)

 

また、木花咲耶姫の子に火照命、火明命。
これは天火明命である、饒速日命。
また、天火明命は話により、親が違ったりします。

 

☆媛蹈鞴五十鈴媛

大三輪神の子であり、事代主神と三島溝樴姫(玉櫛姫)の子ともされます。

溝咋神社 Wikiより)  


大三輪神は饒速日命であり、事代主神です。
(三島溝樴姫=玉櫛姫=御炊屋姫)

また、神武天皇が饒速日命ならば、その后、媛蹈鞴五十鈴媛は御炊屋姫。
三島溝咋は、別名、賀茂建角(かもたけつぬ)命。
後で分かりますが、賀茂、鴨、の神も、饒速日命なのです。


神の親等(しんとう)を、鵜呑みにしてはいけないのです。

そのほとんどが、「彼ら」を、別の神(名)に変えたものなのですから。
元は饒速日命と御炊屋姫である、天照神と豊受大神。

「彼ら」は、地方に散らばったそれぞれの一族の名や、土地、職業の神として名を替えられています。
神話は、その「それぞれの彼ら」を、余すことなく、色んな位置に配置してるのです。

 

神話の中に、皇祖神(饒速日命)から派生した神名を盛り込んだという感じなのでしょうか。
親、兄弟、祖先、みな、名を替えた彼らなのです。


三島の神は、大和では布留神、石上神宮の神(饒速日命)
筑紫(福岡)では、高良(住吉)神(饒速日命)
両神とも同じなのですから、同じ三島。

その后、御炊屋姫も三島溝樴姫。
三島の名を持ちます。


御炊屋姫の前世を持つ、私の名は三島。
前世が本当なら、神の力を感じさるを得ない。

「神話、伝承は、預言書でもある」
私の持論です。

            *

住吉の神は饒速日命。
以前、瞑想の中で彼と邂逅しました。

(「現人神社の神との邂逅」)

その時に着ていた服を調べて、新嘗祭と結びつきます。 

  新嘗祭は、冬至の頃、オリオン座の動きと共に行われる。  

.  三つ星オリオン座が神格化したのが、 住吉神。
  オリオン座は住吉神を意味する。

 

石上神宮でも同じ日、「魂振り神事」が行われます。
そこから、住吉神が饒速日命であり、天照大神であると分かりました。


「久しぶり」

と笑った彼。
なぜ、ここの神様が久しぶりと言うのかと思いましたが。

本当に行き付いてしまうとは。

 

かれが饒速日命ならば。

前の世で会っていたのかもしれません。

 

現人の神は、国の大事の時、人として姿を現す。
それも「予言」なのかもしれません。

彼らが現れる時は、国の大事の時なのです。

 

*

これで、今まで、疑問だったことの多くが解消されると思います。

西暦200年頃の「邪馬台国の卑弥呼」の時代。
それが彼らの生きていた時であり、御炊屋姫は「卑弥呼」です。

なぜ、福岡の神社の伝承で、神功皇后の時代が200年頃とされているか。

<< 卑弥呼が神功皇后だから >>

理由はこの一つしかありません。
こちらの古くから続く社は、彼らの真の姿を承知しています。
(少なくとも、そう比定された時は)
卑弥呼の時代が200年頃だから、神功皇后もその時代とされたのです。

 

人伝に聞きましたが、筥崎宮の宮司さんは、「真の道」をご存知でした。
それはこの地が「神話の地」であることもご存知だということ。
 

揺るぎないことは、今でも受け継がれているようです。

 

 

 

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