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2022年4月 1日 (金)

筑紫島の四つの面 4 ~建日向豊久士比泥別~

<建日向豊久士比泥別>

 

それは、脊振山系を含む一帯。
「たてひむかとよくじひねわけ」と読まれていますが、「たて ひむか とよ くし ひねわけ」です。

神話の「韓国に向かう筑紫の日向の高千穂の久士布流多気(くしふるたけ)」とは、ここにある脊振山(せふりやま)山系のこと。

Kaimen12(海面上昇シュミレーションシステムより。
自分が推定するAD200年頃の北部九州「筑紫島」)

☆名の意味

建は、「勇猛な」
日向は、「日に向かう」(神々しい)
豊は、「ゆたか」。
久士は、「くし、奇なる」神秘的な力、霊威。
比は、日。
泥は、根(ね)であり、神という意。
(「伊勢(摂社)」)←(ことしろね(事代根)と聞こえ、そこから根の意味を知る。)

また、とよは豊姫。
くしは、櫛玉饒速日命を表します。

勇猛で、霊威のある日の神(豊と櫛の二柱)の、日に向かう豊かな国。

ここにある脊振山が、久士布流多気(くしふるたけ)です。

(「結びの山 10 ~脊振山~」)

 

< くしふる岳 >

「くしふる」は、奇振(くしふる)岳。
「くし」は、「奇(くし)」。

人間に不思議な奇跡をもたらすもの、神の力を感じられるものという意。
神秘的な力のある神が振った山。(神が降臨した意味)

また、ふるは、布留神を示す。

櫛布留(くしふる)岳。
櫛玉饒速日命の名、そのままです。

脊振には「二龍が背を振う山」との伝承もあります。(上記、リンク先)
二龍の一柱が饒速日命であり、もう一柱は神功皇后(御炊屋姫)。

Sehuri01(背振山山頂の脊振神社 上宮。
後ろはメロンドーム(自衛隊レーダー)

☆脊振の神

脊振山は、 山頂に市杵島姫命が祀られ、脊振辨財天とも言われてます。
神功皇后が祀ったとも言われていますが、市杵島姫命は彼女自身。

神功皇后は、彼の后、御炊屋姫でした。
また、卑弥呼(ひみか)でもあります。

神功皇后=市杵島姫命=弁財天=御炊屋姫=卑弥呼(ひみか)。

脊振の二龍とは、二柱の神。
饒速日命と御炊屋姫(神功皇后)。
彼らは、天照大神であり、豊受大神。

建日向豊久士比泥別と、「二龍が背を振う山」の伝承は、同じものを示していました。

二柱が祀られる山。
*建日向豊久士比泥別=豊姫と櫛玉饒速日命

山頂近くには、毘沙門天の祠もありました。
彼は高良大社では、高良神と習合されてます。
この二柱、名を変え、必ず一緒に祀られてます。
境内のどこに居られるか、探してみてください。
(市杵島姫命は弁財天なので、弁天池に祀られてることのある)

 

< 二柱の龍神 >


彼らはそれぞれ龍神としても祀られています。
二つのリンク先へ。

(「古代*奈良湖と裂田溝 2 ~三輪山のヘビは竜~」)

(「御炊屋姫を追って ⑥ ~八大龍王弁財天~厳島神社へ~」)

「二龍が背を振う」
この地に祀られているのがその二柱。

<筑紫の日向>

天孫が降臨したという「筑紫の日向の高千穂の久士布流多気」。
それはこの「建日向豊久士比泥別」にある脊振(山系)。

高千穂は、稲穂を高く積んだようにの意。
今の日向という認識の宮崎ではありません。

建日向豊久士比泥別は、筑紫島にある四つの面の一つ。
彼らのいた地が筑紫島です。
そうでなければ、「身一つで面が四つ」の言葉が説明できないのです。
それは高良大社辺りから見た当時の様子であり、だからこそ、この地。

ならば、天孫降臨の地はそこにあります。

 

< 儺の国(奴国) >

 

奴国と、魏志倭人伝にある儺の国は、那珂川。

その地には、それを示すものがありました。
(詳細は下記、リンクへ)

☆真の道・・・「笠沙の岬まで真の道が通じていて(有真之道通笠紗之御前)」

(「結びの山 その11 ~天孫降臨~」)

☆「底津岩根」は安徳台。(神が住んだという)
☆「橘の小門の阿波岐原」の地形と名前。(イザナギ神の禊の地)
☆「岩戸」の地形と名前。

☆住吉の元宮である現人神社。
(「現人神社(住吉の元宮) ~福岡県那珂川市~」) 

イザナギの祓いで生まれた神。
それが住吉神である饒速日命。

☆高良神(住吉神)が若い頃にいたという猫城嶺。
(「那珂川は饒速日命(天照・住吉・高良神)の生誕地」)

☆神功皇后の伝承。
(「裂田神社と裂田溝(さくたのうなで)~」)

神功皇后が、「三韓征伐の時に助力を受けた神」に逢いに来て、その神の神田を造った。
助力を受けた神は、住吉神。
その地は、紛れもなく那珂川です。 

二柱の伝承が重なる地であり、神話はこの地を表しているのです。
なの国の「な」は、神の国という意味です。

 

< 標高8m >

博多、大阪の住吉大社の地は標高8m以下。
儺国にある現人神社(住吉の元宮)は、紛れもなく、それよりも昔に存在します。

今の標高8mが彼ら時代の海岸線。
それを示唆するものがありました。

 

つづきは、

(「筑紫島の四つの面 5 ~標高8m・饒速日命と神功皇后の伝承地~) へ

 

まとめて書いたらUPし忘れてました^^;

後で、日付変えて、4の後につけます。

 

( つづく )

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