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2022年5月28日 (土)

祇園の神 3 ~後編 祇園の神は住吉神(磯良神)~

前回の続きです。

(「祇園の神 2 ~前編 祇園の神は住吉神(磯良神)~」)

京都、祇園祭の神は高良大社の伝承にある神でした。
祇園祭、高良大社、鹿島神宮。

これらが示す神は同じなのです。

< 高良玉垂命と京都の祇園祭の神 >

では、祇園の神が「高良玉垂宮神秘書」の神なら、彼の正体は。

それが伝わる、高良大社。(福岡県久留米市)

御祭神は、高良玉垂命、住吉神、八幡神。
高良神が安曇磯良神であり、三柱は同神でした。
(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)

高良神=安曇磯良神=住吉神=八幡神=鹿島神=春日神

本殿には豊比咩・とよひめ(豊玉姫)が祀られています。
それは、高良神と夫婦神だと神秘書にある神功皇后が、豊玉姫である証。

夫婦神は共に祀られるのです。
彼女は、祇園祭のもう一柱の神でした。

では、彼女と夫婦だという高良神は何者なのか。
大阪の住吉大社にもそう伝わっています。
調べていくと、一柱の神にたどり着きました。
 (「神の鉾 4 ~天照の分御霊(わけみたま)~」)

饒速日命です。
高良は古来、物部氏の領地であり、彼らの祖神を祀った社でした。

*前回の鹿島神宮は、「儺の国の星」の著者、真鍋大覚氏の先祖が代々神官をつとめていました。
彼は物部の子孫です。
高良大社同様、物部の祖神、饒速日命を祀る宮なのです。


☆高良神、住吉神、饒速日命について、神の系譜 1~5までにまとめています。
(山幸彦等の話もリンク先)

(「神の系譜 4 ~月読神の十種神宝~」)アメブロでの記事

☆また、豊玉姫(豊日別)は、豊前豊後の一之宮の神である、神功皇后です。(白日別は饒速日命)
(以下、詳細)

(「筑紫島の四つの面 2 ~白日別の神と豊日別の神~」)

故に、祇園の神は、高良玉垂神である饒速日命。
もう一柱は神功皇后(豊玉姫)です。

 

祇園の神は「須佐之男命」ではありませんでした。
彼は饒速日命です。

神話の中の「須佐之男命」は、彼を表していたのです。
なので、須佐之男命=饒速日命です。

 

< 二つの珠と祇園の神 >

磯良の神である高良玉垂神は、干珠満珠を所有し、海の満ち引きを操ると言われてます。
神楽の磯羅(良)舞にも登場するこの二つの珠が、神と物語を繋ぎます。

山幸彦海幸彦の塩満珠と潮乾珠。
住吉大社にあるという潮満珠(満珠)。
大国主神と大物主神の幸魂奇魂。
饒速日命の十種神宝の玉。

これらの神は同じであり、同じ伝承を元にしていました。(「神の系譜  4」)←アメブロの記事
すべて彼が行った、奈良湖の水を引くなどの功績が珠の力として伝えられたものなのです。

(「古代*奈良湖と裂田溝 ② ~三輪山のヘビは竜~」)

住吉大社に満珠があるという伝承も、彼が饒速日命(磯良神)であることを示してます。

 

<伏見神社の神>

伏見神社の祇園祭の岩戸神楽の演目、磯良舞。
それは、祀られている神々が、祇園祭の主役の神であること。
二つの珠にまつわる物語の神が同じであることを示しているのです。

那珂川の伏見神社の御祭神は
淀姫命(豊玉姫)、須佐之男命、大山祇神、神功皇后、武内宿禰。

彼らは、祇園の神である住吉神(磯良神)と神功皇后であり、饒速日命とその后の御炊屋姫。
(岩戸神楽では岩戸開きの演目もあります。饒速日命が天照であることも示します)

この組み合わせは、一つの神社だけの、単なる作り話ではないのです。
遠く離れた社の神々の由緒や、祭りや勧請先でも、共通するものが見えてきます。
中には、一見ではそれと気づかず、神の名やシュチュエーションを組み換えたものもあります。
しかし、核心はみな同じ。

むしろ、記紀の方が壮大な、作り込まれたおとぎ話。
一例として、数多の神社の伝承には住吉神と武御雷神が同神とありますが、それだけでも、記紀の話は成り立たないことが分かります。全国すべての神社の伝承を突き合せると、必ず見えてくるものがあるはずです。
 八百万神でありながら、ほぼ彼らに行き着きます。
 (後の人物は除く)

次は、「神の鉾」シリーズにもあった「志式神社」へ向かいます。

(「神の鉾 (高良玉垂宮神秘書)」)

同じ「磯良舞」の神楽が奉舞されています。
これらのことを念頭に置くと見えてくるものがあります。

 

( つづく )

 

*1 須佐之男命。

神話については後にまとめるかもです。
その(最初の方の)エピソードのほとんどが、彼らの話の組み換え。
八幡神についても後に。
彼も神話上は親子の関係であり、神としては饒速日命。

須佐之男命が100%饒速日命です。


*「祇園の神   1」の記事が、(2018年7月15日の「伏見神社・祇園祭 ~磯羅舞~」になります。
今回の記事は後にUPしたものを改訂したものになります(後のをまとめた)。

今までのと重なる所がありますが、そのままUPします。



2022年5月26日 (木)

祇園の神 2 ~前編 祇園の神は住吉神(磯良神)~

前回の続きです。

(「祇園の神 1 ~伏見神社の祇園祭の磯良舞~」)

志式神社の前に、祇園の神について。 その手がかりは祭りにあります。


 < 祇園の神 >


祇園祭と言えば、京都の祇園祭が有名です。
祭りは、三韓征伐に旅立つ、神功皇后の物語を勇壮な船鉾に表現しています。

「祇園祭船鉾保存会」のHPには、このようにあります。

  http://www.funeboko.jp/saijin.html

(以下、要約)
京都の祇園祭の主役の一人は神功皇后。
住吉明神は、神功皇后を助ける副将。
鹿島明神は、船鉾のかじ取り役。
そして、龍神・安曇磯良神は、船鉾の案内役。
満珠・干珠を持ち、海流を自由にできるという。

 

祇園信仰というと、牛頭天王であるスサノオ信仰を表します。
ですが、京都の祭りでは上記の神々が主役なのです。

祭りとは、祀られる神を称えるもの。
 元々はスサノオでは無かったのではないか。
祭りの主役は、神功皇后、住吉神、鹿島神。
そして、安曇磯良神です。

*「高良玉垂宮神秘書」

上記の「祇園祭」の神。
高良玉垂宮神秘書の記述に重なります。

高良大社の伝承を記した、その神秘書。
ご祭神の高良神と神功皇后との伝承が記されています。 

(「神の鉾 2 ~高良玉垂宮神秘書~」)

そこには、「祇園祭」の住吉神、鹿島神、安曇磯良神の名があり、さらに春日の神と共に、同神としています。
(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)

磯良神は大和で40万年、ひたちで40万年、勝馬(かつま、志賀島)で40万年過ごされた神。」

大和は奈良の春日神
常陸は鹿島神(武御雷神)
勝馬(勝間も同じ)は福岡の志賀島(鹿の島)の志賀海神社の綿津見三神(住吉三神と同神)。
 (三つは鹿で神に繋がるので、奈良では鹿が神使)


祇園の三柱の神は、高良玉垂宮神秘書ではすべて同神なのです。 
それと酷似した記述が、鹿島神宮にもあります。

 (*1 下記に記載)

 

 

( つづく ) 

 

*1 鹿島の神について(前回も載せましたが)
 (「神の系譜 2 ~伊勢の神は磯良神・日月の神~」)アメブロのサイト
(こちらではまだUPしてません)

<袋中上人氏の「琉球神道記」に鹿島明神についての一説があります。 
(以下、引用) 

「鹿島明神はもとはタケミカヅチの神なり。人面蛇身なり。常州鹿島の海底に居す。一睡十日する故に顔面に牡蠣を生ずること、磯のごとし。故に磯良と名付く。神功皇后、三韓に征し給う時に九尾六瞬の亀に乗りて、九州にきたる。勅によりて、梶取となる。 また筑前の鹿の島の明神。和州の春日明神。この鹿島。同じく磯良の変化なり」

 

鹿島明神は建御雷神であり、磯良神。
その鹿島明神と筑前の鹿の島神(志賀島の神)と春日神は同神ということ。
高良の伝承と同じことを告げている。

 




2022年5月20日 (金)

祇園の神 1 ~伏見神社の祇園祭の磯良舞~

以前、こちらで「祇園の神」についてちらっと書きました。
アメブロに転載するにあたって、繋がることがありました。(アメブロへのリンクは下記)

重なる部分もありますがUPします。

 

北部九州は、神功皇后の伝承地です。
その中の一つ、福岡県那珂川市。

伏見神社では、毎年7月14日の祇園祭で岩戸神楽があります。
写真などの詳細は以前の記事で。

(「伏見神社*祇園祭 ~磯良舞~」)

Hushimi01

  

Hushimi03


ほぼ、内容は(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)の志式神社での磯良舞と同じでした。

ここで磯羅舞がされるのは、ご祭神が豊玉姫だからです。
神功皇后の妹とされますが、後に同神と分かりました。

四柱の神が出ます。
武内宿禰(白い方)と、磯羅神。

後に豊玉姫。
海神。
                     
神功皇后が武内宿禰らと共に三韓征伐に行きます。
武内宿禰が干珠満珠を、海神から授かりたいと思います。


そこで上の場面。
勝間の海(玄界灘のことだそう)で磯羅神が、海神からもらい受けようとしますができません。
それを武内宿禰と話しているようです。

Hushimi07

そこで豊玉姫が現れ、彼女が二つの珠を授かりに行くことになりました。       

屛風の後ろに居るのが海神。
海神は、干珠満珠が欲しければ舞を舞えと豊玉姫に言います。

Hushimi07

龍神から玉を受け取った豊玉姫は、武内宿禰に渡します。


神楽では、安曇磯神はほとんど活躍しませんね。

高良の伝承では、彼は高良神であり、住吉神でありました。
豊玉姫が「神功皇后」であり、彼女に珠を渡したのです。

(「筑紫島四つの面 ~白日別神と豊日別神~」)(豊姫=神功皇后)

玉を授かる=玉を垂れる
だから、磯良神は、高良玉垂神なのです。

(久留米の高良大社は高良玉垂宮)

                          *

(以前の記事に乗せましたが、また載せます)
那珂川市のHPに「伏見神社の岩戸神楽」について記載がありました。

http://www.town.fukuoka-nakagawa.lg.jp/soshiki/36/fusimi-jinja.html

そこに「天の岩戸」伝説について載ってあったのを抜粋します。


「 古事記の有名な「天の岩戸」伝説は、この筑紫の地を中心として存在しますが、その中心の岩戸がこの地であると信じられているため「岩戸」の地名が起こったといわれています。
 神楽命和里(かぐらみことわり)(神楽の曲目)は全部で18種あり、なかでも最もにぎわうのが、「荒神」と「問答」。

このふたつの舞では、鬼が現れて子どもをさらって神殿の内部に入ります。

鬼に抱かれた子どもは丈夫に育つと言い伝えがあるため、この日のために、生後間もない赤ん坊を連れてくる親も多いようです。」

「岩戸」の名の起原はやはり「天の岩戸」の地とされていることから。

(「安徳台と高天原」)

地形、土地の力、安徳台、現人神社を始めとする神社、伝承。
それらの存在を知れば知る程に頷かされます。
(神楽には岩戸の演目もあります。この年は磯羅舞でした)

那珂川市には、神功皇后の伝承があります。
三韓征伐の折、助力を得た神が住吉神。

その神の神田を潤す為に、武内宿禰と土地の人と作ったのが、裂田溝(さくたのうなで)。

(「古代*奈良湖と裂田溝 ③ ~豊受大神~」)

住吉神は、饒速日命です。

この土地には、住吉の元宮の現人神社があります。
この地が<住吉神>の始まりの地なのです。

 また、彼が天照であり猿田彦でもあるので、ここが神話の故郷になります。

この「磯良舞」の話を元にして、神話の「海幸彦山幸彦」の話ができたのです。
(「神の鉾 10 終章 ~皇祖神と神武天皇~」)

(「神の鉾 5 ~月神の二つの珠と十種神宝~)

 

尚、この神社の「祇園祭」の由来ですが、博多の街の櫛田神社のご神体を、何かの戦の時にこちらのお社に疎開したご縁からだそうです。
以来、櫛田神社の「祇園祭」と同じ日に行われます。

 

祇園の神は、牛頭天王。
須佐之男命とされます。

 

ですが、それは違ったのです。

.

( つづく )

アメブロのリンクです。

 

*この記事をココログで書いてた時は、豊玉姫=神功皇后までとは思っていませんでした。

 

2022年5月18日 (水)

神功皇后と宗像姫と瀬織津姫の伝承地*鼓島に触りたい

神功皇后の伝承地であった、福岡県福津市渡半島にある鼓島。

楯崎神社と波折神社にその伝承が残されていました。

(「楯崎神社 ~伝承の真実 その8~ 饒速日命と神功皇后 )

(「波折神社」)

Screenshot_202205180645412

 

半島の先、海にぽっかり浮かんでるのが鼓島。

ここへ来るのは3回目。
前の2回とも、途中で断念しています。

1年で一番水が引くこの日、時間をねらって再挑戦です。

20220418143041_img_0272

楯崎神社から見た鼓島。

おおまかに二つの伝承がありました。

<楯崎神社>

大己貴命と宗像姫が、「夷の類」という狂暴な鬼神と戦った。
北の海に攻めてきて、人民を殺略した。
大己貴命と宗像姫は神軍を率いて、神の力を振るい、

楯を立て、(楯崎の由来)
鼓を鳴らし、(鼓島の名の由来)
夷賊を防御し、遂には滅ぼした。

その後の時代に神功皇后がこの地に訪れ、神社で三韓征伐の勝利を祈願した。
その時に船が着いたのが京泊の港。

 

<波折神社>

神功皇后の新羅を遠征して凱陣した時の事。
瀬織津大神、住吉大神、志賀大神の三神が鼓島に現れた。

20220418155711_img_0320

神功皇后の船が着いたという京泊の海岸。

当時は、海岸線はもっと内側です。

今回は、ここから反時計回りで、鼓島に向かいます。
(前回は反対側から行った)

20220418160215_img_0329

(少し行って、京泊の浜を振り返った所。
山で言ったら、かなりの岩稜帯です。)

近くにありながら、違う二つの神社の伝承。
それは、彼らが同神であったからです。

住吉大神、志賀大神、大己貴神は、饒速日命。
宗像姫(市杵島姫命)と瀬織津姫は、神功皇后でした。

二柱は天照大神と豊受大神です。

20220418160618_img_0331

しばらく行くと昔の波止場に出ました。
ここまで釣り人が来ています。

20220418161132_img_0335

4mはある高さの岩。
ロープがありました。
来てる人いるんですね!

20220418161912_img_0340

鼓島が見えた!
近くまで行きます。

20220418163214_img_0351

ここまでかー。

間に海が広がってます。
深そう!

鼓島、触りたかったー!(*」´□`)」

20220418163230_img_0352

ほんとに鼓のようですね。

分かってはいましたけど、「神功皇后がここで三柱にあった」という伝承は、この島の特殊な形から作られた話なのでしょう。

それでも、二つの神社の伝承から、真実が見えてきます。

彼らは確かにこの地へ訪れていたのです。
「異類」と対峙する為です。
それが神功皇后の三韓征伐の話になったのでした。

20220418163342_img_0357

戻ります!
潮が満ちたら、ここは確実に海の底。

振り返って撮った渡半島の先端。

20220418165335_img_0393

戻ってる途中から撮った鼓島。
帰りは南側を通ります。

20220418165258_img_0390

 

20220418164946_img_0386

この箇所、前回来た時は通れませんでした

Screenshot_202205180646172

前回の写真。

時計回りで来て、ここで断念しています。

20220418165447_img_0394

重箱石が見えてきました。
直径5mもあるほぼ正方形の岩。
巨石ファンが泣いて喜ぶ大きさ!(>▽<)

ここは、写真中央の崖を少し登り、ロープで降ります。

20220418165735_img_0397

写真だといまいち大きさが分からない。

20220418170153_img_0401

ちょっと離れたところから。
大きいんですよ。

20220418171743_img_0410

楯崎神社の半島が見えました。

20220418175111_img_0437

恋の浦の浜です。
下のゴールの場所です。
(渡半島は、昔、「恋の浦ガーデン」その前は野外美術館だったそうですが、今は閉鎖。入れなくなってます)

Screenshot_202205180641515

1 京泊の浜
反時計回りに行って、

2 古い波止場

鼓島が先端の先

3 重箱石

 

1周、1時間半か2時間くらいでした。
潮路表を見て、大潮で干潮の時間をご確認を。

万が一、怪我をして歩けなくなったら、潮が満ちてきます。
行かれるなら自己判断で。

山と違って、時間が来たら水が満ちて行くというドキドキがありました。

 

鼓島、触りたかったー(*ノ´□`)ノ

行ったあとで知ったのですが、干潮の時間って、場所によって違うそうです。
ってことは、まだ行けるやん!

触るのは無理っぽいけど。

また行きますΣd(≧∀≦*)

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