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2022年6月26日 (日)

祇園の神 8 ~熊野三社の神~

前回の続きです。

(「祇園の神 7 ~神話の中の須佐之男命~」)

 

祇園の神である須佐之男命。
日本神話の彼でさえ、饒速日命を示すものでした。

須佐之男命を祀る宮に、熊野三社があります。
御祭神、摂社の神も書き出しました。

神社公式のHPにすべて載ってないので、wikiも参照。
名前が多いので混乱しそうになります。

ここはさらっと見てください。

☆熊野本宮大社(熊野本宮大社HP)(wiki熊野本宮大社
*主祭神 家津美御子大神(けつみみこのおおかみ*須佐之男命)
熊野速玉大神(くまのはやたまおおかみ・いざなぎのみこと)、熊野夫須美大神(くまのふすみおおかみ・いざなみのみこと)・事解之男神、天照大神
*中四社 天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、鵜萱草萱不合命(うがやふきあえずのみこと)
*下四社 軻遇突智命(かぐつちのみこと)、埴山姫命(はにやまひめのことと)稚産霊命(わくむすびのかみ)、弥都波能売命(みずはのめのみこと)

☆熊野那智大社(熊野那智大社HP)(wiki熊野那智大社
*主祭神 熊野夫須美大神
大己貴命(飛龍権現)、家津美御子大神国常立大神、天照大神 
*中四社 天忍穂耳尊、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊、鵜萱草萱不合命
*下四社 国狭槌命(くにさづちみこと)、豊斟渟命(とよくむぬのみこと)、泥土煮命、大戸道命、面足尊

 

☆熊野速玉大社(熊野速玉大社HP)(wiki熊野速玉大社
*主祭神 熊野速玉大神(いざなぎのみこと)、熊野夫須美大神(いざなみのみこと)
家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)国常立尊、天照大神、高倉下命(たかくらじのみこと)
*中四社 天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊、鵜萱草萱不合命(うがやふきあえずのみこと)
*下四社 国狭槌命(くにさづちみこと)豊斟渟命、泥土煮命、大戸道命、面足尊

すべて書くと多いので、主なものを。

 

<熊野三社の神>

三社に祀られている神々はほぼ同じです。
同じ名を持つ神社には、同じ神が祀られるからです。
微妙に違うのは、名を変えた神だから(同神)。
それを手掛かりに見ていきます。

 

☆本宮大社と速玉大社の上四社のご祭神は、家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)
この神が須佐之男命(スサノオノミコト、以下カナで)
速玉大神は、いざなぎみこと。
夫須美大神は、いざなみのみこと。(ふすみは、むすび・結びらしい)

しかし、那智大社には、速玉大神の名がありません。
その代わり、他の二社にはない大己貴命の名があります。
彼が同神であるので、そこに無いのです。
(他に増えたり、減ったりしている神も同じ)

*大己貴神、天照大神、国之常立神は饒速日命だと辿り着いています。
(「神の系譜 2 伊勢の神は磯良神・日月の神」)アメブロの記事

 

< 家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)>

スサノオの命の別名であるこの名に、よく似たものがあります。
大神神社にあった御炊社(みかしぎしゃ)の御膳神(みけつかみ)
みけつ神の名は、豊受大神、宇迦之御霊(うかのみたま・宇賀神、稲荷神)を示すのです。
(「御炊屋姫を追って ⓽ ~御炊社*大神神社の豊受大神」)
(「御炊屋姫を追って ⑩ ~御分霊*廣瀬大社と豊受大神」)

このうち豊受以外は、男女二柱の神。
みけつ神の”み”は尊称であるから、”けつ”がかの神を示す。

ならば、けつの名を持つスサノオ命が宇迦之御霊であり、稲荷神(宇賀神)。
彼が饒速日命(歳神、稲荷神、宇賀神)であるからこそ、それは偶然ではありません。

御炊社の御膳神は、饒速日命の后である御炊屋姫を示唆しています。
彼女が豊受大神であり、スサノオ命が饒速日命(天照)であるから繋がるのです。

 

また、参照したHPには、(HPみ熊ねっと
「熊野草創由来雑集抄」では、家津御子神は国常立神だとされている」とあります。
新宮、那智では、国常立神と共に祀られています。(上記HP参照)

国常立神は、饒速日命です。
家津御子神=スサノオ命=宇迦之御霊(稲荷神)=国常立神=饒速日命

やはり、スサノオ命は饒速日命でした。

 

軻遇突智命

☆中四社の神はすべて同じですが、下四社は熊野本宮大社のみ違います。
この違う三神、軻遇突智命と埴山姫命は夫婦であり、その御子が稚産霊命。
神話では、イザナミ神が亡くなる原因は、軻遇突智命です。
もしもそれが事実ならば、同じ社に祀りません。

数多の神社で、「国譲りをした」神が同じ社に祀られているのは失礼にあたるなどと、後の世に神話に沿って別の社に分けられています。*1
逆に言えば、分けられる前は同じ社に祀られていたのです。
それは「同神」であることを示しています。

*1 神の由緒を伝えるため、「元はあの社にあった」と伝えられているのかもしれない。
(軻遇突智命の詳細は後に)

 

<豊斟渟命(とよくむぬのみこと)>
この神は別名、豊雲野神。(wiki豊雲野神
他に豊国主神の名もあり、神話では国之常立神の次に現れた神とされます。

さらに物部神社(島根県太田市川合町)にも祀られています。
物部は祖神、饒速日命を祀る一族であり、摂社の神は同一。
この神も彼の別名です。

社に祀られる神の名からも、スサノオ命は饒速日命だと分かります。

 

 

( つづく )

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年6月21日 (火)

祇園の神 7 ~神話の中の須佐之男命~

前回の続きです。(番外編にせず、そのまま続けます)

(「祇園の神 6 ~龍神*安曇磯良神~」)

そもそも神話の中での須佐之男命とは何か(誰か)を考察します。

日本神話は彼らの物語を様々な場面で、名や状況を変え、何度も繰り返し語っているのです。
そのたった一つの決まり事を念頭に置いて見て行くと、神話の謎が解けていきます。

以下、「彼ら」は天照大神(饒速日命)とその后、豊受大神(御炊屋姫・みかしきや・みかしや)を示します。

 

前半(神功皇后の物語)まで、ほぼこの四つの事柄に集約されます。
(違う時代の事に、入れ込まれたものもある)

☆1 名を変えた神
(彼らを祀る一族が移動。根差した土地の名、職業の神として名を変える)

☆2 彼ら二柱による異類という鬼退治
(祓いの神である住吉神と瀬織津姫の所以)

☆3 彼らの舞台

☆4 神の交代
(後の為政者の都合により記紀は作られる。本来の天照である饒速日命は隠される)

 

☆伊邪那岐神の禊祓い*三貴神、他の登場(☆1と☆3)

伊邪那岐神(いざなぎ)は黄泉の穢れを祓う為、川で身を清めます。
その時に次々と神が生まれる。

 

天照大神、月読命、須佐之男命。
同じ神から生じたので、彼らは同神です。(伊邪那岐神も)
これ以降の神話では、三貴神は饒速日命(豊受大神である御炊屋姫も示す箇所あり)を示します。

 

*天照大神
饒速日命は別名、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命。

一方、女神・天照の別名、撞賢木厳御霊天疎向津姫命(つきさかき いつのみたま あまさかる むかつひめ)の名は、
(日の)神では無く、神の境で神を斎き祀る厳御霊=厳島の神である市杵島姫命(いちきしまひめ)を意味する。

宗像神であり、御炊屋姫です。(大神神社にも市杵島姫命社あり)

(「伊野天照大神宮 ①~女神・天照の名~」)
(「御炊屋姫を追って ⑫ ~女神・天照と豊受大神~」)

(このシリーズで彼女について調べています。御炊屋姫=豊受大神=市杵島姫命=宗像神)

女神・天照は本来の天照ではありませんでした。
(しかし、後の祈りにより、天照でもあることになります)

*月読命(☆1☆4)
三貴神でありながら、これ以降姿を見せません。
月神は隠されたことを意味します。

その月神は饒速日命(日神でもある)
高良大社の高良神(住吉神、饒速日命)は月神です。
干珠満珠という海の満ち引き(=月の力)を操る珠を持つ神である故です。

また、彼(天火明命)は籠神社でも月神。
伊勢の下宮の神は籠神社の月神を勧請してきた。(入れ替わってるので実際は内宮の神)
(「神の譜系 2 ~伊勢の神は磯良神・日月の神~」)(アメブロの記事)

*須佐之男命(☆1☆2☆4)
彼は海の神である。
饒速日命である住吉神も海神。

 

☆天照大神と須佐之男命の誓約(☆1)
二柱はそれぞれの持ち物から神を生み出します。

 女神・天照大神から生まれた神。
宗像三神は、彼女と同神です。(三神は一柱の神)
市杵島姫命は、弁財天であり、御炊屋姫、瀬織津姫、御膳神(みけつかみ)、豊受大神と繋がっています。
(上の「御炊屋姫を追って」のシリーズ参照)

*彼女が御炊屋姫であるので、(神産み)を共にした須佐之男命は、彼女の夫婦神である饒速日命になります。

須佐之男命から生まれる男神の五柱も、すべて彼と同神。
*「互いの持ち物を交換」した行為そのものも、神の交代(☆4)を示します



☆天照の天岩戸開き
(☆1☆2☆3☆4)
須佐之男命が高天原で悪事をし、その為に女神・天照が天岩戸に籠って夜(闇)が来た。

彼の悪事は、「彼らが退治した鬼の所業」を表す。
鬼が来たため、世の中は夜(闇)になり荒れた。

☆4の神の交代も示唆。
男神・天照が悪事をしたので、女神・天照と交代した(あくまでも神話上)。

 

☆これらに関係ある地(☆3)
伊邪那岐神が禊をした地は、彼が最初に祀られた地を示しています。
天岩戸籠り、後に天孫(瓊瓊杵尊・ににぎのみこと)が天降る高天原も同じ地を示唆します。

<筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原>

そこには住吉神(饒速日命)の元宮である「現人神社」があります。

(「神話の郷 ~安徳台と高天原~」)(アメブロの記事)

以降、須佐之男命のその後。

☆須佐之男命の八岐大蛇退治(☆1と☆2)
八岐大蛇退治は、彼らの「鬼退治」を示唆。

*出雲の風土記などには、八岐大蛇に関する話は存在しません。
(彼らがいた筑紫には鬼(イルヰ・異類)退治の伝承がある)

そこで出会う櫛稲田姫(くしなだひめ)は、稲の神。
また「櫛」の名は、櫛玉饒速日命(くしたまにぎはやひのみこと)を示し、彼は歳神(稲荷神)である。
(彼の后である御炊屋姫と同神)

彼女と夫婦なので、もう一方も稲の神である(夫婦神は同じ性質を持つ)

須佐之男命の娘は須勢理姫(すせりひめ)。
彼女は大国主神と夫婦となる。
大国主神は大物主神であり、饒速日命。(「神の譜系 4」下の記事)

須勢理姫の名は、火酢芹姫(ほすせりひめ)を示唆。
火酢芹神は、海幸彦(山幸彦と同神)の別名の一つ。
海幸彦山幸彦(同神)の話は、彼らの「二つの珠(☆2)」が元になったもの。
名は夫婦で対になるので、彼女の夫の大国主神は火酢芹神である。

 

また、二つの珠は饒速日命が持つ十種神宝の玉のこと。

(「神の系譜 4 ~月読神の十種神宝~」)(アメブロの記事)

*つまり、神話では親子関係、兄弟(義理でも)にあるものが、彼ら自身であることになります。

伊邪那岐神
天照
月読
須佐之男命
大国主神(饒速日命)*須佐之男命の娘の須勢理姫と夫婦
大歳神(饒速日命)*須佐之男命の御子


伊邪那美神
女神・天照
宗像三神(市杵島姫命)
櫛稲田神
須勢理姫(須佐之男命が親)
彼女は大国主神の后=饒速日命の后(御炊屋姫)
火酢芹姫(火酢芹命=海幸彦)

 

大国主神は大物主神であり、大神神社の饒速日命に繋がります。(*1 下記で補足)
大国主(大物主)の幸魂奇魂は、住吉神の干珠満珠であり、饒速日命の十種神宝。
また、海幸彦が海神(豊玉姫)からもらう玉です。
彼も同神。
(*豊玉姫=豊受大神)
海幸彦と豊玉姫は夫婦。
(彼らがと同神の饒速日命、御炊屋姫が夫婦であることを示す。)

 

<まとめ>

日本神話の前半は、すべて彼らの物語をシュチュエーションを変えて語っているのです。
親も子も兄弟、登場人物も、ほぼすべて彼らです(違う人も中にはいるかも)

それが解明を複雑にしている原因です。

しかし「そう」だと分かると、絡まった糸が解けてきます。

祇園の神である須佐之男命は、彼自身でした。
饒速日命です。

もう一つ、須佐之男命から饒速日命へと繋がった社がありました。

次はそちらへ。

 

( つづく )

 

*1 大国主神は、須佐之男命に試練を与えられる。
この時に大国主が使うのが、蛇比礼(おろちのひれ)、蜂比礼(はちのひれ)。

 これは饒速日命が持つ十種神宝の蛇比礼、蜂比礼と同じもの。
二柱は同神を示唆している。

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

 

 




2022年6月18日 (土)

祇園の神 6 ~龍神*安曇磯良神~

前回の続きです。

(「祇園の神 5 ~志賀海神社の神々~」)

志賀海神社にある三つの伝承は、微妙に違います。
そこには神に繋がるヒントがありました。

前回の志賀海神社の三つの伝承と、磯良舞、京都の祇園祭、高良大社の伝承を並べてみます。

 ☆1~3の詳細は前回の記事でご確認ください
(神功皇后出兵の際は共通なので省略)

☆1 亀石
阿曇磯良丸を通じて祈願し、七日七晩神楽をした
→出現した神 志賀明神と勝馬明神
→玉を授けた神 志賀明神と勝馬明神
(舵取り、航路を守る)

☆2 神社の伝承
七日七晩、神楽した
→出現した神 阿曇磯良神
→玉を授けた神 龍神
志賀明神には奉賽(お礼をした)

☆3 今宮社
→出現した神 阿曇磯良丸命
→玉を授けた神 当地竜宮(竜神か)
阿曇磯良丸命が海上指揮

☆4 磯良舞(伏見神社と志式神社の祇園祭の神楽)
武内宿禰が安曇磯良神に相談
出現した神(神楽にその過程は無いが) 安曇磯良神。
龍神から玉をもらえず
→玉を授けた神 龍神(授かったのは豊玉姫。神楽をしたのも彼女)


並べてみると違いがよく分かります。

神楽をして出現した神が、亀石では志賀明神と鹿島明神であり、他では安曇磯良神です。
玉を授けたのは、亀石では志賀明神と鹿島明神、他では龍神。

磯良舞では、龍神から玉を授かったのは、豊姫であり、彼女が神楽をしています。

 

<祇園祭と高良の伝承>

出現した神、玉を授けた神の違い。
それが京都の祇園祭と高良大社の伝承で繋がります。

☆5 京都の祇園祭
神功皇后の凱旋の様子
八幡神、鹿島神、龍神の安曇磯良神(船の舵取り)

☆6 高良玉垂宮神秘書(高良大社の伝承。以下、神秘書)(*7 下記にて)
高良玉垂神は住吉神であり、安曇磯良神。
鹿島神、春日神、志賀神と同神
神功皇后と夫婦

 

☆6 神秘書より。

出現した神、志賀明神、鹿島明神、安曇磯良神(住吉神と八幡神も)は同神。
出現を願った神功皇后は、彼と夫婦。

☆5 祇園祭より。
玉を授けた龍神は、安曇磯良神自身。

☆龍神が豊姫に珠を授けたのですから、安曇磯良神(住吉神)が「豊姫」に授けたことになります。

 

なお、記紀の神話にもこの場面があります。
三韓征伐の折り、神功皇后が乗った船の舳先に現れたのが住吉神。
船を守り、勝利へと導きます。
彼女が凱旋した後、託宣によってそれが住吉神であることが分かります。
記紀の神話は、上記の伝承を元にしたものだと分かります。
(高良やこちらの伝承、神楽では、「船の舳先に現れた」という記述はない)


< 高良の神の出現地 >

神功皇后が三韓征伐の際に、出現した神は住吉神(高良大社の安曇磯良神)でした。
これらの伝承では、その地は竜宮です。
それは志賀海神社が元々あった勝馬の地(志賀島の北)のこと。
(当社、竜宮とある)

しかし、神秘書では高良神の出現地は違います。
神功皇后の七日に渡る祈りで、福岡の四王寺山の峰に現れています。

 

何故、違うのか。

かれが実在の人物であるのならば、話は簡単。
「(後に)彼を祀る宮」を示しているのです。

彼が竜神ともされるので、彼を祀る宮が竜宮となったのです。

神秘書の「四王寺峰に現れた」は、後の世で四王寺山が仏教の影響で四天王の山とされたことによります。
高良神は神仏習合の折り、その四天王の一柱の毘沙門天とされました。

*****************************************

< 龍神*安曇磯良神 >

☆今までの考察と重ねます

 

安曇磯良神は、高良神(住吉神)あり、饒速日命(天照大神)
豊姫は、神功皇后自身であり、饒速日命の后の御炊屋姫(豊受大神)

(「二つの伝承 8 ~五十猛命と甕依姫」)
(「筑紫島の四つの面 2 ~白日別の神と豊日別神~」)
(「神の鉾 4 ~天照の分御霊(わけみたま)~」)


三韓征伐は、異類という鬼を退治するもの(高良や福岡の伝承から)
(「祓いの神 9 波折神社*瀬織津姫と住吉神」)←ココログの記事に説明加えてます(こっちでも後に書きます)
*饒速日命と御炊屋姫は、住吉神と瀬織津姫

干珠満珠は安曇磯良神(住吉神・饒速日命)自身のもの
(彼らの功績が玉の力となったが、玉として実在していたかは不明)
住吉神=大物主神=大国主神
(「大国主神の幸魂奇魂」)

伏見神社と志式神社の祇園祭の神と、京都の祇園祭の神は同じでした。
彼らは饒速日命と御炊屋姫である神功皇后です。

彼の名の一つである、安曇磯良神は龍神でした。
饒速日命もまた、龍神とされています。
彼を祀る三輪山の神(大神神社)は蛇神であり龍神です。
(「古代奈良湖と裂田溝 ② ~三輪のヘビは竜」)

☆これらの伝承から、豊姫である神功皇后に珠を授ける
それが高良玉垂神の名となったのです。

 

元の話はとてもシンプル。
饒速日命とその后がイルヰ(異類)という鬼を退治して回っていたのです。
二つの珠の力は、彼らの功績から。
(または、力のある珠はあったのかも)

 

後に分かりますが彼は天日矛でもあります。
天日矛は新羅から、赤い玉から生まれたアカル姫を追って日本へやって来た神。
又の名をツヌガアラシト。
彼がそれであり、アカル姫は神功皇后(御炊屋姫)です。

彼らは一度新羅に渡っているようです。
(「もう一つの現人神社 2 ~饒速日命の足跡~」)

異類という鬼退治と、新羅へ渡った話が、「三韓征伐の話」となったのです。
また渡半島の伝承から、鬼は北の海から来たとあります。
それは人では無かったのです。
(内陸出現の鬼もいる)

 

祇園祭の主役であった住吉神が祇園の神でした。
彼は饒速日命。
彼こそ、祇園の神の須佐之男命でもあったのです。

 

次回、番外編として、記紀の神話について触れます。

 

( つづく )

 

 

*7 高良大社の伝承について

高良大社の宝物殿にあったタペストリーには、高良の神と神功皇后の物語が描かれていました。
場面ごとに、場所を変えて描かれています。

☆四王寺山で、神功皇后の祈りにより、住吉神が出現する場面(高良の神紋のいわれ)
☆安曇磯神が海の中から現れる場面(顔中に貝をつけてるとされる)
☆武内宿禰の姿
☆三韓征伐で戦っている場面
☆三韓征伐の際の船の舳先の上にいる神

高良大社の御神職さんから、船の舳先に現れた(おられる、と言われてた)神が高良神であり、安曇磯良神だとお聞きしました。
私が「神功皇后の船の舳先に現れたのは、住吉神なのですが、磯良神が住吉神なのですか」と聞いたら、そうですよと言われました。

タペストリーでは、記紀の「住吉神が三韓征伐の際に船の舳先に現れた」と、
高良玉垂宮神秘書の伝承「住吉神が四王寺山に現れた」などが混在している感じになります。
(タペストリーでは船の舳先に”現れた”訳ではないのかもしれない*彼女と共に乗っているという意味)

 

*考察などの引用、リンクなどの連絡はしなくてよいですが、出典を明らかにして最低限のルールを守られますように。



最近、モチベだだ下がりです。
書くと無断で出典も無く、すぐに盗用する人いるし。(気のせいではなく)

何の為にかいてるんだっけ?
その人の為?

とか考えてしまったり。
もうやめよかなとか。

 

もやもやしてる時に、アヴちゃん主演の「犬王」観てきました。
「人知れず無念に消えて行った人々に光を当てる」という映画のコンセプト。

犬王演じるアヴちゃんの言葉が胸に響きました。
アヴちゃん凄いわ!
この映画も端から端まで凄い。
うちの中じゃ過去いち!

 

うちが始めた動機もそうじゃなかったか。

彼らの本当の話を、姿を、知りたい、伝えたい。

 

誰かの胸の琴線に触れ、何かを感じてもらえる人がいるならば。
分かる人にはきっと伝わるはず。
感じられるはず。

神になってしまった彼ら。
ただ生きていただけなのに。

今では神となるものを書くわけなので、ただ、自分に恥じない姿勢で行きたいと思います。

 

彼らの足跡を追っての記事なので、新たに分かって、最初に書いていたことと違うということもあります。
極力、追記してるのですが、全部にはできません。
どれがほんと?と思ったら最新のがほんとです。

分かりにくいとこはコメントください。

 

先日、仲間の一人、前が「竜厘(トシ神)」かもしれない人に、

トシ神(饒速日命)から
<<太陽の子らよ、そのまま、おおしく生きよ >>
とメッセージがあったそう。

おおしく?なんのこっちゃ~分かるようにもっとかみ砕いて
と思ったのですが、今のまま、生きたいように生きろという励ましだと思うことにしました。

 

そんなこんなでぼちぼち書いていきます。

 

2022年6月13日 (月)

祇園の神 5 ~志賀海神社の神々~

 前回の続きです。

(「祇園の神 4 ~志賀海神社の磯舞と神々~」)

志式神社には亀石がありました。
その社から海ノ中道を西へ行くと志賀島があります。

そこにあるのが志賀海神社。
ここにも亀石があるのです。
そのことは下記で。

まずは、「鹿」から。

Shikaumi01

御祭神は綿津見三神

元は志賀島の北部の勝馬にあり、後にこの地に遷座。
綿津見神三神を祖神とする安曇氏が代々奉斎してきました。

故に高良神である安曇磯良神と同神です。

Shikaumi02

この鹿は神と「繋がって」いました。

Shikaumi03

高良大社の「高良玉垂神秘書」にあった「勝馬の神」とは、この志賀海神社の綿津見神のこと。
神秘書には、高良玉垂神は住吉の神。

安曇磯良神であり、春日神、常陸の鹿島神(武御雷神)、勝馬の神(志賀島・鹿の島)の神と同神とあります。
”鹿が神へと繋ぐ”ので鹿が神使なのです。

 

ここに鹿像がある理由です。
(境内には大量の鹿の角がある建物もあります)

Shikaumi04

(拝殿)


Shikaumi05

 

拝殿の横にあるのが亀石。
志式神社にもありました。


Shikaumi06

 

志式神社と志賀海神社の神は同神だと示唆しています。

Shikaumi07

 

Shikaumi08

 

亀石の伝承です。
志賀海神社HPの「亀石」も同じであり、志式神社にあった案内板には、ここと同じことがかかれてありました。

(これより以下の引用文は次の考察でも触れます)

その昔、神功皇后が三韓へ出兵される際、正面対岸の打昇浜にある亀ヶ池亀生池の辺りにて無事凱旋できるよう阿曇磯良丸を通じ祈願され七日七夜の神楽を奏されました。 すると黄金の雌雄の神に乗った志賀明神と勝馬明神が出現され皇后に千珠万珠の玉を授け船の舵と航路を守り導いたと伝えられ、黄金雌雄の亀は亀ヶ池亀生池に放たれましたが後に石となって現在の金印公園近くに現れ寛文10年(1671)4月11日に社前に納められました。(以上、上記案内板より)

Shikaumi09

 

由緒書きです。

(志賀海神社公式HP)

この地には神功皇后の伝承がありました。
上記HPから引用します。

志賀島に残る数々の神功皇后伝説
神功皇后は三韓出兵に際して、志賀島の安曇磯良神を召されました。
そして龍神より干珠満珠を授かり、無事に三韓を平定して帰還されました。
志賀海神社には当時の様子を描いた神功皇后出兵絵巻が残されています。

志賀島には神功皇后伝説にちなんだ地名が多く残っています。
安曇磯良を海国から召し出そうと7日7晩神楽を奏したところが舞能ヶ浜、志賀島にお着きになり願いが叶ったと仰せられたところが叶ヶ浜、皇后が海から下りられたところが下馬ヶ浜、志賀大明神に奉賽した際に馬が喜びいなないたので勝馬となったといわれています。
また志賀海神社裏手の山を勝山と称され、そこに櫂を奉られました。

境内には摂社が幾つかあります。
その中で「今宮神社」

Shikaumi10

Shikaumi11

御由緒

御祭神 宇都志日金 命、住吉三神、天児屋根命 阿曇磯良丸命をはじめとする神裔阿曇諸神

 

「古事記」に「此の三柱の綿津見神は阿曇連(あずみむらじ)等が祖神ともちいつく神なり。 かれ、阿曇連等は、その綿津見の神の子、宇都日金拆命の子孫なり」と記され、綿津見三神を奉斎するのは、宇都日金拆命の子孫である阿曇家となっている当社は代々阿曇家宮司を奉職しており、阿曇家の祖神である宇都日金拆命は綿津見三神に仕える者の祖神として奉祀されている。 また、神功皇后三韓出兵の際に出現された阿曇磯良丸命は、当地竜宮より干珠満珠を借り賜って海上指揮に仕えたと伝えられる。

 

その他の摂社です
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印鑰(いんやく)社
久那土神、天磐楠船神、迦具土神

*印鑰とは、印判、印。 高良大社の印鑰社には武内宿禰が祀られている。 久那土神、天磐楠船神、迦具土神と武内宿禰、饒速日命は同神。雁ノ巣の航空隊の奉安殿移築と共に合祀されてます。

 

航空の神は饒速日命です。

(「饒速日命を求めて ⑥ ~矢田坐久志玉比古神社~」)

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荒神社

奥津比古神、奥津比賣神、火産霊神

 

*火伏の神。 饒速日命と御炊屋姫と同神。

 

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磯崎社
少彦名神、大己貴神
*大己貴神は大神神社の大物主神であり、饒速日命。

(少彦名神もおそらく同神)

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大神宮社
天照大御神、豊受大神

 

*饒速日命と御炊屋姫。

不思議に思ったことはないでしょうか?
天照達が最高位の神ならば、何故小さいお社に摂社としてあるのか。
彼らは主祭神と同神であるからです。

 

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祇園社

 

建速須佐之男命

*饒速日命です。


 祇園の神の名がありました。
摂社の神々は、主祭神と同じです。
それは、「アイテム」と同じです。
同神であることを示唆しているのです。
☆志式神社の神である、天火明神(天火明命)、日酢芹(ほすせり)神、豊玉姫は、こちらに祀られている神々と同神です。

 

亀石は、それを示唆しています。
(十域別(とおきわけ)神、稚武(わかたける)王、葉山姫については分からない。)

 

 

ここで気づかれましたでしょうか。
同じ神社であるのに、三つの物語は微妙に違うのです。

 

 

 

( つづく )

 

私は、高良玉垂神秘書やその他の文献から、それが真実だと知ってからは、神の前に立つのが酷く悲しくなる時があります。

神前に立つほとんどの人は、知ろうともしないでしょう。
知らない、知ろうともしないのは、知って隠すことよりも重いのです。

神社に神を示唆するアイテムがあるのは、促しているのです。
神の正体に気づけと。

また、情報が発達した今だからこそ繋がるのです。
それは裏を返せば、今この時代の私たちが真実を知ることを求められていることになります。
おそらく、今この時代に彼らが必要であるからです。

 



*考察などの引用、リンクなどの連絡はしなくてよいですが、出典を明らかにして最低限のルールを守られますように。


2022年6月 9日 (木)

祇園の神 4 ~志式神社の磯良舞と神々~

前回の続きです。

(「祇園の神 3 ~後編 祇園の神は住吉神(磯良神)~」)

志式神社。
福岡県福岡市東区奈多。
志賀島へ続く、海の中道の付け根にあります。

ご祭神は火明神(天火明命)。
日酢芹(ほすせり)神、豊玉姫、十域別(とおきわけ)神、稚武(わかたける)王、葉山姫神。 

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*天火明神は饒速日命。
*日酢芹神は、神話では山幸彦。

*十域別神、稚武王は、神功皇后の三韓征伐の折り、大将軍となり助力した人。
(神話では)仲哀天皇の異母弟。
応神天皇の叔父であり、神功皇后の義理の弟になります。

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*葉山姫神は、兵庫の廣田神社の摂社の齋殿(ときとの)神社に祀られる神。
廣田神社のHPには、こうあります。(*1 下記にて補足事項)
廣田神社HP より

神功皇后廣田神社ご創建の際、皇后の命を受けて天皇皇大神荒御霊を御心廣田の国に鎮祭された(神) 

廣田神社には天皇皇大神荒御霊天照大神)が祀られているのです。
葉山姫はその神を「祀った者」ということ。

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つまり十域別神、稚武王が神功皇后の義弟で、葉山姫は神功皇后の命で天照を廣田神社に祀った者です。

御祭神に神功皇后の関係者の名があるのに、彼女の名が無いのはおかしいと思われませんか?
葉山姫も「天照を祀った者」だから廣田神社の摂社に祀られているのに、ここには「天照」の名はありません。


天照大神は、天火明神、日酢芹神(山幸彦・海幸彦でもある)、 神功皇后は、豊玉姫であるから書かれていないのです。

彼らの神話、伝承がすべてが御祭神として混在している形になっています。

 

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この場所にある舞台は、糟屋郡の伊野神社から移設されました。
伊野神社とは「伊野天照皇大神宮」のこと。

天照大神、摂社には住吉三神、志賀三神が祀られています。

「移設」されたのならば元のお社の神は、同じです。
志式神社の火明神と、伊野の天照は同神であり、饒速日命(天火明神)であることを示します。

伊野の天照もまた、女神ではなく男神の天照です。
(近くだという理由でないのなら、関係のない社に移設しない)

天照大神=火明神=饒速日命
ここが明治に移設されたということは、未だに「それ」が公然たる事実であるということでしょう。

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神楽では伏見神社の祇園祭と同じ「磯良舞」が奉舞されます。      
「祇園の神」が祀られているから、奉舞されるのです。                                                                                 

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Shishiki07(拝殿)

Shishiki08 (クリックすると拡大されます)

志式神社の縁起です。

神功皇后三韓進軍の折
此の奈多浜に鎮座される荒ぶる神の御前にて
戦捷の神楽を奏して征途につかれた。


志式は、昔は志々岐と記されていたとあります。
*長崎県に志々伎(しじき)山があり、志々伎神社に十域別神が祀られています。

                                 
志式。
し・しき。

それで思い当たることがありました。
(前にも書きましたが、後に加筆して再アップします)                                             

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このお隣にあるのが、「亀石」。

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志賀海神社にも亀石があります。
ここの案内板には、その志賀海神社の亀石のことが書かれてあります。

神社にあるアイテムは、神を繋げるものです。

基山の「荒穂神社」の石から、高良大社の神へと繋がっています。
<荒穂の神(五十猛命)が投げた石が、高良大社(安曇磯良神*住吉神)の神殿の下にある=同神を示唆)

(「二つの伝承 2 ~荒穂神社*佐賀県三養基郡~」)

この「亀石」もまた、神を繋げるものでした。

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(つづく)

 

                

*1 廣田神社について。

創建は神功皇后摂政元年(西暦201年)とある。(上記のHPより)
福岡の彼女を祀る、または彼女が祀ったなど関係ある神社では、おしなべてその時代を西暦201年としている。
西暦200年頃は、卑弥呼の時代。

「彼女が卑弥呼とされる者」であるから、統一したと思われる。
(日本書紀にも西暦200年からとある)

饒速日命も西暦200年前後の者と推測している。
*奈良湖の水を引き、「倭国騒乱」の元凶を取り除いた。(以下、記事)

また、それが海幸彦山幸彦の話、浦島太郎と豊玉姫の話になった。

 

Kujyu01

くじゅうへテン泊縦走してきました~!
天の川が見られました。
記事をUPするかもです。

くじゅう最高!




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