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2022年8月31日 (水)

祇園の神 14 ~ ① 神話と天照と卑弥呼と神功皇后*神話の流れ~

前回の続きです。

(「神話の神 ~世界の始まりの神~ (祇園の神 番外編))

祇園の神 7」では神話の中のスサノオを。
彼が祇園の神の住吉神であり、饒速日命。

祇園の神 11」「祇園の神 12」では卑弥呼の軌跡を。
彼女が高良神(住吉神)の后であり、もう一柱の祇園の神の神功皇后。
彼が饒速日命であるので彼女は御炊屋姫。

邪馬台国は「な国」であり、彼らが統治していた地です。

祇園の神 13」祇園の神、須佐之男命の八岐大蛇退治は、彼らの「異類(熊襲)」退治。

祇園神=須佐之男命=住吉神=高良神=饒速日命=天照大神
祇園神=神功皇后=住吉神(饒速日命)の后=御炊屋姫=市杵島姫命(宗像神)=豊受大神*1

 

彼女が魏志倭人伝の「卑弥呼」であり宗像神。
大和で饒速日命と出会い、共に北部九州へと移っていました。

神話では、その後が「神功皇后」としての物語。

 

彼らが同神であるからこそ、神話がほどけます。
しかし、神話と彼らの伝承をどのように対比しても難解には変わりありません。

一つのエピソードが幾つもの話に派生しているからです。

神話の登場人物(初めの方)はすべて饒速日命と后の御炊屋姫。
すべて彼らのエピソードを分解、再構築したもの。

たったこれだけのことを念頭に置いてみると、嘘のように腑に落ちます。

 

神話の要点を書き出し番号付けして、その後に彼らの伝承をアップします。
まずは神話の流れ。

☆1 イザナギ神とイザナミ神夫婦となり、国産みをする<イザナギ、イザナミの国産み>宮殿を建てる。
☆2 イザナミ神を追って、イザナギ神が黄泉の国<イザナギ黄泉へ>
☆3 黄泉との境に大岩を立てる<黄泉の大岩>

☆4 イザナギ神の禊祓い<イザナギ穢れの祓い>*下と二つの意味がある
☆5 イザナギ神の禊祓いにより神誕生<禊で神誕生>

☆6 須佐之男命と天照の誓約<天照の誓約>
☆7 須佐之男命、高天原の災厄となる<須佐之男命による高天原の災厄>

☆8 機織り娘の死
☆9 天照の岩戸籠り<岩戸籠り>
☆11 天宇受売命(アマノウズメノミコト)の踊り<猿女の君・猿田彦の后>

☆12 岩戸が開きで天照出る。世の中が明るくなる<岩戸開き>
☆13 須佐之男命、高天原追放<須佐之男命の追放>
☆14 出雲で須佐之男命が八岐大蛇を退治<須佐之男命の八岐大蛇退治>
☆15 須佐之男命と櫛稲田姫が結婚
☆16 大己貴命(須佐之男命の子)、根之堅洲国(黄泉の国)へ行き、スセリビメと出会う。
☆17 須佐之男命による大己貴命への試練<大己貴神の試練>
☆18 須佐之男命より、大己貴神が大国主神と改名

「幸魂奇魂」を持つ(大国主神である和御魂)*少彦名神が去った後、大神主神が海から授かる珠

☆19 大国主が国を譲る(武甕槌に負ける)<大国主、国を譲る>

☆20 天照の孫ニニギ命、高天原から地上の九州の高千穂へ、猿田彦の先導。宮殿を建てる(ニニギの天孫降臨>
☆21 ニニギ命、笠沙岬でコノハナサクヤ姫(父 大山祇)と出会う。

☆22 ニニギ命とコノハナサクヤ姫が三人の子を産む(火照*海幸彦、火須勢理命、火遠理命*山幸彦)

    ニニギ命と𣑥幡千千姫との子が天火明命。

☆23 山幸彦、釣り針を無くし、塩土老翁の導きで海底の宮殿へ。<山幸彦、海底宮殿へ>
           ワタツミ神の娘、豊玉姫と結婚。<山幸彦(豊玉彦)と豊玉姫が夫婦に>

☆24 山幸彦、ワタツミ神から潮の満ち引きを操る珠をもらう。<山幸彦の干珠満珠>
☆25 山幸彦と豊玉姫地上へ。サメだとばれ帰る。妹の玉依姫と結婚。
☆26 山幸彦と豊玉姫の子、*ウガヤフキアエズは玉依姫と結婚。

☆27 *二人の子の4人の一人が後の神武天皇(カムヤマトイワレビコ)


☆28 饒速日命、アマノトリフネで大和へ。<饒速日命、大和へ>
☆29 饒速日命、ナガスネヒコの妹の御炊屋姫と夫婦に。<饒速日命と御炊屋姫夫婦に>
☆30 饒速日命、十宝神宝を持つ。

☆31 神武天皇東征、大和へ(塩土老翁の先導)<神武東征>
☆32 大和でナガスネヒコによる抵抗。

☆33 饒速日命、神武東征に大和を譲る。<饒速日命、国譲る>

 

☆34 神功皇后、筑紫(北部九州)へ<神功皇后、筑紫へ>
☆35 神功皇后託宣。仲哀天皇の死(神に熊襲征伐の前に三韓征伐をしろと言われ、反感示したために死)
☆36 再び託宣*前の託宣の時に現れたのが撞賢木厳御魂向津姫、事代主、住吉三神だと知る。

☆37 先に熊襲(羽白熊鷲)を退治する。(☆35のことがあるのに!)<神功皇后の熊襲退治>
☆38 神功皇后、三韓征伐へ。船の上で住吉神と邂逅。助力を得る。<三韓征伐>
☆39 三韓征伐の折り、海の水を操り、三韓を制す<神功皇后、三韓征伐で海の潮を操る>

☆40 帰還。託宣。船に現れたのが住吉神と分かり、住吉神の神田に水を張る為に裂田溝を造る。<神功皇后、裂田溝造る>

☆41 大和へ戻り、義理の子を倒す。<神功皇后、大和に戻る>

 (以上、参考資料  すばる舎「神道図鑑」 分かりやすい!)   

 

<高良玉垂宮神秘書>

☆42 高良神(住吉神)、神功皇后と四王寺山で邂逅。<高良神と神功皇后であう>
           人の姿になり以降、物部の保連、藤大臣と名乗り助力をする。

☆43 高良神(住吉神)と神功皇后夫婦になる。<高良神(住吉神)と神功皇后、夫婦に>
☆44 海神から干珠満珠を授かる。神功皇后の妹の豊姫が授かる。<高良神(住吉神)の干珠満珠>

☆45 筑紫にて、羽白熊鷲(異類)を退治。<高良神と神功皇后、筑紫の異類退治>

*高良神が物部の神であることを示唆してる。

 

<魏志倭人伝>
☆46 邪馬台国騒乱

☆47 卑弥呼共立、騒乱鎮まる

***************************************

 

☆19大国主神、国譲る、☆33饒速日命、国譲るは、同じ神、エピソードを表してます。

「荒魂」である大国主神は、武甕槌神と国譲りを。
「和魂」である、大物主神の饒速日命は、神武天皇と国譲りを。

国譲りをした相手も同神です。

*鹿島神(武御雷神)、春日神は高良神(住吉神=饒速日命)と同神と高良の伝承。

(「神の鉾 4 ~天照の分御霊(わけみたま)~」)

 

神武天皇の后は媛蹈鞴五十姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)。

三島溝杭姫(みしまみぞくいひめ)の娘とされるが、御炊屋姫と同神。

*三島も溝杭もオリオンの三つ星を意味し、住吉神のこと。島は星と同義語。
*三島溝咋は、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の別名でもある=同神。(以外の記事、三島溝杭(咋)の説明)
(「祓いの神 8 ~楯崎神社*宗像三神と神功皇后」)(アメブロの記事)

*蹈鞴神は火の神・布留神(*2下記 追記)、五十は五十猛神を示唆、共に饒速日命。
(「二つの伝承 2 ~荒穂神社*佐賀県三養基郡~」)*五十猛命は高良神(住吉)

神武天皇も饒速日命。
☆8の機織り娘は、御炊屋姫が織姫、瀬織津姫であることを示唆(亡くなるという意味ではない)☆他の神も同神。

饒速日命=猿田彦神=天照
御炊屋姫=猿女君=天宇受売命=豊受大神

 

☆先導役になっている、☆20 猿田彦、☆23、☆30 塩土老翁も共に饒速日命。

塩土老翁は住吉神。(この辺り、関裕二氏の「古代史の謎」参照)

籠神社の「丹後一宮籠神社縁起」では天羽衣伝承があり、豊受大神と塩土老翁が夫婦。

籠神社の絵馬には、饒速日命と市杵島姫命が夫婦となっている。
伊勢の天照が、独り身では寂しいと籠神社から呼んだ神が豊受大神。
豊受大神=市杵島姫命
天照=住吉神=塩土老翁=天火明命=饒速日命

(以下、記事詳細)
(「気比神宮 ~神功皇后と応神天皇の伝承地~」)


特に☆36の神功皇后の託宣に現れた神として撞賢木厳御魂向津姫、事代主、住吉三神の名がある。
神功皇后は撞賢木厳御魂向津姫(女神、天照。厳島の神、市杵島姫命)自身。
武内宿禰は、饒速日命であるので、事代主、住吉三神(高良神)と同神。

高良の伝承ではこの場面無し。神功皇后と高良神(住吉神)が共に行動している。
(「神の鉾 番外編 ~二柱の天照大神~」)

神功皇后と住吉神は祇園の神です。
高良の伝承(高良神と神功皇后)と同じく、共に生きて行動していたのです。

彼女が魏志倭人伝の卑弥呼であり、女神の天照でした。

 

次回は、彼らの軌跡と神話を繋げます。

 

 

( つづく )

 

 

*1 祇園の神(前回までの考察より)
祇園祭の神は、住吉神、鹿島神、安曇磯良神、神功皇后。
神功皇后以外は住吉神と同神。
彼は高良神(住吉神)であり、饒速日命。

祇園の神、須佐之男命は高良神(住吉神)である饒速日命(天照)。

祇園神=須佐之男命=饒速日命=住吉神=高良神=天照

*各地の高良神社に、住吉神、天照が共に祀られているのは同神だから。

祇園祭の神、神功皇后は高良神(住吉神)の后。
高良神(住吉神)は饒速日命なので、彼女は彼の后の御炊屋姫。

御炊屋姫は豊受大神、弁財天、市杵島姫命、宗像姫である北部九州の神。

祇園神=神功皇后=住吉神(饒速日命)の后=御炊屋姫=市杵島姫命(宗像神)=豊受大神

*宇佐神宮に神功皇后と宗像三神が祀られているのも同神。
八幡神は饒速日命。(神功皇后の御子ではない)

 

*2 布留神は饒速日命。

布留神は隕鉄(隕石)で造られた剣=星神。鉄を生成するのは蹈鞴=蹈鞴神(火の神)

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

 

2022年8月25日 (木)

神話の神 ~世界の始まりの神~ (祇園の神 番外編)

前回の続きです。

(「祇園の神 13 ~祇園の神の八岐大蛇退治~」)

本編から少し脱線です。

筑紫での「須佐之男命」の前に、神話の神について。

神話は(途中まで)彼ら二柱の出来事を、状況、名を変えて、綴られた物語です。

彼らを祀る人たちが地方に散らばり、その土地の名の神として名を変える。
職業の神として。
自然の神として。

その名を余すことなく、別々の場面で登場させています。
また記紀から発生した彼らの名を、彼らとして社に祀ってもいます。

そうして祀られていったのが神社の御祭神。

 

造化三神、別天津神、神世七代
これらの神のほとんどは、記紀の成立と共に創られたと思われます。

祀られている宮は、物部神社。
饒速日命と御炊屋姫を祖神とする物部氏の社です。

 


< 物部神社 >

祭神の名が多くある神社は、それだけ彼らとの縁が深く、強く、近く。
二柱の真の姿を知り、伝えていることを表しています。

その中の筆頭が島根県にある石見国一之宮「物部神社」。

物部神社HP

彼らの御子、宇摩志麻遲命を主祭神としています。
ここに祀られる神(後の世の人以外)は、彼らです。

(宇摩志麻遲命さえもそうかもしれない)

 

本殿、末社、摂社に数多の神の名が連なります。
多すぎてここではすべてを書けないので、一部だけアップします。

*物部神社 御祭神

主祭神 宇摩志麻遲命(うましまじのみこと)
相殿神

 右座 饒速日命

    布津御霊神(ふつみたまのかみ)
 左座 天御中主大神(あまのみなかぬしのおおかみ)天照大神、造化三神、別天津神、

 神世七代(豊斟渟命(とよくむぬのみこと)、泥土煮命(ういじにのみこと)、大戸道命(おおとじのみこと)、面足尊(おもだるのみこと)*1

須佐之男命、国常立神、御食津神(みけつかみ)*2、イザナギ神、イザナミ神、ヒコホホデミミコト、アメノオシホホミミノミコト、稲倉魂命(うかのみたまのみこと)、大穴牟遅命(おおなむちのみこと)、事代主命、大国主命、大年神、他

境外摂社の漢女神社(からめじんじゃ)
    幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)他

境外末社に、熊野神社、石上布留神社 他

*************************************

後の世の人以外は、すべて饒速日命(天照)と后の御炊屋姫(豊受)の分霊神。

☆天照大神。
(「神の系譜 1 ~新嘗祭と天照大神と饒速日命と住吉神~」)(アメブロの記事 後にUPします)
(「神の系譜 3 ~天照は磯神*いそのかみ~」)(アメブロの記事)

☆須佐之男命。
(「祇園の神 7 ~神話の中の須佐之男命~」)

☆稲倉魂命、大年神、大穴牟遅命は大己貴神であり、大神神社の饒速日命。

☆御食津神(みけつかみ)は、大神神社の御炊社に祀られる御膳津神(みけつかみ)であり、豊受大神、宇迦之御霊を意味します。

饒速日命の后の御炊屋姫でした。
(「御炊屋姫を追って 9 ~御炊社*大神神社の豊受大神~」)

☆国常立神
(「神の系譜 2 ~伊勢の神は磯良神*日月の神~」)(アメブロの記事)

 

☆大国主神
(「大国主神の幸魂奇魂」)
(「神の系譜 4 ~月読神の十種神宝~」)(アメブロの記事)


☆境外末社に、熊野神社、石上布留神社などもあります。
熊野大社の神は彼ら二柱。
*1の神世七代の四柱は熊野那智大社にも祀られています。
(「祇園の神 8 ~熊野三社の神~」)

☆石上神宮の布留神は饒速日命。
(「神の系譜 3 ~天照は磯神*いそのかみ~」(アメブロの記事)

☆境外摂社の漢女神社(からめじんじゃ)には、

𣑥幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の名があります。
市杵島姫命は宗像大神、*2の御膳津神と同じ、豊受大神、宇迦之御霊、弁天様であり、御炊屋姫です。

(「御炊屋姫を追って 2 ~櫛玉比女命神社・弁財天~」)



𣑥幡千々姫命について。(wiki 𣑥幡千々姫命 )

彼女の系譜は伝承によりあいまいです。
高皇産霊神(高木神)の娘
思兼命の妹
高皇産霊神の孫

天照大神の子の天忍穂耳尊の后で天火明命とニニギノミコトを産んだともされます。

このあいまいさは、彼らが同神であるからです。
神話の続柄はすべてあてにはなりません。

天照が住吉神であり饒速日命(高良神、鹿島神、春日神、武御雷神、志賀神、他と同神)。
豊受大神が御膳津神であり宇迦之御霊、弁財天である御炊屋姫であり、市杵島姫命である宗像大神。

それだけでも神話の続柄通りではないことが分かります。

 

*大国主神の和魂が大物主神であったりと、同神を示唆してもいます。
*豊受大神は伊勢の外宮に祀られながら日本書紀には名がありません。
*豊受大神が宇迦之御霊(同じ御膳津神)ならば、稲荷神であり、須佐之男命の御子です。
しかし、古事記では豊受大神はイザナミ神から生まれた和久産巣日神(わくむすびのかみ)の子とされています。

日本神話の神々にはこのような矛盾が数多あります。
すべての神が、彼ら二柱に集約されるからです。

*記紀の中の「○○と言われている」はその通りのことが多いです。
(日本書紀の「神功皇后は中国の文献では卑弥呼とされている」は、同神であることを示唆している。)

 

世界の始まりの神。
これらはそのほとんどが創作であり、その中に「天御中主神」など彼らの別名(分霊)を入れ込んでいます。
しかし、創作であった神も人の祈りにより神になります。

<神は人の祈りが無ければ神にあらず>

前に聞こえたのですが、人の祈りは神の力となるほど大きいのです。

 

 

須佐之男命は祇園の神でありました。
祇園祭の神は、住吉神と神功皇后であり、彼が須佐之男命でもあります。
彼らは実在していた饒速日命と御炊屋姫。

言い換えれば、「須佐之男命」は実在していたのです。
イザナギ神とイザナミ神以降は、彼らの物語を基にしています。

それを余すことなく、各地の彼らの分霊神も取り込んで鮮やかな物語に織り上げた日本神話。

 

基となった真実の物語を知ると、複雑で見事なその手腕に目を見張ることでしょう。
彼らの生きた証をしっかりと伝えている日本神話。

須佐之男命・・・母のイザナミ神を失った彼は、高天原で災厄となります。

Kujyu

(くじゅう 坊がつる 天の川*テン泊縦走した!)


物部神社の御祭神、宇摩志麻遲命には天の川の意味があります。
<銀河(天の川)をうましのみちと呼んだ>と真鍋大覚氏の「儺の国の星」。
星の神であり、饒速日命の布留神*と同じ意味です。
*(布留は隕鉄=隕石でできた剣=星神。布留御霊は宇宙の色)
*真鍋氏は物部の末裔(先祖が鹿島神宮の神官=鹿島の神も饒速日命)

御子なのか同神なのか。

神となれば混ざりあって、どっちでもあるのかもしれませんね。  

 

 

( つづく )

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年8月21日 (日)

祇園の神 13 ~祇園の神の八岐大蛇退治~

前回の続きです。

彼ら「祇園の神」は祓いの神でもありました。

 

< 筑紫の鬼退治 >



世が未開で混沌として草木が話していた時代のこと。
北海の浜に「夷の類」という狂暴な鬼が攻めてきて、人民を殺略した。
その時、大己貴神と宗像神は稜威(いつ・畏れを感じるほどの力)を振るって、楯を立て、鼓を鳴らして、夷賊を防御して、遂には退治した。

 

これは福岡県福津の渡半島にある楯崎神社の伝承です。
大己貴神と宗像姫が「夷の類」と戦い、その後の時代に神功皇后が三韓征伐の戦勝を祈っています。

(「 楯崎神社~伝承の真実 その5~ 大己貴神と宗像姫の項」)
(「楯崎神社~伝承の真実 その6~ 宗像姫 考察」)
(「楯崎神社~伝承の真実 その7~ 神功皇后の項 考察~」)

 

すぐ側の波折神社では、神功皇后が凱旋した時、住吉神と志賀神と瀬織津姫が鼓島で邂逅しています。

*住吉神と志賀神と神功皇后は祇園祭の神。
*住吉神と志賀神は同神。
*住吉神は高良神であり、饒速日命、天照大神。
*大己貴神は大物主神(大国主)であり饒速日命。
*宗像神は市杵島姫命、弁財天、御炊屋姫、豊受大神、瀬織津姫。
*住吉神と瀬織津姫は祓いの神。
*住吉神(高良神)と神功皇后は夫婦であり、イルヰ(異類)退治をしていた。

条件を全部合わせると、彼らは同神であることが分かります。
祇園祭の神である住吉神と神功皇后が、大己貴神と宗像神、饒速日命と御炊屋姫。

(「 波折神社*瀬織津姫と住吉神」)

 

筑紫にはこのような彼らの「鬼退治」の伝承が数多あります。
鬼、イルヰ、異類、羽白熊鷲。

様々な呼ばれ方をしますが、それは人ではありません。
火で防ぐ、神が助力するなど祭りが物語ります。

苛烈を極める戦いの状況が今でも語り継がれています。

それを忘れないように。
祭りや伝承が継がれていくのはそのような想いがあるのです。

彼らが「祓いの神」とされるのは、そんな異類を退治をひたすらしていた故です。

祇園さんは須佐之男命でもありました。


< 神話の須佐之男命 >

神話では、祇園の神である須佐之男命は八岐大蛇を退治しています。
出雲神話と言われますが、出雲大社の大国主神も饒速日命です。

大国主神=大物主神=大神神社の神=大己貴神=饒速日命

では、須佐之男命が退治したという「八岐大蛇」は何?

その出雲神話は存在しないという説があります。
ネットで調べていたら、研究者の方に伺った記事がありました。

深く納得できます。

☆出雲神話は存在しない?!「古事記」もう一つの読み解き方*中川商店の読み物

彼が饒速日命ならば、後の時代に出雲に彼らを祀るようになった後、その地が舞台とされたのではないか。
出雲には、筑紫にあるような苛烈な闘いの記録はありません。

祇園の神が住吉神と神功皇后(饒速日命と御炊屋姫)であるならば、須佐之男命の八岐大蛇退治は彼らの異類退治を示唆しているのです。

そのほとんどが筑紫に於いて。
筑紫は異類との攻防戦の地でした。

 

 

( つづく )

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年8月17日 (水)

祇園の神 12 ~後編 卑弥呼は神功皇后 ~

前回の続き。

(「祇園の神 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~」)

 高良山の麓にある「祇園山古墳」

*墓の築造が(早くて)三世紀。
*魏志倭人伝の卑弥呼の墓の状況(殉葬者など)と極めて近い。
*高良神(住吉神)の后は神功皇后。
*二柱とも「祇園の神」。
*彼は饒速日命、彼女は御炊屋姫であり、宗像姫。
*被葬者は彼女の可能性が高い。
*墓に眠るのが彼女なら、魏志倭人伝の「卑弥呼」と同時期に筑紫に存在したことになる。
*神功皇后(御炊屋姫)は筑紫の伝承の甕依姫(かめよりひめ)。

 

本来の名がひみかではないか。
後の世に、その名から”みか”を含む名が出来た。

『御炊屋姫(みかしきやひめ・みかしやひめ)、甕依姫の名も後の人が付けた名』

当時の名が半島に伝わり、それがそのまま記録として残っていると断言できます。

彼女こそ卑弥呼。
三世紀ならば、被葬者が活躍していたのはAD200年頃です。

「彼ら」が生きたのも、その時代。

 

ここまでで考えられる彼らの出来事を、時系列にまとめてみました。

 

☆< 大和 >

☆御炊屋姫、奈良の登美地方で生まれる。
彼女は登美夜毘売(とみやびめ)でもあり、登美族の者。
(登美は奈良の北西部か。下記の左上。緑の線の内側)

Narako04_20220817034401

図1  地図はYAMAP

2の場所が矢田丘陵
(「饒速日命を求めて ⑥ ~矢田坐久志玉比古神社~」)

3が神功皇后の御陵さん。ここも登美*1
その頃の奈良盆地には巨大な奈良湖があった。

Narako01
図2(古代奈良湖)

出典は「古代で遊ぼ」

 http://www.ne.jp/asahi/woodsorrel/kodai/edo/index.html

(サイトご覧下さい!当時の様子が見事に再現!)

 

☆同時期、あちこちで異類出没。 *2
(「古代奈良の夢 ~前世 ④~」)←自分が見た前世の記憶から。ここは参考程度に。 

魏志倭人伝にある倭国騒乱。(AD200年より少し前)
 奈良湖の水が増え、作物が採れなくなったため。

(もしかすると、「倭国騒乱」は異類が出没していたことか)*2

☆饒速日命、北部九州から大和へと移動。
御炊屋姫と出会い、夫婦となる。*3

☆饒速日命達が奈良湖の水を引く。
(「饒速日命を求めて ⑨ ~天ノ鳥船の時代 後編~」)

上記サイト(古代で遊ぼ)に描かれてあったことから繋がります。

山体崩壊した亀瀬岩(奈良盆地の西)の辺りを開削し、奈良湖の水を引く。
図2の左端の真ん中(大和側川床開削)とある場所。

Narako02

図3(画像は「古代で遊ぼ」)
図2の「大和川川底開削のあたりのアップ」

周辺にある奈良の神社から、奈良湖の水を引いたのが大物主神と分かる。
大物主神=大神神社の神=饒速日命

(「古代奈良湖と裂田溝 ② ~三輪のヘビは竜~」)

このことが「海の満ち引きを操る珠(月神の所以)」である干珠満珠の伝承になる。
(以下の神、該当神社に祀られているのは全て同神。上記の記事に詳細)

*大物主神(饒速日命・十種神宝)、天照大神、豊受大神、山幸彦。豊玉彦豊玉姫、他。
*浦島太郎の伝承にもなる。

☆湿地帯となった所で、稲を栽培できるようになる(騒乱鎮まる)
*国を造ったという大国主の神の名の所以。

 

彼らは神話に出るほぼすべての神です。
*饒速日命は天照大神、住吉神、大物主神、大国主神、他。
*御炊屋姫は豊受大神、弁財天、市杵島姫命、宗像大神、他。

彼女は宗像神(北部九州の神)でもあり、彼は住吉神。
住吉神の后は神功皇后であり、神話では北部九州で出会っている。

宗像神でもある御炊屋姫が神功皇后です。

その実、彼らは大和で出会って、共に北部九州へと移っていたのです。

 

ここからは、住吉神と神功皇后の物語。

*****************************************

 

< 大和からの移動 >

☆異類退治の為、いくつかの地域へ移動
(「気比神宮 ~神功皇后と応神天皇の伝承地~」)

☆北部九州へ移動し、異類を退治。
「祓いの神」の所以。(住吉神と瀬織津姫)

(「二つの伝承 8 ~五十猛命と甕依姫~」)
(「波折神社」)」他

’次回、この間の事を少し詳しく。

異類退治の伝承の中に、甕依姫の名があり。
これが、卑弥呼(ヒミカ)に繋がる。


☆高良大社や儺の国(那珂川)で国を治める。
☆神功皇后が亡くなり、高良山の麓の「祇園山古墳」へ埋葬。

(「祇園の神 10 ~卑弥呼の墓*祇園山古墳」)

☆饒速日命(住吉神)後に大和へ?
三輪山の神とされる。

以上、ここまで分かる時系列です。

 

*******************************************

彼らに関する場所から邪馬台国へ。

魏志倭人伝の奴国。
儺国(鬼を祓って、いない国)=神の国=やまと(邪馬台国)

 な国もやまと国も同じ意味で、同じ国。

 

彼らの治めた「儺国」が神話の元になっている。
このことから「魏志倭人伝の奴国」の統治者が彼らであり、「卑弥呼」がその一人である神功皇后(御炊屋姫)であることが分かる。

(神話の元になるくらいだから、彼らの国以外に大きな国はない)

 

儺国は那珂川。
*物部の子孫が残した「儺の国の星」の本には、那珂川に古来から伝えられてきた星の名や伝承があり、神話、習慣、祭り、言葉の由緒を解くことができる。

つまりがこの国が大元。

☆那珂川には住吉の元宮、現人神社がある。
(「 現人神社」)

(住吉は饒速日命)

彼らは祓いの神。
住吉神が生まれた場所(治めた場所?)としてここがモデルとなり、神話が作られた。

 

「神話の地」

岩戸、伊邪那岐の禊祓い、天孫の降臨の地である底津岩根。
(「神話の郷 ~高天原と神話の地~」)

神話の「真の道」「天の岩戸」「クシフル岳(櫛布留岳)」。
(「結びの山 10 ~脊振山~」)
(「結びの山 14 ~天孫降臨 前編~」)

 

*笠沙の岬のカサは、貝が口を開けたような湾、サは葦(湿地帯に生える草の総称)の古語。
葦津ヶ浦と呼ばれた筥崎宮の地のこと。

上の記事の14にある「真の道」の先にある。
神話に登場する名は、古語や当時の状況を知らないと解けないものがある。
(そのままの名で今に伝わっていないものがある)

 

神話の「黄泉の大岩」。
(「結びの山 終章 14 ~黄泉の大岩・くなどの神」)アメブロの記事

(他にもあるけど、この回はここまでに)

祓いの神の伝承に甕依姫があり、神功皇后と同神と分かる。
次回、祓いの神に関わる場所から彼女へ。

*前回も書きましたが、「奴国」の後の表記はでたらめです。
「な国」と「やまと国」(同じ神の国の意味)が別にあるように伝えています。

政治的に重要な地であったからです。

 

「儺国」は神話の元ともなる地でした。
饒速日命である住吉神の元宮「現人神社」もあります。

それはその当時、彼らがその国を治めていたことを示しています。

祇園山古墳の被葬者は「祇園の神」である神功皇后、彼女が「卑弥呼(ひみか)」です。

 

 

( つづく )

 

 

*1 神功皇后陵。

奈良には平城駅の側に神功皇后陵がある。
現在、五社神古墳。

側に住んでいたので、ここが神功皇后陵ではないとも言えない。
ここも登美の地にある。

 

 

*2 倭国騒乱(魏志倭人伝の倭国騒乱)
もしかしたら、騒乱は異類”人ではないもの”によることかも
自分には、人同士の戦いの記憶がない。

 

*3饒速日命、大和へ
*饒速日が異類を退治する→騒乱が鎮まる、か?

実際、北部九州には住吉神(饒速日命)と神功皇后(御炊屋姫)の異類退治の伝承がある。
彼らが”人でないもの”と対峙していたのは確か。

だとすれば、魏志倭人伝の「倭国騒乱」はそれにあたるのかも。
彼らが退治したから「騒乱」がおさまったと考えられる。

 

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください

2022年8月14日 (日)

立山三山周回 2 ~立山三山~別山~雷鳥沢

立山三山周回、二日目。

一ノ越山荘を7時にスタートして、再び雄山(おやま)へ。

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室堂が見えます。
モヤの中から上宮が現れました。

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人がこんなに小さい。

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皆でおお~っと感嘆の声をあげました。
神々しいとはまさにこのこと。

神秘的でした。

神様に会いに。
そんな雰囲気がありました。

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上宮。

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ここからの景色も最高!

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雪渓。

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立山三山の一つ、大汝山へ。

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雄山から25分ほどで大汝山(おおなんじやま)。
ここまで狭い岩場だったので、荷物はすぐ下にデポしました。

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荷物のとこまで戻ると、ゼッケンをつけた人が走ってきます。
なんと!
TJAR(トランスジャパンアルプスレース)!


富山県の早月川河口を出発して山々を繋ぎ、静岡の大浜海岸まで縦断する鉄人レースです。
総距離415キロ!
累積標高差27000m!
それを8日以内に駆け抜けます。

この方、望月さん!
周りにいた皆で応援、拍手!

望月さんは4位でゴールなさって、記録は5日間18時間37分。
凄すぎです!

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ハイテンションなまま立山三山の一つ、冨士ノ折立。

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大荷物を抱えた方が。
この方は前にレースに出てらした方野さん。
2回連続(だったか、2回出るとだったか)で出られないらしく、NHKの臨時スタッフとして撮影機材他を運んでるそう。
なんと40キロ。
凄すぎです。
足元見えないじゃないですか~!

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ツェルトや食料などすべて背負ってます。

山小屋での購入禁止、商店、コンビニなどではOKとのこと。
メットは劔に登られてきたからですね。
早月川河口~早月尾根~劔岳~別山~
と来られたようです。

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真砂岳山頂。
別山へ向かいます。
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この稜線にときめきますね~!

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雷鳥沢方面。
遠く地獄谷が見えます。

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別山(べっさん)山頂。
真砂岳から1時間ほど。
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別山は剱岳の遥拝所でもあります。

あこがれ剱岳!
ここまで見せてくれました。
剱人になりた~い!
ここから別山北峰へ。
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別山から往復30分ほどで、別山北峰。
この後、剱御前小屋へ下りていきます。

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剱御前小屋。
ここから雷鳥沢へ。
雷鳥沢からここまでのルートは、剱へ行く人達が使うルートでもあります。
剱沢のテン場にテン泊も。
いいなあ。

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雷鳥沢に下りてきました。

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雷鳥沢のテン場。 

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宿から見た上宮。

夕日に染まってます。
あんなとこによく建てましたね。
人間って凄いわあ。
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次の日、室堂へ向かいました。

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みくりが池と立山の山々。
次にここへ来るときは、剱への単独行ですね!
剱沢にテン泊して行きたいな~。

ありがとう~!立山!
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今回の記録。
ゆっくり目に歩きました。

2022年8月12日 (金)

立山三山周回 1 ~雄山上宮参拝~

アメブロで知り合った愛知の行者さんと、立山に一緒に行くことになりました。

行程は、

一日目、室堂~一ノ越~雄山~一ノ越山荘泊
二日目、一ノ越~立山三山(雄山、大汝山、冨士の折立)~別山~剱御前小屋~雷鳥沢~雷鳥沢ヒュッテ泊
三日目、室堂へ

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室堂のチングルマ。

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玉殿へ。

立山を開山した佐伯少年が、ここへ熊を追い込んだところ、阿弥陀如来と姿を変え、
「白鷹も熊も、すべてはお前に私の思いを託すため。この尊い山に多くの人が信仰をささげられるよう、お前は僧になってこの山を開きなさい」
と告げたそうです。

立山黒部アルペンルートの「立山の昔話」より
https://www.alpen-route.com/enjoy_navi/legend/legend_vol1.html

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一ノ越へ。

鞍部になる一ノ越までは、石畳の道が続きます。

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道中にある祓堂。

昔、立山に登る人はここで御祓いしました。

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一ノ越到着。

室堂からここまで1時間くらい。

一緒に行ったMさん。

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一ノ越山荘。

今日宿泊するので、荷物はデポさせてもらって、雄山に向かいます。
当初、一日目は浄土山を巡って一ノ越へ出る予定でしたが、次の日の予報があまりよくなかったので、天気がいいうちに上宮を参拝しようということになりました。

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ガレ場だらけ。

登りは赤いペイントの通り、下りは黄色いペイントの通りに。
しっかり印があるので迷うことはないです。

なんとー。
小学校へ入る前の子達も親と登ってます。

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一ノ越から1時間くらいで頂上へ。

左にあるのは社務所。
念願のTシャツとお守りも購入!

他にコーヒーなどもあります。

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上宮!
雲の上ですね。

鳥居をくぐったところで、700円お収めすると上宮前でお祓いしてくださいます。

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上宮。

御祭神、伊邪那岐神、天手力雄神。

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本来の頂上はこの岩だとか。

社を建てるため、周りのに石を敷きつめたそう。

山頂標識は右端(切れてる)

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貰いもの写真。

前日まで雨予報だったのが嘘みたいです。
全体的に薄曇りでしたが、山頂だけぽっかりと晴れてて奇跡みたいでした。

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一等三角点「雄山」。

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ワイドで撮ってくれました。

雲海~!

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なんとここで彩雲。

嬉しかったですね。
立山の神様ありがと~!

ここで一ノ越へ下ります。

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明日は、この先へ。

 

立山とは、三つの山の総称です。

頑張った人だけがたどり着ける上宮。
歩ける足があるならば、そこへ行きたい。

そこにあるもの、感じるものは全て神からの贈り物。

 

( つづく )

2022年8月 1日 (月)

祇園の神 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~

前回の続きです。

(「祇園山古墳 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~」)

 

高良山の麓、祇園山古墳は卑弥呼の墓の候補地にされています。
ここに眠る彼女は卑弥呼?

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(祇園山古墳*石棺)

ここは高良神の御許。
彼には后がおられました。
ならば、その者がここに眠る者です。

夫婦であるならば、側で眠らせたい。
眠りたい。
そう思うもの。

一番自然で、確かな理由です。(*1 下記補足)

 

その高良神は住吉神。
后は神功皇后です。(高良玉垂宮神秘書)
北部九州へと移っている彼女。
神話ではそこで住吉神と出会います。

高良の神は饒速日命でもあります。
彼の后は御炊屋姫です。

彼女は弁天様であり、市杵島姫命。
宗像神であり、北部九州の神です。
彼らは大和で出会い、共に北部九州へと移っているのです。

その後の物語が、「神功皇后」の伝承。
彼が住吉神なのですから。

 

ならば、ここに眠るのは彼女?
彼女は卑弥呼?

 

*以下、以前の記事と重なりますが、検証していきます。

☆1 古墳の名「祇園山」の名に関連がある。
☆2 高良神の夫婦神が被葬者。
☆3 卑弥呼との関連は?
☆4 墓に眠るのは古墳ができた3世紀頃の人物。

彼らの時代は?(これは次回)

 

< 祇園山の被葬者 >☆1と☆2

高良大社の御祭神、高良玉垂神は住吉神です。
高良の伝承、神職さんからも直接お聞きしました。

伝承では高良神(住吉)には夫婦神がおられます。
それが神功皇后。

大阪住吉大社の伝承でも、二人は夫婦です。


彼、高良神(住吉神)は饒速日命でもあります。
高良は物部の祖神を祀る宮であるからです。

彼だからこそ、祇園の神である須佐之男命に繋がります。

高良神=饒速日命=須佐之男命=祇園の神
(「祇園の神 7 ~神話の中の須佐之男命~」)(*2 下記補足)

 

饒速日命には后がいました。
御炊屋姫です。

高良神が饒速日命ならば、神功皇后が御炊屋姫ということになります。

御炊屋姫=神功皇后

 (「祇園の神 2 ~前編 祇園の神は住吉神(磯良神)~」)

では、祇園山に眠るのは、神功皇后。


< 高良神と神功皇后と卑弥呼 >☆2☆3

彼女の名の一つ、豊姫から「祓いの神」であった彼らの姿が浮かび上がります。

その伝承の中に「卑弥呼」に繋がるものがありました。

彼を祀る高良大社の本殿には豊比咩・とよひめ(豊玉姫)が共に祀られています。
同じ本殿に祀られている者が夫婦神です。(*3 下記補足)

高良神の后は神功皇后でした。

 

神功皇后=豊姫(高良大社の本殿)

神の鉾 5 ~月神の二つの珠と十種神宝~」)

 

*饒速日命の后、御炊屋姫は豊受大神です。
神功皇后=豊姫=御炊屋姫=豊受大神にも繋がる。

高良神が饒速日命(天照)であることの理由にもなります。

(「御炊屋姫を追って ⑫ ~天照大神と豊受大神~」)

 

豊姫は豊日別であり、神功皇后を示します。
(今の区分)豊国である、豊前豊後の一之宮の御祭神が神功皇后。
白日別(筑紫の国魂)は高良大社の神である饒速日命。

 

ここから「筑紫島四つの面」の一つ「建日別」は彼らが対峙していた「イルヰ(異類)」である白羽熊鷲だと分かりました。

(「筑紫島四つの面」 3 ~建日別・熊襲の正体~」)

彼らは異類を退治していたのです。
「祓いの神」とされた理由です。

 

<祓いの神>☆3

彼らは主に北部九州で「イルヰ(異類)」を退治しています。
上の記事の羽白熊鷲もその一つです。

これらの伝承の神は名を変えていますが、全て彼らです。

状況、場所が同じでした。

 

☆渡半島

*楯崎神社

大己貴神と宗像神が異類を退治。
その後神功皇后が三韓征伐の折りに、戦勝を祈願。

*波折神社
住吉神と志賀大神、瀬織津姫、神功皇后が三韓征伐の凱旋の折りに邂逅

 

この二つの神社の伝承は同じものであり、彼らは同神。

大己貴神=住吉神=志賀大神
*宗像神=瀬織津姫=神功皇后

(「波折神社)

(「祓いの神 9 ~波折神社*瀬織津姫と住吉神」)アメブロ

*近くの社でありながら、異なる神、状況。
彼らは意図的に変えられているのです。


☆ 荒穂神社と筑紫神社の伝承(筑後国風土記)と大根地山の神功皇后。

*筑後国風土記
筑紫神(白日別・高良神)と甕依姫がそれぞれ「命尽くし神」を退治。(*4 下記補足)
場所はシタクラツクシ坂。

*大根地山(冷水峠)
神功皇后がイルヰ(異類)を退治。

 

それら伝承の場所(シタクラツクシ坂と冷水峠)は同じであり、同じ伝承。

彼らは同じ神。
(「二つの伝承 7 ~冷水峠~」)
(「二つの伝承 8 ~五十猛神と甕依姫~」)

*荒穂神社の五十猛命と高良神は同神。

(「二つの伝承 2 ~荒穂神社*佐賀県三養基郡~」)

 

渡半島と筑後国風土記(筑紫神社と荒穂神社)、大根地山の冷水峠。
これらは彼らの「異類退治」の物語でした。

そこに関わる神はすべて同神です。

 

ここに甕依姫の名がありました。
彼女も神功皇后です。

*神功皇后=甕依姫

(高良神=筑紫神=五十猛命)

 

 

< 繋がる神 >☆3

以上の事から、彼らは神話や祝詞にある「祓いの神」だと分かりました。
住吉神と瀬織津姫です。

彼らが祓いの神であるのは、「イルヰ・異類退治」退治していたから。

 

住吉神は高良神でした。
瀬織津姫が神功皇后です。

(「神の系譜 5 ~祓いの神・住吉神~」)

筑後国風土記に甕依姫(みかよりひめ)の名があります。
高良神、神功皇后の伝承と重なるので、彼女が神功皇后です。

 

彼が饒速日命であるからこそ、繋がる名があります。
彼は別名、櫛甕玉饒速日命(櫛甕玉彦)。

彼女は対となる名の櫛甕玉姫(くしみかたまひめ)です。
「依」は玉依。

神の魂の依り代(巫女)の意味があり、甕依姫の名はそれを示唆しています。

 

また「甕」は神への供物を入れる器=巫女
日の神に仕える巫女の意味で、日甕(ひみか)。

 

*おそらく、考え方としては逆。
彼女が「ひみか」であったので、”後の世で”みかの名が彼女を表すものになったのです。

 

甕依姫(みかよりひめ)、御炊屋姫(みかしやひめ)
これらは、彼女の名を元にしたもの。

本来の名は、「ひみか」です。

卑弥呼とは、ひみか。
魏志倭人伝の卑弥呼は彼女の事です。

 

*魏志倭人伝の「夫はいない」「場所」それらは変えられて伝えられてます。
神功皇后には神話では夫はありません(仲哀天皇と死別の後)

しかし、彼女の夫は住吉神。
彼が饒速日命ならば、大和から夫婦です。

仲哀天皇の話自体、創作です。
彼女の身重の期間がでたらめなのはその為。

そこには住吉神や武内宿禰が夫であるかなような表記もあります。

 

*「奴国」の後の表記が曖昧です。
奴国が政治的に重要な地であったため、ごまかしているのです。

奴国は、儺国。
儺・なは、完全な、鬼がいない=神の国を表します。

祓いの神であった彼らの国です。

 

な・ら(奈良)は、彼らのもう一つの国を表します。
彼らはその両方におられた神であるからです。

な国もならも「神の国」やまとを意味します。

 

高良神は饒速日命。
彼の后は御炊屋姫。
彼女は豊受大神、弁財天であり、市杵島姫命(宗像姫)。

宗像神は北部九州の神。

(「御炊屋姫を追って 11 ~廣瀬と弁財天と女神の天照~」)

卑弥呼はひみか。
御炊屋姫・みかしやひめの名にありました。

 

では、

*祇園の神
*高良神の后
*甕依姫(祓いの神の由来の伝承の名の一つ)

これらと繋がる神功皇后、饒速日命の后の御炊屋姫が卑弥呼であると言えます。

彼女が「卑弥呼」であり、祇園の墓の築造が三世紀とされるなら、彼らもその時代。

 

次回、多分、時代の流れ。

 

 

( つづく )

 

 

*1 について

おそらく、后が先に無くなっている。
高良大社の奥宮は「武内宿禰(高良神)の廟」とされるが、古墳などはない。
彼はこちら(福岡)に埋葬されてないのかもしれない。(ならば、大和の三輪山か)

彼が先ならば、后もそちらに眠るはず。
高良の伝承には、神功皇后が亡くなった後、高良の神達は高良山を降りたとあります。

行方は不明。
この真偽は分かりません。

 

*2 須佐之男命  

当初、「祇園の神 7」の記事までは、彼の父としての須佐之男命も表してるのじゃないか?と思っていました。
しかし神話は、彼ら二柱のみを繰り返し登場させていたものでした。

須佐之男命=100%饒速日命です。

 

*3 高良神と豊姫

高良玉垂宮神秘書には彼らについてこうあります。

*表筒男神=玄孫大臣物部の大連(豊姫と夫婦)
*中筒男神=神武天皇
*底筒男神=高良大菩薩、物部保連、藤大臣(神功皇后と夫婦)

この三柱は同神であるから、神功皇后と豊姫も同神。

 (「神の鉾 5 ~月神の二つの珠と十種神宝」)

 

*4 筑紫神と命尽くし神

退治した者(筑紫神、筑紫の国魂(高良神)、住吉神、白日別、饒速日命)が、退治された者(命尽くし神、白羽熊襲、イルヰ、異類)の名になる。

封印でもある。

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

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