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« 立山三山周回 2 ~立山三山~別山~雷鳥沢 | トップページ | 祇園の神 13 ~祇園の神の八岐大蛇退治~ »

2022年8月17日 (水)

祇園の神 12 ~後編 卑弥呼は神功皇后 ~

前回の続き。

(「祇園の神 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~」)

 高良山の麓にある「祇園山古墳」

*墓の築造が(早くて)三世紀。
*魏志倭人伝の卑弥呼の墓の状況(殉葬者など)と極めて近い。
*高良神(住吉神)の后は神功皇后。
*二柱とも「祇園の神」。
*彼は饒速日命、彼女は御炊屋姫であり、宗像姫。
*被葬者は彼女の可能性が高い。
*墓に眠るのが彼女なら、魏志倭人伝の「卑弥呼」と同時期に筑紫に存在したことになる。
*神功皇后(御炊屋姫)は筑紫の伝承の甕依姫(かめよりひめ)。

 

本来の名がひみかではないか。
後の世に、その名から”みか”を含む名が出来た。

『御炊屋姫(みかしきやひめ・みかしやひめ)、甕依姫の名も後の人が付けた名』

当時の名が半島に伝わり、それがそのまま記録として残っていると断言できます。

彼女こそ卑弥呼。
三世紀ならば、被葬者が活躍していたのはAD200年頃です。

「彼ら」が生きたのも、その時代。

 

ここまでで考えられる彼らの出来事を、時系列にまとめてみました。

 

☆< 大和 >

☆御炊屋姫、奈良の登美地方で生まれる。
彼女は登美夜毘売(とみやびめ)でもあり、登美族の者。
(登美は奈良の北西部か。下記の左上。緑の線の内側)

Narako04_20220817034401

図1  地図はYAMAP

2の場所が矢田丘陵
(「饒速日命を求めて ⑥ ~矢田坐久志玉比古神社~」)

3が神功皇后の御陵さん。ここも登美*1
その頃の奈良盆地には巨大な奈良湖があった。

Narako01
図2(古代奈良湖)

出典は「古代で遊ぼ」

 http://www.ne.jp/asahi/woodsorrel/kodai/edo/index.html

(サイトご覧下さい!当時の様子が見事に再現!)

 

☆同時期、あちこちで異類出没。 *2
(「古代奈良の夢 ~前世 ④~」)←自分が見た前世の記憶から。ここは参考程度に。 

魏志倭人伝にある倭国騒乱。(AD200年より少し前)
 奈良湖の水が増え、作物が採れなくなったため。

(もしかすると、「倭国騒乱」は異類が出没していたことか)*2

☆饒速日命、北部九州から大和へと移動。
御炊屋姫と出会い、夫婦となる。*3

☆饒速日命達が奈良湖の水を引く。
(「饒速日命を求めて ⑨ ~天ノ鳥船の時代 後編~」)

上記サイト(古代で遊ぼ)に描かれてあったことから繋がります。

山体崩壊した亀瀬岩(奈良盆地の西)の辺りを開削し、奈良湖の水を引く。
図2の左端の真ん中(大和側川床開削)とある場所。

Narako02

図3(画像は「古代で遊ぼ」)
図2の「大和川川底開削のあたりのアップ」

周辺にある奈良の神社から、奈良湖の水を引いたのが大物主神と分かる。
大物主神=大神神社の神=饒速日命

(「古代奈良湖と裂田溝 ② ~三輪のヘビは竜~」)

このことが「海の満ち引きを操る珠(月神の所以)」である干珠満珠の伝承になる。
(以下の神、該当神社に祀られているのは全て同神。上記の記事に詳細)

*大物主神(饒速日命・十種神宝)、天照大神、豊受大神、山幸彦。豊玉彦豊玉姫、他。
*浦島太郎の伝承にもなる。

☆湿地帯となった所で、稲を栽培できるようになる(騒乱鎮まる)
*国を造ったという大国主の神の名の所以。

 

彼らは神話に出るほぼすべての神です。
*饒速日命は天照大神、住吉神、大物主神、大国主神、他。
*御炊屋姫は豊受大神、弁財天、市杵島姫命、宗像大神、他。

彼女は宗像神(北部九州の神)でもあり、彼は住吉神。
住吉神の后は神功皇后であり、神話では北部九州で出会っている。

宗像神でもある御炊屋姫が神功皇后です。

その実、彼らは大和で出会って、共に北部九州へと移っていたのです。

 

ここからは、住吉神と神功皇后の物語。

*****************************************

 

< 大和からの移動 >

☆異類退治の為、いくつかの地域へ移動
(「気比神宮 ~神功皇后と応神天皇の伝承地~」)

☆北部九州へ移動し、異類を退治。
「祓いの神」の所以。(住吉神と瀬織津姫)

(「二つの伝承 8 ~五十猛命と甕依姫~」)
(「波折神社」)」他

’次回、この間の事を少し詳しく。

異類退治の伝承の中に、甕依姫の名があり。
これが、卑弥呼(ヒミカ)に繋がる。


☆高良大社や儺の国(那珂川)で国を治める。
☆神功皇后が亡くなり、高良山の麓の「祇園山古墳」へ埋葬。

(「祇園の神 10 ~卑弥呼の墓*祇園山古墳」)

☆饒速日命(住吉神)後に大和へ?
三輪山の神とされる。

以上、ここまで分かる時系列です。

 

*******************************************

彼らに関する場所から邪馬台国へ。

魏志倭人伝の奴国。
儺国(鬼を祓って、いない国)=神の国=やまと(邪馬台国)

 な国もやまと国も同じ意味で、同じ国。

 

彼らの治めた「儺国」が神話の元になっている。
このことから「魏志倭人伝の奴国」の統治者が彼らであり、「卑弥呼」がその一人である神功皇后(御炊屋姫)であることが分かる。

(神話の元になるくらいだから、彼らの国以外に大きな国はない)

 

儺国は那珂川。
*物部の子孫が残した「儺の国の星」の本には、那珂川に古来から伝えられてきた星の名や伝承があり、神話、習慣、祭り、言葉の由緒を解くことができる。

つまりがこの国が大元。

☆那珂川には住吉の元宮、現人神社がある。
(「 現人神社」)

(住吉は饒速日命)

彼らは祓いの神。
住吉神が生まれた場所(治めた場所?)としてここがモデルとなり、神話が作られた。

 

「神話の地」

岩戸、伊邪那岐の禊祓い、天孫の降臨の地である底津岩根。
(「神話の郷 ~高天原と神話の地~」)

神話の「真の道」「天の岩戸」「クシフル岳(櫛布留岳)」。
(「結びの山 10 ~脊振山~」)
(「結びの山 14 ~天孫降臨 前編~」)

 

*笠沙の岬のカサは、貝が口を開けたような湾、サは葦(湿地帯に生える草の総称)の古語。
葦津ヶ浦と呼ばれた筥崎宮の地のこと。

上の記事の14にある「真の道」の先にある。
神話に登場する名は、古語や当時の状況を知らないと解けないものがある。
(そのままの名で今に伝わっていないものがある)

 

神話の「黄泉の大岩」。
(「結びの山 終章 14 ~黄泉の大岩・くなどの神」)アメブロの記事

(他にもあるけど、この回はここまでに)

祓いの神の伝承に甕依姫があり、神功皇后と同神と分かる。
次回、祓いの神に関わる場所から彼女へ。

*前回も書きましたが、「奴国」の後の表記はでたらめです。
「な国」と「やまと国」(同じ神の国の意味)が別にあるように伝えています。

政治的に重要な地であったからです。

 

「儺国」は神話の元ともなる地でした。
饒速日命である住吉神の元宮「現人神社」もあります。

それはその当時、彼らがその国を治めていたことを示しています。

祇園山古墳の被葬者は「祇園の神」である神功皇后、彼女が「卑弥呼(ひみか)」です。

 

 

( つづく )

 

 

*1 神功皇后陵。

奈良には平城駅の側に神功皇后陵がある。
現在、五社神古墳。

側に住んでいたので、ここが神功皇后陵ではないとも言えない。
ここも登美の地にある。

 

 

*2 倭国騒乱(魏志倭人伝の倭国騒乱)
もしかしたら、騒乱は異類”人ではないもの”によることかも
自分には、人同士の戦いの記憶がない。

 

*3饒速日命、大和へ
*饒速日が異類を退治する→騒乱が鎮まる、か?

実際、北部九州には住吉神(饒速日命)と神功皇后(御炊屋姫)の異類退治の伝承がある。
彼らが”人でないもの”と対峙していたのは確か。

だとすれば、魏志倭人伝の「倭国騒乱」はそれにあたるのかも。
彼らが退治したから「騒乱」がおさまったと考えられる。

 

 

 

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