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2022年8月 1日 (月)

祇園の神 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~

前回の続きです。

(「祇園山古墳 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~」)

 

高良山の麓、祇園山古墳は卑弥呼の墓の候補地にされています。
ここに眠る彼女は卑弥呼?

Gion10_20220801092501

(祇園山古墳*石棺)

ここは高良神の御許。
彼には后がおられました。
ならば、その者がここに眠る者です。

夫婦であるならば、側で眠らせたい。
眠りたい。
そう思うもの。

一番自然で、確かな理由です。(*1 下記補足)

 

その高良神は住吉神。
后は神功皇后です。(高良玉垂宮神秘書)
北部九州へと移っている彼女。
神話ではそこで住吉神と出会います。

高良の神は饒速日命でもあります。
彼の后は御炊屋姫です。

彼女は弁天様であり、市杵島姫命。
宗像神であり、北部九州の神です。
彼らは大和で出会い、共に北部九州へと移っているのです。

その後の物語が、「神功皇后」の伝承。
彼が住吉神なのですから。

 

ならば、ここに眠るのは彼女?
彼女は卑弥呼?

 

*以下、以前の記事と重なりますが、検証していきます。

☆1 古墳の名「祇園山」の名に関連がある。
☆2 高良神の夫婦神が被葬者。
☆3 卑弥呼との関連は?
☆4 墓に眠るのは古墳ができた3世紀頃の人物。

彼らの時代は?(これは次回)

 

< 祇園山の被葬者 >☆1と☆2

高良大社の御祭神、高良玉垂神は住吉神です。
高良の伝承、神職さんからも直接お聞きしました。

伝承では高良神(住吉)には夫婦神がおられます。
それが神功皇后。

大阪住吉大社の伝承でも、二人は夫婦です。


彼、高良神(住吉神)は饒速日命でもあります。
高良は物部の祖神を祀る宮であるからです。

彼だからこそ、祇園の神である須佐之男命に繋がります。

高良神=饒速日命=須佐之男命=祇園の神
(「祇園の神 7 ~神話の中の須佐之男命~」)(*2 下記補足)

 

饒速日命には后がいました。
御炊屋姫です。

高良神が饒速日命ならば、神功皇后が御炊屋姫ということになります。

御炊屋姫=神功皇后

 (「祇園の神 2 ~前編 祇園の神は住吉神(磯良神)~」)

では、祇園山に眠るのは、神功皇后。


< 高良神と神功皇后と卑弥呼 >☆2☆3

彼女の名の一つ、豊姫から「祓いの神」であった彼らの姿が浮かび上がります。

その伝承の中に「卑弥呼」に繋がるものがありました。

彼を祀る高良大社の本殿には豊比咩・とよひめ(豊玉姫)が共に祀られています。
同じ本殿に祀られている者が夫婦神です。(*3 下記補足)

高良神の后は神功皇后でした。

 

神功皇后=豊姫(高良大社の本殿)

神の鉾 5 ~月神の二つの珠と十種神宝~」)

 

*饒速日命の后、御炊屋姫は豊受大神です。
神功皇后=豊姫=御炊屋姫=豊受大神にも繋がる。

高良神が饒速日命(天照)であることの理由にもなります。

(「御炊屋姫を追って ⑫ ~天照大神と豊受大神~」)

 

豊姫は豊日別であり、神功皇后を示します。
(今の区分)豊国である、豊前豊後の一之宮の御祭神が神功皇后。
白日別(筑紫の国魂)は高良大社の神である饒速日命。

 

ここから「筑紫島四つの面」の一つ「建日別」は彼らが対峙していた「イルヰ(異類)」である白羽熊鷲だと分かりました。

(「筑紫島四つの面」 3 ~建日別・熊襲の正体~」)

彼らは異類を退治していたのです。
「祓いの神」とされた理由です。

 

<祓いの神>☆3

彼らは主に北部九州で「イルヰ(異類)」を退治しています。
上の記事の羽白熊鷲もその一つです。

これらの伝承の神は名を変えていますが、全て彼らです。

状況、場所が同じでした。

 

☆渡半島

*楯崎神社

大己貴神と宗像神が異類を退治。
その後神功皇后が三韓征伐の折りに、戦勝を祈願。

*波折神社
住吉神と志賀大神、瀬織津姫、神功皇后が三韓征伐の凱旋の折りに邂逅

 

この二つの神社の伝承は同じものであり、彼らは同神。

大己貴神=住吉神=志賀大神
*宗像神=瀬織津姫=神功皇后

(「波折神社)

(「祓いの神 9 ~波折神社*瀬織津姫と住吉神」)アメブロ

*近くの社でありながら、異なる神、状況。
彼らは意図的に変えられているのです。


☆ 荒穂神社と筑紫神社の伝承(筑後国風土記)と大根地山の神功皇后。

*筑後国風土記
筑紫神(白日別・高良神)と甕依姫がそれぞれ「命尽くし神」を退治。(*4 下記補足)
場所はシタクラツクシ坂。

*大根地山(冷水峠)
神功皇后がイルヰ(異類)を退治。

 

それら伝承の場所(シタクラツクシ坂と冷水峠)は同じであり、同じ伝承。

彼らは同じ神。
(「二つの伝承 7 ~冷水峠~」)
(「二つの伝承 8 ~五十猛神と甕依姫~」)

*荒穂神社の五十猛命と高良神は同神。

(「二つの伝承 2 ~荒穂神社*佐賀県三養基郡~」)

 

渡半島と筑後国風土記(筑紫神社と荒穂神社)、大根地山の冷水峠。
これらは彼らの「異類退治」の物語でした。

そこに関わる神はすべて同神です。

 

ここに甕依姫の名がありました。
彼女も神功皇后です。

*神功皇后=甕依姫

(高良神=筑紫神=五十猛命)

 

 

< 繋がる神 >☆3

以上の事から、彼らは神話や祝詞にある「祓いの神」だと分かりました。
住吉神と瀬織津姫です。

彼らが祓いの神であるのは、「イルヰ・異類退治」退治していたから。

 

住吉神は高良神でした。
瀬織津姫が神功皇后です。

(「神の系譜 5 ~祓いの神・住吉神~」)

筑後国風土記に甕依姫(みかよりひめ)の名があります。
高良神、神功皇后の伝承と重なるので、彼女が神功皇后です。

 

彼が饒速日命であるからこそ、繋がる名があります。
彼は別名、櫛甕玉饒速日命(櫛甕玉彦)。

彼女は対となる名の櫛甕玉姫(くしみかたまひめ)です。
「依」は玉依。

神の魂の依り代(巫女)の意味があり、甕依姫の名はそれを示唆しています。

 

また「甕」は神への供物を入れる器=巫女
日の神に仕える巫女の意味で、日甕(ひみか)。

 

*おそらく、考え方としては逆。
彼女が「ひみか」であったので、”後の世で”みかの名が彼女を表すものになったのです。

 

甕依姫(みかよりひめ)、御炊屋姫(みかしやひめ)
これらは、彼女の名を元にしたもの。

本来の名は、「ひみか」です。

卑弥呼とは、ひみか。
魏志倭人伝の卑弥呼は彼女の事です。

 

*魏志倭人伝の「夫はいない」「場所」それらは変えられて伝えられてます。
神功皇后には神話では夫はありません(仲哀天皇と死別の後)

しかし、彼女の夫は住吉神。
彼が饒速日命ならば、大和から夫婦です。

仲哀天皇の話自体、創作です。
彼女の身重の期間がでたらめなのはその為。

そこには住吉神や武内宿禰が夫であるかなような表記もあります。

 

*「奴国」の後の表記が曖昧です。
奴国が政治的に重要な地であったため、ごまかしているのです。

奴国は、儺国。
儺・なは、完全な、鬼がいない=神の国を表します。

祓いの神であった彼らの国です。

 

な・ら(奈良)は、彼らのもう一つの国を表します。
彼らはその両方におられた神であるからです。

な国もならも「神の国」やまとを意味します。

 

高良神は饒速日命。
彼の后は御炊屋姫。
彼女は豊受大神、弁財天であり、市杵島姫命(宗像姫)。

宗像神は北部九州の神。

(「御炊屋姫を追って 11 ~廣瀬と弁財天と女神の天照~」)

卑弥呼はひみか。
御炊屋姫・みかしやひめの名にありました。

 

では、

*祇園の神
*高良神の后
*甕依姫(祓いの神の由来の伝承の名の一つ)

これらと繋がる神功皇后、饒速日命の后の御炊屋姫が卑弥呼であると言えます。

彼女が「卑弥呼」であり、祇園の墓の築造が三世紀とされるなら、彼らもその時代。

 

次回、多分、時代の流れ。

 

 

( つづく )

 

 

*1 について

おそらく、后が先に無くなっている。
高良大社の奥宮は「武内宿禰(高良神)の廟」とされるが、古墳などはない。
彼はこちら(福岡)に埋葬されてないのかもしれない。(ならば、大和の三輪山か)

彼が先ならば、后もそちらに眠るはず。
高良の伝承には、神功皇后が亡くなった後、高良の神達は高良山を降りたとあります。

行方は不明。
この真偽は分かりません。

 

*2 須佐之男命  

当初、「祇園の神 7」の記事までは、彼の父としての須佐之男命も表してるのじゃないか?と思っていました。
しかし神話は、彼ら二柱のみを繰り返し登場させていたものでした。

須佐之男命=100%饒速日命です。

 

*3 高良神と豊姫

高良玉垂宮神秘書には彼らについてこうあります。

*表筒男神=玄孫大臣物部の大連(豊姫と夫婦)
*中筒男神=神武天皇
*底筒男神=高良大菩薩、物部保連、藤大臣(神功皇后と夫婦)

この三柱は同神であるから、神功皇后と豊姫も同神。

 (「神の鉾 5 ~月神の二つの珠と十種神宝」)

 

*4 筑紫神と命尽くし神

退治した者(筑紫神、筑紫の国魂(高良神)、住吉神、白日別、饒速日命)が、退治された者(命尽くし神、白羽熊襲、イルヰ、異類)の名になる。

封印でもある。

 

 

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