ブログ村に参加してます!ぽちっとお願いします

*このブログについて

  • amebloにもサイトがあります。 そちらに載せる時に加筆したもの(後に分かったこと)を、改訂版として再びこちらへUPしている記事もあります。
2023年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        

amebloリンク

無料ブログはココログ

☆ブログからの引用などについて☆

  • このブログの考察、写真、イラスト、考察などは、管理人に著作権があります。無断転載は御遠慮ください。

« 祇園の神 19 ~ ⑥ 神話と天照と卑弥呼と神功皇后*神話の地~ | トップページ | 祇園の神 21 終章~ ⑧ 神話と天照と卑弥呼と神功皇后*天岩戸と予言~ »

2022年10月 4日 (火)

祇園の神 20 ~⑦ 神話と天照と卑弥呼と神功皇后*高天原~

前回の続きです。 

(「祇園の神 19 ~ ⑥ 神話と天照と卑弥呼と神功皇后*神話の地~」)

ニニギ命の天孫降臨地に記された笠沙の岬は、葦津ヶ浦であった筥崎宮の地です。

古代の地名は、必ず地形や土地の姿を表しています。

                                  .

Iwato40_20221004140701図1 筑紫三山と真の道
地図はGoogle map


神話の神(初めの方の)はすべて彼らと同神。

では、「イザナギ神の禊の祓い」もこの地です。

3 筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(イザナギ神の禊の地)

祓いをした場所。
それは「祓いの神」がおられる地を示唆しています。

「神が生まれる」場所です。

 

那珂川には、祓いの神である住吉神の元宮・現人神社がありました。
(現人神社は図1の4)

 

神話に描かれている地形、地名が残されています。

Iwato41

図2(成竹山展望台からの那珂川・儺国と博多の街)

 

青の線は、筑紫三山の海側の結界(当時の海岸)
オレンジ色の線は「真の道」

 

1 筥崎宮(笠沙の岬・葦津の浦。当時は海であり、後の名)
2 熊野道祖神社(黄泉の大岩・結界)当時の海岸線(よりもちょっと手前)
3 天御中主神社

4 現人神社(住吉の元宮)

5 裂田神社(安徳台はその左側・画面中央)
6 日吉神社(日吉大社の元宮の一つ)(画面右下の方向)

 

蛇行してる青い線は那珂川(川の方)

7 岩戸の地形(緑の丸で囲んでる場所*川が最初に山と山に挟まれ、狭くなる場所(門のようになる)が岩戸)
   「橘(今は立花木)」

8 おぎわら橋

   神話の阿波岐原(あわぎはら)は、荻(おぎ)か萩(はぎ)が生えている地を意味する。

9 小門(おど)

   この辺り(伏見宮の前)が小門(おど)と呼ばれていた。(*門の前で水が溜まる場所を意味すると推測)

   裂田溝へ水を引く為の一の堰がある(おそらく同時期に造られたのかと)

7~9は篠原正之氏「邪馬台国位置論」参考*地元の郷土史研究家の方
(真鍋大覚氏「儺の国の星」にも記述あり)

 

那珂川(川の)よりも西(左側)が岩戸地区(昔は岩戸郷、岩戸村)

(「安徳台と高天原」)

 

イザナギ神がこの地で禊による祓いをした。

「祓いの神」がおられる場所が高天原ということを示唆しています。

高天原とは神の住まい。


「祇園の神 14」の神話の流れにあった出来事は、この地と大和の地であったことでした。
(大和はわずかだと思う)

 

では、

7 大国主神と須世理比売(すせりひめ)の神の宮の地

彼らも同神ならば、
「宇迦の山の山本(山の麓)の底津石根に太い宮柱を立てた」という場所は元々はこの地にあったもの。


宇迦は、宇迦御霊神。
彼らの別名である、宇迦の神、豊受、稲荷神(歳神)を意味します。
宇迦の山は、彼らの名を冠したお山、脊振山です。

 

建日向豊久士比泥別(たてとよくしひねわけ)。(*2)
豊と櫛のお山であり、神話のクシフル岳。

Antokudai02

図3 安徳台(高さは30m)南から

宇迦の山(背振山)の底。

底津石根(そこついわね)とは、この地にある安徳台。
(図2 の写真のほぼ中央)

 

その姿はまるで石でできた木の根っこのよう。

神功皇后と武内宿禰の伝承では「とどろきのおか」として登場しています。

大きな地図で見る
図4 安徳台の俯瞰(Google mapより)

 

後に出雲に社を建てる時、この地の伝承の姿を元にして「底津石根」に見立て、出雲大社を造ったのです。

「国を譲る」

天照であったこの地と大和から神の宮が移った「譲った」ことも意味します。

 

Antokudai01図5 北から見た安徳台。

 

手前の平べったい台地が安徳台。
奥(山の向こう)が脊振。

背振の「底にある石根」という情景と符合します。

 

この景色を初めて見た時、「底津石根」とはこれのことだと思ったのでした。
まだ、この地が何なのか、知らなかった時です。

 

ここは魏志倭人伝の奴国であり、儺国。

なの言霊には、成る、為す、完成した、行き着く先という意味があり、儺(な)は鬼がいない。

神の国を意味します。

 

住吉神は饒速日命であり、その后、御炊屋姫が神功皇后。
彼女が卑弥呼(ひみか)と今、言われている者です。

 

その住吉神と神功皇后が異類退治をした。
祇園祭、高良の伝承が伝えています。

彼らが祓いの神である理由です。

 

すべて、彼らの物語を2千年近くも伝えているのです。

ここが祓いの神であった彼らの故郷であるのです。

 

*邪馬台国とは神の国であり、儺国、やまと(大和)と同じ意味があります。
儺国と大和が邪馬台国。

 

 

( つづく )

 

*1 カサは古語で貝が湾を開けたような湾。
博多のカタと同じ意味。

サは水辺に生える草の総称であり、葦


*2 クシフル岳。
建日向豊久士比泥別とは、
豊は豊姫、豊玉姫、豊受である御炊屋姫(神功皇后)。

久士は櫛彦、櫛玉饒速日命、天照(住吉神)を意味します。

 

日向は「神の妻」の意味の、御向、向津姫と同じなのかもしれません。
日の神の妻、豊受であり、御炊屋姫の事。

神は、天照である饒速日命であり、建とは、たけるであり、王を意味するものなのかも。

 

 

*成竹山展望台は私有地の為、現在入れなくなってます。
この光景好きだったんだけどなぁ 。

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。




« 祇園の神 19 ~ ⑥ 神話と天照と卑弥呼と神功皇后*神話の地~ | トップページ | 祇園の神 21 終章~ ⑧ 神話と天照と卑弥呼と神功皇后*天岩戸と予言~ »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 祇園の神 19 ~ ⑥ 神話と天照と卑弥呼と神功皇后*神話の地~ | トップページ | 祇園の神 21 終章~ ⑧ 神話と天照と卑弥呼と神功皇后*天岩戸と予言~ »